ジャンルや国境を超えて、ミレニアル以降の25年間を彩った名曲をランキング化。ローリングストーン誌が選ぶ、21世紀の偉大な楽曲TOP250を一挙お届けする。


21世紀の音楽を定義するものがあるとすれば、それは「絶え間ない変化」だ。次にお気に入りの曲がどこから現れるかわからない時代──スタイルの境界を超え、世界中のあらゆる場所から音が届く時代に、私たちは生きている。音楽ファンであること自体の体験も、常に姿を変え続けている。

遡ること2000年(Y2K)、イン・シンクが「Bye Bye Bye」をリリースした当時は、CDセールスの絶頂期だった。しかしその時代も”バイバイバイ”していった。Napsterが登場し、MySpaceやiPodが続いた。ストリーミングが始まり、アナログレコードが復活した。新しいサウンドが次々と生まれ、多様かつ実験的な音楽で満ちており、今という時代に音楽ファンであるということは、地球全体の音を指先で掴むことができるのだ。

下掲のリスト「21世紀の偉大な楽曲250選」の背後にあるのは、まさにそんな時代精神である。さまざまなスタイル、ビート、声が混在するワイドレンジなミックスだ。世界的に愛されるヒット曲もあれば、影響力の大きいカルト・クラシックもある。ここでは21世紀の音楽が持つ混沌とした栄光のすべてを、1曲ずつすくい上げることを目指した。


ここに選ばれた曲たちは、あらゆる地域から集められたものだ。トップ10だけを見ても、ストックホルムからコンプトン、ナッシュビルのミュージック・ロウ(カントリー音楽の中心地)からニューヨークのパンクバーまで旅をする。ソウルからスペイン、サンフアン、ラスベガス、ベラクルス、ヴェルサイユ、ナイジェリア、メキシコ、コロンビアまで。レゲトン、K-POP、ドリル、クランク、カントリー、アフロビーツ、エモ、シエレーニョ(メキシコの地域音楽)といったすべてが含まれている。リストの選考基準は人気や再生回数ではない。純粋なる「音楽的な才気」と「独創性」だ。どこから来た曲であっても、それらは私たちがいま、無限の可能性と止まらない革新の時代に生きていることを思い出させてくれる。今日の最も著名なメガスターたち──ビヨンセ、テイラー・スウィフト、ケンドリック・ラマーは、最も冒険的なアーティストでもあるのだ。

曲のいくつかは、デヴィッド・ボウイ、メアリー・J・ブライジ、マドンナ、ボブ・ディランといった、前世紀から第一線に立ち続けたレジェンドたちによるものだ。一方で、「teenage dirtbags」(冴えない10代)が生み落とした曲もある。「Anthems for a 17-Year-Old Girl」や「Drivers License」は、どちらも17歳の少女のための(もしくは17歳の少女による)アンセムだ。オリヴィア・ロドリゴが生まれた年に人生を締めくくったジョニー・キャッシュの渋みあるカントリーも入っている。
一発屋もいれば、一夜で消えたジャンルもある(どうぞお立ちください、クリスチャン・ニューメタル)。苦悩に満ちたポエトリーもあれば、むき出しの告白もある。〈Baby, you a song〉と歌う曲もある

本リストの制作過程では、意見の衝突が絶えなかった──だが、そのすべての瞬間を楽しんだ。これは「アーティストのリスト」ではなく「楽曲のリスト」だから、基本的には同じアーティストの曲をいくつも選ぶことは避けた。とはいえ、中にはあまりに傑作が多すぎて外せない天才もいる(たとえば、宇宙がロードに「Ribs」と「Green Light」を同一人物のキャリアにおいて授けたのだから、誰もそのことに異を唱えることはできないだろう)。

もちろん、音楽ファンが各自で作るリストはまったく違うものになるはずで、そこは大きなポイントだ。けれどもこのリストは、「ルールのない時代」「既存の教科書に従わない時代」を象徴している。このリストに載った誰ひとりとして、安全策で済ませようとした者はいない。さあ読み進めよう。音量を上げて、未知を探ろう。みんなでめちゃくちゃ踊って騒ごう(get ur freak on)。


250位 Train「Drops of Jupiter」(2001)

どの時代にも、ライターを掲げるパワーバラード的アリーナ・アンセムが存在する。2000年代初頭、それを届けたのがトレインの「Drops of Jupiter」だった。2001年の夏にトップ5ヒットを記録したこの曲は、その後も年月を重ねるごとに普遍的な存在となっていった。パット・モナハンは〈ねぇ、ヴィーナスに心を奪われたの?〉という詩的な問いを力強く歌い上げる。彼がこの曲を書いたきっかけは、亡き母が宇宙から戻ってくる夢を見たことだったという。トレインには「Hey, Soul Sister」のようなヒット曲もあるが、「Drops of Jupiter」は時代を超えた代表曲としての地位を確立した。言うなれば、この時代における「Dont Stop Believin」や「Africa」に最も近い存在。「人生でいちばん美味しかったソイラテ」みたいな幸せの音楽版だ。 — Rob Sheffield

249位 Tweet feat. Missy Elliott「Oops (Oh My)」(2002)
248位 Fleet Foxes「Tiger Mountain Peasant Song」(2008)
247位 Avicii「Levels」(2011)
246位 Post Malone & Swae Lee「Sunflower」(2018)
245位 Tego Calderón「Pa Que Retozen」(2002)
244位 Warren Zevon「Keep Me in Your Heart」(2003)
243位 Davido feat. Musa Keys「Unavailable」(2023)
242位 Scarface「My Block」(2002)

241位 Wheatus「Teenage Dirtbag」(2000)

あれから四半世紀。ブレンダン・B・ブラウンが、自身の故郷ロングアイランドの町で起きた残酷な殺人事件を題材にして書いたこの曲は、いまやカラオケの定番であり、Y2K時代を象徴する楽曲となった。ブラウンのサード・ヴァースでのファルセットや、Kedsのスニーカー、チューブソックス、ボロいカマロといった80年代のティーンエイジャー像を生々しく描くディテールこそが、この曲を時代を超えて生き残らせている。ワン・ダイレクション、SZA、ロッド・ウェイヴによるカバーや引用によってZ世代の間でも再評価され、さらにはウィーザーまでがカバー(しかも多くの人が彼らの曲だと勘違いしている)することで、世界的な人気はさらに拡大している。
「この曲に人々を引きつけたものが何であれ、それは僕の故郷で起きた”サタンの殺人事件”なんかより、ずっと重要なんだよ」とブラウンは2020年の本誌インタビューで語っている。— Jonathan Bernstein

240位 Mac Miller「2009」(2018)
239位 Skrillex feat. Sirah「Bangarang」(2011)
238位 Bleachers「I Wanna Get Better」(2014)
237位 Kid Cudi「Day n Nite」(2008)
236位 Shaboozey「A Bar Song (Tipsy)」(2024)
235位 Foo Fighters「Times Like These」(2002)
234位 J Balvin & Willy William「Mi Gente」(2017)
233位 John Prine「Summers End」(2018)
232位 Tems「Free Mind」(2020)
231位 Florida Georgia Line「Cruise」(2012)

230位 Mastodon「Blood and Thunder」(2004)
229位 Old 97s「Rollerskate Skinny」(2001)
228位 Rema「Woman」(2020)
227位 Tyler Childers「Feathered Indians」(2017)
226位 5 Seconds of Summer「Youngblood」(2018)
225位 Bright Eyes「First Day of My Life」(2005)
224位 The Knife「Heartbeats」(2002)
223位 Kanye West feat. Rihanna and Kid Cudi「All of the Lights」(2010)
222位 Paul Simon「Rewrite」(2011)
221位 The Mountain Goats「No Children」(2002)

