22歳にして2024年の世界最大のヒット曲「Beautiful Things」を生み出したシンガーソングライターのベンソン・ブーン。そんな彼の前には、眩しい未来が広がっている。
ポップス界でもっとも注目されるライジングスターが、本誌にその胸の内を明かした。

【写真ギャラリー】ローリングストーン誌に掲載されたベンソン・ブーン

ユタ湖の上空18メートルを飛行するヘリコプターから飛び降りようとした瞬間、ある言葉がベンソン・ブーンの心をよぎった。「これぜったい楽しいやつだ」。マレットヘアの22歳のシンガーソングライターは、スカイダイビングといったスリリングなことが大好きなようだ。

ブーンの自宅のテラスからは、晴れた日にはユタ湖と、その背後に広がる白い山々が一望できる。アメリカ西部ユタ州の北に位置するソルトレイクシティから車で30分ほど下ったところにある崖の上に、ブーンの自宅は立つ。角張ったデザインとインダストリアルなグレーの色調、そして天井まである大きな窓が特徴的な豪邸だ。「新しいことに挑戦するのは、いいことだよね」と、1月上旬のある午後、テラスに立って遠くの湖と無限に続く青い空を見つめながら、ブーンは言った。その手は、この時期にはおよそふさわしくない、キャンバス素材の薄手のジャケットのポケットにしまってある。「もちろん、冒険っていう意味で。どんなことも、一度経験したら、それが好きか嫌いかわかる。おかげで、自分はスカイダイビングが好きだということに気づいたよ」

この豪邸があるのは、「Beautiful Things」の世界的大ヒットのおかげだといっても過言ではない。
2024年に世界でもっとも再生された楽曲のひとつであることに加えて、SNSでも数えきれないほど使用されたこの曲のなかでブーンは、”実存的恐怖”に近いことを歌っている。要するに、大切なものを取り上げないでほしい、と神に嘆願しているのだ。だが、当の本人は、普段はそれとは真逆のタイプのようだ。「恐怖や不安感が強いタイプではないかな。あまり思い悩まない人間なんだ」

そんな彼は、ピアノの上からバク宙でステージに飛び降りることも恐れていない(保険会社としては、勘弁してくれと思っているところだろうが)。2021年に人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』に出演したときも、何の迷いもなかった。番組に出演した当時、ブーンはまだ10代で、本格的に歌を歌いはじめてから一年しかたっていなかった。それも当時は、趣味としてはじめたものだった。「ある日突然、歌を歌うようになって、それからすぐに夢中になった」とブーンは言う(審査員を務めていたケイティ・ペリーはブーンの才能を見抜き、「世界中がベンソン・ブーンに夢中になる」と絶賛した)。やがてブーンは、番組に出演し続けることはアーティストとしてのキャリアを加速させるどころか、その妨げになると考えるようになる。トップ24名の出演者からドロップアウトし、シーズンの途中で番組を去ったときも、不安はなかった。「僕の最大の弱点は——それが最大の強みでもあるのだけど——」とブーンは口を開く。
「こうしなければいけない、と思い込んでしまうこと。そうなってしまったら、後戻りができなくなってしまうんだ」

本誌の取材を受けているブーンは、休暇の最初の一週間を終えたばかりだ。3年ぶりの休暇のおかげで、心も体もすっかり元気になったようだ。一昨日と昨日に続き、今夜もガールフレンドでインフルエンサーのマギー・サーモンを連れてスノボードをしに行く予定だ(取材のあいだ、マギーは2階にいる)。「2025年もがんばる準備ができた」と、ブーンは深呼吸をしながら言った。「たっぷり休んだおかげで、頭が冴え渡っているんだ。自分でも信じられないくらいにね」

