ソロ名義による1stアルバム『Asleep Above Creatures』で、進境著しい2002年生まれの大器は、音楽家としてまだ名前のついていない領域へと踏み出そうとしている。エレクトロニカと生演奏が交差する「scq」での自由な戯れ、「ラウラ」で見せつける鍵盤奏者としての非凡さ、ブラジルの鬼才アントニオ・ロウレイロが参加した「Go around in circles」へと切り替わる瞬間のエディットセンス、そしてスキャットとメタリックなギターが舞い踊る「Loop」へと至る流れには、鮮烈すぎるほどの独創性を感じずにいられないだろう。新世代ドラマー・中村海斗を擁するトリオ編成、静謐さを追求した弦楽四重奏とソロピアノに加えて、DTMを駆使してのトラックメイクでは自身の歌声を初めて導入し、収録曲すべての作詞作曲もみずから手がけている。
笑ってしまうほどアクロバティックな攻めの姿勢と、儚く崩れ落ちそうなナイーブさを両立させ、コンポーザーとして大胆不敵でありながら、どこか照れくさそうな笑みも透けて見える。日本の音楽シーンを見渡しても、ここまで挑戦的かつ等身大な作品はそう多くはないはずだし、Rolling Stone Japanは今年の【Future of Music】日本代表25組のひとりに梅井を選出しているが、この先に広がる未来にも期待せずにはいられない。彼女の奔放なセンスはどのように育まれてきたのか。音楽人生を変えた出会いの数々、そして新たな一歩について本人に尋ねた。
今年3月開催、NiEW presents『exPoP!!!!! vol.171』でのライブ映像
型破りな音楽家たちとの出会い
―梅井さんも最新作に参加した、箏奏者のLEOさんを少し前に取材したんです。その際に教えてもらったんですが、梅井さんはブラッド・メルドーが大好きで、「作品ごとにまるで別人みたい。
梅井:しました(笑)。
―その話を伺ってから梅井さんのアルバムを聴いたので、多彩なサウンドに圧倒されつつ、腑に落ちるものがありました。メルドーの影響は大きいですか?
梅井:そうだと思います。高校生のとき、ピアノトリオで地元のホールに来日してくれたことがあって。「ジャズピアニストがこんなアプローチをしてもいいんだ」と衝撃を受けました。固定概念をぶっ壊してくれたというか。それで「この人の音楽をもっと聴いてみたい」と掘り下げていくうちに「こんな表現もあるんだ」と驚かされました。
『After Bach』というアルバムは一時期、狂ったように聴きました(笑)。あのアルバムってセルフDJみたいというか。バッハのフーガとかプレリュードを演奏したあとに、自分で作ったのか即興なのか、もはや判別できないような曲をスッと続けて演奏するんですけど、あんなことができるのはメルドーだけだと思います。
―梅井さんは4歳からクラシックピアノを始めたあと、8歳の頃にセロニアス・モンクの音楽を知り、そこからジャズ・ピアノも弾くようになって。当時習っていたエレクトーンの先生との出会いも大きかったそうですね。チック・コリアやロバート・グラスパーのことも、その先生を通じて知ったとか。
梅井:そうなんです。先生はトゥーツ・シールマンスがお好きで、ほかにもテノーリオ・ジュニオルなど、いろんな音楽を教えていただきました。テノーリオは、23歳のときに出したアルバムが最初で最後の作品で、そのあと暗殺されてしまったんです。最近、映画にもなってましたよね(『ボサノヴァ~撃たれたピアニスト』)。演奏スタイルにはビル・エヴァンスの影響も感じられるけど、そこにブラジル特有のリズム感が加わっていて。ジャズの語法とうまく溶け合いつつ、ちゃんと自分の音楽になっているところが好きです。彼の曲をたくさん耳コピして、エレクトーンで弾けるようにリアレンジしたりもしました。『Embalo』は超愛聴盤です。
―ジャズといえば、石若駿さんから以前こんな話を聞きました。彼が昔、日野皓正さんのバンドで明石市に行ったとき、「関西の天才高校生ジャズプレイヤー」と呼ばれていた梅井さんが観に来ていて、日野さんが「楽器をやってるやつは上がってこい!」と声をかけたら、梅井さんが制服姿でステージに上がってきたという。