220位 Ke$ha「Tik Tok」(2009)

「Tik Tok」は、ケシャ初期のパーティー・アニマルなキャラクターを完璧に紹介したデビュー曲であり、その無邪気で奔放なエネルギーは15年を経たいまも輝き続けている。楽曲は〈朝起きたらP・ディディになった気分〉というラインで幕を開けるが、かのプロデューサーに対する告発が浮上すると、ケシャはライブでその部分を観客と一緒に「Fuck P. Diddy!」と叫ぶ大胆なリリックへと変えた。「Tik Tok」は2010年代初頭を象徴する楽曲となり、リリース初週に61万ダウンロードを記録して女性アーティストとしての最高記録を樹立。その当時、1週間で最も多くダウンロードされた曲は、ケシャがフックを担当していたフロー・ライダーの「Right Round」だった。— Tomas Mier

219位 Father John Misty「Holy Shit」(2015)
218位 T-Pain「Im Sprung」(2005)
217位 Rich Boy feat. Polow Da Don「Throw Some Ds」(2006)
216位 Old Crow Medicine Show「Wagon Wheel」(2004)
215位 Lizzo「Truth Hurts」(2017)
214位 The Hold Steady「Killer Parties」(2004)
213位 Taylor Swift「Love Story」(2008)
212位 Doja Cat feat. SZA「Kiss Me More」(2021)
211位 Alabama Shakes「Hold On」(2012)

210位 Usher feat. Lil Jon and Ludacris「Yeah!」(2004)
209位 Aventura feat. Don Omar「Ella y Yo」(2005)
208位 Ashlee Simpson「Pieces of Me」(2004)
207位 Rich Gang feat. Young Thug & Rich Homie Quan「Lifestyle」(2014)

206位 NewJeans「Hype Boy」(2022)

あまりの中毒性に、まるで韓国軍全体がTikTokで踊り出したかのような現象を巻き起こした曲「Hype Boy」。この曲は、若者文化と恋のときめきを抗いがたい魅力で祝福するアンセムだ。当時17歳だったNewJeansのメンバー、ハニが作詞に参加し、年相応の葛藤とリアリティを加えている。「Hype Boy」はフレッシュでモダンな響きを持ちながらも、どこかローファイでレトロな空気を漂わせる。5人のティーンエイジャーが美しくハーモニーを重ねつつ、わずか3分足らずの楽曲の中で、それぞれの声の個性も際立たせている。韓国語と英語の歌詞を滑らかに行き来しながら、彼女たちは共依存的な高揚感に満ちたサビで一気に加速する。—Jae-Ha Kim

205位 Green Day「Jesus of Suburbia」(2004)
204位 Pop Smoke「Welcome to the Party」(2019)
203位 Original Koffee「Toast」(2019)
202位 Rauw Alejandro「Todo de Ti」(2021)
201位 Gucci Mane「Lemonade」(2009)

200位→151位

200位 FKA Twigs「Cellophane」(2019)
199位 Leonard Cohen「You Want It Darker」(2016)

198位 Three 6 Mafia feat. Young Buck, 8Ball & MJG「Stay Fly」(2005)

2005年、スリー・6・マフィアはアルバム『Most Known Unknown』をリリースした。
タイトルが示すように、彼らはゴールドやプラチナの実績を誇りながらも過小評価されがちな”知られすぎた無名”という奇妙な立ち位置にいた。彼らは事実上、クランク・ミュージックを発明した。皮肉なことに、このアルバムがこれまでで最大の成功をもたらすことになる。「Stay Fly」はその中心を成していた。DJポールとジュイシー・Jというマフィアの中核メンバーがプロデュースを手がけ、ウィリー・ハッチ「Tell Me Why Has Our Love Turned Cold」をスピードアップしてサンプリング。メンフィスらしいサウンドを核にした、サイクロンのような勢いのトラックが完成。「Stay Fly」はBillboard Hot 100で13位を記録した。その数カ月後、スリー・6・マフィアは映画『ハッスル&フロウ』の主題歌「Its Hard Out Here for a Pimp」でアカデミー賞歌曲賞を受賞。世界を震撼させ、ヒップホップ史に新たな金字塔を打ち立てた。—Mosi Reeves

197位 Toni Braxton「He Wasnt Man Enough」(2000)
196位 Radiohead「There, There」(2003)

195位 Evanescence「Bring Me to Life」(2003)

ポスト・グランジ、ニュー・メタル、ゴス・ロック、そしてブロードウェイ的ドラマ性──そのすべてが交差する地点で生まれたのが「Bring Me to Life」だ。疎外感から生まれた巨大なバラードであり、エイミー・リーの伸びやかなヴォーカルと22人編成のストリングスが一体となって、2000年代初頭のロックラジオを席巻した男性中心の倦怠と怒りの空気を切り裂いた。当初は映画『デアデビル』のサウンドトラックに収録されていたが、そこから一気にトップ10ヒットへと駆け上がった。
エイミー・リーはこの曲の歌詞を、虐待的な関係に縛られながらも、未来の夫と偶然出会ったときの体験から書いたという。「彼は私の目をまっすぐに見て、”あなた、幸せ?”って聞いてきたの。私の魂の奥まで見透かされたようだった。それがこの曲のインスピレーションになったの」とリーは語っている。「数年後、彼に”あの曲はあなたのことを書いたの”って伝えたの。それで物語は完結したってわけ」— C.W.

194位 SZA「Drew Barrymore」(2017)
193位 Parquet Courts「Stoned and Starving」(2012)
192位 Ed Sheeran「The A Team」(2011)
191位 Phoenix「1901」(2009)
190位 Rae Sremmurd「No Flex Zone」(2014)

189位 Grimes「Oblivion」(2012)

性的暴行という否定しがたいほど暗いテーマを扱っていながら、軽やかで浮遊感のあるメロディが時代にぴったりとハマったのが、グライムスの代表曲「Oblivion」だ。彼女は当時こう語っている。「この曲は”男性的な力の中で、自分の身体的な存在をどう取り戻すか”についての曲。無力感への嫌悪、そして男性のフィジカルな支配力を茶化して、陽気で、脅威にならないものとして描きたかったの」。「Oblivion」は、暗闇を虹色に塗り替えるようにして自分を解放するための呼びかけだった。その笛吹き男のように人を惹きつけるメロディは、グライムスという存在の”言葉にできない魅力”を捉えようとする他のアーティストたちにも、深く響くこととなった。—Brenna Ehrlich

188位 Wisin & Yandel「Rakata」(2005)

187位 MGMT「Kids」(2007)

アンドリュー・ヴァンウィンガーデンとベン・ゴールドワッサーが出会ったのは、2000年代初頭、ウェズリアン大学の学生だった頃。2人は遊びの延長のようにエレクトロ・サイケ調の楽曲づくりを始め、卒業後の人生への不安を音楽で表現するようになった。「僕らは子どもの頃を懐かしみながら、同時に”卒業後の現実”が迫ってくることに怯えていたんだ」とヴァンウィンガーデンは語っている。その恐れは、彼らの代表曲「Kids」に色濃く表れている。シンセに覆われたサウンドの中で、成長することの痛みを描いた、ありえないほどキャッチーな曲だ。彼らはこう歌う。〈決断は買うものじゃなく、自分で下すもの/でも、こんなに痛いなんて思わなかった、たぶんね〉。ウェズリアン大学を卒業してから20年。いまや「Kids」はSpotifyで10億回以上再生され、ひとつの世代を象徴するアンセムとして受け入れられている。 — Andy Greene