「Beautiful Things」が爆発的な人気を博す前から、ブーンはそこそこのバイラルヒットを世に送り出していた。だが、一躍人気アーティストの仲間入りを果たしたきっかけを与えたのは、まぎれもなく「Beautiful Things」だ。その人気は、作曲者本人さえ置き去りにしてしまうような、制御不能といえるほど凄まじいものだった。「僕がこうしてここにいられるのは、あの曲のおかげなんだ」とブーンは口にする。「あの曲があったから、僕にとって2024年は飛躍の年になった」。ライブでは、いまもリリース当時と変わらない情熱を込めて「Beautiful Things」を熱唱する。
これについてブーンは「中途半端な気持ちで歌えるような曲じゃないから」と言う。その言葉どおり、この曲にはフレディ・マーキュリーのようなハイトーンが求められる箇所がいくつもあるのだ。

ブーンはいま、ニューアルバムの仕上げに取り掛かっている。現時点のタイトルは『American Heart』で、今年の夏にリリースされる予定だ。そんな彼は、「Beautiful Things」の次のステップに進むための意欲に満ちている。「僕の音楽は、あの曲だけじゃないってことをみんなにわかってもらいたい、という地点に到達したのかもしれない。到達というよりは、その地点を少し越した感じかな。もちろん、『Beautiful Things』は大好きな曲だし、この曲を作ったことを誇りに思っている。これからもしばらくはライブで歌い続けるから、そういう気持ちを忘れないようにしたい」

ベンソン・ブーンが語る「世界一」の実像 ボーイズグループへの愛、自惚れチェックと母への感謝

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ニューアルバムを除き、現在のブーンのレパートリーは30曲に満たない。そのため、ライブではすでにいくつかの新曲を披露している。主な理由は、まるでアスリートのように激しいステージパフォーマンスに合うアップテンポな曲が必要だから。代表曲「Beautiful Things」は、制作中の2曲が合体してできた曲ということもあり、バラードとしてはじまりながらも徐々に盛り上がりをみせ、やがてロック色を全開にさせる。
不思議なことに、ブーンが〈Please stay〉と歌うサビは、ニルヴァーナの「Heart-Shaped Box」の〈Hey wait〉を想起させるほどだ。「Beautiful Things」の普遍性は、2020年代のポップソングの特徴ともいうべき、ギターをはじめとするライブサウンドへのシフト(たとえば、オリヴィア・ロドリゴやテディ・スウィムズの楽曲がそうであるように)を強調している。ニューアルバムでは、こうしたエネルギーをさらに突き詰めたいとブーンは考えている。

「その多くは——」とブーンは口を開く。「ブルース・スプリングスティーン的なアメリカーナ音楽にインスパイアされているんだ。そこに少しだけ、レトロな雰囲気を加えた感じ」。ニューアルバムから「Beautiful Things」のように世界を虜にするような楽曲が生まれるかどうかはわからないが、そんなことは彼にとって重要ではない。「すべては自分が『Beautiful Things』という曲を信じることからはじまった。でも、いまはフルアルバムが完成しようとしている。全身全霊でひとつの作品を信じたのは、これが初めてだよ」

ブーンは、いまは亡き曽祖母のミニグランドピアノのことをいまも歌い続けている。そのピアノは、自宅の日当たりの良い一角に静かに佇んでいる。このピアノからはじまったブーンの音楽は、当初はアデルやサム・スミスの音楽を彷彿とさせる、ソウルフルでバラード色の濃いものだった。
曽祖母に捧げられた「In The Stars」もそのひとつだ。「曲を書きはじめたころは、ゆったりとした静かな曲がいちばん心地良いと感じた。でも、自分が思い描くパフォーマンスや、みんなからこんなふうに見られたい、というイメージを模索するうちに、ステージに立った自分がエネルギーに満ちていることに気づいた。そうしたエネルギーを表現するには、スローな曲だけでは足りないんだ。最初のころは苦労したよ。『ステージの上でカッコいいことをしたいのに、なんで僕はピアノの前に座って、死んだひいおばあちゃんのことを歌っているんだろう⁉︎』ってね。あのころは大変だったな」

