ヴァイアグラ・ボーイズのトレードマークは、衝動的なパンクサウンドにエレクトロニックなプロダクションやストゥージズ譲りの凶暴なサックスを織り交ぜた、混沌としながらもモダンな音楽性。アルバムの冒頭を飾る「Man Made of Meat」はその路線を突き詰めた決定打だが、一方で今回は「River King」のような新機軸──恋人に捧げたロマンティックなピアノバラードもある。取材に応えたシンガーのセバスチャン・マーフィーがゴリラズを例えに挙げるように、その音楽的な振れ幅は広い。
また、前作『Cave World』では陰謀論者を直接的に揶揄する歌詞が話題となったが、今回はユーモアと社会風刺のバランスが絶妙。例えば「Uno II」はセバスチャンの愛犬の立場から書いた曲だそうだが、そこに移民や格差、陰謀論などの問題を織り込む上手さが光る。現代的なウェルビーイングの意識を敢えてひっくり返したような「Pyramid of Health」も面白い。乾いた笑いで世の中を次々に切っていく様はなんとも痛快だ。セバスチャンは「自分の書く歌詞の多くは自己嫌悪から来ている」と話すが、無論その自己嫌悪と社会に対する怒りとシニカルな笑いは全て表裏一体だろう。より大きな視点に立って考えれば、ここに表れているのは現代の閉塞感とそれを笑いに転化して日常を生き抜くスマートさである。
それでは、ここからはセバスチャンとの会話の全貌をお届けしよう。これがヴァイアグラ・ボーイズの記念すべき日本初インタビューとなる。

写真中央がセバスチャン・マーフィー(Photo by Fredrik-Bengtsson)
ヴァイアグラ・ボーイズを構成する音楽と思想
―ニューアルバムの『viagr aboys』は、あなたたちらしいユーモアや社会風刺、そしてパンキッシュでエクレクティックなサウンドが満載であると同時に、これまでよりも内省的な側面も感じられる作品です。あなた自身としては、このアルバムをどのように捉えていますか?
セバスチャン:長年学んできたことの集大成のような作品だと思う。俺たちの昔の曲と新しい曲の両方の要素が混ざったような感じだからね。言葉で説明するのは難しいけど、これまでとは違っているようで同じでもあるレコードなんだ。そして、これまでよりも少し内省的っていうのは合ってると思う。でも同時に、自分自身についてだけ語っているようで、社会全体に対する評論でもあるっていう。
―前作『Cave World』では陰謀論者のキャラクターを歌詞に登場させるなど直接的な社会風刺が目立ちましたが、今作ではよりユーモアを前面に押し出し、社会風刺的な表現はその下に潜ませている印象です。
セバスチャン:その方が自分にとって心地がいいからだと思う。物事が少し隠れている時の方が、俺の場合は自分自身を表現しやすいんだよね。社会問題について知的にコメントするのは、俺にとっては難しいことなんだ。
―リベラルが陰謀論者やトランプ支持者層などを激しく攻撃した結果、むしろ彼らはリベラルへの敵意を強め、分断は深まりました。トランプの再選もそのような背景と無関係ではないと思います。
セバスチャン:もしかしたら、それも少しはあるかもね。一番の理由は俺があからさまな表現が好きじゃないからだと思うけど、無意識にそういう状況も考えてるのかも。
―「Man Made of Meat」はリフ主体の疾走感のあるロックソングで、「River King」は繊細なバラッドです。幅広いサウンドを展開していますが、今回は音楽的にどのようなものを目指したのでしょうか?
セバスチャン:今回は、バラエティに富んだアルバムにしたかったんだ。俺自身、山あり谷ありで色々なジャンルの音楽が混ざった、まるで旅をしているようなアルバムが好きだから。その方が聴いていて面白い。あとは、自分が試してみたいサウンドを作ろうとも思った。俺が好きな90年代のバンドや90年代のロック全般からインスピレーションを受けた音楽を作ってみたくてさ。
―その90年代のバンドとは、具体的には?
セバスチャン:ピクシーズとかル・ティグラ(Le Tigre)とか、自分が挑戦してみたかったサウンドを全部詰め込みたかったんだ。バットホール・サーファーズの影響もかなり大きいと思う。バットホール・サーファーズは俺が大好きなバンドで、彼らはある意味様々なジャンルを旅しているようなところがあると思う。それに、何をするにも恐れないあの姿勢が好きなんだ。
―日本では初インタビューとなるので改めて訊きたいのですが、ヴァイアグラ・ボーイズに音楽的に重要な影響を与えたアーティストを挙げるとすると、誰になるんですか?