186位 Beyoncé「Cuff It」(2022)
185位 Los Tigres del Norte「Somos Más Americanos」(2001)
184位 OutKast「Ms. Jackson」(2000)
183位 Billie Eilish「Happier Than Ever」(2021)
182位 Brandi Carlile「The Story」(2007)
181位 Rihanna feat. Drake「Work」(2016)

180位 Kings of Leon「Use Somebody」(2008)
179位 Juanes「Es Por Ti」(2002)

178位 Amerie「1 Thing」(2005)

アマリーの2005年の2ndアルバム『Touch』からの爆発的なリード・シングル「1 Thing」は、ファンキーでオールドスクールなミーターズのサンプルと、現代的なR&Bの熱量を大胆に融合させた一曲だ。プロデュースを手がけたのはリッチ・ハリソン。曲全体を貫くハイテンションなゴーゴー・リズムが、聴く者を半ば催眠状態のように引き込み、自然と身体を揺らさせる。アマリー唯一のトップ10ヒットとなったこの曲で、彼女は恋人が見せる”どうしても抗えない仕草”に夢中になり、その魅力に溺れていく。さらに、2025年に再び注目を集めるきっかけとなった難易度の高いボーカルキーも、この曲の個性を際立たせている。「私とリッチは音の面で信頼関係があるの」とアマリーは語っている。「一緒にスタジオに入ると、いつも”新しい何か”を生み出すことができるのよ」— Jna Jefferson

177位 Lady Gaga and Bradley Cooper「Shallow」(2018)
176位 Car Seat Headrest「Drunk Drivers/Killer Whales」(2016)
175位 Aaliyah「Rock the Boat」(2001)

174位 System of a Down「Chop Suey!」(2001)

システム・オブ・ア・ダウンのギタリスト、ダロン・マラキアンによれば、このアート・メタル的コラージュ曲「Chop Suey!」は薬物依存に対する社会の見方をテーマにしているという。だが、その内容はあまりにも多層的で、偏執、恐怖、混乱、怒りといった感情を渾然一体にした異形のサウンドスケープが、結果的に9.11前後を象徴するサウンドトラックとなった。歌詞の中の「self-righteous suicide」(独善的な自殺)という一節は、事件直後にクリアチャンネルの放送自粛推奨リストに加えられたほどだった。「Chop Suey!」はささやき、絶叫、錯乱したようなスタッカートの断片、サーカス・パンク的爆発を詰め込んだ混沌そのものの構成でありながら、ビルボードのトップ100にランクインするヒットを記録した。プロデューサーのリック・ルービンは本誌インタビューでこう語っている。「彼らは一見して奇妙で不格好に思えるものを、美しく感じさせる形で伝えることができる。彼らの音楽は、聴く者に”心を開くこと”を強いるんだ」— C.W.

173位 Waxahatchee「Lilacs」(2020)
172位 Ciara feat. Missy Elliott「1, 2 Step」(2004)
171位 T.I.「What You Know」(2006)

170位 少女時代「Gee」(2009)

2007年に少女時代がデビューして間もなく、韓国の人々は彼女たちに「国民的ガールズグループ”」という名誉ある称号を与えた。大ヒット・ポップ・シングル「Gee」は、”愛嬌(aegyo)”──かわいらしく幼い仕草で人を魅了する文化──を完璧に体現している。スネアドラムと80年代風のシンセサウンドがスリープオーバー(お泊まり会)のような雰囲気を引き立て、冒頭から終わりまでテンションの高い耳に残るポップソングを作り上げている。タイトルの「Gee」は、アップテンポなエレクトロ・ポップの中で繰り返し登場する感嘆詞的なフレーズとして使われている。「ときめきすぎて、体が震える」と、彼女たちはみんなで片思いの高揚を歌い、ひとしきり感情を噛みしめたあと、はじけるように「Gee Gee Gee Gee Gee!」と吐き出す。かわいい男の子たちは、次々に現れては消えていく。でも、少女時代は永遠だ!— J-H.K.

169位 Jimmy Eat World「The Middle」(2001)
168位 The Chicks「Long Time Gone」(2002)
167位 Sabrina Carpenter「Espresso」(2024)
166位 Jay-Z and Linkin Park「Numb/Encore」(2004)
165位 Café Tacvba「Eres」(2003)
164位 The Flaming Lips「Do You Realize??」(2002)
163位 TV on the Radio「Wolf Like Me」(2006)
162位 Drake「Marvins Room」(2011)
161位 Taylor Swift「Cruel Summer」(2019)

160位 Chief Keef feat. Lil Reese「I Dont Like」(2012)

チーフ・キーフのブレイク作「Dont Like」は、ハリケーンのようにシカゴの街を襲った。彼はこの曲の登場以前から数年間音楽を作り続けていたが、ヤング・チョップによる不気味で忘れがたい鍵盤リフと、キーフとリル・リースによるむき出しのリリック──シカゴのドリル・シーンの本質そのもの──が組み合わさったことで、感情的な深みから切り離されながらも、世界の理不尽を鋭く察知している若者世代の代弁歌となった。〈チクる奴、マジで気に入らねえ〉という一節は、彼らの世界観を象徴するものとなり、キーフは天性のヒットメイカーであることを証明した。リル・リースのどもり気味のフロウは、その後しばらくの間、数多くのMCたちに借用されることになる。いまやドリル・ミュージックは世界各地で派生ジャンルを生み出しているが、その出発点をたどれば、ほとんどの人が最初にそのサウンドを聴いたのはこの曲だった。—A. Gee

159位 Modest Mouse「Float On」(2004)

モデスト・マウスは90年代のインディ・ロック・シーンで頭角を現し、偏執、崩壊、アメリカ社会の腐敗をがなり立てるように歌っていた。だが2003年には、レーベルとの対立、酒、ブッシュ政権2.0によって、バンド自身が崩壊しかけていた。「全部うんざりだった。いろんなことが悪い方向に進んでたからね」とフロントマンのアイザック・ブロックは語っている。だからこそ彼は”役に立つ曲”──ハンドルを叩きながら一緒に歌えるような陽気な曲を書こうとした。〈この前パトカーにぶつけちゃったんだ/でもあいつ、そのまま走り去った/人生、たまには悪くないよな〉。ギターは軽快に刻まれ、次々起こる災難をほこりを払うように受け流していく。2004年初頭に「Float On」がリリースされると、その前向きな楽観主義が爆発的に広まり、バンドにとって初のModern Rock Tracksチャート1位をもたらした。さらにグラミー賞にもノミネートされ、不安に満ちたアメリカに”なんとか浮かび続ける方法”を示した曲として記憶されることになる。 — S.G.

158位 Kendrick Lamar feat. Jay Rock「Money Trees」(2012)

157位 Johnny Cash「Hurt」(2002)

トレント・レズナーがナイン・インチ・ネイルズとしてこの曲「Hurt」を書き、録音したのは1994年のことだった。だがこの曲を自らのものとして生まれ変わらせたのはジョニー・キャッシュだ。リック・ルービンによる簡素で冷徹なプロダクション、胸を締めつけるようなMV、そしてマン・イン・ブラックの晩年の姿。彼がこの曲を録音したのは、2003年に亡くなるわずか1年前のことだ。キャッシュ版「Hurt」は、2002年のアルバム『American IV: The Man Comes Around』に収録されていたが、マーク・ロマネクが監督したMVがMTVに送られると一気に火がついた。 そこには、静かに思索にふけるキャッシュ──震える手、衰えた体と、全盛期のアーカイブ映像とが交互に映し出される。その対比が、この曲にまったく新しい意味を与えた。本リストは「最高の楽曲」を挙げたものだが、少なくともこの曲に関しては、その力は映像と永遠に結びついている。— Joseph Hudak

156位 Blink-182「I Miss You」(2004)

155位 Alicia Keys「Fallin」(2001)

アリシア・キーズのデビュー・シングルが今もなお彼女の代名詞であり続ける理由は明白だ。このソウルフルな楽曲は、シンガー、ピアニスト、ソングライター、プロデューサーとしての彼女の才能をすべて際立たせている。リリース当時、アリシアはわずか20歳。それにもかかわらず、彼女は恋に落ちることの感情の揺らぎを、年齢を超えた知恵と痛みをもって歌い上げる。その歌声は、車の中でもカラオケでも誰もが思わず一緒に歌いたくなるような感情表現に満ちている。この曲はビルボード・ホット100で1位を獲得し、グラミー賞の最優秀楽曲賞を受賞した。「当時は辛い恋愛をしてたの」とアリシアは語る。「でも、この曲を書いたことで、自分の気持ちを整理することができた」— B.S.