ブーンのファンは、主に若い女性だ。そのため、観客に黄色い声をあげさせるコツもわかるようになってきた。その一方で、憧れのアイドル的な立ち位置に若干の居心地の悪さを感じているのも事実だ。「ステージ上でわざとシャツを脱ぐこともあった。でもそれは、ほかにどうしていいかわからなかったから」とブーンは言う。「ライブをたくさんこなすにつれて、観客が好きなことや嫌いなことがわかるようになった。
こういうのは女子にウケるけど、こういうのはウケないとか。誰かを夢中にさせることは、一種のアートなんだ。でも、まるでストリップショーか何かのように、僕がシャツを脱ぐところだけを目的にライブに足を運んでほしくないよ。そこまでの肉体美じゃないしね。それに、外見は僕のすべてじゃない……みんなにとってライブの目的が”僕の体を見ること”になるのは嫌なんだ」

自分が感じている居心地の悪さの一部が、強い自意識に起因することをブーンは認めている。実際、ここ数ヶ月はトレーニングに力を入れてきた。それを証明するように、冷蔵庫はストロベリーバニラ味のプロテインシェイクでいっぱいだ。「いつも自分の外見を気にしなければいけないのは、最低の気分だよ」と言いながらも、その声は穏やかだ。「だって僕は、自分に対してものすごく厳しい人間だから。自分の外見を気にしはじめたら、キリがないんだ。こういうヘアスタイルだったらいいのに、腕がもっと太かったらいいのに、肩幅がもっと広かったらいいのにとか、終わりがないんだ。そんなことばかり考えていてはキリがない。そんなことをしていたら、一生幸せになれない」

「21世紀のセックス・アイコンになることはできない」

世の中には、男性アーティストは外見や体型なんて気にしない、と考えている人がいるようだが、実際はそうではない。エド・シーランは、本誌の2023年3月のインタビューで自身のボディ・イメージとの格闘について語っているし、ディアンジェロはステージ上でシャツを脱いでほしい、という観客のリクエストにたじろいだことでも知られる。「むちゃくちゃ気にするよ」とブーンもうなずく。「トレーニングは楽しいし、体型を維持することも好きだ。それはアーティストとして必要なことだから。でも、21世紀のセックス・アイコンになることはできない——だって、それは僕の本当の姿じゃないから」

「近所をドライブするだけだから」。そう言ってブーンはSUVのエンジンをかけた。あたりはまだ寝静まっている。「どこにも行かないよ」と言うと、ブーンはニューアルバムの曲を再生した。制作プロセスに携わったのは、「Beautiful Things」のコラボレーターのひとりであるジャック・ラフランツ。制作期間は、たった17日だったという。一曲目は、ザ・キラーズ風の「Young American Heart」。10代のころに親友と一緒に自動車事故で死にかけたときの体験を歌った曲だ。〈僕が若いアメリカ人として死ぬなら/そしてこれが僕らにとって最期の夜になるのなら/それでも構わない 君のそばにいられるのなら〉とブーンが歌う。

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スタジオにこもっているとき、ブーンはパフォーマンス・モードにできる限り近づくため、いくつかの”邪魔物”を取り払う。そのひとつがシャツだ。「一枚のシャツでさえ、ベンソンの歌唱を邪魔することは許されないんです」と、ラフランツはブーンの”脱ぎ癖”を明かした。ラフランツとブーンは、いまではすっかり友達だ。ラフランツは、ブーンが口ヒゲを生やしはじめたのは、自分の影響ではないかと考えている。「ベンソンがシャツだけでなく、ズボンも脱ぐかって? ご想像にお任せしますよ」とラフランツは言った。ブーンが裸でレコーディングに臨んでいるかどうかはさておき、ふたりは「Beautiful Things」のあとに新作を発表することへのプレッシャーが存在しないかのように振る舞った。「スタジオは、聖域のような場所です」とラフランツは言った。「僕たちは、そういう神聖さを残したいと思っています。ヒットや成功を機に変えてしまうのではなく。だからこそ、あまり考えすぎないようにしました」