セバスチャン:バットホール・サーファーズ、ジーザス・リザード、フリッパー、それからローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイとかかな。バンドのメンバーによって答えは変わると思うけど。俺にとってはイギー・ポップやストゥージズもそうだし、あとゴリラズからも影響を受けてる。例えばストゥージズは70年代に『Fun House』っていうアルバムを出したけど、あのアルバムはサックスを使った最初のロックアルバムの一つで、フリー・ジャズのサックスが入っている。そこに影響を受けて、俺たちもサックスを取り入れたかったんだ。
―なるほど。
セバスチャン:それから、エレクトロニックミュージックにもかなりインスパイアされてる。たとえば、コンテナー(Container)っていうエレクトロニックミュージックのバンドがいるんだけど、彼らはモノトーンなサウンドをたくさんプレイするんだ。同じギターリフを何度も何度も。俺たちも、バンドを始めた頃は、そういう反復的なサウンドをプレイしたいと思ったんだよね。まるでほぼクラウトみたいな。
―特に今回のアルバムで刺激を受けたアーティストや作品はあったのでしょうか?
セバスチャン:今回のアルバムに関して言えばニルヴァーナかな。とてもハードな音楽だけど、同時にとてもキャッチーな音楽を作っているから。あと、俺が昔から聴いてきた全ての音楽が無意識に反映されていると思う。それから、一曲一曲が違うタイプの曲という点では、ゴリラズの影響も結構出てるかも。それ以外にも、ストゥージズの影響はいつだって出てくるし、昔のパンクからも刺激を受けてる。クライム(Crime)とかね。俺はクライムが大好きだから。彼の歌い方が好きなんだ。それから、ギターに関してはピクシーズの影響も大きい。あの超シンプルなギターリフとヘビーなドラムからはいつだってインスパイアされているから。
―あなたたちの音楽はポストパンクと呼ばれることが多いですが、それについてはどう感じていますか?
セバスチャン:バンドを始めた頃は皆パンクを聴いていたし、今よりずっとパンクだったとは思う。でも、ポストパンクっていうジャンルはあまり好きじゃない。俺は、俺たちはただのロックバンドだと思ってる。ロックってもっと幅広いからさ。
―では、音楽性やメンタリティにおいて、何かしらシェアしていると感じる同時代のアーティストを挙げるなら?
セバスチャン:アミル・アンド・ザ・スニッファーズとかスリーフォード・モッズとかかな。音楽的にはお互い異なるけど、他人がどんな音を出すかなんて気にしないっていう俺たちの音楽に対する考え方は共通していると思う。俺たち皆ユニークなのは、人が求めるサウンドにこだわらないから。自分たちがプレイしたいサウンドを作りプレイしているっていう点で、俺たちは共通点があるんじゃないかな。
スリーフォード・モッズとエイミー・テイラー(アミル・アンド・ザ・スニッファーズ)のコラボ曲「Nudge It」
「自己嫌悪」と果てしない不安
―「Uno II」はあなたの愛犬の視点から書いた曲だそうですが、移民問題や排外主義について言及した曲だとも受け取れます。実際どのようなアイデアで書いた歌詞なのか教えてください。
セバスチャン:そう。それは俺の愛犬の視点から書いた曲。
―この曲には「スウェーデンの政治について話すと、自分がクソみたいな奴に思える」というラインがありますよね。スウェーデン出身であることは、あなたたちの考え方や音楽性に影響を与えているところはありますか?
セバスチャン:もしかするとあるのかもしれないけど、俺はあまり思わないかな。俺たちがスウェーデンのバンドに似ているとはあまり思わないけど、俺たちのサウンドの要素の一つである不安のようなものに関しては影響されているのかもしれない。スウェーデン文化ってすごく暗くて冷たいからさ。俺たちはあまり社交的じゃないし、街で誰かに声をかけられても「ふーん」って態度をとってしまう。日本の文化と少し似ていて、考えや感情をあまり表に出さないんだよ。
―そうなんですね。
セバスチャン:で、その「スウェーデンの政治について話すと、自分がクソみたいな奴に思える」という部分は、獣医のボグダンのことを考えていて出てきたんだ。彼はクロアチア出身なんだけど、クロアチアでは戦争が起こったり色々あった。一方俺はスウェーデン出身で、すごく平和な国に住んでいる。政治的な問題はたくさんあるけれど、他の場所と比べればそれほどひどくはない。だから、無意識のうちに少し政治に関して罪悪感みたいなものを感じていて、その部分にはそれが出ているんだと思う。
―「Man Made of Meat」は辛辣なユーモアが効いた社会観察的なヴァースの歌詞も最高に面白いのですが、私はコーラスの歌詞により興味を惹かれました。例えば〈俺は何にも金を払いたくない/服も食事もドラッグも全部タダ〉という明け透けな欲望を歌ったラインは、無軌道な若者を想起させるところがあります。これは過去の自分たちを振り返っているところもあるのでしょうか?