梅井:そんなこともありましたね(笑)。明石のPochiというライブハウスで「Smile」(Charles Chaplin)をやりました。当時はまだジャズのセッションに行った経験もほとんどなかった頃で、友達に連れられてたまたま観に行ったんです。駿さんと知り合ったのもそのときで、かなり間近で演奏を観ていたのですが、かなり大きなダイナミクスでドラムソロをされていたのに耳が痛くならなかったんです。当時その事にとても驚きました。

石若駿と梅井美咲
―そんなふうにジャズも掘り下げつつ、クラシック・ピアノも追求していたわけですよね。
梅井:ジャズもクラシックも好きだったので、両立できたらと続けていたんですけど、最初のうちはなかなかうまくいかなくて。エレクトーンの先生も「どちらかに絞ったほうがいいんじゃない?」と言ってくれたんですけど、私はどうしても両方やりたくて、意見を曲げなかったんです。最終的には先生も「好きにやりなさい」と言ってくれました。
その方とは別に、クラシック・ピアノの先生にも習っていて。
フリードリヒ・グルダはオーストリア出身、ジャズ方面でも名を馳せたクラシックピアニスト(2000年死去)
―「ジャズもクラシックも追求」といえば、梅井さんが好きなフランク・ザッパもそうですよね。NiEWのインタビューでも語ってましたけど、ドキュメンタリー映画『ZAPPA』は最高ですよ。
梅井:とても面白かったです! 冒頭5分くらいで、ザッパが「俺は6歳のときに爆弾の作り方を覚えた」みたいな話をするんですよね(笑)。ジョーディー(・グリープ)は、ザッパの膨大なディスコグラフィを一通り聴いたとインタビューで語っていて。それに比べたら私はニワカで、影響を受けただなんておこがましいとも思いつつ……『Roxy & Elsewhere』、『Waka/Jawaka』、ロンドン交響楽団と共演しているアルバム(『London Symphony Orchestra』)の3作はかなり聴きました。ザッパの音楽は最初から最後まで何が起きているのかよくわからないけど、そのわからなさがとにかく好き。奔放だけど繊細で、隅々まで抜かりない。
―ジョーディーの来日ツアーで梅井さんを観たとき、ザッパを好きな人の演奏だなって思いました。ここまでジョーディーの求めるものに応えられる日本人がいるんだなって。
梅井:ジョーディーもそれを面白がってくれて。
あとは最初に音源を聴いたとき「スティーリー・ダンっぽいな」って思った曲の譜面に、「スティーリー・ダンっぽく弾いて」と書いてあって。あれには感動しました(笑)。一緒に演奏しながら「同じミュージシャンが好きなんだな」って共通点を感じることが多かったです。いつもライブの最後に演奏していた「The Magician」という曲のイントロでジョーディーがすっごく長いソロを弾いた日があったのですが、そこがテッド・グリーンみたいで。「好きなの?」と聞いたら「とても好き」って仰ってました。

ジョーディー・グリープ東京公演、2月13日に恵比寿リキッドルームにて(Photo by Kazuma Kobayashi)
―共演のきっかけは、松丸契さんの推薦だったそうですね。
梅井:「日本でライブをやりたいから、よさそうなキーボーディストいない?」と松丸さんがジョーディに連絡を貰ったみたいで。
君島大空、北村蕗との邂逅から学んだこと
―ジョーディーとの共演では、フュージョンとかプログレ的な要素も感じました。「Holy, Holy」の後半で梅井さんが弾いてたソロとか。
梅井:たしかに。いかにもフュージョンっぽいソロを聴くと、私もすっごい嬉しくなるんですよね(笑)。
ジョーディー・グリープ最高でしたね。たった数日の準備期間とは思えない濃密な演奏。「Holy, Holy」後半は異次元のヤバさ。我らが松丸契はもちろん大活躍だし、驚いたのは梅井美咲。インタビューでザッパの話をしていただけあり?フュージョンもアヴァンもこなす見事な弾きっぷり!#GeordieGreep pic.twitter.com/KCXDT5ZfyZ— 小熊俊哉 (@kitikuma3) February 13, 2025ジョーディー・グリープ東京公演、「Holy, Holy」後半で梅井が弾いたソロ(筆者撮影)
―そのあたりの音楽でいうと、どんな人たちが好きですか?