154位 J. Cole「Middle Child」(2019)
153位 Beck「Lost Cause」(2002)
152位 P!NK「So What」(2008)
151位 Vampire Weekend「A-Punk」(2008)

150位→101位

150位 Nelly feat. City Spud「Ride Wit Me」(2000)

セントルイス出身のネリーは、ダーティ・サウスのヒップホップにミッドウェスト特有の肩の力が抜けたテイストを持ち込んだ。マルチプラチナ・アルバム『Country Grammar』からの第3弾シングルであるこの曲では、アウトキャスト「Rosa Parks」のスウィングするグルーヴを引き延ばし、トップを開けたままクルージングするような軽快な高揚感へと仕立てている。ネリーはベンツの後部座席に”thicky-thicky-thick girls”(むっちり系女子)を招き、L(ジョイント)を吸おうと誘う。さらに彼は、自身の”中西部出身の田舎者ぶり”を愛らしいほどにさらけ出す。『ホイール・オブ・フォーチュン』のヴァナ・ホワイトの隣でファーストクラスに座ることが夢だとラップするのだ。そして、〈なんでこんな気分になるんだ?そうか、金のせいか〉というコール&レスポンスのフックを、自分が夢の中にいることをまだ信じられない男のように楽しげに歌い上げる。— J.D.

149位 Alvvays「Archie, Marry Me」(2013)
148位 Jason Isbell「Cover Me Up」(2013)
147位 Travis Scott feat. Drake「Sicko Mode」(2018)
146位 Ivy Queen「Quiero Bailar」(2003)
145位 Miguel「Adorn」(2012)
144位 Zach Bryan feat. Kacey Musgraves「I Remember Everything」(2023)

143位 Icona Pop feat. Charli XCX「I Love It」(2012)

チャーリーXCXはこの暴走するような名曲でフィーチャリング参加しているだけでなく、作曲者のひとりでもある。グラムロックのようなビートが、EDM最盛期のサウンドに姿を変え、エレクトロクラッシュへのさりげないオマージュも織り交ぜつつ、すべてが純粋なポップ・エネルギーに昇華されている。爆発的な勢いに加え、曲は引用したくなるフレーズの宝庫だ。〈あなたは70年代生まれ、でも私は90年代のビッチ〉は、ソーシャルメディアで何度も姿を変えて生き続けるであろう2010年代を象徴する一節。そして、アイコナ・ポップのアイノ・ジャウォとキャロライン・ヒェルトが、喜びを増しながら叫ぶ忘れがたいコーラス──〈I dont care, I love it!〉(どうでもいい、大好き!)こそが、この曲のすべてを体現している。—M.M.

142位 BLACKPINK「DDU-DU DDU-DU」(2018)

2010年代、K-POPはアメリカで爆発的なブームを巻き起こした。当時の高揚感をこれほど見事にサウンドとして体現した曲は、2018年にスーパースター・ガールグループBLACKPINKが放った「Ddu-Du Ddu-Du」をおいてほかにない。目まぐるしく回転するトラップのスネアと、グリッチの効いたシンセに駆動されながら、「Ddu-Du Ddu-Du」は4人それぞれの個性をスリリングに際立たせる。リサとジェニーは、スピードと自信に満ちたラップでヴァースを支配し、ロゼとジスは、甘く響きながらもどこか妖しく危ういプレコーラスで流れを彩る。そしてその先に待つのは、勝利を高らかに宣言するような──弾けるようなサビの炸裂音だ。— M.J.

141位 Coldplay「The Scientist」(2002)
140位 M.O.P. feat. Busta Rhymes, Teflon & Remy Martin「Ante Up」(2000)
139位 Rilo Kiley「Portions for Foxes」(2004)
138位 Beyoncé feat. JAY-Z「Déjà Vu」(2006)
137位 Maren Morris「My Church」(2015)
136位 Mike Jones feat. Slim Thug & Paul Wall「Still Tippin」(2004)
135位 Tyla「Water」(2023)

134位 Luis Fonsi & Daddy Yankee feat. Justin Bieber「Despacito」(2017)

2017年における「Despacito」の圧倒的成功と比べると、90年代後半のラテン音楽ブームは一瞬の蜃気楼のようだった。ルイス・フォンシのこの曲は、レゲトンのゴッドファーザー=ダディー・ヤンキーによるカリブの本流を感じさせるビートと、ジャスティン・ビーバーを迎えたリミックスによって強烈な推進力を得た。結果として、プエルトリコがいかにメインストリームを揺さぶる術を知っているかを世界に示すことになった。振り返れば、「Despacito」は創造的な野心という点では意外なほど控えめな曲だ。それでもなお、世界的な文化現象へと膨れ上がり、ラテン音楽が21世紀のあらゆる憂鬱への特効薬になりうることを証明してみせた。歌詞自体は、”没入的な愛し合い方”を願う軽い口説き文句にすぎない。だが、そこに宿るラテン・アメリカ的感性──温かく、希望に満ち、生命力にあふれた響きこそが、この曲を永遠に光らせている。— E.L.

133位 Rihanna feat. JAY-Z「Umbrella」(2007)
132位 Avril Lavigne「Complicated」(2002)
131位 Gorillaz「Clint Eastwood」(2001)

130位 Selena Gomez「Hands to Myself」(2015)
129位 Megan Thee Stallion feat. Beyoncé「Savage Remix」(2020)

128位 The Postal Service「Such Great Heights」(2003)

デス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバードと、Dntelのジミー・タンボレロがコラボレーションを始めたとき、物理的な距離と多忙なスケジュールのため、彼らは音源を郵送で送り合うという方法で制作を進めた。最初は気まぐれなサイド・プロジェクトのように思われていたが、やがてその成果であるアルバム『Give Up』から、きらめくインディー・ポップの名曲たちが生まれる。そのなかで最も輝き、文化的にも広く浸透したのが「Such Great Heights」だった。電子音のビープ音やトリルがちりばめられた音の万華鏡の中で歌われるラブソング。それは意外にもBillboard Hot 100で21位にランクインし、コマーシャルや数々のカバーを通じて広く愛される存在となった。この曲の核にあるのは、恋に落ちるという、重力を忘れるような浮遊感。誰かと一緒に宙を漂うような感覚──無重力の愛の瞬間を永遠に封じ込めた一曲だ。— J.L.

