【写真ギャラリー】ジョーディー・グリープ×柳瀬二郎×松丸契 取り下ろし
この3人が初めて一堂に会したのは2023年4月7日、新代田FEVERでのこと。betcover!!のツアーファイナルに、柳瀬の尊敬する石橋英子が対バンとして招かれ、そこに松丸も参加していた。そのとき会場を訪れたのが、前日に東京公演を開催したブラック・カントリー・ニュー・ロードのメンバーと、彼らの盟友であるジョーディー。ライブの熱気たるや凄まじく、楽屋でのメモリアルな集合写真も含めて、あの夜は間違いなく「事件」だった。そして、当時すでにジョーディーと親交のあった松丸は、この数日後に彼と下北沢でセッションし、4カ月後にbetcover!!の一員として最初のステージに立っている。
あれから2年。先だってのEU/USツアーで、各地域ごとに厳選したミュージシャンたちと共演してきたジョーディーは、今回のジャパンツアーに向け、松丸やピアニストの梅井美咲らを擁するバンドを立ち上げた。わずか数日のリハーサルを経て迎えた本番、爆発的かつグルーヴィーな演奏で度肝を抜くと、ジョーディーは日本語で「いい感じ!」と手応えを口にする。彼と柳瀬は共に1999年生まれ。歌や作風、カオスな音像、ユーモアとシリアスの同居など、多くの共通点も見受けられる。
※取材協力:黒鳥社/TIGER MOUNTAIN

2023年4月7日、新代田FEVERの楽屋にて(筆者撮影)。左から藤原大輔、ジム・オルーク、松丸、石橋英子、メイ・カーショウ、ジョーディー、ルーク・マーク、チャーリー・ウェイン、柳瀬、ジョージア・エラリー、岩方禄郎
第一印象はウィリー・コロン、美しさとカオスの共存
―そもそも2年前、ジョーディーはなぜbetcover!!のライブを観に行ったんですか?
ジョーディー・グリープ(以下、GG):もともとは友人のブラック・カントリー・ニュー・ロードを観に来たんだ。その流れで行くことになった。その日、初めてbetcover!!のことを知ったんだけど、観た瞬間に「かっこいい!」と思ったよ。その数日後(※4月18日)、没(Dos Monos)と別のライブも観に行った。あれはクラブクアトロだったっけ?
松丸:そうそう。
GG:どちらのライブも最高だったな。
松丸:僕もいたっけ?
GG:そうだよ。一緒に「ざんまい」行ったじゃん!
松丸:どうだったっけ……ライブは観た気がするけど。
―ジョーディーさんは「すしざんまい」が大好きらしいですね。
GG:ああ、「すしざんまい」最高! そういえば今日、「すしざんまい」がソマリアの海賊を雇ったって記事を読んだけど、あれは本当? 社長が「人狩りや殺人から足を洗って、マグロを獲ってくれ」と言ったらしいよ。
―なんでそんなの読んでるんですか(笑)。
松丸:その頃ジョーディーはずっと日本にいたよね。
GG:そう、1カ月くらい日本にいたんだ。ただの観光のつもりだったんだけど、いろいろ演奏したりもして。日本でのんびりしようと思っても、結局ライブを観に行っちゃうから、ツアーで来日してる時とあんまり変わらないね。
松丸:岡田拓郎さんのライブにも来てくれたね(※4月11日、松丸はライブメンバーとして参加)。
GG:そうそう、すごくよかった。

Photo by Yukitaka Amemiya
―betcover!!を観たあと、「シンガーの歌声は素晴らしい。サルサを歌うのにぴったりだ。ウィリー・コロンに少し似ているところもある。もちろん俺はウィリー・コロンが大好きだ」とツイートしていましたよね。
GG: アンダーグラウンドの音楽って、荒々しいボーカルだったり、わざとらしい歌い方になりがちだけど、彼のライブを観たとき、純粋な熱量で歌ってる感じがしたんだ。それがウィリー・コロンを彷彿とさせた。君(柳瀬)はサルサのアルバムを作るべきだよ……いや、一緒にやろう。俺がアレンジメントをやるからさ。「Oh Qué Será?」とかどうかな。とにかく、ウィリー・コロンは聴いたほうがいい。声が似てるから。これは褒め言葉だからさ、チェックしてみてよ。コロンはレジェンドなんだ。
ジョーディーのUSツアーでは、ウィリー・コロン「Cua Cua Ra, Cua Cua」のカバーも披露された(上掲ライブ動画の51:32~)
―柳瀬くんはウィリー・コロンを知ってました?
