22時過ぎのWHITE STAGEは、身動きがとれないほどの大観衆で埋め尽くされていた。長女エスティ、次女ダニエル、三女アラナという無敵の三姉妹が登場すると、初期の人気曲「The Wire」が凱旋歌のごとく響き渡る。ライブバンドとしての逞しさを見せつける演奏に、周囲の誰もが(もちろん筆者も)拳を突き上げた。かつて鮮烈なデビューを飾ったハイムは、2013年のフジロックと翌年のツアーを最後に、日本から長く遠ざかっていたわけだが、そんな彼女たちとの距離感が一気に縮まったようにも感じられた。
その後も熱演が続く。12年前のステージではラストを盛り立てた三姉妹のドラム祭りが、今回は2曲目の「Now I'm in It」で早々に披露された。2ndアルバム『Something to Tell You』収録の「Want You Back」、真夏の夜にふさわしい「Summer Girl」、傑作3rd『Women in Music, Pt. III』のナンバーを、ようやく生で聴くことができたのも嬉しい。そしてもちろん、特筆すべきは最新作『I quit』を携えた現在の充実ぶり。過去のしがらみを”手放す”ことで、ポジティブな自由を謳歌しよう──そんな彼女たちのメッセージは、この日初めてハイムを知った観客の心にも響いていたようだ。
このインタビューを実施したのは、エスティが感極まって涙したというタワーレコード渋谷店でのイベント(7月29日開催)の数時間前。ハイムが昔から影響を公言してきたLAのバンドで、今年再結成を果たしたライロ・カイリーのTシャツを着て臨むと、本人たちもフレンドリーな笑みを浮かべていた。久々の日本で大きな達成感を得たようだし、次は短いスパンで戻ってくることを願うばかりだ。