梅井:ジェフ・ローバー・フュージョンが大好きで、高校時代によく聴いてました。君島(大空)さんも好きみたいで、おそらく仲良くなったきっかけってそれだった気がしていて。以前からおしゃべりとかはしてたんですけど、あるとき「私ジェフ・ローバー・フュージョンが好きで……」と伝えたら「えー!」って(笑)。
―君島さんといえば、LEOさんが梅井さんにコラボのオファーしたとき、梅井さんと君島さんは何かの実験中だったと聞きました。
梅井:そうそう。去年の夏ごろに、「ピアノにエフェクターを通して遊びたいよね」というシンプルな動機から始まって。三鷹のスタジオに集まって、君島さんが機材を持ってきて、私がピアノを弾いて。とにかく素材を録るだけ録って持ち帰るっていう……ほんとに、それだけの会をしました。めっちゃ楽しかったです。
―君島さんと知り合ったのは?
梅井:私が大学3年生、20歳の頃ですね。君島さんは吉澤嘉代子さんのサポートを務めていて、「一緒にライブやりませんか?」っていきなり連絡をくださったんです。
そのあとすぐ、君島さんの曲「花降る時の彼方」にも誘ってもらって。1回か2回弾いただけですぐに「いいね!」と採用されたので、すごいスピード感だなって思いました(笑)。あの曲は君島さんと(石若)駿さんが先に録ったものに私が重ねたんですけど、出来上がった音源を聴くと、駿さんの演奏と自分のソロがリンクしてたり、3人で同録したように聴こえる時があるんです。そこにも感激しました。
―君島さんはテクニカルなプレイヤーであり、優れたシンガーソングライターであり、DTMにも精通しているわけですが、梅井さんもそれに近い道を歩もうとしているように映ります。彼から影響を受けた部分もありますか?
梅井:私は機械が苦手で、機能もよくわかってないしダメダメなんです。そんなとき、いつも丁寧に教えてくれるのが君島さん。私のやりたいことを汲み取ったうえで一緒に考えてくれて、DTMについても的確なアドバイスをしてくれる。「困ったときは先輩に聞いてみよう」みたいな感じで頼らせてもらってます。

君島大空と梅井美咲
―そもそも梅井さんは、ピアニストとしてホールコンサートも開催しているわけで、DTMをやらなくても演奏家としてやっていけますよね。それなのに、なぜDTMに挑戦しようと思ったんですか?
梅井:私がもともと習っていたエレクトーンは、ひとりで完結する楽器じゃないですか。それもあって、人と一緒に演奏したいと思うようになったんです。それが高校1年生くらいの話で、そこからジャズのフィールドに入っていきました。誰かと演奏するのって、自分の思い通りにならないところが面白かったりしますよね。一方で、DTMには「ここでこういう音が鳴ったら嬉しいな」といったイメージを、自分で思い通りにコントロールできる楽しさがある。それも面白そうだなと思って、なんとなく触っているうちに、気づいたらいろんなことができるようになっていたんです。
ただ、DTMを始めた頃は自分らしさが全然出てなくて、ビートメイクした曲を自分の名義で発表することに抵抗がありました。でも、北村蕗ちゃんと°pbdbとして一緒にビートメイクするようになってから、「このビートはどっちが打ち込んだのか」「このアイディアはどっち主導なのか」みたいな違いが自然と見えるようになってきて。そこから、自分らしいスタイルがある程度確立されてきたと思えるようになりました。
―「自分らしいスタイル」をもう少し説明すると?