柳瀬:いや、知らなかったです。
―自分が影響を受けてきたシンガーを挙げるとしたら?
柳瀬:ジャック・ブレルと三上寛。
GG:ジャック・ブレルはいいよね。
―柳瀬くんは、ジョーディーに対してどんな印象を持っていますか?
柳瀬:めっちゃかっこいい……ブラック・ミディは結成当初から知ってます。あとはそうだな……ジョーディーの声がすごく好き。それに、オーケストラの指揮者みたいに歌を引っ張っていく感覚、そこに惹かれる。
GG:ありがとう。俺は、好きな音楽やサウンドがあれば、とにかく試しにやってみればいいと思ってる。その精神をbetcover!!の音楽からも感じた。クラシックの名手みたいに完璧に演奏できなくたっていい。ただリスペクトを込めて真似してみる。その行為に後ろめたさを感じる必要はない。そうやって生まれた音楽には、美しさと、ちょっとした悪趣味な感じが共存する。
柳瀬:僕もそれをめちゃくちゃ感じる。いや……なんていうか、ごちゃごちゃしたカオス感。それって、僕が表現したくてもなかなかできないことでもあるから、見事にやっているジョーディーをとても尊敬してる。
GG:いや……実際はやりたい放題やってるだけかもしれない。俺の音楽の半分は、ただ流れに身を任せること。音楽って、結局はただの「型」。完璧なコード・プログレッションやメロディは必ずしも必要じゃない。しきたりとか概念をひっくり返した時、まったく予測できない、素晴らしいものが生まれてくる。それが音楽の一番面白いところだと思う。
同じライブを繰り返さないために
―松丸くんとジョーディーの出会いについても改めて聞かせてください。
松丸:2022年の11月に、ブラック・ミディのヨーロッパツアーのオープニングアクトとしてDos Monosが参加することになったんです。僕もそのときに参加しました。
GG:コペンハーゲンだったよね。ウェスタンカウボーイのバーだ。
松丸:僕は途中参加だったし、ブラック・ミディとは別々に移動してたから、あまり一緒になることがなかったんですけど、最終日には結構しゃべれたかな。
GG:ツアー自体はすごくよかったけど、かなりタフだった。正直、詳細を覚えていない。それくらい大変だった。バーで呑みまくったり……あ、だから覚えてないのか(笑)。
―どうしてDos Monosをツアーに連れていこうと思ったんですか?
GG:6年前、Dos Monosがオープニングアクトをしてくれたことがあったんだ(2019年9月、代官山UNITでのブラック・ミディ初来日公演にて)。その時のパフォーマンスがめちゃくちゃかっこよくて、圧倒された。没が走り回って、TaiTanはキマってて……ビースティ・ボーイズみたいだった。そのあと、お互いの曲のリミックスをしたり、リサンプリングとかしながら交流が続いて、ヨーロッパツアーのサポートを探してたときに連絡したんだ。そしたら、(松丸)契も来てくれた。

Photo by Yukitaka Amemiya
―そこから親交を深めていったと。松丸くんを今回のツアーメンバーに起用した理由は?
GG:2年前、下北沢で行き当たりばったりの即興のライブをやって、それがすごく楽しかったんだ(※4月13日、下北沢SPREAD。ドラマーの山本達久も参加)。だから、また一緒にやる理由がほしかった。
それに新しい試みとして、いろんな場所でできるだけいろんなミュージシャンと演奏をしたいと思っていた。だから、各地域でバンドを持ち、レコーディングやツアーをするのは名案だと思った。イギリスにひとつ、ヨーロッパにひとつ、アメリカにひとつ、アジアにひとつ。地域ごとに違うバンドと演奏すれば、同じ曲をやったとしても、バンドごとに違いが生まれる。すべての曲が複数の型を持ちはじめる。その違いを受け入れることが大事で、ライブもそう。どんなサウンドになるかは、観客を前にしてみないとわからないし、だからこそ最高の夜になったりする。ワクワクと同じくらい怖くもあるけど、それが音楽というもの。決められたルートを走ってもおもしろくないからね。
2023年4月13日、下北沢SPREADでのセッション映像
柳瀬:他の国でも、その国の人たちとライブをやるということ?