左からアラナ、エスティ、ダニエル(Photo by Yukitaka Amemiya)
フジロックの達成感、尊敬するバンドへの愛
―ダニエルさんが初めて来日したのは2009年でしたよね。
ダニエル:うん。
エスティ:あ、だからそのTシャツを着てきたの?
―それもあります(笑)。ライロ・カイリーのボーカル、ジェニー・ルイスの来日公演に、当時19歳のダニエルさんがギタリストとして帯同したんですよね。
ダニエル:すごく楽しかった。ここ(日本)に来るのも初めてで、本当にワクワクした。あのときはサマーソニックで演奏したのと、それからテーム・インパラとも共演したんだ。
―その場にいましたよ。会場は原宿ASTRO HALL(2017年に閉店)で、当時のテーム・インパラはクリームみたいなガレージサイケバンドでした。
ダニエル:そうそう。「オープニングアクトのバンドは何者だろう」と気になって。オーストラリアのバンドだと聞いて、ちょっと観てみようかなと思ったら、めちゃくちゃ衝撃的だった。
2015年のコーチェラにて、ジェニー・ルイスとハイム三姉妹の共演
ハイムはその後、2015年にテーム・インパラ「Cause I'm A Man」のリミックスを手掛けている
―最近、みなさんがスティーヴィー・ニックスと一緒に曲作りしているという話も見かけました。フリートウッド・マックがいて、ライロ・カイリーがいて、ハイムがいる。この系譜が今日の音楽シーンを劇的に塗り替えたというのが自分の歴史認識です。
3人:(声を揃えて)ワ~オ!
エスティ:そう言ってもらえるのはすごく嬉しい。最高の褒め言葉だし、私たちは両方の大ファンで、ライロ・カイリーとフリートウッド・マックからはいつもインスパイアされてる。ライロ・カイリーについてどれだけ知ってるか、3人であなたと競争したいくらい(笑)。
アラナ:たぶん、私たち3人が一緒に恋に落ちた最初のバンドがライロ・カイリーだったと思う。エスティが私とダニエルに教えてくれたんだよね。私が13歳くらいの話で……。
エスティ:もっと前でしょ?
ダニエル:私が13歳だったはず。
アラナ:じゃあ私は10歳か。それが私たちにとって大きな転機だったんだ。ちょうどその頃から、3人が”友達”になり始めたんだよね。昔は嫌い合ってた姉妹が、お互いを「結構クールじゃん」って思うようになったの。私がそうだったわけじゃなくて、2人が私に対してそうだったんだけどね(笑)。とにかくライロ・カイリーの音楽が、私たち3人をつなげるきっかけだったのは確か。
ダニエル:ジェニーの声やメロディ、(音楽家としての)スタイルが本当に素晴らしくて。
エスティ:ギターも弾いてたしね。
アラナ:キーボードも弾いてた。
ダニエル:本当に彼女が大好きで、すごくインスパイアされてる。
エスティ:私は15歳のときに彼女を初めて観たんだ。
それから、(地元の)ヴァリーにあったSecond Spinというお店でCDを買って、ウォークマンしか持ってなかったからヘッドフォンで聴いて、「すごくいい!」って思ったのを覚えてる。その頃からずっとライロ・カイリーが大好き。グッズもかっこよかったし、バンドのすべてが素晴らしかった。でもやっぱり一番の理由は、とにかくジェニーが好きだったんだよね。
ライロ・カイリーの代表曲「A Better Son/Daughter」2002年のライブ映像。エスティは取材後しばらく、この曲のメロディを口笛で吹いていた
―来日の話に戻ると、12年ぶりのフジロックはいかがでしたか。前回も盛り上がりましたが、今年はすごかったですね。
アラナ:正直、どうなるか全然予想してなかったんだよね。前回ここに来たのは1stアルバム(『Days Are Gone』)を出す直前で、「私たちの音楽を覚えててくれてるかな? ライブに人は来るのかな?」って思ってた。だから、たくさんの人が来てくれて、私たちの歌を一緒に歌ってくれて、本当に嬉しかった。こんなに遠い場所で、こんなに温かく迎えてもらえるなんて最高のギフトだよね。今はもう帰りたくないって感じ。帰りたくないよ!(笑)まだ何が起こってるのかよくわかんない感じ。
―最初の「The Wire」を観ながら、ハイムのアグレッシブなパフォーマンスは最高だなと改めて思いました。自分たちでもステージ上での見せ方というのは意識してますか?
アラナ:常に意識してるよ。私たちは何よりもまず、ライブバンドだと思ってるんだ。ダニエルはスタジオにいるのが好きだけど、私とエスティはツアーが一番好きだと思う。曲を書いてスタジオで録音してるときから、ライブでどう演奏するかしか考えてないんだよね。それが楽しい部分で、ショーがどうなるかを考えるのがすごくワクワクするんだ。
―僕は昔からエスティさんが演奏しているときの表情が好きです。「顔で弾く」というか。
エスティ:(笑)そのとき何を考えているのか……何も考えてないのかも。おそらく3人とも、どこか遠い惑星に行ってるような感覚というか。たぶん、そのほうがいいんだと思う。どんなライブにしようか変に意識しすぎると、きっと怖くなっちゃうと思うんだよね。特にフジロックのときは大勢の人たちが集まっていたから。
ダニエルとアラナも同意してくれると思うけど、私たちが演奏しているときって、どこか本能的でゾーンに入ってるような感じなんだよね。別の人間になったような感じ。ステージに立ってるときの自分が、より良い自分だと思うんだ。ステージにいるときは誰にも口出しされないしね。誰もダニエルみたいに近づいてきて、私に何か言ってきたりしないから(笑)。私たちはオーディエンスの前で演奏しているときに一番自由を感じられるんだと思う。何かが私たちを支配するというか……。
アラナ:自分のなかの獣が飛び出すような感じ!