梅井:グリッドにきっちり沿って打ち込むのは避けるようにしていますね。一歩間違えるとボカロっぽくなるというか、有機的じゃないなと感じるので。あえてタイミングをずらしてみたり、できるだけ曲線的というか、緩急が生まれるような、自分が演奏者であるからこその自然なビートメイクを心掛けています。

北村蕗と梅井美咲
―そういう意味では、北村さんとの出会いも大きかったんでしょうね。
梅井:すごく大きいです! もともと彼女がまだ山形にいた頃、突然連絡をくれて。「今度東京に行くから会いたいです」みたいな感じで。
―いきなり連絡が来ることがやたら多いですね!
梅井:ははは(笑)。それで一緒にお茶とかしてたんですけど、その頃から「この子とは一緒に何かやることになるのかな」と思ってたら、2年後に東京に引っ越してきて、そこから仲良くなったんです。彼女の音楽は本当に伸びやかで奔放で、そういう存在が側にいてくれるだけで助かるんですよね。気持ちが軽くなるというか。類友です(笑)。
多彩な「自分らしさ」を凝縮したアルバム
―いろんな出会いについて伺いましたが、アルバム『Asleep Above Creatures』には、そうした梅井さんの音楽観が凝縮されているように感じました。どんな作品にしようと考えていたんですか?
梅井:2024年以前に書いた曲はたくさんあったんですけど、それらはあえて入れず、アルバムのために全曲を新たに作ることにしようと。そのためには音楽的な流れを考えないといけないし、どう配置するか、どう録っていくか、曲順や全体像を意識しながら組み立てていきました。あとは誰かと一緒に作ることで生まれる予測不能さと、自分ひとりで追求する個人プレーの良さ、その両方を混ぜたくて。そのためにはバランス感覚が必要だなと痛感させられました。たとえば、ジャズならではの即興をどこまで許容するのか、エレクトロニクスによる音像の作り込みはどこまでやるのか、とか。やっぱり私は生の音楽が好きなので、作り込みすぎて本当に伝わりたいものが伝わらなくなるのも今作ではやりたくなかった。その辺りの判断には最後まで悩まされましたね。
―最初に思い描いていたヴィジョンのまま完走した感じですか? それとも、途中で心変わりもあったんでしょうか?
梅井:変わった気もします(笑)。もともと自分で歌うつもりはなかったんです。3回に分けてレコーディングしたんですけど、1回目はドイツに留学している友達(高橋佑佳)が一時帰国したタイミングで歌を録って。
―6曲目の「innerjade」ですね。
梅井:そのあと「バンドで録りたいな」と思って、去年11月に録音してみたら「こういうものが作れたなら、もっと違うアプローチもいいのかもしれない」と思うようになったんです。それで年明けからは、11月の録音を経てそれまでに作っていた曲を書き直したり、新しく自分で歌った曲を追加したり、というかなり面倒な作業をしたので予想以上に時間がかかってしまいましたが、音像やコンセプトとしてはやっぱり最初にイメージしていた通りになったような気もするんですよね。

Photo by Ryusei Kashiwakura
―さっきの質問をしたのは、梅井さんは今回のアルバム以前にいくつかシングルを発表していますが、どこかでギアが切り替わった瞬間があるような気がしたんですよね。
梅井:初めの頃にソロピアノの曲をいくつか出したんです。でも正直に言うと、そのときは「こういう作品を自分の名前で出したい」という明確なものは特になくて、ソロで本格的にやっていくつもりもなかったんですよね。自分の名前で何か新しく提示したいという明確な気持ちがまだなかった。なので、3分くらいの即興をパッと録って、そのまま出していった感じで。
―2023年リリース「prose-op.1」「op.2」のことですよね。今回のアルバムに続編の「prose-op.3」が収録されていて、個人的にはどれも好きですが。
