一方で今回は、ベテランの域に達し若手に影響を与えるアーティストとなっての来日。現在、本国ではアリシアの実話をベースにしたブロードウェイ・ミュージカル『Hells Kitchen』が大ヒットしているが、今やそうして半生が振り返られるほどの存在になったのだ。奇しくもサマソニ大阪公演の前日には、ココ・ジョーンズの「Other Side Of Love」にアリシアが客演したリミックスが登場。それに先駆けてココがアリシアの「If I Aint Got You」を歌うカバー動画をSNSにアップしていたことも後進への影響力の大きさを物語っている。
アリシアのライブといえば、2024年2月、アッシャーによるスーパーボウルのハーフタイムショーにゲスト出演した時のパフォーマンスが記憶に新しい。ピアノを弾きながらの「If I Aint Got You」に続いて、アッシャーとのデュエットで大ヒットした「My Boo」を当のふたりで披露したステージは語り草だ。そんなアリシアが今回はヘッドライナーとして、サマソニ東京公演2日目(8月17日)に登場。カミラ・カベロやaespaなどが熱狂を巻き起こしたMARINE STAGEの最終演者、大トリである。スタジアムは開演予定時刻の10分前には客席後方まで埋め尽くされていた。

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夜風が吹くスタジアムにアリシアのハスキーで力強い声がアカペラで響き渡る。
「こんばんは、TOKIO!」という挨拶とともに始まったのが「New Day」。今回の来日にも同行していた夫のスウィズ・ビーツとドクター・ドレーのプロデュースで、結婚や出産、レーベル移籍を経たアリシアの心機一転とも受け取れた曲。この激しく勇ましいアップ・ナンバーが、おかっぱ頭の女性ダンサーたちの群舞とともに披露されると客席のテンションも一気に上がる。その勢いのまま「Love Looks Better」へと続いたのだが、これら前半で歌った3曲は、それぞれ2001年、2012年、2020年のリリース。つまり3つのディケイドのスタートを飾った3曲となる。


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アグレッシブなパフォーマンスから「Limitedless」を挿んで続いたのは、カニエ・ウェストが手掛けた狂おしいバラード「You Dont Know My Name」とジャック・スプラッシュが手掛けた甘酸っぱい初恋ソング「Teenage Love Affair」。ともに70年代のボーカル・グループによるソウル・クラシックをサンプリングした曲で、厚みのある演奏とともにこの2曲をシームレスに繋ぎ、ビートの立った勇壮なファンク「Karma」へとなだれ込んでいく展開も見事だった。こうしてR&Bの妙味を打ち出す一方で、従来のR&Bの感覚にとらわれないオルタナティブな内容で注目を集めた2009年作『The Element Of Freedom』から「Try Sleeping With A Broken Heart」、ドレイクも作者に名を連ねた「Un-Thinkable(Im Ready)」を続けて歌い、自身の音楽的変遷も伝えていく。
プリンスを連想させるとも言われるバラード「Like Youll Never See Me Again」は、最初期からの制作パートナーだったケリー”クルーシャル”ブラザーズとの蜜月時代に作られた名曲だ。これを歌い終えると同時に流れてきたのが、あのピアノのアルペジオ。「If I Aint Got You」だ。アリーヤの急逝や911の悲劇を受けて書かれたとされるこのバラードは、アリシアのライブでは常にハイライトとなる曲。胸焦がすようなメロディと切なくエモーショナルなアリシアの声がライ&ホイットニーのコーラスと一体となって静まり返ったスタジアムに響きわたる。高価なダイヤの指輪なんかより、あなたがいなければ何の意味もない……と歌われるこの「If I Aint Got You」に、特に古くからのファンはこれまでの人生を重ね合わせ、涙腺を緩ませながら聴き入ったのではないか。

