ヒップホップからジャズ、さらにはアンビエントに至るまでLAビートシーンの懐の深さを体現したかのような作風で世界中からラブコールを受けているプロデューサー、ノサッジ・シング(Nosaj Thing)。そしてレディオヘッドやライ、フルームなど名だたるミュージシャンからリミックスの依頼を受け、自身もいくつものクラブ・クラシックを生み出しているジャック・グリーン(Jacques Greene)。
両者のコラボレーションによるプロジェクト=Verses GTのデビュー・アルバムが〈LuckyMe〉よりリリースされた。

10年以上前から親交のあった二人は、多忙なスケジュールな合間を縫いながらも、様々な都市を回遊しながら対面でのセッションで本作を作り上げた。そこに刻まれているのはモントリオールで開催されたMUTEKでのデビュー・ライブの記憶、ロンドンでの熱狂の記憶、そして東京で過ごした一夜の記憶……。映像作家であるザビエル・テラが伴走し、ビジュアルに趣向を凝らしながら制作が進められた本作は、アブストラクトなUKガラージ~テック・ハウスの意匠を借りながらも、ただのコラボレーションに止まらない親密な関係性を色濃く反映している。

今回はアルバムを完成させたばかりのふたりにインタビューを実施。ノサッジ・シングは日本のホテルの一室から、ジャック・グリーンはモントリオールの自宅から、Zoomを通じてVerses GTの制作プロセスを語ってくれた。なお彼らの出演する11月のMUTEK.JPでは真鍋大度の参加も予定されているとのこと。今回のプロジェクトにおいて東京は重要な場所だそうで、映像やライティングも融合したまたとないライブパフォーマンスが期待できそうだ。

Nosaj ThingとJacques Greeneが語るVerses GTを通じた友情、映像的なエレクトロニカ、MUTEKとの繋がり

Photo by Xavier Tera

—まず、Verses GTはどのようにして始まったプロジェクトなのでしょうか?

ジャック:最初にジェイソン(ノサッジ・シング)と会ったのは15年前かな。僕がLAに行くことが多かった頃、友だちとしてよく遊んでたんだ。美味しいベトナム料理の店を探して冒険したりしてね(笑)。そこで映画やファッション、あとは人生のスタンスとか、とにかく共通点が多いことに気づいたんだよ。


ノサッジ:そうだね、僕らはもう長い付き合いだ。最初は単にフィル(ジャック・グリーン)の作品のファンだったんだ。それで……ちょうどパンデミックの直前くらいかな、僕が方針転換をしてセッション・ワークを中心に活動するようになったんだ。当時はツアーも出来なかったからね。そのタイミングでフィルともセッションするようになった。僕らは美的感覚が近いし、制作もスピーディでワクワクするんだよね。

—Verses GTは様々な都市を跨いで制作が行われたとお聞きしました。特定の拠点を置かずに制作したことは、作品にどのような影響を与えたとお考えですか?

ジャック:今回のアルバムは「対面で作業する」ということにフォーカスしたんだ。お互いに忙しいんだけど「ロンドンに二日間いるなら一緒にやろう」みたいな感じで、各地で曲を作っていった。僕らはインターネット以降の世代なんだけど、今回はリアルでの繋がりを重視した。パンデミックを経てインターネットの在り方が変化してきた中で、Verses GTは友情やパートナーシップ、そして誰かと一緒に作業する喜びを祝福するものなんだと思っているよ。救済のような存在だね。


ノサッジ:ロンドンは小さなスタジオを根城にしてたんだ、東京の「ノア」くらいのサイズだったね(笑)。本当に最高の時間だったよ、必要な機材なんてほとんどなかった。大事なのはアイデアとヴィジョンで、それさえあれば十分なんだって改めて気付いたんだ。それで一緒にDJをしている時に曲を持っていって、世界中のクラブでテストしたんだ。とにかく新鮮なエネルギーを得ることができた。

ジャック:新鮮なエネルギー、まさにそうだね。

—なるほど。

ノサッジ:エネルギーを色々な都市から吸収している感覚だったよ。今も覚えてるんだけど、アルバムの後半に入っている「Intention」は素晴らしい瞬間に生まれたんだ。イギリスでのDJセットの最中にインスピレーションを受けて、次の日がオフだったからエネルギーを注ぎ込んで作ったんだよ。まさに「旅をしながら音楽を作る」ということを体現した瞬間だったね。