セバスチャン:それは過去だけじゃなくて、俺が常に持っている感情だよ(笑)。俺は怠け者で、何に対しても金を払いたくないし、なんでも欲しいんだ(笑)。
―ハハハッ(笑)。
セバスチャン:でも同時に、ミュージシャンであること、そしていかに皆がミュージシャンにタダでクソみたいなものをくれるかということ、そして、ミュージシャンがいかにそれを期待しているかということにも触れている。ドラッグをくれ、金をくれ、服をくれってね。でも同時に思うんだ。この仕事って一体何なんだ?って。ステージに立って歌って踊って、恵んでもらうなんて馬鹿げてるんじゃないかって。70年代だったら、多分俺は工場で働いていたと思う。(工場勤務だったら)その仕事をしてるからって、何でもタダでもらえるなんてことはなかっただろうね。

Photo by Fredrik-Bengtsson
―「Dirty Boys」や「Waterboy」も、自分たちのことを歌っているところはありますか?
セバスチャン:「Waterboy」は少し自伝的で、自分が昔どうだったかを歌ってる。でも「Dirty Boys」のテーマは、俺がカリフォルニアのサンラファエルという場所で育ったこと。数年前に昔の友人たちを訪ねた時に、新しいストリートギャングがいるんだって言われてさ。彼らは自転車で走り回って、他の自転車を盗み、それを担いで走り回っているらしい。背中に大きなものを担いで、さらに別の自転車を頭の上に担ぎ、自分の自転車を走らせている。それを聞いて俺が「狂ってるな」と言ったら、友達が「ほら来たぞ」と言って、本当に彼らが盗んだ自転車を担いで目の前を走っていったんだ。それを見て友達が「汚い奴らだ」(=dirty boys)と言ったんだけど、その時に俺は「奴らについて曲を書こう。あれはやばい」と思った。で、あの曲が出来上がったんだ。実際にあったギャングの話。彼らは皆ホームレスなんだよ。
―「Man Made of Meat」の〈俺は目に映るもの全部が嫌いだ/ただ消え去ってしまいたい〉というラインや、「Medicine for Horses」の歌詞からは自己破壊的、破滅的な欲望が滲み出ています。それは、以前からあなたが抱えているものなのでしょうか?
セバスチャン:俺が書く歌詞の多くは、自己嫌悪からきていると思う。そして、〈俺は目に映るもの全部が嫌いだ~〉という部分は、今の世の中のこと。今世界はめちゃくちゃで、毎日携帯を見て何が起こっているかを知り、時には消えてしまいたいと思う時もある。常にそう感じているわけではないけど、それは俺の正直な気持ちで、そう思うことがよくあるんだ。多分俺だけじゃなくてそういう人は多いんじゃないかな。「Medicine for Horses」は死について。俺は死に関してもよく考えるんだよ。死と死後の世界。そして受け継がれるものについて。一体自分は何を残すのか、そしてそれは果たして重要なものなのかってね。
―自己嫌悪や死は、以前からずっと考えていることなんですか?
セバスチャン:そう。ほぼ毎日考える。特に俺は昔、薬物中毒で、ドラッグだけが生き甲斐だったからさ。
―今回のツアータイトルも「The Infinite Anxiety=果てしない不安」で、自己嫌悪の話と繋がるところがありますね。
セバスチャン:それは、俺がいつも書いているテーマに由来するんだ。俺たちが最初に作ったグッズには目が描かれていて、そこには「Endless Anxiety」と書かれていた。あの時は、俺自身が終わりのない不安を感じていたからそうなったんだけど、その後も俺は常に何に対しても不安を抱えていたし不安に駆られていたから、それがそのまま定着したんだ。最初が「Endless Anxiety=終わりなき不安」で、次が「Infinite Anxiety」。意味は全部同じだよ。
―「Man Made of Meat」や「Pyramid of Health」には、人は結局肉の塊でしかないという認識が出てきます。どのような意味合いでこの表現を使っているのでしょうか?