GG:うん。今回のアルバムに参加してくれたのも、初対面のミュージシャンたちだったんだ。(ブラジルでは)レコーディング当日に曲を持っていって、出会って30分後にレコーディングした。「Holy, Holy」「Terra」「As If Waltz」「Through a War」の4曲かな。
柳瀬:マジで! やば……あれを30分で覚えたの?
GG:ああ、彼らは正真正銘のプロだよ。曲を聴いて興味を持ってくれたら「よし、やろう!」って、そんな感じ。ひとつ好きな話があって、70年代にキース・ジャレットは、アメリカのバンドとスカンジナビアのバンドを掛け持ちしていたんだ。その二つのバンドは、スタイルもアプローチもまったく違った。どちらがいいとか悪いとかじゃなく、まったく系統の違うアルバムを作っている。それって、音楽の素晴らしさを体現していると思うんだ。ミュージシャンの一人一人が独自の素晴らしい表現を持っている。俺が今、できる限り多くのミュージシャンと演奏したい理由はそこなんだ。いろんな人たちと演奏してみて、何が起きるか試してみたい。長い間バンド(ブラック・ミディ)としてやってきたから、新しい地点というか、今までとは違う音楽の関係性を築いていきたいんだ。

ジョーディー・グリープ東京公演、2月13日に恵比寿リキッドルームにて(Photo by Kazuma Kobayashi)
―松丸くんは一緒にやってみてどうですか。
松丸:まだリハの段階なので難しいです……どの曲も展開が早くて細々としたパーツも多くて。でも、すごくいいチャレンジだなと思っています。楽しいです。
―betcover!!に松丸くんが参加するようになった経緯も知りたくて。初参加はジョーディーが観た4カ月後、8月20日の名古屋クラブクアトロだったかなと思うけど。
松丸:最初に一緒にやったのは神田のPOLARISで(※同年6月24日、柳瀬とのデュオ演奏)。あのときは茶割りをさ(笑)。
柳瀬:茶割り……ああ、思い出した(笑)。その頃はスーパードリンキングモードだった。
betcover!!に松丸が初参加したときのフルライブ映像、2023年8月20日に名古屋クラブクアトロにて
―前々から「一緒にやったらよさそう」と勝手に思っていましたが、実際にそうなった背景にはどういう思いがあったのでしょう?
柳瀬:(一緒に)やりたかった。それだけ。他に理由はないです。
―なるほど。松丸くんから見て、二人に共通する部分は何かありますか?
松丸:一つのライブに向けて、余白を作るために曲のなかに仕掛けを作っておく、みたいなところは通じているのかな。あと、ライブをすごく大事にしている。完璧に曲を再現するというより、その場で一緒に音楽を作りあげることを意識してるところとか。
―余白っていうのは、即興のための余白?
松丸:即興的な部分もそうですけど、「次にこういうことが起こるかもしれない」とか、ブレイクを入れるタイミングとか。リハではもちろん、本番前のサウンドチェックにも新しいアイデアをどんどん思いつく。「これもやって、これもやろう!」って。本人が意図しているか分からないけど、メンバーには多少の負荷がかかりつつ、だからこそ境界線を押し広げられるところがある。
GG:契と俺が出会ってから、まだそれほど経ってないし、一緒にやるのも今回が2度目。でも、お互いがうまくムードに入れたら、新しいアレンジを試してみたい。まあ、回数を重ねるのが大事だよね。どのライブでもそうだけど、同じことを繰り返すことはできない。いい演奏方法を見つけたと思って、また同じようにやろうとしても、決して同じサウンドにはならない。その時々に応じてうまくやるのが大事だと思う。

betcover!!台湾公演、2024年12月12日に台北・THE WALL LIVE HOUSEにて(Photo by Kevin Liao)
―ブラック・ミディは来日するたびに、betcover!!のライブも何度も観てきましたが、二人とも「同じライブを繰り返さないこと」を徹底していますよね。
GG:たとえセットリストを決めたとしても、曲は変化する。バックトラックが流れているライブなんて、もう最悪だよ。それって、毎回同じ演奏を強制されるようなもの。そんなライブ、何の意味がある? だったら家でアルバムを聴いていればいい。
柳瀬:普通につまんないですよね。
GG:つまらなすぎる。(同期音源を使った)バックボーカルもそう。パーカッションとか、ちょっとしたエレメントとかさ。そういうの、本当にうんざりする。
―バンドの「生もの感」にこだわり、あえて完成させないようにしているというか。
柳瀬:ぐだぐだしてるほうが好きなんですよね。ぐだぐだっていうのは、パンッ、パンッシューンッ(カクカクした動きをしながら)って感じじゃなくて、なんていうか……ドゥドゥッ……ダダ……(ノソノソした動き)って感じ。
―(笑)
柳瀬:ダーティさっていうか、土臭さがほしい。
GG:余力を残すって感じだよね。そういえばさ、ライブ前にはどのくらいリハーサルをやるの? がっつり詰める? それとも本番一発?