梅井:あれはあれで気に入ってるんですけど、そのあといろんな音楽を聴いたり、いろんな人に出会ったりしていくなかで、「もっと自分の音楽性を知ってもらいたい」という欲が出てきたんです。それで(作風の違う)シングルを発表していくうちに、「これはアルバムという形でまとめないと伝わらないんじゃないか?」と気づいたんですよね。昔から私を知ってる人には「何がしたいんだ?」と思われてしまってもおかしくないよなあと。また、自分の現在進行形の音楽を知ってもらえていない状況も次第にストレスになっていました。そういう経緯もあって、新しく作品を作りたい気持ちが自然と出てきました。
―今年2月に先行リリースされた「Loops」は衝撃的でした。今までの楽曲とは明らかに違う、プログレッシブな攻めっぷり。
梅井:この曲でギターを弾いてもらった小金丸慧さんとは、(トランペッターの)佐瀬悠輔さんとのライブをブルーノート東京で観たとき初めてご挨拶させてもらったのですが、あまりのメタラーっぷりに感激しまして。「かっけー!」って。小金丸さんをお呼びしたくて書いた曲ですね。
―Shökaこと菅野咲花さんのスキャットもいいですよね。梅井さんとのユニット・haruyoiで披露してきた歌唱スタイルとはだいぶ違う感じ。
梅井:彼女を呼ぶなら、haruyoiではできないことをお願いしたかったんです。実際に参加してもらって驚いたのは、「ハモりを入れてもらってもいい?」と聞いたら、「いいよ」と言って、一発で録ってしまったこと。「こんな変な曲なのにワンテイクで⁉︎」って(笑)。ありきたりな表現ですが、改めてここまで声が楽器のような人はそういないよなって思いました。
この曲は場面がクルクルと変わっていきますよね。コンテンポラリージャズかと思ったら、急にメタルっぽくなったり、ファンクっぽくなったり。そのなかで「爽やかさもほしいな」と思って、スキャットを入れようと。意味がわからないバランスで成り立っていたほうが面白いかなと思ったんです。
―アルバムの流れでいうと、「Loops」が4曲目で、その前に「Go around in circles」が配置されているのも最高でした。梅井さんが今回やりたかったことを凝縮したような曲でもあるのかなと。
梅井:そうですね。サウンドメイクにこだわりつつ、バンド特有のガチャガチャ感もあって。この曲はリハをせずに録ったんです。3、4テイクくらい録ったなかで、一番ぐちゃっとしたテイクをあえて選びました。「ほぼライブじゃん」みたいな感じにも聞こえるけど、自分が入れたいエフェクトを作って加えたり、弦をオーバーダブしてもらったり。そうやって最大限に盛ってから削ぎ落としていきました。
―しかもこの曲では、アントニオ・ロウレイロが声で参加していますよね。
梅井:スキャットに加えて、コーラスも少し入れてもらっています。ただ、彼のスキャットを私がエディットしていくなかで、オートパンをかけてサンプリングっぽい感じで間奏に使おうとしたんですけど、それがアントニオとしては気になったみたいで、新しく録り直したりもして。最終的に届いたのがギリギリのタイミングで本当に焦りましたが、本当に素晴らしいテイクを送ってきてくださって。改めて凄い音楽家だなあと思いました。
―彼はどういう経緯で参加することに?
梅井:何回か連絡を取ったことがあったので、「もしかしたらお願いできるかも?」と思い、ノリで連絡してみたら「いいよ」って返事をくれて。この曲は「日本人じゃない誰かの声がほしいな」と直感的に感じて、誰がよさそうか考え抜いてアントニオにお願いしたんです。スキャットだから言語を話しているわけではないのに、違う国で育ったことがはっきりわかる声ですよね。そこにも純粋な感動を覚えながら仕上げていきました。
―2曲目の「ラウラ」など、ピアノトリオ編成による楽曲もよかったです。ドラマーの中村海斗さん、ベーシストの古木佳祐さんの活躍も際立っていますね。
梅井:二人とも優れたプレイヤーであるのと同時に、それぞれ曲を書いてアルバムを発表している音楽家でもあるので、今回のような作品にもマッチするというか。耳がとても良いので、1対1対1での会話が楽しめるんじゃないかと思って。この三人で何回かライブもしてきたので、リハもほとんどせずにレコーディングして、(9曲目の)「Stepping outside」は一発で録ったものをそのまま採用しました。
―中村さんも最近新しいアルバムを発表したばかりですが、ドラマーとしてどんな魅力を感じていますか?
