Photo Courtesy of Øya Festival
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ノルウェーの音楽輸出機関〈Music Norway〉
フェスに参加した経緯にはØya側からの招待があったのだが、今回の招待で重要だったのが〈Music Norway〉という団体の存在だ。日本であれば、政府の外郭団体の位置付けに該当するであろうこの組織は、2013年にノルウェー文化省により設立され、国外への音楽展開を支援することを主な目的としている。彼らは、政府に代わって海外マーケットに向けた音楽アーティストのプロモーションを行う他、アーティストや音楽団体向けの助成金支援、スキル向上支援、ネットワーキング、アドバイザリーサービスなどを提供している。今回のような音楽フェスティバルでの海外関係者向けデリゲートプログラムも〈Music Norway〉が支援している。
実際に、フェス期間中はØya関係者よりも〈Music Norway〉の関係者とコミュニケーションを取る機会が多く、彼らが海外関係者のプログラムに関する様々なオーガナイズを担っていた。フェスティバルには、メディア関係者以外にも、各国からプロモーターやブッキングエージェントが招待されており、〈Music Norway〉を介してノルウェーの地元レーベルとのマッチングイベントやミーティングが頻繁に開催されていた。実際に、マッチングイベントをきっかけに海外ツアーや他のフェス出演が決まったノルウェー人アーティストもいたようだ。

オスロのローカルベニュー
これまでノルウェー経済は、石油と漁業(サーモン)という巨大産業に長く依存してきたため、他の北欧諸国のように、新しい産業やイノベーションが育ってこなかったと言われる。来るべき脱石油時代に向けて新たな産業の創出が課題となる中で、音楽や映画、アートといった文化産業に対する期待も高まっており、コンテンツの海外輸出はノルウェー経済における重要なミッションとなっているようだ。ノルウェーでは〈Music Norway〉以外にも、各分野で文化の海外輸出を担う機関があるそうで、実際にノルウェーコンテンツの存在感は着実に高まっている。2021年にはヨアキム・トリアー監督の映画『わたしは最悪。』が第94回アカデミー賞で国際長編映画賞と脚本賞にノミネートされ、同年のカンヌ国際映画祭で主演のレナーテ・レインスヴェが女優賞を受賞したのも記憶に新しい。
A full circle moment. Charli xcx introduces Joachim Trier's SENTIMENTAL VALUE at the Oslo Pix Film Festival. pic.twitter.com/CWua88gMzz— NEON (@neonrated) August 11, 2025
チャーリーXCXは、今回のフェス期間中に開催された「Oslo Pix」映画祭にヨアキム・トリアー監督と共に出席。トリアー監督の新作『SENTIMENTAL VALUE』についてスピーチを行った。
政府系の団体として分類される〈Music Norway〉だが、一般的にイメージされる官僚的な堅苦しさは全くなく、音楽やシーンに対する熱意や愛情を持った人々が働いている組織であるように感じた。筆者は彼らに誘われ、フェス終了後も市内のベニューで開催される様々なイベントやアフターパーティに足を運んだのが(おかげでフェス期間中の1週間は毎晩・夜中の2~3時までクラブにいる日々が続き、体力的にかなり消耗した)、ベニューやシーンの事情にとても明るく、アンダーグラウンドのアーティストやイベントについても詳しく教えてくれた。いわゆる「文化輸出」を担う機関で働く人々が、メジャーアーティストだけでなく、インディペンデントのアーティストにも目を向け、彼らを支援しようとしていること、実際に普段からベニューに足を運び、アーティストとも直接交流を行っていることがとても印象的だった。