柳瀬:あんまりやらないかな。みんな家で練習する。完成する前の「たのしい状態」を大事にしたいからかも。だから、ライブで全然ダメだったり、ひどいアレンジになったこともめちゃくちゃある。あと、僕がリハーサルスタジオを予約する係なんだけど、そういうことがあんまり得意じゃなくて。だから一回でがんばる。
GG:(頷きながら)すごくわかる。
―そこで通じ合うとは(笑)。理想のライブをやるために意識してることはありますか?
柳瀬:プレイヤーとして、一人一人がアクションを起こしてほしい。ライブ中に何かしらの動きを引き出そうとしています。
―引き出すためのサインがあったりするんですか?
柳瀬:「アッ」とか「アーイ」とか。
松丸:リハのときに「こういうキューを出す」っていう話をすることもあるし、本番中にそのときのテンションで、急に新しい合図みたいなものが出てくることもあります。
―本番中に!?
GG:そういえば俺は、子どもの頃に教会でゴスペルを演奏していたことがあって。そこで、すべての曲のレパートリーを覚えなきゃいけなかった。コードを数字で呼ぶから、「5、3、2、次は6……」みたいに、数字に反応して演奏する。ドラムも、耳で聴いたとおりに叩く。いい練習にはなったけど、かなりカオスだった。
(本番中に)曲がよくない方向に向かいはじめたら、キューを出したり、合図を送って立て直そうとする。反対に、すごくいいサウンドの瞬間が生まれたら、「そのままいこう!」って合図を送る。即興でも、誰かがいい感じの動きをはじめたら、それに乗っかる。完全な即興じゃなくても、曲がうまくいってるかどうかに敏感であるべきだと思う。
曲作りの哲学、「いい感じ」は謎めいている
―曲作りについても聞きたいです。例えばコード進行や変拍子について、ジョーディーさんの哲学を教えてもらえますか?
GG:俺は、複雑な音楽理論を駆使した音楽だからといって、それだけでいい音楽だとは思わない。とはいえ、「難解だから」って一蹴するべきでもない。例えば、チック・コリアやゲイリー・バートンみたいに、複雑さのなかにグルーヴを持っている素晴らしい音楽もある。俺が思うのは、すべてのハーモニーやアレンジ、拍子に意図があるべきだってこと。単に「このリフがかっこいいから」「この拍子が複雑で面白いから」って理由で取り入れるのは違う。先にメロディがあって、そこにリフが乗って、クラップが入って、いいグルーヴが生まれてくる。ボイスリーディングも同じで、構造に意味があるべきだと思う。でも、別に正解があるわけじゃない。20曲、50曲作って、やっと納得のいく曲ができるようなものだから。

Photo by Yukitaka Amemiya
―柳瀬くんはどう?
柳瀬:コードも拍子も、僕の音楽のベースにあるのは日本の歌謡曲で。曲の構成については、ずっと言ってることなんですけど、川の流れのイメージ。上流があって下流があって、途中には岩があるかもしれない。流れがこう変化したり(手で動きを示す)。日本人のオルタナティブバンドの多くは、よくない意味で無茶苦茶で、とってつけたような不自然さがある。それにうんざりしていて。僕にとって大事なのは「流れ」なんですよね。だから、ジョーディーが言うことはわかる。
GG:いい感じの「流れ」は、いい曲の条件かもしれない。飛行機でジョン・トラボルタの『サタデー・ナイト・フィーバー』を観ていたときに思ったんだ。ビー・ジーズの曲でさ、「Night Fever」と「How Deep Is Your Love」……あとなんだっけ。
通訳:「Stayin' Alive」?