梅井:これは本人にも直接伝えたのですが、彼と演奏しているときの自分の演奏がとても好きなんですよね(笑)。自然体ではっちゃけられるし、一方ですごく繊細で、音楽を大きく捉えている。作曲に理解のあるドラマーで、そう思える人ってなかなかいないですし、同世代となるとなおさら。稀有な存在だと思います。
―梅井さんは2021年にもピアノトリオによるアルバム『humoresque』を発表していますが、今回は当時より遥かにスリリングな演奏で驚きました。
梅井:よかったです。そういう成長も提示したかったのと、音楽活動の原点でもあるので、ピアノトリオの曲も入れることにしました。以前のトリオアルバムでは個人的にうまく出しきれなかった部分を、今回はすごく広げられたように思います。誰かがソロを取って、ほかの人が伴走するというのではなく、もっとインタープレイが前面に出るようにしたかったので。
コンプレックスだった声が新しい武器に
―アルバムではさらに、弦楽四重奏もトピックの一つだと思います。
梅井:単純に弦が好きなのと、クラシックの作曲を勉強していたので、そういう作品を書く時間が好きで。自分の作品にもいつか絶対に取り入れようと思ってました。あとはアルバムを制作していくなかで、冒頭からひたすら騒がしいので(笑)、静寂を大切にする曲を作りたいなと考えて。そこから生まれたのが(5曲目の)「刺繍」です。
―あの曲は、繊細でナイーブな弦の響きがすごく印象的でした。
梅井:「刺繍」は自分のなかで景色が明確にあって。私が3歳くらいのときに祖父が亡くなって、お葬式に出席したんです。(副葬品として)棺に果物や花を入れる時間があって、私がリンゴを入れようとしたら、うっかりお顔の上に落としてしまったんです。それでお顔に触れたら、すごく冷たくて。「生き物って死んだら冷たくなるんだ」って、そのとき初めて知りました。隣で兄はすごく泣いていたのに、私はまだ”悲しい”という感情がよくわからなかった。その日のことは未だによく思い出します。幼いがゆえの無邪気さですけど、恐ろしさもある。そういう死生観を、別の意味にも取れそうな曖昧な言葉で、悲しいことをわざと明るく書くことで生まれた曲ですね。
―アルバムの後半には、梅井さんの内省的な側面が色濃く反映されているように感じました。8曲目の「Daydream?」はエレクトロニカ的なサウンドですが、この曲についてはいかがですか。
梅井:前後の繋がりを気にせずバラバラに歌詞を思いつくままに書きたかったのと……”daydream”って穏やかで夢見心地みたいなイメージがあるし、そういう曲が多い気がするのですが、私はそうじゃないと思っていて。次から次へと脈絡なく思考が変化すること、自分という生き物を理解できないことへの恐怖や不安、それから、何か特定の人や物事についてではないのですが、「終わらないでほしい」って強く願う瞬間が生きているとたくさんあって。盛りだくさんですが、それらが全部ごちゃ混ぜになった曲です。歌詞もトラックもあっという間に完成しました。結構気に入っています(笑)。
―ふと気になったんですが、自分の性格って明るいほうだと思います? それとも暗い?