ジャック:あの時は5時間くらいDJしてたんだよね。
オープンからクローズまで夜通しプレイしてた。

ノサッジ:そうそう。その時──確か午前0時くらいだったはず──、フィルがあるトラックをかけたんだ。その瞬間、まるで映画の中にいるみたいな感覚になった。霧が立ち込めていて、人々がスローモーションで動いて……(突然ノサッジの電波が途切れる)

ジャック:おっと。そうだな……僕が続きを話してみるね。そうそう、ジェイソンが言った通り、霧が立ち込めてセットが深みを増していくというタイミングだったんだ。大袈裟なブレイクダウンのようなものはなくて、グルーヴに乗ってUKガラージとか90s風のスウィング・ミュージックみたいなものをプレイしていた。そのセクションとオーディエンスの反応、それにダンスフロアのヘヴィな雰囲気が荘厳な空気感を醸し出していたんだ。それで僕はジェイソンの方を見て、「今のこの感じ、この感覚。絶対に覚えておこう。スタジオに行って今の空気感を閉じ込めないと。
今、この瞬間のスナップショットを捕まえておくんだ」って言ったんだよね。

ノサッジ:(Zoom画面に復帰)ごめん、携帯の充電が切れちゃったみたい。

ジャック:君の話を終わらせておいたよ、これがコラボレーションっていうやつだね(笑)。

—ありがとうございます(笑)。対面でのコラボレーションに関連して、ゲストで参加したクチュカとタイソン、ジョージ・ライリーについても教えてください。それぞれ、どのような経緯で共作に至ったのでしょうか?

ジャック:クチュカとタイソンは〈LuckyMe〉からリリースしていたよしみもあって、前から親交があったんだ。チームにも自然に迎え入れられたよ。特にローラ(クチュカ)の場合は、共通の友人が沢山いて、当時は彼女もLAにいたから、すんなり対面でレコーディングすることができた。アルバムについて話して、曲について話して、その曲は何度も形を変えて、その度に彼女をまたスタジオに呼び戻して、それについてまた話して……ということを繰り返してたよ。

ジャック:一方でジョージ・ライリーは、僕がリリースを追い続けていた人なんだ。ヴィーガンとかハドソン・モホークとか、僕の大好きな人たちがプロデュースしてたんだよね。だからずっと近いところにいた印象なんだ。


映像的なエレクトロニカ、MUTEKとの繋がり

—もう少しアルバムの話を教えてください。ユーフォリックなテクノが中心のアルバムですが、最初の「Fragment」と最後の「Vision + Television」はどちらもビートレスです。このような構成はどのようなアイデアから生まれたものなのですか?

ジャック:アルバムのトラックリストは、僕たちの頭の中を流れる映画のようなものなんだ。例えば、最初は登場人物を少しずつ紹介するような感じで、3曲目の「Your Light」までボーカルを入れずに焦らしたんだ。

—おぉ、なるほど。

ジャック:オープニングの「Fragment」はショーのオープニング用に作られた曲なんだ。去年の夏、Verses GTとして初めてのライヴをモントリオールのMUTEKでやる前にセッションしたよ。壮大なムードで始めるんじゃなくて、上空から雲がゆっくりと訪れるように始めたかったんだ。他のトラックはそこまで意識して作ったわけじゃないけど、「Fragment」だけはパフォーマンスを念頭に置いたんだ。

—Verses GTにとって、映像作家であるザビエル・テラの貢献は外せません。映画を意識したとのことで、彼のヴィジュアル面からの訴求も重要であるようにビデオからは感じられました。

ジャック:まさにそうだ、僕たちは本当に長い時間話し込んだ。
というのも、このアルバムが完成した時に、どういう気持ちで制作したのかを話す価値があるんじゃないかなと思ったんだよね。そこから僕ら以外の共同作業者を入れて会話をするようになった、ザビエルもその一人だ。

―なるほど。

ジャック:まず、ジェイソンと僕の古くからの友人をクリエイティブ・ディレクターとして呼んで、アルバムの整理を手伝ってもらったんだ。彼はジェイソンの家に来て、僕たちにインタビューをした。「なぜこのアルバムを作ったのか?」とか「僕たちは何に応えようとしているのか?」とか「世界の問題とは何か?」とか……徹底的に掘り下げてくれた。それからザビエルも参加してくれたんだよね。彼はインタビューの中で出てきたワードを受けてヴィジュアル・イメージを作ってくれた。