GG:そうそう! イントロがいい感じでスタートして、次にいい感じのAメロがくる。そこに、いい感じのコーラス(サビ)が来て、さらにいい感じのブリッジが続く……そういうの最高! 反対に、どんどんダメになる曲もあるよね。Aメロがダメで、コーラスはもっとダメ……もう最悪。どうせ16小節のループか、適当なドラムビートの上にAメロとコードプログレッションを乗せただけなんだろうなって想像できる。ビー・ジーズの曲はそうじゃない。メロディが曲を導いている。いいメロディがあるから、いいコードを作らなきゃって思う。自然な動機で曲が作られている。まさに、生まれるべくして生まれた音楽だ。
―柳瀬くんもビー・ジーズは好きですよね?
柳瀬:好きです。ちっちゃい頃はずっとディスコばっかり聴いてました。
GG:それが君の音楽を好きな理由の一つかもしれない。俺が音楽で面白いと思うのは、相反するものが同居するところ。例えば、荒々しいものや電子的なサウンドと、甘美なメロディを並列させるとか。さっき君が言ってた歌謡曲もよく聴いているよ。特に、アメリカのドゥーワップっぽい雰囲気の曲があるんだけど……(曲を口ずさむ)。軽やかな音に、ヘヴィで熱っぽいエレメントを重ねるのってかっこいい。俺がよくやるのは、あまり馴染みのない楽器、例えばアコーディオンとか、ペダル・スティールとかを入れてみるんだ。

Photo by Yukitaka Amemiya
―柳瀬くんは以前の取材で、「自分がやりたいのは音楽よりもムード」だと話していました。曲ごとに生まれる雰囲気や空気感を大事にしているというか。
柳瀬:雰囲気っていうと、ちょっとチープな言い方だけど……さっきの川の話と同じで、曲にムードがあれば、歌詞が何を言っててもいい。もちろん、歌詞の意味、サウンド、誰が歌ってるか、誰が演奏しているか、そういう要素をベースにして立ち上がってくるものではあるけど。ムードって軽視されがちで、ナルシシズムっぽいとか、「雰囲気だけ」とか、あまりポジティブには使われない気がする。今の世の中って、すごく表面的で、明快さを求められるじゃないですか。テレビも8Kになって。誰もが正解を求めがちな時代に、「何もない。ただ、ムードだけがある」っていうのは、僕にとってすごく意味があること。たとえ、それがフェイクだったとしても。すべてがリアルじゃなくていい。歌詞を書くときや曲を作るときは、そういうことを意識しています。
GG:たしかに、ムードってないがしろにされがちだよね。どうも浮ついた感じがあるから。真面目な話をすると、音楽って、最も明確でありながら、謎めいた芸術表現だと思う……いや、ちょっと言い換えよう。音楽は最も身近でありながら、謎めいた芸術表現である。
例えば、ある曲を聴いて、「この曲を好き」って言うのは簡単だけど、「どうして好きなのか?」と聞かれると、どうもうまく答えられない。映画や本なら、過去の経験と結びついたり、絵画なら、あるシーンと実際の景色を重ねられる。でも、音楽って、「この曲はメロディックだから好き」と言ったとして、それって一体どういう意味? どうしてメジャーコードは明るく聞こえて、マイナーコードはさみしく感じるのか? そこにはっきりした理由なんて見当たらない。その掴みどころのなさこそが、音楽の強さであって、魅力だと思う。リズムやハーモニーは教えられるけど、メロディは教えられない。「いい感じ」って、本当に謎めいている。
柳瀬:(頷く)
GG:「雰囲気」については、曲単体じゃなくて、アルバム全体で生まれるものもあるよね。例えば、俺の好きな80年代のバンド、ブルー・ナイルの『Hats』。一貫したストーリーがあるわけじゃないけど、曲ごとのムードが蓄積されて、アルバムというフォームになって醸し出されるムードがある。マイルス・デイヴィスの『In A Silent Way』もそう。
ただ、雰囲気やムードって、ささいなことで壊れてしまうよね。「いい感じ」と思っても、保たれていたバランスが、ちょっとしたことで台無しになる。だから、しくじらないように細心の注意を払うんだ。逆に、その崩れたものから、新しい何かが生まれることもある。みんな分析したがるけど、ムードってそういう繊細なもの。音楽も、まったく同じだと思う。
音楽を好きな理由、音楽だからこそ表現できるもの
―さらに掘り下げると、お二人はどんなムードを描こうとしているのでしょうか?