梅井:うーん……卑屈(笑)。
―なるほど(笑)。その背景には、何かコンプレックスとかあったりするんでしょうか。
梅井:たくさんあります。私、自分の声が一番コンプレックスなんです。女性にしてはかなり低めの声で、喋り方も相まって馬鹿にされることも多くて、自分が歌うなんてありえないと思いながらずっと生きてきました。でも、それこそ吉澤嘉代子さんなどの現場でコーラスも担当するようになってから、声を褒めてもらえる事が増えたんです。「声質がいい」「もっと歌ってほしい」とか。それがきっかけで、自分がコンプレックスだと思っていたものが、もしかしたら武器になるのかもしれないと思えるようになって。後ろ向きなままでいるより、前向きに変えていった方が絶対いい。だから今回、自分で歌おうと決めたんです。

Photo by Ryusei Kashiwakura
―歌おうと決心するうえで、オートチューンの存在も大きかったですか?
梅井:そうですね。やっぱりまだ生の声で歌うことには抵抗があって。私はdobiさんというビートメイカーが好きで、その方ともコラボしているazziahさんという、SoundCloudにしか音源を上げていないシンガーがいるんですけど。そのazziahさんの声にオートチューンが似合いすぎていて。「こういう感じなら今の自分にも歌えるかも」と思って、年明けに試してみたら「案外いけるな」となって。そこから歌詞も書き始めて今に至ります。
―最終的には、自分で3曲も歌ってますよね。
梅井:自我が急に芽生えちゃって(笑)。自分で書いた歌詞を自分で歌うのっていいなと思いました。上手いか下手かは置いておいて、それが自分にとって一番しっくりくるなら、そうすべきだなって。
―そんなアルバムを『Asleep Above Creatures』と名づけた理由は?
梅井:もともと断片的に「眠っている」みたいなイメージはずっとあったんです。余白のあるタイトルがいいなと思って悩んでいたときに、アートワークを描いてくださった久保田寛子さんからクジラの絵が届いて。「生き物たちの上」って、なんかいいなと思ったんです。
それから、私はジュディ・シルが好きで。彼女は壮絶な生い立ちにも関わらず、楽曲にそのことがほとんどど反映されてなくて。楽曲はもちろん歌詞も本当に美しくて、抽象的な表現が多いように思うのですが、そのような表現がどこか、私自身もしっくりくるんです。だから、自分の作品でもあまり限定的な表現はしたくなかったですし、幻想的に聴こえるかもしれないけど、自分のなかでは本音が詰まっている作りにできたらと思って。少し長いタイトルですが、しっくりくる言葉になりました。
―今後はどんな活動をしていきたいですか?
梅井:アルバム制作を終えたあと、ちょっとしたストレスの解放というか、もっと自由に作ってみようと思って。「Tear.:*+」という曲を勢いでバーッと作って、自分でミックスとマスタリングまでやってみたら「いいじゃん」って思えたんですよね。自分で歌うことにも抵抗がなくなってきましたし、こういう方向性を形にしてみるのも面白いのかなと思っています。
そうそう、この曲をアンブローズ・アキンムシーレが聴いてくれたんです!
―おお!
梅井:インスタをフォローしてくれて、「この曲マジでヤバい」ってDMをくださったんです。(ジャズトランペッターの)彼がこういうビートミュージックに反応してくれるとは思わなかったし、去年一番感動したライブはブルーノート東京で観たアンブローズだったので、本当に嬉しかったです。
―卑屈になってる場合じゃないですね。
梅井:おかげで「もうどう言われてもいいや」って思えるようになりました(笑)。

梅井美咲
『Asleep Above Creatures』
発売中(CD・配信)
配信:https://ultravybe.lnk.to/aac
The Awoken Creatures.:*+
2025年10月23日(水)
会場:恵比寿BLUE NOTE PLACE
詳細:https://www.bluenoteplace.jp/live/misaki-umei-251023/
The Awoken Creatures.:*+ - piano recital -
【兵庫公演】
2025年11月3日(月・祝)13:30開場 14:00開演
会場:宝塚ベガホール
【東京公演】
2025年12月11日(木)18:30開場 19:00開演
会場:自由学園明日館 講堂
詳細:http://columbiaclassics.jp/20251103
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