続けてブーンが「Mr. Electric Blue」という曲を再生した。エレクトリック・ライト・オーケストラを彷彿とさせるこの曲のテーマは、彼にとってのヒーローである父親だ。50代前半のブーンの父親はコンピューター関係の仕事をしていて、いまでもバク宙ができる。曲のなかで〈親父は男の中の男〉とブーンは歌い、さらに続ける。〈仕事熱心で善良なアメリカ人/でも 喧嘩相手にはしたくないタイプ〉。「Mr. Electric Blue」の次は、ボブ・ディランの曲と同じタイトルの「The Man in Me」。シンセサイザーの効いたダンサブルなこの曲は、〈君は僕の中の男を奪った/もう正気には戻れない〉という歌詞からもわかるように、かつてブーンが経験した悲しい恋愛について歌っている。このほかにも、母親への想いを綴ったバラード「The Mama Song」もある。

だが、ブーンのイチ押しは「Mystical Magic」。R&B風のベースラインが耳に残る、一風変わった70年代風のポップソングだ。意外なことにブーンは、前代未聞のハイトーンを披露しているサビをウクレレ奏者タイニー・ティムの「Tiptoe Through the Tulips」になぞらえた。

もうひとつのお気に入りは「I Wanna Be the One You Call」。こちらは、波のように迫ってくるサビが印象的な、エネルギッシュなポップソングだ。原曲はブーンがボツにしかけたトラックで、フランク・オーシャンのコラボレーターとして知られるマレーとのセッションによって日の目を見ることになった。「すぐに大好きになった」と、この曲についてブーンは話す。「衝撃的だった。何もないところから突然生まれたような感じだよ。だって、正直なところ、もとの曲はかなりイマイチだったから。この曲は、ニューアルバム用にできた最初の曲じゃないかな。おかげでエンジンがかかったというか、アルバムづくりに対するモチベーションが高まったんだ」

シンガーになるずっと前から、ブーンはポップスに夢中だった。幼少期を過ごしたのは、ワシントン州のモンローという田舎町。外で遊ぶことが大好きで、携帯電話を持ったのは10代後半になってからだった。夜になると、ふたりの姉とふたりの妹と一緒に音楽ストリーミングサービスのプレイリストをかけながら台所を掃除した。そこでブルース・スプリングスティーンやスティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、クイーンのヒットチューンに触れた。「あの時代の音楽は最強だった」とブーンは懐かしそうに言う。

ベンソン・ブーンが語る「世界一」の実像 ボーイズグループへの愛、自惚れチェックと母への感謝

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自分だけのお気に入りのアーティストもいた。「昔から、ジャスティン・ビーバーとワン・ダイレクションが大好きだった」とブーンは明かす。「でも、恥ずかしくて、友達には言えなかった」。ビーバーやワン・ダイレクションを好きになったのは、姉や妹の影響かと尋ねると、ブーンは首を横に振り、少し恥ずかしそうに言った。「正直にいうと、姉や妹たちよりも、僕のほうが熱狂的なファンだったかもしれない」。ブーンは、前述の「Young American Heart」に登場する親友のエリックと、ビーバーやワン・ダイレクションの動画を「何時間も」見続けていた。「特に、ワン・ダイレクションの動画をよく見ていた」とブーンは振り返る。「ボーイズグループって最高にカッコいいと思っていた。それも、自分は歌が得意だと気づくずっと前から。とにかく、めちゃくちゃ憧れていたんだ。何百人もの女の子たちに追いかけられるなんて、これ以上イケてることはないよ。でも、それは僕たちだけの秘密だった」。そう言うと、エリックと一緒に自宅でドキュメンタリー映画『ジャスティン・ビーバー ネヴァー・セイ・ネヴァー』(2011年)を見ていたが、姉妹の誰かが帰ってきた瞬間にテレビの電源を切ったというエピソードを語ってくれた。

