
『Joy In Repetition』には、「Ready For The Floor」「I Feel Better」「Flutes」「Over and Over」といった鉄板ダンス・チューンから、「Boy From School」「Look At Where We Are」「Melody of Love」のような繊細でメランコリックな楽曲、さらに新曲「Devotion」も収録
ホット・チップの物語が始まるのは、豊かでオプティミスティックだった90年代。ブリアルやフォー・テット、The XXらの出身校としても知られるロンドン南西部の先進的な学校、エリオット・スクールでアレクシス・テイラーとジョー・ゴダードが出会い、共に音楽を共通の趣味としていた2人は親友になった。毎日のように一緒にライブハウスへと足を運び、やがて曲作りをするようになった彼らは、ホット・チップと名乗るようになる。
当時、彼らが聴いていたのは、ビースティ・ボーイズやデスティニーズ・チャイルド、スモッグ、ウィル・オールダム、ジム・オルークなどなど。ヒップホップやR&B、フォークからエレクトロニカまでを横断するオルタナティブな感性は、自主制作で作られた2枚のEP──『Mexico 』 (2001年)と『San Frandisco』(2002年)に映し出されている。その後、バンドはレーベルの〈もしもし〉と契約し、2003年の12インチ「Down With Prince」を経て、翌年に1stアルバム『Coming On Strong』をリリース。このアルバムの楽曲は本ベストには収録されなかったが、現在の彼らよりもダンス・ミュージックの要素は控えめで、ローファイでストレンジなエレクトロニカ・ポップといった趣の強い同作は、耳の早い音楽リスナーから注目を集めた。ちなみに、〈もしもし〉は以降にブロック・パーティやフレンドリー・ファイヤーズ、ブレイクボットなどを輩出した優良レーベル。当時、同レーベルがリリースしていた7インチ・シリーズは、日本でもインディー好きを熱狂させており、多くのタイトルが即完していたほどだった。
2024年には20周年記念エディション『Coming On Strongerer』がリリースされた
『Coming On Strong』にも一部参加していたアル・ドイル、オーウェン・クラーク、フェリックス・マーティンが正式メンバーになり、ホット・チップは5人組へ。
3rdアルバム『Made In The Dark』以降の数年はホット・チップがバンドとして精度や求心力を増していった期間だといえるだろう。現行インディーの売れっ子となったダン・キャリーがミキサーとしてクレジットされている3作目は、テイラーとゴダードの宅録体制は継続しつつ、バンドでのスタジオ録音の比重が増したことで、よりダイレクトなダンサブルさを会得。その一方でメロウなバラードも存在感を放っており、ホット・チップの多岐な音楽性が13曲に広がる作品になった。バンド最大のヒット・ソングとなったバウンシーな「Ready for the Floor」は、グラミー賞のベスト・ダンス・レコーディング賞にもノミネートされ、今回のベスト盤でも1曲目に据えられている。
そして2010年の『One Life Stand』はファンのなかでも最高傑作に挙げる声が多い一枚。これまでよりも制作に時間をかけられたことで、明晰な判断が可能になり、統一感のある完成度の高い作品に仕上げられたという。生ドラムやホルンなどオーガニックな音とエレクトロニクスが絶妙なバランスで混ざっており、フィンバー・ブラボーによるスティールパンを加えた表題曲はいま聴いても実にフレッシュ。デトロイト由来のそれを彷彿とさせるストリングスが舞う「I Feel Better」もドラマティックなバンガーだ。
Domino移籍後も絶好調、ベスト盤の新曲も
業績悪化によりEMIが消滅したためバンドはDominoに移籍。マーク・ラルフを共同プロデュースに迎えた5作目『In Our Heads』(2012年)からは3曲が選ばれている。DJの際、みずからの趣向とは異なる楽曲を客からリクエストされたときのなんともいえない気持ちがサーカスティックなエレクトロに落とし込まれた「Night And Day」、このベスト盤では唯一のダウンテンポ「Look At Where We Are」も屈指の名曲だが、やはり出色なのは「Flutes」。奇妙な拍子のボーカル・サンプルから徐々にビルドアップしていくこの曲は、シカゴ・ハウス的な野蛮さをホット・チップ流儀の品の良さの元で巧みに操っている。