前夜祭が行われた地元のライブハウス
ローカルと地続きな音楽フェス
オスロには、フェスの前日に到着した。Øya Festivalは前日から都市の大小様々なベニュー・バーで前夜祭的なイベント〈Øya-tirsdag〉(英訳:Øya Tuesday)を開催しており、ローカルのアーティストがライブを披露する場となっている。いくつかのベニューを梯子するような形で移動したが、ライブアクトにはメタルバンドが多く、彼らのステージにはオーディエンスも多く集まっていて、改めてノルウェーにおけるメタルの存在感の大きさを認識したのだが、個人的にはその中で明らかに異彩を放っていたエクスペリメンタル・ジャズトリオ〈Soundfocker〉が印象に残った。彼らは小規模ながらも日本でツアーを行った経験もあり、アンビエント、ブレイクビーツ的なサウンドと、エネルギッシュなベーシストの佇まいが圧巻だった。
地元の音楽施設を巻き込んだ前夜祭には、フェス自体が都市の住民や文化と地続きになって繋がっているような印象を受けた。オスロはノルウェーの首都だが、人口約71万人程度で、それほど大きな都市ではない。都市の中心部にあるトイエン公園で開催されるØya Festivalは毎年のべ8万人以上が訪れるノルウェー最大のフェスで、地元住民にとっては知り合いの誰かが必ず行っているような身近なフェスだという。
しかし、今年に関しては地元住民の間でフェスに対する意見が大きく揺らいでいるようだった。その背景には、Øya Festivalを保有する企業〈Superstruct〉が昨年2024年に、アメリカの投資会社〈KKR〉に買収された一件がある。KKRは、子会社を通じてイスラエル企業に投資しており、その中にはヨルダン川西岸の違法入植地の不動産広告を掲載する広告会社や、イスラエルのテクノロジー産業も含まれている。そのため、KKRは、イスラエルによるパレスチナ占領と人権侵害に抗議する複数の団体からボイコットの対象にされている。
KKR問題の渦中で開催されたフェス
KKRが保有することになった〈Superstruct〉のポートフォリオには、Øya Festivalの他にも、バルセロナの〈Sonar〉やロンドンの〈Field Day〉といった著名なフェスや〈Boiler Room〉が含まれている。〈Superstruct〉傘下のフェスでは、アーティストによるボイコットやオーディエンスによる抗議活動が続いているが、訪れたオスロでも、Øya Festivalに対する強い抗議活動が行われていた。

市内には「ボイコット Øya」を訴えるポスターや弾幕が見られ、実際にスウェーデン出身のShitKidは今回の出演をキャンセルした。また、オスロ市内のベニューの一つ〈Blå〉は、KKRとフェスティバルの関係を理由に、Øyaとの提携を解消しており、代わりに地元のヒップホップグループのUndergrunnがライブを行った。ライブの収益はガザの医療団体に寄付され、チケットは記録的な速さで売り切れたという。
緊張感が漂う中迎えた初日、会場のトイエン公園入り口では抗議グループによるプロテストが行われ、開催反対を訴えるポスターが貼り出された。それでも会場は入場間もなく多くの観客で溢れかえっており、KneecapやFontaines D.C.といったパレスチナに対して明確な支持を示しているアーティストも出演をキャンセルすることなく、フェスは無事にスタートした。

Kneecap
”ジェノサイド”に明確に反対の姿勢を示したØya Festival
多くのアーティストが出演をキャンセルしなかった要因には、Øya Festivalが明確に自分たちの立場を示したことが関係しているだろう。