セバスチャン:両方とも馬鹿げてるんだけど、「Man Made of Meat」は自分はただの肉の塊、つまり自分が取るに足らない存在だという意味。自分は肉の塊に過ぎない。そんなものを誰が気にする?ってことが言いたかった。
―「Pyramid of Health」の方は?
セバスチャン:学校では健康的な食生活のピラミッドについて教えるだろ? 少なくともアメリカでは、栄養のピラミッドを見せて、何をどれだけ食べればいいかとかそういうことを学校で教えるんだ。で、そのピラミッドがビールとタバコとフライドチキンだけだったらな、なんて考えたんだよ(笑)。だから大した意味はない(笑)。曲自体は、サイケデリックな世界、そしてサイケデリック全般について歌ってるようなところもある。つまり、内容が何についてなのか自分でもよくわかっていないんだ(笑)。何でもありうる、健康の象徴とかさ。
セルフタイトルの真意「日本に行くのは俺の夢」
―「River King」はかなりストレートなラブソングです。ヴァイアグラ・ボーイズでラブソングは珍しいですよね?
セバスチャン:バンドのキーボードプレイヤーがある日その曲を弾いてたんだけど、それがすごく美しかったんだよね。だから彼に「それに歌を乗せてもいいか?」って訊いたら、「いいよ」と言ってくれたから歌ってみたんだ。歌っている時は、自分のフィアンセのことを考えていた。彼女に相応しい曲のような気がして。それでラブソングに挑戦してみたくなったんだ。
―フォンテインズD.C.の最新作『Romance』は、今の世界がディストピアのような状況だからこそ、自分の目の前にある確かな希望──彼らの言葉で言えばロマンスに目を向けようという作品でもありました。あなたが今ラブソングを歌う理由は、もしかしたら彼らと近いのかもしれないと想像しました。
セバスチャン:もしかしたらそれもあるかもね。考えたことはなかったけど、そういうふうにも機能するかもしれない。個人的にはその想像は好きだよ。
―アルバムタイトルは実質的にセルフタイトルですが、単語の区切る箇所を変えて意味のない言葉にしています。実際はどういった意味合いでつけたタイトルなんですか?
セバスチャン:ソニック・ユースのアルバムのジャケットで大好きなやつがあって、人形がのってるやつなんだけど(『Dirty』)、それにSonic Youthって書いてあるんだ。で、それにSonic Youthの代わりにViagra Boysって書いてあるようなデザインがいいなと思って紙に印刷してみたんだけど、そしたら”Boys”って文字が”Viagra”より小さく出てきてしまって。だから、見た目のバランス的に文字を動かさないといけなくなったんだけど、そのノリでアルバムタイトルもそれにしようってことになったんだ(笑)。あまり深い意味はなくて、バンド名の書き方を変えただけ。やってみたら面白くて気に入ったから、アルバムタイトルにすることにしたんだよ。どっちみち、セルフタイトルにはしたいと思っていたしね。
―セルフタイトルにしたいと思った理由は?
セバスチャン:何となくちょうどいいタイミングだと思って。ある意味、今回のアルバムには明確なテーマがないように感じた。でも全てがヴァイアグラ・ボーイズのサウンドという点で繋がっているから、そういう部分でもセルフタイトルが合っていると思ったんだ。

『viagr aboys』、ソニック・ユース『Dirty』(1992年)のアートワーク
―今回のアルバムはトランプ大統領の就任前に作られたもので、前作ほどわかりやすく政治性が前面には押し出されていません。ただトランプが大統領に就任してからの短い間に、再び世界は大きく揺れ動いています。この状況の激変が今後のあなたたちの作品に影響を与えることはあると思いますか?
セバスチャン:自分たちの周りで何が起こっているかは間違いなく音楽に影響すると思う。もし2カ月前にこのアルバムを書いていたら、違う歌詞やテーマになっていただろうね。俺たちの音楽は、書いている時に頭の中で起こっていることが映し出されている。だから、今後の変化は間違いなく作品に影響すると思うよ。これから戦争が増えるかもしれないし、いろんなことが起こると思う。願わくはそれが続かないことを祈るけど。
―同感です。今日はありがとうございました。日本にも是非来てくださいね。
セバスチャン:来年行けたらいいなと思ってるんだ。オーストラリアツアーをやるから、その時日本にも行けたらなって。日本には行きたくてたまらない。俺の夢なんだ。今日はありがとう。またね。

ヴァイアグラ・ボーイズ
『viagr aboys』
2025年4月25日リリース
再生・購入:https://viagr-aboys.com/