127位 Lorde「Green Light」(2017)
126位 Lucy Dacus「Night Shift」(2017)
125位 Gyptian「Hold You」(2010)
124位 Mary J. Blige「Family Affair」(2001)
123位 Fountains of Wayne「Hackensack」(2003)

122位 Azealia Banks feat. Lazy Jay「212」(2011)

レーベル、マネージャー、そして恋人。すべてを同時に失ったアジーリア・バンクスは、世界に中指を立てるようにして自らの反撃を選んだ。「誰も助けてくれないなら、自分でやるしかない」彼女はこの曲の誕生についてそう語っている。「212」は、彼女が自らのウェブサイトで自主リリースした楽曲で、プロデューサーLazy Jayによるヒップホップとハウスを融合させた破壊的サウンドが、バンクスの初期スタイルを決定づけた。彼女は冒頭から多才さを見せつけ、鋭く機知に富んだラップとメロディアスな歌声を自在に行き来しながら、下品さすら笑みを浮かべて軽やかに操ってみせる。「212」はやがてTumblr時代のアンセムとなり、バンクスをイット・ガールの座へと押し上げた。その理由はただひとつ──彼女が誰とも似ていない自分自身だったから。挑発的で、恐れ知らずで、時代の先を行っていた。 —J.J.

121位 Eminem「Stan」(2000)
120位 Destinys Child「Survivor」(2001)
119位 Sky Ferreira「Youre Not the One」(2013)
118位 Childish Gambino「Redbone」(2016)
117位 The Shins「New Slang」(2001)
116位 Bruce Springsteen「Land of Hope and Dreams」(2012)
115位 Little Big Town「Girl Crush」(2014)
114位 Taylor Swift「Blank Space」(2014)
113位 Natalia Lafourcade「Hasta La Raíz」(2015)
112位 Panic! at the Disco「I Write Sins Not Tragedies」(2005)
111位 Calle 13「Querido FBI」(2005)

110位 Courtney Barnett「Depreston」(2015)
109位 Karol G & Nicki Minaj「Tusa」(2019)
108位 The New Pornographers「Letter From an Occupant」(2000)

107位 Kylie Minogue「Cant Get You Out of My Head」(2001)

「とても自然な流れでできたのよ」と、キャシー・デニスはロブ・デイヴィスとの共作について語っている。「何かを”作ろう”と無理に狙ったわけじゃなくて、火花が散った瞬間に、ふたりでそれを受け止めて、一気に乗っていったの。ポップスにしてはちょっと”王道から外れた”曲だと思ったわ」。彼女の言葉は正しかった。この曲は世界中のチャートを席巻し(世界各国で1位、Billboard Hot 100でも7位を記録)、しなやかなプロダクションと執拗なビートは、意外にもアンダーグラウンドのダンスミュージックとも共鳴した。当時最もクールなミニマル・テクノ・レーベル〈Kompakt〉の代表、マイケル・マイヤーでさえ、DJセットでこの曲をプレイしていたという。— M.M.

106位 One Direction「Fireproof」(2014)

ミニマリズムは、本来ワン・ダイレクションの理想とは正反対の文脈にある──8万人の観客が埋め尽くすスタジアムでの絶叫、その空間を満たすための巨大なサビ。しかし、「Fireproof」UKの4人組は、「少ないことが豊かさにつながる」ことを証明してみせた。この曲はアルバム『Four』の先行プレビューとして24時間限定で配信され、その間に110万回以上ダウンロードされるという異例の反響を呼んだ。フリートウッド・マックを思わせるベースラインに乗って、静かなハーモニーと夢のようなファルセットが滑らかに流れる。唯一の欠点を挙げるなら、15秒ほどのブルース調ギター・ブレイクが1分は続いてほしかったことだろう。だが、〈Nobody loves me, baby, the way you do〉から〈Nobody saves me, baby, the way you do〉へと移りゆく献身的なフレーズが、それをすべて補って余りある。—L.P.

105位 Kelis「Milkshake」(2003)
104位 Miley Cyrus「Wrecking Ball」(2013)
103位 Florence + the Machine「Dog Days Are Over」(2008)

102位 Lady Gaga「Poker Face」(2008)

「Just Danceがレディー・ガガのブレイクのきっかけだったとすれば、「Poker Face」こそが彼女をポップの女王へと押し上げた曲だ。この曲には、ガガらしい狡猾で挑発的なダブルミーニングが詰め込まれている。たとえば「P-p-p-poker face」というフックでは、彼女は自身のバイセクシュアルな欲望を「Fuh-fuh-fuck her face」という言葉遊びの中に巧妙に隠している。この楽曲によって彼女は、奇抜なファッションで最先端を突き進み、時代を象徴するイット・ガールとしての地位を確立した。「Poker Face」はカニエ・ウェストやコモンにサンプリングされ、ドラマ『Glee』でもカバーされるなど、2000年代後半を象徴するアンセムとなり、その後の10年にわたるガガのポップ支配の礎を築いた。2009年、ガガはこう語っている。「サビの歌詞をよく聴くと、”Hes got me like nobody(彼は誰よりも私を夢中にさせる)”と言ったあとに、”Shes got me like nobody(彼女も同じように私を夢中にさせる)”と歌っているの。つまりこの曲には、愛とセックスにまつわる混乱のニュアンスが少し含まれているのよ」— T.M.

101位 Missy Elliott「Work It」(2002)

100位→51位

100位 Frank Ocean「Novacane」(2011)
99位 The Hives「Hate to Say I Told You So」(2000)
98位 Carrie Underwood「Before He Cheats」(2005)

97位 Lana Del Rey「Video Games」(2011)

ラナ・デル・レイとともにあるこの世界こそが、まさに”地上の楽園”だ。もし「Video Games」がなかったら、リジー・グラント(ラナ・デル・レイの本名)は今のような謎めいたポップスターにはなっていなかっただろう。彼女の最初のブレイクスルーとなったこの曲は、後に生まれる名盤『Born to Die』の設計図となり、ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴをはじめとする世代のファンとアーティストたちに影響を与えるカルト的アイコンとしての基盤を築いた。ジャズやラップ的なプロダクションを巧みに溶け合わせながら、デル・レイは、コントローラーに夢中でこちらを見ようともしない少年に向かって歌いかける。〈Its you, its you, its all for you.〉(あなたなの、あなた、すべてはあなたのために)。その声には、誰にも真似できない──静かに胸を締めつけるような切実な哀しみが宿っている。— T.M.

96位 My Chemical Romance「Welcome to the Black Parade」(2006)

「なんでみんな小さくなりたがるんだろう?」マイ・ケミカル・ロマンスのジェラルド・ウェイは2006年にそう語った。彼らの代表作であり、”デスロック版『サージェント・ペパーズ』”とも呼ばれる大作『Welcome to the Black Parade』及び壮大なタイトル曲によって、その疑問は吹き飛ばされた。ロブ・カヴァロのピアノコードが鳴り響くと同時に、告白はカタルシスへと雪崩れ込む。ホーンは燃え上がり、コーラスは天に舞い上がり、ギターは滝のように流れ落ちる。そして「Well carry on(僕らは進み続ける)」という言葉は、単なる歌詞を超えて、信仰にも似た祈りの言葉へと変わっていく。ウェイは理解していた──9.11以降のアメリカで青春を迎えた子どもたちには、自分たちの時代の終末にふさわしいスケールのスペクタクルが必要だということを。そして、ニュージャージー出身のゴスたちは、ロックが持つ最古の真理を改めて証明したのだ。「自分が小さく感じるときこそ、ありえないほど大きくふるまえ」。— S.G.