Øya Festivalへの参加や出演を巡っては国内外で様々な議論が展開されたが、その議論で改めて問われたのはフェスの存在意義だった。フェスが単なる娯楽・経済空間以上の存在として、社会の不正義や課題に対する取り組みを先導できるとすれば、Øyaはパレスチナで起こるジェノサイドや占拠という問題に対して、どのような役割を果たすことができるだろうか。彼らが具体的に実践したことは大きく分けて以下となる。
1. フェスをより多くの人々にパレスチナに関わる問題を知ってもらい、行動を起こしてもらうためのプラットフォームとして活用すること
2. 1の目的に基づき、アーティストや観客を含めてパレスチナに関する表現や声明を禁止しないこと
3. フェスに反対する組織や団体との議論を続け、その内容をオープンにすること
フェスではパレスチナの旗やパレスチナ支持を表明するポスターの持ち込み、メッセージの発信が禁じられなかったため、パレスチナのスカーフやリストバンド、バッジを付けた観客が会場では数多く見られた。また、出演アーティストに関しても、体感ではノルウェー人アーティストの大半がステージにパレスチナの旗を掲げており、パフォーマンス中にも必ずパレスチナに関するメッセージを発していた。スウェーデン出身のパンクバンド・Refusedも、ボイコットか出演かの白黒の議論ではなく、問題を前進させていくために協力し合うこと、敵対するのではなく、文化と資本主義に関する根深い問題に目を向けていくことの重要性を訴えていた。

Refused
恐れ知らずのエネルギッシュなパフォーマンスで会場を熱狂させた北アイルランド出身のヒップホップクルー・Kneecapも「FUCK KKR!」と叫び、ノルウェー政府年金基金によるイスラエル軍関連メーカー企業への投資*を取り上げ、政府による間接的な虐殺への関与を批判した。現行ロックシーンで最強バンドの一角を担う超実力派・Fontaines D.C.は、彼らを代表する名曲「I Love You」で、大迫力のビジュアルと共に「Free Palestine」「イスラエルはジェノサイドに加担している。
*ノルウェー政府はパレスチナを国家として承認しているが、同国の石油産業からの余剰収益を運用する「ノルウェー政府年金基金(運用資産総額1.9兆ドル以上)」が2023~2024年にイスラエル軍に部品を供給する航空機エンジン部品メーカー「Bet Shemesh Engines Ltd.」へ約1,520万ドルを投資していたことが明らかになり、国内外で強い批判を受けている

Fontaines D.C.
参加者が抱える葛藤
そして、人権団体や反対グループとの対話だが、これまで気候変動やジェンダー平等といった社会問題に積極的に取り組んでいたØya Festivalは、毎年、社会問題について話し合うパネルをフェスの1ステージで開催している。今年は急遽、500人以上のアーティストが参加する、イスラエルによるパレスチナ人への戦争犯罪と人権侵害への抗議団体「アーティストたちの混声合唱団」と、オスロの国際人権団体で、現在はパレスチナ難民に注力している「Oslo Solidarity」の代表者と、Øya Festivalの代表者によるパネルが開催され、双方で交わされている議論の内容が報告された。さらにフェスでは、「Oslo Solidarity」のブースが置かれ、パレスチナで起こる問題を解説するパンフレットや寄付につながる様々な物販が行われていた。

フェスのステージを使って行われるパネルディスカッションの様子
こうしたフェスに関わるステークホルダーによる努力があった一方で、来場者に話を聞けば、罪悪感や葛藤を抱えながら今回のフェスに参加していると答えていた人が大半だった。実際に、KKRによる〈Superstruct〉の買収が発表されたのは、チケットのセールスが始まった後で、多くの人がチケットを買った後に、KKRとの結びつきとの問題に直面することになったからだ。
今年のフェスに参加することの難しさについて、オスロ出身の女性は「全ての行動が政治的な立場の表明だと思われるのは辛い。私はイスラエルの行動に対してもちろん反対だし、怒っている。だけど、大好きなチャーリーXCXのステージも見たいの。今はどうやったら純粋に音楽を楽しめるのかが分からなくなってしまっている」と話してくれた。