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ジャック:今年の1月に僕が東京に行った時も撮影をして、このジャケット写真を一緒に作ったんだ。最終的には東京の制作会社と一緒に短編映画のシリーズをザビエルは作った、僕もまだ全貌を見ていないんだけど(笑)。

ノサッジ:実は東京でその短編映画をプレミア上映するんだ。あれを観た時は本当に興奮したね。僕たちの曲は分解されて、短編映画から音楽を作ったようにも感じられたんだ。僕たち4人の間では常に会話が続いていて、これから先に起こることも楽しみなんだ。

ジャック:そうだね、今の話が核心を突いている気がする。僕たちには言葉のプールのようなものがあって、Verses GTはそれをまとめたものなんだ。本や映画の中で出会った単語が面白かったりしたら、お互いに書き留めるようにしていたんだ。僕たちの頭がどこに行き着くのか、それを眺めていることが興味深かったんだよね。ここにリストがあるんだけど……「Outlined(概要)」に「Silhouette(輪郭)」、「City as a city(都市としての都市)」、「Contras(対比)」、「World(世界)」みたいな感じ。特に深く考えずにApple Noteで共有してたんだ。

—お二人は様々なプロジェクトも並行して動かしていますよね。それらとVerses GTにはどのような感覚の違いがありますか?

ノサッジ:全然違うんだ。今は個人的にジャズのレコードを作ったり、真鍋大度と新しいプロジェクトをやったりしてる。その中でもこのプロジェクトは、これまでで最も楽しいもののひとつなんだよね。というのも、Verses GTはオーディオ・ヴィジュアルのような総合的なプロジェクトで、それは前から探求したいと思っていた分野なんだ。僕らは写真集をコレクションしているくらいヴィジュアル面への興味がある。そしてVerses GTはそのアイデアを際限なく活かすことができる。

ジャック:そうだね。僕も今年の夏はいくつかレコードをプロデュースして、自分のアルバムにも着手していたんだ。それも大好きな作業なんだけど、忙しいスケジュールの中でジェイソンと一緒に作業する時間がある時は「よし、楽しい時間が来るぞ」っていう感じなんだよね。僕たちは人間的なレベルで仲が良いし、同じ興味やリファレンスをたくさん共有している。このアルバム自体はちょっとヘヴィでダークな雰囲気なんだけど、僕たちにとって、これは真の友情を讃えるものなんだ。

Nosaj ThingとJacques Greeneが語るVerses GTを通じた友情、映像的なエレクトロニカ、MUTEKとの繋がり

Photo by Xavier Tera

—では最後に、日本でのMUTEKのパフォーマンスについても聞かせてください。どのようなショーを想定しているのでしょうか?

ノサッジ:本当に楽しみだよ! 今もジャックとは会話を重ねていて、東京でのショーまでにもプランは変化し続けると思うよ。真鍋大度も参加してくれるんだ、照明のプログラミングを担当してくれる予定だよ。ツアーの最後のショーというよりも、僕にとっては「Verses GTの次のヴァージョンのスタート」なんだよね。.Verses GTの世界をさらに拡げていくんだ。

ジャック:うん、僕たちは本当にワクワクしているんだ。僕たちの初めてのライヴは去年の夏、モントリオールのMUTEKから始まったんだ。MUTEK自体がモントリオール発祥なんだよね。そして、今ジェイソンは東京に住んでいる。だから、東京でMUTEKをやるというのは、このアルバムを通じて考えていたことが全て形になるような感じなんだ。偶然とは言わないけど、東京でのMUTEKでパフォーマンスをすることは象徴的な美しい出来事だと思う。完璧なブックエンドみたいなものだね。僕たちにとっても特別なものになるだろうし、オーディエンスにとっても特別な体験を届けられたらいいな。

Nosaj ThingとJacques Greeneが語るVerses GTを通じた友情、映像的なエレクトロニカ、MUTEKとの繋がり

Verses GT
『Verses GT』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15243

Nosaj ThingとJacques Greeneが語るVerses GTを通じた友情、映像的なエレクトロニカ、MUTEKとの繋がり
画像

MUTEK.JP
2025年11月20日(木)~23日(日)東京・渋谷Spotify O-EAST
※Verses GTは11月22日(土)出演
詳細:https://tokyo.mutek.org/
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