95位 Burna Boy「Last Last」(2022)
94位 Dua Lipa「Levitating」(2020)
93位 Eric Church「Springsteen」(2011)

92位 Sean Paul「Get Busy」(2002)

ショーン・ポールの「Get Busy」は、プロデューサーのスティーヴン”レンキー”マースデンによる「Diwali Riddim」を最も有名にした曲だと言っていいだろう。これは決して小さな功績ではない。このダンスホール・ビートは、リアーナの「Pon de Replay」、ルミディーの「Never Leave You (Uh Oooh, Uh Oooh)」、ウェイン・ワンダーの「No Letting Go」など、数百もの楽曲を生み出したインスピレーションの源だからだ。「Get Busy」はBillboard Hot 100で3週連続1位を記録し、いまなおダンスフロアへの”召集の号令”のようなアンセムとして鳴り響いている。ショーン・ポールは2023年のインタビューで、この楽曲のハンドクラップのリズムが聴く者の中に”ときめきの火花”を点火する**と語っている。彼が〈いい感じだよベイビー、俺をその気にさせてくれ。夜明けまで楽しもうぜ〉と誘うその瞬間、世界中のフロアが熱気で満たされるのだ。—M.R.

91位 Tyler, the Creator「Yonkers」(2011)

タイラー・ザ・クリエイターを新世代のカルチャー・アイコンへと押し上げたシングル「Yonkers」を語るとき、MVを抜きにして語ることはほぼ不可能だ。白黒の陰鬱な映像の中、スツールに腰かけ、心の闇を吐き出すようにラップするタイラーの姿。それは、見る者に強烈な印象を残した。アルバム『Goblin』の2ndシングルとして発表された「Yonkers」は、脆さと若き挑発精神が共存するタイラーのスタイルを決定づけた作品だ。〈恐竜のレプターとスリーサム〉と、アニメ『ラグラッツ』のキャラクターを引用して下品に茶化すラインに象徴されるように、彼のラップは過激でありながらどこか自嘲的でもある。タイラー自身が語るところによれば、「Yonkers」は当時の彼とOdd Futureクルーが築き上げたハイプを正当化する一撃だった。そして実際、「Yonkers」はすべての始まりにすぎなかったのだ。—J.I.

90位 Broken Social Scene「Anthems for a Seventeen Year-Old Girl」(2002)

トロントのインディー・ロック・コレクティブ、ブロークン・ソーシャル・シーンは、ケヴィン・ドリューとブレンダン・カニングを中心に、友人や仲間たちが入れ替わりながら集まって結成された。2002年に発表したブレイクスルー作『You Forgot It In People』の頃には、すでに十数人の同志たちが加わっていた。「Anthems for a Seventeen-Year-Old Girl」は、そんな彼らが生んだ幻惑的で美しいサイケデリック・ララバイだ。メトリックのエミリー・ヘインズが、トリップするような声でこう繰り返す。〈車を停めて、電話を置いて、床で眠って、私の夢を見て〉。ヘインズはこの曲について「成長していくなかで、自分がかつての自分を手放さなければならない痛みを歌った」と語っている。やがてこの曲は、映画『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のサウンドトラックから、ミーム、カバー曲、そして恋に落ちた誰かが夜更けに送る無数のメッセージの中にまで生き続けている。— R.S.

89位 Justin Timberlake「Mirrors」(2013)
88位 Madonna「Hung Up」(2005)
87位 Chris Stapleton「Tennessee Whiskey」(2015)
86位 Charli XCX「Vroom Vroom」(2016)
85位 Arctic Monkeys「Do I Wanna Know?」(2013)

84位 Justin Bieber「Sorry」(2015)

2015年のアルバム『Purpose』で、ジャスティン・ビーバーはティーンアイドルから本格的なヒットメイカーへと脱皮した。その変貌を決定づけ、彼のトロピカル・ハウスをダンスフロアの定番にしたのは、ジュリア・マイケルズとジャスティン・トランターが1時間あまりで書き上げた「Sorry」だった。2010年代半ばのEDMブーム以降のポップ制作を象徴する一曲でもある。スクリレックスが軽やかなドロップを担当し、マイケルズのデモボーカルをピッチアップして曲頭の印象的なボーカルリフを作り出した。とはいえ、この完璧なプロダクションを完成させたのは、やはりビーバー自身だ。絹のように滑らかな声で、心からの”Sorry”を歌い上げるその姿が、彼の新たなイメージを決定づけた。「ジャスティンのことをよく知らないけど、彼がとても感情的な人だということはわかる」と、マイケルズはこの曲を彼のために書いた当時を振り返って語っている。—J. Bernstein

83位 The Rapture「House of Jealous Lovers」(2002)

82位 OutKast「Hey Ya!」(2003)

「Hey Ya!」はアウトキャストが放った究極のポップ・モーメントだった。アンドレ3000がポラロイド写真やルーシー・リューを題材に軽やかに歌うそのリズムに、世界中の叔母さんも子どもたちも声を合わせて歌った。この曲はもともと、未完成に終わったパリを舞台とする恋愛映画のために構想されたものだったという。アンドレのパフォーマンスには、人生の変化を前向きに乗り越える喜びから、うまくいかない関係を終わらせる切なさまで、さまざまな感情が詰め込まれている。〈どうして、どうして、どうして、わかっているのに──幸せじゃないのに、認めようとしないんだ?〉。2003年にThe Fader誌のインタビューで、アンドレはこの曲についてこう語っている。「これは”エンターテイナーであること”についての歌なんだ。それ自体が悪いことだとは思わない。でも、自分はその枠にはどうしてもハマれなかったんだ」— M.R.

81位 Bad Bunny「Baile Inolvidable」(2025)
80位 boygenius「Not Strong Enough」(2023)
79位 Fall Out Boy「Sugar, Were Goin Down」(2005)
78位 Future「March Madness」(2015)
77位 Rosalía「Malamente (Cap.1: Augurio)」(2018)

76位 Lil Nas X「Old Town Road」(2018)

モンテロ・ヒル(リル・ナズ・X)は、ポップスターとは最も遠い場所にいた。文字通り、姉の家のソファで寝起きしていたときに、稲妻のような閃きが訪れた。そこから生まれたのが、このカントリー・ラップのブレイクスルーだった。無名のオランダ人プロデューサー、YoungKioの手による、ナイン・インチ・ネイルズの楽曲に使われていたバンジョーのサンプルをもとにしたトラックをベースに、彼は一度聴いたら離れられない”ヒックホップ”の名曲を作り上げた。「Old Town Road」は全米1位を獲得し(カントリー歌手ビリー・レイ・サイラスとのリミックス版も同様に1位を記録)、史上最も長く1位にとどまったシングルとなった。その記録は5年後、シャブージーの「A Bar Song (Tipsy)」によって並ばれるが、あの曲自体が、リル・ナズ・Xによるこの1分53秒の常識を覆した衝撃作のエコーのような存在だった。— J.D.

75位 Kanye West「Jesus Walks」(2004)

カニエ・ウェストは、信仰をテーマにしたラップで世俗的なラジオを席巻し、ヒップホップ史に残る傑作を作り上げた。彼の代表曲「Jesus Walks」は、個人的信仰と社会的メッセージを融合させた、当時最も壮大なプロダクションの結晶である。ウェストと共同プロデューサーのライムフェストは、ハーレムのアディクツ・リハビリテーション・センター合唱団──薬物依存からの回復者たちによるアカペラ・クワイア──のパフォーマンスをサンプリングし、魂を揺さぶるトラックへと昇華させた。彼はラジオへの挑戦状のようにこうラップする。〈これが俺のシングルだ、ラジオにはこれが必要だろ? キリスト以外なら何でもラップしていい”って言うけどな〉。この挑発的でスピリチュアルな一曲は、最終的に全米トップ20入り、グラミー賞受賞を果たし、いまもなおゴスペル・クワイアやマーチングバンド、ストリングス編成、メイヴィス・ステイプルズとの共演など、あらゆる形で演奏され続けている。 —C.W.