パレスチナへの寄付のために建てられたブース
音楽フェスと資本主義をめぐる課題
現地のジャーナリストが話してくれたのは、Øya Festivalが〈Superstruct〉傘下に加わった時期は、政府からの助成や支援が打ち切りになったタイミングと近いということだ。ノルウェーに限らず、多くの国で文化に対する公的予算がカットされ、文化に関わるプレーヤーに対してより経済主体として自立することを促す動きが加速しているが、この流れは結果的に、文化とローカル性の結びつきを弱め、より巨大な資本に依存せざるを得ない状況を生み出している。音楽フェスに関しても、〈Superstruct〉に限らず、世界中で大小さまざまなサイズのフェスがPEファンドや巨大プロモーターの傘下に入る動きが見られる。
このような状況が同時に生み出す脆弱性は、Øya Festivalを見れば明らかだろう。長年にわたって気候変動やジェンダー平等といった社会問題に取り組んできたØyaにとって、昨年の10月に、突如親会社がKKRに買収され、イスラエルとの関係性を問われるようになったことは、ある種の不運な事故とも言えるかもしれない。
フェス側の発表によると、KKRがイスラエルの軍事産業や防衛産業に投資したという明確な情報は現時点では見当たらず、KKRに対してはファンドの投資内容や資金の流れについて再三問い合わせているものの、具体的な回答が得られていないようだ。Øya Festivalは、KKR宛ての公開書簡の中でも同社のイスラエルへの投資をめぐる透明性の欠如に強い不満を表明している。資本主義の覇者とも呼べる、世界最大級のPEファンドの一つであるKKRとイチ音楽フェスティバルのØya Festivalの間には、音楽ファンが想像するよりもずっと遠い距離が存在している。KKRにとって、投資先の〈Superstruct〉のさらに投資先という関係性にあるØya FestivalやBoiler Roomといったフェスが、KKRの決定に対して具体的に関与できる可能性は客観的に見て非常に低い。KKRにとって、ローカルな音楽フェスなどは取るに足らない存在で、フェス周辺で起こる抗議デモですら、カルチャー界隈の内輪揉め程度にしか見えていないのかもしれない。

ノルウェーのレジェンドアーティスト・Stein Torleif Bjella
フェスは何のために存在する?
こうした状況下で開催されたØya Festivalが模索したのは、フェスが分断を可視化する場ではなく、協力や協調を探るための場になれるかどうかだった。
ここまで、フェスを取り巻く状況の方を中心に述べてきてしまったが、girl in redは最終日のヘッドライナーとして、エネルギッシュな圧巻のパフォーマンスで観客を熱狂させた。
他にも、素晴らしいノルウェー人アーティストを多く見る機会があったので、印象に残ったステージについても触れておきたい。特に素晴らしかったのは、初日のトップバッターを務めたサイケデリックジャズバンド・KanaanとフォークトロニカバンドÆvestadenによるコラボレーションKanaan & Ævestadenと、アートポップ/ポストパンクバンドのPom Pokoだ。Pom Pokoのバンド名は『平成狸合戦ぽんぽこ』に由来しているそうで、昨年リリースしたアルバム『Champion』も素晴らしく、日本でもぜひ観たいと感じた。

最終日のgirl in red
オスロのØya Festivalを訪れ、予期せぬ形で、現代の音楽業界が抱える困難や矛盾・葛藤に直面することになったが、ポジティブな発見も同時に多くあった。オスロには、多様なアーティストが存在する豊かな土壌の上に、シーンの深部にまで入り込んでアーティストやベニューと関係を築きながら、戦略的にアーティストの海外進出支援を行う〈Music Norway〉らが作り上げた優れたエコシステムが存在する。今回のKKR問題に対しても、協調を模索しながらフェスという場所をより良くしようとする人々がいたノルウェーの音楽シーンには希望を感じることができた。来年のフェス開催を巡っては、今後も様々な議論が交わされていくことが予想されるが、多様な問題系が複雑に絡み合う困難な状況においても、二元論的な白黒でなく、立場を超えた前向きな話し合いが行われていくことを願う他ない。

girl in redのステージにて
Øya Festival
https://www.oyafestivalen.no/
https://www.instagram.com/oyafestivalen/Øya Festival