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日本人ゲストと「女性同士の共闘」
困難に立ち向かう人への応援歌で、結果としてコロナ禍において最前線で闘う人々を励ます歌となった「Underdog」はコーラスのリフレインが際立つ曲。これをステージ中央でステップを踏みながらライ&ホイットニーと一緒に3人で歌う姿には頬が緩む。
そんな「Girl On Fire」を歌い終え、「燃える女(たち)」としてアリシアがステージに呼び込んだのがAwich。客席からどよめきと歓声が上がる中、「Bad B*tch 美学」を淀みなくラップし、続いてNENE、LANA、MaRIがランウェイを闊歩するように次々と花道に繰り出していく。サイファー的な同曲でコラボしていた女性ラッパー4名が揃い踏みとなったわけだが、さらに同曲のリミックスに参加したAIも登場。ここにYURIYAN RETRIEVER(ゆりやんレトリィバァ)が加わればリミックス・バージョンでの6人揃い踏みとなるが、ゆりやんの登場はなかった。
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ともあれ、当日はAIがMOUNTAIN STAGE、LANAがSONIC STAGEで自身のライブを行ったこともあっての、サマソニならではの賑々しいサプライズ(前日の大阪公演では、ちゃんみなが登場して彼女の「Never Grow Up」をアリシアと歌ったという)。日本公演でしか起こり得ないこのコラボに興奮できるか否かはゲスト・アーティストたちへの思い入れなどによって人それぞれで温度差もあるだろう。が、Awichたちの「Bad B*tch 美学」はアリシアが初期に客演したイヴの「Gangsta Lovin」に通じていなくもないし、「Girl On Fire」のリミックス(Inferno Version)にニッキー・ミナージュが客演していたことなどを踏まえると、アリシア自身は”ビ*チ”を謳うことはないものの、それほど突飛なコラボでもないと思う。アリシアとしては単純に国を超えての女性同士の共闘という部分に価値を見出していたのだろうし、そもそもサマソニというお祭り(フェスティバル)の中での出来事である。加えて現在のアリシアは、ティエラ・ワックなどを迎えた2020年作『Alicia』を聴いてもわかるようにジャンルや国籍を問わず後進アーティストをフックアップする立場におり、今回のサプライズもその一環だと考えると納得がいく。前回サマソニに出演した17年前とは別のステージにいるアリシアなのだ。
そんなサプライズの直後に、「マイ・ホームタウンの歌」として「Empire State Of Mind」を歌ってバックスクリーンの映像とともにニューヨークの空気へと一変させるあたりが、これまたさすがエンターテイナーたる所以。NYのアンセムとして今やフランク・シナトラやビリー・ジョエルなどの曲と肩を並べる地元賛歌だ。オリジナルはアリシアがフックを歌うジェイ・Zの曲だが、ライブでは、モーメンツの「Love On A Two-Way Street」のイントロをサンプリングしたジェイ・Z版のトラックを使いつつ、歌のパートはアリシアが主役となるアンサー版「Empire State Of Mind(Part II)Broken Done」で披露された。誇り高く「New York!」と歌い上げるあのサビを終盤のパートで「TOKIO!」と変えて歌ってみせるあたりも心憎い。
AIと夢の共演、映画のようなフィナーレ
ライブもいよいよ山場というところで、ユーリズミックスのユーロなシンセ・ポップ「Sweet Dreams(Are Made Of This)」(1983年)を歌い始めたのは少々意外だったかもしれない。だがこれは、アリシアが共同で設立した慈善団体「Keep A Child Alive」に関連するチャリティ・ガラ「The Black Ball」(2008年)でオリジナルの歌唱者であるアニー・レノックスと歌い、コロナ禍の2021年には自宅で息子のエジプトが弾くピアノに合わせて同曲をデュエットした動画をSNSにアップしたところ軽くバズを起こすなど、本人にとって親しみ深い曲でもある。近年のツアーでも歌っていた。今回のライブにおけるこのカバーは、イランジェロが手掛けたトロピカル・ハウス的な「In Common」への橋渡しという印象も受けた。
そして再びAIが登場し、自身の「ハピネス」を歌い始める。このメロディを耳にして、次に何が始まるのかは予想できた。そして……予想どおり披露された「No One」。R&Bの枠を超えてポップ・フィールドでも広く愛されるこの曲を、アリシアはピアノに向かいながらエモーションを込めて歌う。

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フェスの2日間あるいは1日の思い出を反芻させるように、狂騒を鎮めながら高揚感を煽る大トリとしての役目を十二分に果たした完璧なヘッドライナーだったと思う。ジャンルを超えて幅広い層にアピールする音楽性、ヒット曲の多さ、高度なスキルによる安定したパフォーマンス、スタジアム・クラスの会場を熱狂させる掌握力、リスナーひとりひとりの感情に訴えかけるような懐の深さ、スターとしてのオーラ、そしてベテラン・アーティストとしての貫禄、それらすべてを満たしているのが今のアリシアだ。
思えばアリシアがアルバム・デビューした2001年はサマソニが会場を東京と大阪の二拠点にして始めた最初の年。それから四半世紀近くが経ち、成熟したフェスで成熟したアリシアが全力でパフォーマンスを行う。彼女以外に誰を求めようかというくらい最適な人選だったと、終演後に多くの人が思い直したのではないだろうか。特定の世代やトレンドだけで物事の価値を決めるのではなく、大局的な視点を持って音楽や文化に接していくことで本当の楽しさに出会えるのだと、アリシア・キーズは音楽の力で改めて教えてくれた。
【写真ギャラリー】アリシア・キーズ、サマーソニックのライブ写真まとめ(記事未掲載カットあり)

Alicia Keys
Summer Sonic 2025 TOKYO SETLIST
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アリシア・キーズ
Best Album 『ベスト・オブ・アリシア・キーズ』
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再生・購入:https://AliciaKeysJP.lnk.to/THEBESTOFALICIAKEYS