ポップスターとなったいま、ブーンはほかのアーティストと比較されることを好まない。「ハリー・スタイルズみたいになりたいとは思っていない」と口を開くと、さらに続けた。「あるいはフレディ・マーキュリーやジャスティン・ビーバー、ワン・ダイレクションみたいになりたいとも思わない。だって、どれも僕じゃないから。僕はベンソン・ブーンだ! まったく違う人間なんだ」

The Eras Tourのオープニングアクトに唯一の男性アーティストとして出演

ブーンの功績は、2024年の世界最大のヒット曲を世に送り出したことだけではない。昨年6月には、唯一の男性アーティストとして、テイラー・スウィフトのThe Eras Tourのウェンブリー・スタジアム公演のオープニングアクトを務めたのだ。「テイラー・スウィフトのことをよく知らなかった」とブーンは明かした。「ある日、彼女のチームから連絡をもらったんだ。あまりにびっくりして、あやうく漏らすところだった。それくらい信じられなかったし、あり得ないって思った。その日から、彼女の音楽をもっと聴くようになった。何も知らずにステージに立つのは嫌だったから」

それ以来、ブーンはテイラーの大ファンになった。「彼女は信じられないくらい素晴らしいパフォーマーで、誰にも真似できないような世界を構築したんだ」とブーンは話す。「彼女のライブの規模がハンパじゃないことや、誰も見ていないところで無数のパーツが動いているのを目の当たりにするのは、素晴らしいことだった。テイラー・スウィフトは唯一無二の存在、真のアーティストだ。少しだけ話すことができたんだけど、すごく優しい人だった」

「それだけでなく、ステージ上で僕に感謝の言葉を述べてくれた。そんなことしなくていいのにさ。おかげで物事に対する見方も変わったし、いろんなところを見習いたいと思った。クルーとの接し方ひとつを見ても、僕もそうなりたいって思ったんだ。テイラー・スウィフトのことが嫌いな人はたくさんいるし、誰もが自分の意見を自由に口にするのはかまわない。でも、その人のことをよく知らないのに嫌うなんて、そんなのあんまりだよね」

ブーンは、敬虔なモルモン教(正式名称は末日聖徒イエス・キリスト教会)信者の家庭で生まれ育った。ブーンの母は、2017年に地元紙に掲載された記事のなかで「信仰は私のすべての行動と、生きるとは何か?という問いを追求するための原動力なのです」と語り、家族が積極的に取り組んでいるボランティア活動を紹介した。「家族の絆を深め、誰かの役に立つこと。私にとって、このふたつ以上に大切なことはありません。このふたつこそが私にとての喜びなのです」

ベンソン・ブーンが語る「世界一」の実像 ボーイズグループへの愛、自惚れチェックと母への感謝

Photographed and Directed by KANYA IWANA

自宅のキッチンのまわりを歩きながら、ブーンは言った。「宗教団体の一員になりたいとは思っていない。僕には僕の考え方があるから。そのなかには宗教からきているものもあれば、無宗教からきているものもある」。モルモン教との決別は、静かなものだった。「子どものころ、教会に行くと、みんなが『こんな啓示があった』『こんな体験をした』『こんな声を聞いた』といったことを話していた。でも、僕自身はそういう経験をしたことがなかったから、いつも混乱していたし、苛立ちを感じていた。それを誰かに打ち明けることもできなかった。みんなが感じていることを僕だけが感じていない、と思われるのが怖かったんだ」。ある日ブーンが友人に相談すると、友人からは「よかった! 僕もずっとそう思っていたんだ!」という答えが返ってきた。