74位 David Bowie「Blackstar」(2015)

自らの死をこれほど美しくも奇妙な大曲で予告できたのは、デヴィッド・ボウイだけだろう。「Blackstar」は、エルヴィス・プレスリーやメジャー・トム、そして自身の死を想起させる数々のモチーフを自在に交錯させる。〈自分のブラックスターを見たとき、それは──その時が来たということ〉。この遺作のリード曲は、ジャンルという枠を完全に超越しており、それこそがボウイらしさだった。シン・ホワイト・デュークは生涯を通じて進化をやめなかった。最終的にその歩みを止めたのは、死だけだった。幸運にも、私たちのもとにはひとつの遺言が残された。それは葬送よりも幻想的で、終わりよりも永遠を思わせる賛歌。死してなお宇宙に輝く、スター・マンの残光だ。— B.E.

73位 Cardi B「Bodak Yellow」(2017)
72位 Bon Iver「Skinny Love」(2007)
71位 Harry Styles「As It Was」(2022)

70位 Clipse feat. Ab-Liva「Ride Around Shining」(2006)
69位 Arcade Fire「Rebellion (Lies)」(2004)
68位 Miranda Lambert「The House That Built Me」(2009)

67位 NSync「Bye Bye Bye」(2000)

インシンク全盛期をリアルタイムで体験したミレニアル世代なら、あの曲の冒頭、ストリングスが高まり、ジャスティン・ティンバーレイクの「Hey, hey」という声が入る瞬間、条件反射的に体が反応してしまうだろう。「Bye Bye Bye」はボーイバンドの頂点に立つ存在であり、”かわいくて鍛えられた”20代男子グループがチャートを席巻していた時代の象徴的メガヒットだ。クリスチャン・ランディン、ジャック・シュルツ、アンドレアス・カールソンによって書かれたこの曲は、究極のブレイクアップ・ソング。だが、彼らのパフォーマンスにはどこか鋭さがあった。それは、おそらく、プロデューサーであり”ポップ界のスヴェンガーリ”と呼ばれたルー・パールマンの貢献と、RCAレーベルとの派手で泥沼な決別劇を経たからだろう。さらに、子どもたちがMTVを何時間も見て真似しようとした完璧な振り付けが加わり、インシンクはまさにポップの黄金を生み出したのだった。— B.S.

66位 Wilco「Impossible Germany」(2007)
65位 Kendrick Lamar「Not Like Us」(2024)
64位 Peso Pluma & Eslabon Armado「Ella Baila Sola」(2023)
63位 Paramore「Still Into You」(2013)
62位 Solange「Cranes in the Sky」(2016)
61位 Bob Dylan「Things Have Changed」(2000)

60位 Lil Wayne「A Milli」(2008)
59位 Phoebe Bridgers「Motion Sickness」(2017)
58位 DJ Snake feat. Lil Jon「Turn Down for What」(2013)
57位 U2「Beautiful Day」(2000)
56位 Shakira feat. Alejandro Sanz「La Tortura」(2005)

55位 Katy Perry「Teenage Dream」(2010)

ケイティ・ペリーと共作者のボニー・マッキーは、2010年の大ヒットアルバムのタイトル曲を作り始めたとき、どんなタイプの曲になるのか、実はよくわかっていなかったという。「”新しい恋、若い恋”みたいな、どこか懐かしくてロマンチックな曲を作りたかった」とマッキーは語っている。「でも、その気持ちをぴったり言葉にできる表現が見つからなかった」。最終的に、マックス・マーティン率いる共作者チームとともに彼女たちが生み出したのは、ポップソングの構築美を極めた一曲だった。後にカナダの作曲家オーウェン・パレットが、この曲のシンコペーションと、”緊張と解放”の完璧なバランスを称賛するエッセイを寄せたほどだ。—J. Bernstein

54位 50 Cent「In Da Club」(2003)

このどこでも鳴り響くパーティー・アンセムは、クイーンズ出身のラッパー、50セントを取り巻くハイプの頂点として登場した。「In Da Club」は単なるラップのヒットにとどまらず、2003年最大のポップ・シングルとなった。このトラックは、ミックステープで注目を集めていた50セントが、ドクター・ドレーと共同プロデューサーのマイク・エリゾンドと初めて行ったセッションから生まれたものだ。50は轟くようなビートを聴くなり、1時間以内に曲全体を書き上げ、その夜のうちにレコーディングを済ませたという。冒頭の名フレーズ〈Go shorty, its your birthday〉によって、「In Da Club」はラップ史上最も永く愛される楽曲のひとつとなり、2023年にはダイヤモンド認定(1000万枚以上)を獲得した。50セントはHiphopDXの取材でこう語っている。「毎日、誰かしらが誕生日を迎えるんだ。この曲はどんな日にも聴けるのさ」 —C.W.

53位 Nicki Minaj feat. 2 Chainz「Beez in the Trap」(2012)
52位 Franz Ferdinand「Take Me Out」(2004)

51位 Disclosure feat. Sam Smith「Latch」(2012)

UKのエレクトロニック・デュオ、ディスクロージャーが牙を剥いたのが「Latch」だ。当時はまだ無名だったサム・スミスをフィーチャーした、恍惚のダンス・ポップ・ドリーム。冒頭からその世界に引き込まれる。Zed Bias & Jenna G「Fairplay」のサンプルが響いた瞬間から、曲は魔法のように始まる。スミスの大胆で切実な歌声は、魂のこもった祈りのような恋の訴えに根ざしており、圧倒的なロマンスで満ちている。〈もう十分近づいた気がする、君の愛を閉じ込めたいんだ〉という一節が歌われるたび、ダンスフロアで絡み合う身体のあいだに溜まっていく熱のような緊張が高まっていく。きらめくコーラスと蒸せるようなヴァースの間に漂う”呼吸の余白”には、抑えきれない期待が息づいており、恋に落ちる瞬間の陶酔がこれほどまでに魅惑的に響いたことはなかった。— L.P.

50位→21位

50位 Haim「The Wire」(2013)
49位 Maxwell「Pretty Wings」(2009)

48位 M.I.A.「Paper Planes」(2007)

ワクチンの誤情報を拡散するようになる以前、マータンギ・”M.I.A.”・アルルピラガーサムは、ポップ界で最も刺激的かつ挑発的なヴィジョナリーの一人だった。2008年の「Paper Planes」で、彼女とプロデューサーのディプロはザ・クラッシュの「Straight to Hell」の強烈なサンプルを反転させ、銃声が鳴り響くスクールヤード調のビートに仕立て上げた。その響きは、あたかも暴力を誇示する大胆なアンセムのように聞こえた。だがその本質は、移民としての屈辱と理不尽さを風刺的に描いた”甘くコーティングされた風刺劇”だった。アメリカに渡ろうとした移民が、偏見や猜疑心で迎えられる現実。それは、M.I.A.自身がイギリスからアメリカの労働ビザを得ようとした際に経験したものでもあった。少なくとも当時、この曲ほど堂々としたスワッガー(自信と反骨のスタイル)を持つ存在はいなかった。— J.F.

47位 Lil Uzi Vert「XO Tour Llif3」(2017)

46位 Amy Winehouse「Back to Black」(2006)

失恋をテーマにした曲は数えきれないほどあるが、エイミー・ワインハウスが2006年のレトロ・ソウル傑作『Back to Black』のタイトル曲で描いた痛みほど、独自の痛みを持つものはない。〈言葉でさよならを言っただけ/私は何百回も死んだ/あなたは彼女のもとへ戻り/私は闇へと戻る〉。元夫ブレイク・フィールダー=シヴィルとの破滅的で不安定な関係の真っ只中に、悲しみと孤独から生まれた「Back to Black」は、か弱さと噛みつくような怒りの両方を宿している。「Rehab」がアルバム中もっともキャッチーなポップ・シングルだった一方で、時代を超えて残る強度を持っているのは、この曲のほうだ。— L.T.