フジロックのライブ写真(Photo by Masanori Naruse)
『I quit』で解き放ったもの、ビヨンセへの共感
―ライブの最後に披露された「Down to be wrong」は非常にエモーショナルでした。最新作『I quit』でもハイライトになってましたが、ブルージーなシャウトってハイムの曲では珍しいですよね。あの曲で何を吐き出そうとしていたのでしょう?
ダニエル:もう本当に、たくさんの感情が詰まってる。ステージに立つと、私たちは魂と心をすべてパフォーマンスに注ぎ込むの。いつだって全力を尽くすようにしている。私たちも観客のエネルギーを感じ取ってるから、たくさん集まっているのを見ると、すごくいいショーを届けたいって思うんだ。ときにはそれに夢中になりすぎることもあるけど……ワァァーって!(曲同様にシャウト)めちゃくちゃ興奮してるんだよね(笑)。
アラナ:それに観客のみんな、あの曲ですごく歌ってくれてたよね。「Down to be wrong」を(日本で)演奏するのは初めてだったのに。あの曲は制作中から、観客と一緒に叫んでるイメージを描いてたんだ。日本のみんなはビューティフルに歌ってくれたし、何もかも調和していて、まるで合唱団みたいだった。作ってるときから「いい曲だな」と思っていたけど、実際にライブで演奏して、みんなが一緒に歌ってくれるのが何より嬉しい。本当に感動的だった。
―3人がステージに登場する直前、「I quit overthinking」「I quit apologizing」「I quit nicotine」など、たくさんの「I quite ●●(●●をやめた)」がスクリーンに映し出されてました。ニューアルバムを通じて、みなさんが何を「quit」したかったのか教えてもらえますか。
アラナ:本当にたくさんのこと。私たちはいろんな物事を「quit」したんだ。
ダニエル:そうだね、あれは一種のマントラみたいな感じかな。私は「考えすぎること(overthinking)をやめる」って、いつも自分に言い聞かせてるの。頭のなかではそう言いたくないんだけど、でもそれが続いてて、常に自分に言い聞かせる必要があるんだよね。あとは、「人に好かれようとするのをやめる」とか。そういうのを本当にやめたいから、自分にそう言い聞かせなきゃいけない。それが私の願いであり夢でもあるから。
―「I quit」することで勝ち取った爽快感は、先行シングル「Relationships」のアートワークからも伝わってきました。ニコール・キッドマンのパパラッチ写真へのオマージュとのことですが、どんなところにシンパシーを感じたのでしょう?
アラナ:彼女がすべてを解放しているように映ったの。それが『I quit』というマントラのエネルギーの始まりみたいな感じで、私たちの中では、あの写真を撮られる前に彼女が叫んでいるように思えたの。ただ、あの一連の写真で彼女がしている表情のすべてを真似ようとしたんだけど、再現するのは思ったより難しかった。でも、それがすごく楽しかったんだ。
エスティ:それだけ彼女がリアルなエモーションを解き放っていたってことだよね。
アラナ:私たちが何をやろうとしたのか、みんなすぐに理解してくれたのも嬉しかったな。「ニコール・キッドマンの写真を再現している」って瞬時にわかってくれて、私たちのファンは最高すぎるし友達みたいだなって。あの写真を撮ってくれたテリー(Terrence O'Connor)も日本に来てるよ。
今回のアルバムを作るうえで意識していたのは、プレッシャーをかけすぎないようにして、ただその瞬間の感情を大切にしていこうってことだったと思う。もし何かが気持ちよければそのまま続けて、気持ちよくなければ、すぐに変えていくって感じで。私たちはただ、制限されないフィーリングを追い求めていた。それこそが『I quit』の精神だったんだよね。

「Relationships」ジャケット写真
―アルバムの冒頭曲「Gone」でジョージ・マイケルの曲「Freedom! '90」をサンプリングしているのも痛快ですが、それに関してはビヨンセの影響も大きかったという話を見かけました。そのあたりを詳しく教えてもらえますか。
ダニエル:彼女の『COWBOY CARTER』を聴いて、クールなサンプリングがたくさん使われているなって思いながら、現代の音楽で私が好きな要素の一つがサンプリングだということに気づいたの。だけど、今まで私たちはその手法を使ったことがなかった。ちょっとしたスネアのヒットやシンバルをサンプリングしたことはあったんだけどね。だから、『COWBOY CARTER』を聴きながらふと思ったんだ。「なんでサンプリングしてこなかったんだろう?」って。
そこから、ジョージ・マイケルをサンプリングしたら最高だろうなって思いついたの。私たちにとって大きなインスピレーションのひとりだし、作曲家としても影響を受けていて、ワム!もソロも全部大好きだから。それでスタジオに入って、曲が1時間くらいで書き上がり、サンプルを使うアイデアもうまくいったんだ。
―ビヨンセのことは、デビュー当初から大ファンだと公言してますよね。
エスティ:もちろん!
ダニエル:子供の頃からずっと好きだよ。
アラナ:本当に小さい頃から聴いてた。デスティニーズ・チャイルドはもともと4人組だったけど、私たちが子供の頃には3人組になってて。ファッションから音楽まで、すべてが未来的だなって思った。
ダニエル:どの曲もスーパーリズミックなR&Bで、プロダクションも大好きだったんだよね。
エスティ;みんなでお金を出し合って『Writings on the Wall』(1999年のアルバム)を買ったんだよね。支払いを後回しにして(笑)。ウォークマンで順番に聴いてたのを覚えてる。
アラナ:ビヨンセやデスティニーズ・チャイルドと一緒に成長できたのは本当にラッキーだった。まさに最高の音楽だよね。