ブーンは、ユタ州にあるモルモン教系の私立大学、ブリガム・ヤング大学で1学期だけ学んでいた(その後、音楽の道を進むために中退)。だが、それもコロナ禍ということで、ドレスコードやセックス、ヒゲ、暴言の禁止といったキャンパス独自のルールに縛られずにすんだ。さらにブーンは、モルモン教との決別が両親との関係に悪影響を与えなかったことに感謝の気持ちをあらわにする。「もちろん、両親には自分たちの考え方があるけど、宗教や神といったことに関しては、自分の力で考えてほしいと思ってくれているんだ」とブーンは言う。「だから、両親はどんなことであれ、最終的に僕が正しいと思えることを望んでいる」

ブーンは、自身の流動的な信仰心と政治観が似ていると考える。政治は、宗教に次いでブーンがあまり詳しく話したがらない話題だ。「世間は、人は進歩主義的、あるいは保守的な意見をひとつかふたつ持っていて、左派か右派のどちらかに分かれると思っているみたいだけど、そういうことじゃないと思うんだ」。ブーンは、ニューアルバムを『American Heart』と命名したことで、”文化戦争”に身を投じたいとはみじんも思っていない。「ニューアルバムは、政治とは無関係だ」と口を開き、さらに続けた。「もっとパーソナルなものなんだ。僕自身を描いたものなんだから。『アメリカのハート』というのは、僕自身のハートのことなんだ。それはただアメリカ人のハートというよりは、ベンソン・ブーンというひとりの人間のハートだ」

モルモン教の教義とは関係なく、ブーンはいまも飲酒とドラッグとは無縁の生活を送っている。コーヒーに関しては一度だけ試したことがある(モルモン教では、アルコールやタバコだけでなく、コーヒーやお茶の摂取も禁じられている)。「がんばってコーヒーを好きになろうとしたことがあるんだけど——」とブーンは言った。「マギー(・サーモン)と一緒にロサンゼルスのカフェに通っては、毎日マギーのコーヒーを一口だけ飲ませてもらった。でも、いつも焦げた木みたいな味しかしなかった」

健康維持のために、ブーンはコーヒーだけでなく、中毒性の高いものから距離を置くことが重要だと信じて疑わない。「自分の性格からして、過剰摂取で死んじゃうから」とブーンは言う。「ハマりやすい性格なんだ。一度何かに夢中になったら、体調が悪くなるくらいのめり込んでしまう。そうなったら、せっかくのツアーも楽しめないよ」。そんなブーンが中毒になるくらい好きなものは何かと尋ねると、「そんなことも知らないの?」という表情で「キャンディーだよ」と答えた。

ブーンとマネージャーで親友のジェフ・バーンズ(彼も口ヒゲを生やしている)のふたりは、以前はSNS戦略のブレインストーミング中にエナジードリンクを大量に摂取していたという。「エナジードリンクを飲むことは、僕たちにとって”シンキングタイム”のはじまりだった」とブーンは回想する。「それを飲めば、脳みそを世界制覇モードに切り替えられると思っていたんだ」。当時のブーンは、「Ghost Town」といった初期シングルをブレイクさせるために、何週間も連続で十数本もの動画をTikTokに投稿していた。

ベンソン・ブーンが語る「世界一」の実像 ボーイズグループへの愛、自惚れチェックと母への感謝

Photographed and Directed by KANYA IWANA SHIRT BY ROBERTO CAVALLI. VEST BY ISSEY MIYAKE. PANTS BY FENDI. SHOES BY JIMMY CHOO. SUNGLASSES BY DSQUARED. JEWELRY BY DAVID YURMAN.