GG:そう聞かれるとうまく言えないな。曲によっても違うから。今回のアルバムに関して言えば、ラテン音楽やブラジル音楽に影響を受けた曲が多い。そうそう、それらの音楽とアメリカの音楽を比較して気づいたのが、アメリカの音楽ってハッピーな雰囲気のものが多いこと。きっと、音楽がハーモニーの延長線上にあるからだと思う。ジャズのハーモニーの延長にある音楽は、楽しげで楽観的な雰囲気になりやすい。俺はさ、レディオヘッドの曲を聴くと「おいおい、もうちょっと楽しくやろうよ」って言いたくなるんだ。
一同:(爆笑)
GG:どの曲もマイナーコードだからね。ただ、マイナーキーでも、重ね方やヴォイシング次第では重々しさから抜け出すこともできる。今回のアルバムは、アップビートでグルーヴ感のあるものにしたかった。別に「ビーチでピニャ・コラーダでも飲んで楽しもう、人生最高!」って言いたいわけじゃないけど、人生ってそんなに悪いものでもない。

Photo by Kazuma Kobayashi
―柳瀬くんが描こうとしている情景はどんなものですか?
柳瀬:なんて言うんだろうな……ああ、ポルトガル語の「サウダージ」っていう言葉が大好き。日本語でいう「郷愁」に近いのかな。英語で訳しても、伝わらないかもしれないけど……。
GG:うん、俺の知人も「その言葉は英語にうまく訳せない」と言ってた。
柳瀬:僕にとってのサウダージは日本の夕焼け。日本語の「夕焼けの里」っていう言葉だけが持つムードがある。僕は子どもの頃、おばあちゃんに夕焼けの里に連れて行ってもらっていたから、僕が感じるサウダージには、そういった記憶も含まれている。でも、僕の好きなサウダージは、実はそれとも少し違うんだよな……説明が難しい(笑)。僕のなかで一貫したテーマは「家に帰ること」。アルバムのなかで、どこか遠くへ行ったとしても、最終的にはある場所に帰ってくる。家に帰れば恋人がいて、家族がいて、何不自由なく過ごせる生活がある。でも、どこか別に「帰る場所」がある気がする。その過程が僕のテーマになっている。
僕が音楽を好きになったきっかけは、ギルバート・オサリバン。彼の音楽をカバーしていたけど、英語がわからなかったから、幼い頃は歌詞の意味を理解できなかった。音楽と歌詞を切り離して聴いていた。彼こそ、僕にとってのサウダージなのかもしれない。ジョーディーはどう思ってるんだろう? 母国語の人が彼の音楽をどう感じているのか興味がある。
GG:どの曲?「Alone Again」?
柳瀬:うん。
GG:変わった曲だよね。子ども向け番組の『The Magic Roundabout』とかで流れてそうな明るい雰囲気の曲で、おばあちゃんが聴いてそうな感じ。でも、俺も好きだよ。ただ、歌詞をよく聴くと「今日首を吊ろうとしたけど、しなかった」みたいなことを歌っていて、かなりダークなんだ。
柳瀬:そうそう、「お父さんとお母さんも死んでる」みたいな歌詞。最初は明るい曲だと思って聴いてたけど、それでもどこかサウダージというか、郷愁というか、心が締めつけられるような部分がある。それはやっぱり、その曲のムードが持つ力だと思う。いろんな要素が重なり合って醸し出されたムードが、外国人の僕にも伝わったというか。
GG:それって音楽全般に言えることだよね。メロディ、歌詞、コード……すべてが一つになることで素晴らしい雰囲気が生まれる。いい歌詞もただ読むだけだと、単なる言葉の羅列にすぎない。でも、それがメロディと結びついたとき、深みが生まれるんだ。
例えば、ビートルズの『Across the Universe』も歌詞だけを読んだら、ヒッピーのデタラメ、落ちこぼれの戯言みたいに思える。でも、曲として聴くと「これはすごく意味深いことを歌っているんだ」ってなるよね。彼らは音大を卒業して理論を学んだわけじゃない。何百もの曲を作るなかで、最終的に複雑な音楽にたどり着いたバンドだから、彼らの曲は独特なコード進行や複雑な構成をしている。そこに歌詞が合わさることで、素晴らしい音楽が生まれたんだろう。いい歌詞って、10分でパッと書くくらいの作り込まれてなさというか、自然に出てくるものだと思う。