Photo by Yukitaka Amemiya
―ハイムが2012年に発表したデビューシングル「Forever」は、インディーロックの世界に「スーパーリズミックなR&B」を持ち込んだゲームチェンジャーだったと記憶しています。
ダニエル:ありがとう、それも嬉しい褒め言葉だね。
―ニューアルバムにも「Everybody's trying to figure me out」など、ビートの印象的な曲がいくつもありました。ドラムとビートへのこだわりについて聞かせてください。
ダニエル:私たち3人はドラマーでもあるから、ドラムサウンドの音像はかなり重視してしているつもり。「Everybody's trying to figure me out」では、広大かつビッグなサウンドにしたかった。高音のスネアじゃなくて、もう少し深みがある音にしたかったんだよね。スネアって私たちにとってすごく大事な要素で、音作りも徹底して考え抜いている。それこそ痛みを伴うくらい……というのは大袈裟かもしれないけど(笑)、それくらい慎重に考えてるんだ。実際、アルバムを作る前に、ドラムのサウンドをどうするかを決めないとスタートできないんだよね。
アラナ:私たちが作ってきたどのアルバムでも、ドラムサウンドは常に進化してきた。「Everybody's trying to figure me out」は、ダニエルのドラムパターンの自由さが素晴らしいと思う。あれは研究されるべきだよ。友達のドラマーたちもみんな真似しようとしてるけど、「どうやって姉さんはこんなことしたの?」って言ってくるくらい。あの曲は私たちの音楽におけるマグナム・オポス(最大級の業績)、ひとつの集大成だと思う。スネアフィルがすごく多くて、あそこがかなり難しいらしいよ。

Photo by Masanori Naruse
U2との縁、スターだらけのフェスティバル
―アルバム最後の曲「Now it's time」でU2の「Numb」を引用しているのは、先にU2が2017年リリースの「Lights of Home」でハイムの「My Song 5」をサンプリングしたこともきっかけだったそうですね。たくさんあるU2の楽曲から「Numb」を使ったのはどういう意図があったんですか?
ダニエル:SiriusXM(アメリカの衛星ラジオ)にU2専用のチャンネルがあって、個人的によく聴いてるんだよね。U2の曲だけが流れるの。そこで「Numb」がいつも流れているの。「Now it's time」を作っているとき、最初は全然違うバージョンだったんだけど、その途中で「Numb」を耳にして、「これだ!」と思ってさ。スタジオに戻って「『Numb』みたいな感じにしたらどうだろう?」って提案したの。(共同プロデューサーの)ロスタムも『Achtung Baby』がお気に入りみたいで、「やってみよう」と言ってくれたんだ。
アラナ:私たちがラッキーだったのは、あなたが言ってくれたように、U2がすでに私たちのギターラインを使っていたこと。あのときは自分たちの曲が塗り替えられたような感じがした。そして今回、ひとつの円環が閉じたというか。ジ・エッジは本当にクール。
ダニエル:ちなみに、私たちは「Numb」をそのままサンプリングしたわけではなく、あの曲のサウンドを再現したんだよね。どのギターペダルを使っていたのか探し求めて、自分たちで弾き直しているの。
―最後はカジュアルな質問です。ハイムでフェスを主催するとしたら、どんな人を呼んで、どんなものににしたいですか?
3人:(声を揃えて)ビヨンセ!
アラナ:彼女がヘッドライナーだよね。6時間くらい堪能したい。
エスティ:アルカも楽しそう。
アラナ:もちろんスティーヴィー・ニックスも。
ダニエル:ジェニー。
アラナ:ジェニー・ルイスにはポスタル・サーヴィス、ライロ・カイリー、そしてソロの曲までトリプルヘッダーでお願いしたいよね。彼女も6時間くらいやってほしい。あとは誰だろう?
ダニエル:シャーデー。
アラナ:最高だね。レイヴェイも呼ぼう。レイヴェイにシャーデー、発音も同じ[eɪ]ズ。
ダニエル:ケイト・ブッシュ。
アラナ:いいね! もう信じられないラインナップ。
エスティ:そんなの絶対行きたい。
アラナ:もはや自分が出演するのは怖すぎて無理。あまりにもスターが多すぎる。でも間違いなく最高だよね。

Photo by Yukitaka Amemiya

ハイム
『I quit』
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