ブーンは、本当の意味で自分の欠点となり得るものがあるとしたら、それはプライドだと明かした。「去年は、いろんなことを学んだ。なかでも重要なのは、僕が自惚れやすいってこと」。そう言ってブーンは続けた。「『Beautiful Things』がヒットしてから、『自分は何でもできる』って思ってしまったんだ。実際は、そんなことないのに」。現在は、2週間に一度、マネージャーのバーンズの”自惚れチェック”を受けている。「『僕は王様でもなければ、世界中の誰もが知っているような存在でもない。いまも駆け出しのアーティストであることに変わりはない』みたいなことを話し合うのは、良いことだよ」

だが、ブーンの目を覚ましてくれたのは母親だった。「母さんにかなりキツイことを言ってしまったことがあって——」と、ブーンは辛そうな表情を浮かべた。「電話を切ってから、『いったい僕は何様のつもりなんだ? 世界でいちばん優しい、天使みたいな母さんに、なんてことを言ってしまったんだ』って後悔したよ。20分後に電話をかけ直して、『母さん、ごめん。あんなひどいことを言ってしまったなんて、どうかしてたよ』って謝ったんだ」。そんな息子に母親は、自分が感謝しているものと、学んだ教訓を書き出すことを勧めた。母親は息子に「ベンソン、あなたはまだ21歳の子どもなのに、いろんな経験をしているの。それは普通のことじゃないわ。誰もがあなたのような経験をできるわけじゃない。そのことを忘れないで」とアドバイスをした。

そこでベンソンは、ロサンゼルスのアパートメントにあった机の前に腰を下ろし、これまでに経験した素晴らしいものをすべて書き出した。「今年が去年よりもビッグな年になるのなら、僕は自分を見失わずにそれを受け止めたい」とベンソンは言う。「大切なのは、いまあるすべてを守り続けること。今年が去年よりも飛躍の年になったら、また調子に乗ってしまうかもしれないから」

ベンソンは先の未来のこと、数週間後にグラミー・ウィークのために再びロサンゼルスを訪れる日のことを考えている。クライヴ・デイヴィスが主催するグラミー賞の前夜祭のリハーサル(ここでも「Beautiful Things」を披露する予定)から戻ったばかりの彼は、運転手がハンドルを握るSUVの後部座席に座っている。行き先は、ウエスト・ハリウッドのホテルだ。「僕の今後のキャリアにかかわらず、僕は大人になっても変わらないだろうな。何もしないでまったりするなんて、考えられないよ」。窓の外を見ながら、ブーンがつぶやいた。

私は、心のなかで思わずツッコミを入れた「大人になったら」って、もう22歳の大人じゃないか。

ブーンはぐったりしている。ツアーで日本と韓国、オーストラリアを回ってきたばかりなのだ。2日後には、自身のキャリア史上もっともビッグな瞬間となるグラミー賞授賞式でのパフォーマンスが控えている。それでも疲れを振り払うかのように、ブーンがこちらを見てニッと笑った。「僕は、まだ子どもなんだ」

PRODUCTION CREDITS Styling by MONTY JACKSON at A-FRAME AGENCY. Grooming by MELISSA DEZARTE at A-FRAME AGENCY using DYSON. Tailoring by TATYANA STARAVEROVA. Produced by PATRICIA BILOTTI at PBNY PRODUCTIONS. Line producer: JESSIKA YOSHIKAWA. Production manager: STEFANIE BOCKENSTETTE. Set design by ROMAIN GOUDINOUX at BRYANT ARTISTS. Photographic assistance: KENNY CASTRO and JEREMY ERIC SINCLAIR. Digital technician: ARON NORMAN. Cinematographer: JAY SWUEN. First assistant camera: MIKE LEMNITZER Second assistant camera and data Manager: MICHELLE SUH. Gaffer: GABE SANDOVAL. Key Grip: EDGAR R. ARAGON. G&E Swing: MOE ALKAYED. Field audio: CHUCK HENDY. Styling assistance: JAKE MITCHELL, MARS ESPINOZA and PETER NOVAK. Production assistance: ROBSON PEREIRA. Leadmen: JOHN ARMSTRONG and DERREK BROWN. Set-design assistance: MATT WILLITS. Postproduction: SPENCER PATZMAN at COSM FILMS. Colorist: CAMERON MARYGOLD. Photo retouching: PICTUREHOUSE + THE SMALLDARKROOM.

from Rolling Stone US
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