いい曲なのに歌詞が最悪な場合もある。この間、マイケル・ジャクソンの『Thriller』を聴いたんだ。デモ曲が収録されててさ。どれも最悪で、アルバムに入らなくて本当によかった。「Thriller」はもともと「Starlight」って曲だったんだけど、それがまあ酷くて。(口ずさむ)”Starlight, starlight, starlight”……歌詞も「街を出て楽しもう」みたいな内容で。こんなのヒットするわけないじゃん。「Thriller」にしてくれて本当によかった。
一同:(爆笑)
―歌詞といえば、ジョーディーさんの「Holy、Holy」や、betcover!!もそうだと思いますが、ときにお二人は人間の奇妙さ、ふしだらな部分など、現代では不道徳とされるようなモチーフも扱いつつ、ドラマティックな曲を作り上げてきたように思います。
柳瀬:必要であれば入れる、って感じですかね。昔の日本の音楽には必ずそういう要素が入ってますよね。男、女、怨念……演歌なんてほとんどそういうのばかり。そういう「色もの」が好き。それは僕のノスタルジーというか、日本で育って、日本の文化しか詳しくないからなのかもしれない。日本の文化がすごく好きだから、エロってやっぱり切り離せない。まあ、日本には変態文化がありますから。でも、そういう文化がここ10年ぐらい、タバコと同じぐらいのタイミングで禁止され始めている。でも、日本の風土でずっと築き上げられてきたものだから、それがいきなり人の心からなくなるわけはない。だから、必要であればそういう表現もする。まあ、やばい言葉とかはそんなに使ってないですよ。
GG:君が言うように、日本の小説や映画にもエロの要素がどこかしらに含まれているよね。三島由紀夫の小説にも、侍映画、ホラー映画にも。(佐伯俊男による)俺のジャケットのイラストもそう。そういうものって、政府の隠蔽や抑制の圧力が生み出した産物なのかもしれない。その存在を見つめていくことの何がいけない? 文化に浸透していて、俺らが無意識のうちに存在を知っているものを、あたかもなかったかのように扱うのはおかしい。俺は、そういったものを必ずしも作品で取り扱う必要はないと思っている。でも、扱うことに何の問題がある? マーティン・スコセッシは毎年のようにギャング映画を撮ってるけど、誰も彼をギャングスター・キラーとは言わないよね。そういうものじゃないかな。

Photo by Kevin Liao
―曲を書いて、リスナーとしても熱心に聴いて、一生懸命に練習して……最後にバカみたいな質問かもしれませんが、どうしてそんなに音楽が好きなんですか?
GG:音楽はいろんな感情を誘い出す。無感情にもなれる。ある感情が浮かんできたと思ったら、2秒後には一変させることもできる。とてもパワフルなもの。突然狂いだすこともある。物語に沿う必要もない。他の芸術作品は、ナラティブがないと理解できないものもある。でも、音楽はもっとストレートな感覚なんだ。
柳瀬:ジョーディーが言うように、音楽には可能性しかない。一見、本当にクソみたいな曲や歌詞だと思っても、その先に何かがあったりする。歌詞も音楽も良くないけど、二つが合わさった瞬間に何かが生まれる。そのレシピがないところが面白い。
GG:この世の悲劇は、俺らは他者の心を完全にはわからないってこと。でも、音楽をはじめとした芸術を通して、作品というかたちで他者の心に触れることができる。例えば、オリヴィエ・メシアンは世界中に生息する鳥の鳴き声を、ピアノソロとオーケストラで再現した。とはいえ、実際の鳥の鳴き声を再現しているわけじゃない。鳥の鳴き声を彼なりの解釈で表現しているんだ。つまり、俺らは彼の音楽を通して、彼の内面に入り込むことができる。素晴らしいアーティストの作品はそういった体験をもたらしてくれる。
―最高の締めですね。ジョーディーさんは今回も日本にしばらく残る予定なんですか?
GG:ツアーを終えたら数週間滞在するつもりだから、もしかするとレコーディングするかも。まだ、はっきりとはわからない。
―柳瀬くんと一緒にどうでしょう?
GG: ああ、一緒に作ろう。日本語でサルサなんてやったら大ヒットだ。ディスクユニオンで売ってもらおう。
柳瀬:(笑)

Photo by Yukitaka Amemiya

ジョーディー・グリープ
『The New Sound』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14318
ジョーディー・グリープ東京公演ライブレポート
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14721