「Need You Now」や「Huarache Lights」を収録した2015年の『Why Make Sense?』では、ディスコや初期ハウスの持つプリミティブな力強さにフォーカス。同作をインスパイアした、抑圧され侮蔑されてきたマイノリティたちにとってのシェルターとなっていた往時のダンス・カルチャーへの共鳴をさらに強めたのが、2019年の『A Bath Full Of Ecstacy』だ。この7作目はThe XXやサンファなどで知られるロディ・マクドナルド、カシアスの片割れでありフェニックスやフランツ・フェルディナンドでも腕を揮ったフィリップ・スダールの2人をプロデュースに召喚。ズダールはアルバムのリリースの2日前に不慮の転落事故で亡くなるという悲劇があった。興味深いのは、今回のベスト盤に収録された3曲──「Melody Of Love」「Hungry Child」「Positive」はすべてマクドナルドのプロデュースだということ(「Hungry Child」のみ追加プロダクションにズダールがクレジットされている)。
というのも、リリース時のインタビューでは、ホット・チップはマクドナルドは成果物をいかに良いものにするかに注視し、ズダールはいかにその場のヴァイブスを良好にするかに力点を置いていたと語っており、前者との作業は楽曲の構造やアレンジ、尺などの面でマクドナルドとの意見交換が活発であり、緊張感のある瞬間も多かったと語っていたからだ。だが、それゆえに達成感は大きかったのだろう。推進力に溢れた「Hungry Child」”、ユーフォリックな「Melody Of Love」、そして問題を抱えた人々への眼差しに表れる彼らの誠実さがあまりに感動的な知られざる名曲「Positive」は、このタイミングでより多くの人に届いてほしい。
オリジナル・アルバムとしての最新作は2022年の『Freakout/Release』。ソウルワックスが関与した表題曲や「Down」といったアップリフティングなエレクトロではなく、メランコリックな「Eleanor」がベスト盤に選ばれたのはやや意外だった。
ベスト盤用に作られた新曲「Devotion」は、〈献身〉を意味するタイトルが表しているように、25年もの間、このバンドに心血を注いできた自分たちをレペゼンし、メンバーそれぞれ、あるいはファンに対しての感謝を込めたエモーショナルなダンス・ポップだ。日本で撮影され、交通警備員が踊りまくるMVも話題になっているが、ブライトフルなシンセ、ダイナミックなギター、ゴキゲンなビート、心地よい滑空へとリスナーを運ぶ歌と、ホット・チップの魅力が詰まりまくったサウンドになっているのが嬉しい。
ちなみにベスト盤のタイトル『Joy in Repetition』(=反復の快楽)は、初期の代表曲「Over And Over」を意識しつつ、彼らが敬愛するプリンスの楽曲を引用したもの。テイラーはこのように語っている。
「何かを何度も繰り返すのは楽しい。それは、リズム、グルーヴ、そしてレコードを20年間一緒に作ってきたことにも言えるよね。僕たちはずっと続けているんだ。今でも大好きだから」
ホット・チップの音楽は極めて記名性が高い。それゆえ金太郎飴みたいなバンドにも思われがちだが、丹念に聴くと常に新たな挑戦やときどきのモードが落とし込まれている。『Joy in Repetition』は、反復しながらも変化してきたバンドの本質に触れるには最高の一枚だ。

Photo by Louise Mason

ホット・チップ
『Joy in Repetition』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15207

HOT CHIP POP-UP SHOP
開催期間:2025年9月5日(金)~9月21日(日)
開催場所:タワーレコード渋谷 6階(TOWER VINYL SHIBUYA)
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