45位 Kacey Musgraves「Follow Your Arrow」(2013)
44位 Migos feat. Lil Uzi Vert「Bad and Boujee」(2016)
43位 Drake feat. Majid Jordan「Hold On, Were Going Home」(2013)

42位 Carly Rae Jepsen「Call Me Maybe」(2011)

カーリー・レイ・ジェプセンによる2011年の超特大ヒットは、ここ10数年続くTikTokのダンストレンドやSNS発のバイラルヒットに最適化されたポップ音楽の時代の幕を開けた。しかし、甘い中毒性を持ち、いまや結婚式の定番曲ともなった「Call Me Maybe」は、私たちが知る形では存在しなかった可能性もあったという。〈ねえ、今出会ったばかりなのに、こんなのクレイジー〉って歌うくだり、あそこは単なる”仮の歌詞”だと思ってた」と、ジェプセンは2017年に語っている。もともとあのサビはプレコーラスとして書かれていたのだという。だが、コラボレーターのタヴィッシュ・クロウが「それをサビにしよう」と提案した。彼はもしかすると、世界のあり方を変えてしまったのかもしれない。— J. Bernstein

41位 The Weeknd「Blinding Lights」(2019)
40位 Ariana Grande「Thank U, Next」(2018)

39位 Eminem「Lose Yourself」(2002)

「誰かの人生についてなんて、どうやって書けばいいのかわからないってマネージャーに言ったのを覚えてるよ」。エミネムは映画『8 Mile』で自ら演じた主人公、ジミー ”B-Rabbit” スミスの人生をもとに「Lose Yourself」を書いたときのことをそう語っている。「ジミー・スミス・ジュニアとしてラップしたら、すごく陳腐に聞こえると思った。どうすればそれをリアルに感じられるようにできるのか?」。当然ながら、エミネムはその答えを自分自身の経験に見出した。バトルラッパーとしての野心と、恋人とのトラブル、経済的困窮、トレーラーパークでの鬱屈。そうした現実を引き寄せながら、彼は主人公を描いた。そして「Lose Yourself」の第3ヴァースに差しかかる頃には、”he(彼)”がいつの間にか”I(俺)”へとすり替わっている。かくして生まれたのが、ヒップホップ版「Eye of the Tiger」とも言うべき、アクロバティックな韻で構築されたモチベーションの極致だった。この賭けは見事に功を奏し、エミネムは全米シングルチャートで12週連続1位を獲得。そして、ラッパーとして初めてアカデミー賞の歌曲賞を手にした。— C.W.

38位 Olivia Rodrigo「drivers license」(2021)

37位 BTS「Spring Day」(2017)

21世紀を代表するポップ・アクトとなったBTSにとって、「Spring Day」は痛切な脆さをさらけ出した瞬間であり、同時に彼らの代表曲となった。個人的な喪失を、力強く高揚する勝利のバラードへと昇華した楽曲だ。RMによる情熱的な歌詞はこうだ。〈この冬を終わらせたい/あの日の春が来るまでに、いくつの想いが雪のように降り積もるのだろう〉この曲は韓国で起きた悲劇──2014年のセウォル号沈没事故(死者304人)──と結びつけて語られることが多い。だがその根底にあるのは、喪失から生まれる希望と再生の感情であり、それは国境を越えて響く普遍的な力を持っている。やがてそのメッセージは、BTS自身の世界的な躍進と重なっていく。彼らは後にさらに大きな国際的ヒットを生み出すことになるが、「Spring Day」ほど彼らの音楽の核心、集団としての共鳴と人間的な温度を凝縮した曲はない。— J.D.

36位 Mitski「Your Best American Girl」(2016)
35位 LCD Soundsystem「All My Friends」(2007)
34位 Lorde「Ribs」(2013)
33位 Lana Del Rey「Venice Bitch」(2018)
32位 Beyoncé「Formation」(2016)

31位 Kelly Clarkson「Since U Been Gone」(2004)

作曲者のマックス・マーティンとドクター・ルークは、当時流行していた2000年代初頭のオルタナ・ロック、たとえばヤー・ヤー・ヤーズのようなサウンドを聴いていた。そこでマーティンがふと思いついた。「もしあの手の曲に、空高く舞い上がるようなサビをつけたら?」その仮定から生まれたのが、ケリー・クラークソンの「Since U Been Gone」だ。この曲は瞬く間に特大ヒットとなり(おそらくその”パロディ的な”音作りゆえに)、批評家たちにも愛されるポップ・アンセムとなった。冒頭の一行から、クラークソンはこの曲を完全に自分のものにしている。彼女は後に、サビで1オクターブ跳ね上がりたいという希望をめぐって、共作者たちと激しく議論したことを明かしている。この曲の制作が、Aクラスのソングライターたちとの緊張を孕んだ経験だったとしても、「Since U Been Gone」はいまなお、2000年代初頭のインディーとポップの境界を越えた傑作として輝き続けている。—J.Bernstein

30位 Usher「Confessions Part II」(2004)
29位 UGK feat. OutKast「Intl Players Anthem (I Choose You)」(2007)

28位 Daft Punk「One More Time」(2000)

トーマ・バンガルテルとギ=マニュエル・ド・オメン=クリストは、「One More Time」で新世紀の扉を開けた。1997年の名盤『Homework』で完成させたしなやかなハウス・サウンドを、さらに一段上の「恍惚のストラトスフィア」へと押し上げたのだ。シンガーのロマンソニーと組み、彼のボーカルにオートチューンを施すことで、ウィンクのようなレトロ感を与えたが、結果的にそれは後のポップ・ボーカルの主流を先取りすることとなった。「One More Time」はダフト・パンクの傑作アルバム『Discovery』のリード・シングルであり、70~80年代のロックやポップの要素をダンス・ミュージックと融合させたクラシックなダンスアルバムを象徴する1曲となった。そしてこの曲自体も、まぎれもない世界的ヒットへと上り詰めた。— J.D.

27位 Rihanna feat. Calvin Harris「We Found Love」(2011)

26位 The Killers「Mr. Brightside」(2003)

ザ・キラーズのデビュー・シングル「Mr. Brightside」は、感情の渦に呑み込まれる瞬間をそのまま音にしたような曲だ。ポストパンクに影響を受けた銃撃のようなリズム、ブランドン・フラワーズの執拗で切迫した叫び、キスした相手が他の男と一夜を共にしたと知ったときの、胸をえぐるような羞恥と絶望。彼のボーカルは、イギー・ポップの「Sweet Sixteen」から影響を受けており、人生における一瞬の出来事を全身で受け止めるような、抑えきれない情熱を帯びている。まるで稲妻のように響く曲で、その衝撃的なエネルギーこそが、2000年代初頭のロック──いわゆるダンス・パンク時代──の象徴へと押し上げた要因であり、いまやZ世代のフェス世代なら誰もが口ずさめるアンセムとなっている。— M.R.

25位 JAY-Z「99 Problems」(2003)

24位 DAngelo「Untitled (How Does It Feel)」(2000)

ディアンジェロはこの曲のミュージックビデオ──腰を挑発的に揺らす映像──について、後に複雑な感情を抱くことになるが、「Untitled(How Does It Feel)」が史上最高のベッドルーム・ジャムの称号を、マーヴィン・ゲイ「Lets Get It On」と唯一張り合える存在であることに異論はない。アルバム『Voodoo』全体に共通するように、ピノ・パラディーノとクエストラヴによる強烈なリズム・セクションはビートの裏側に沈み込むほど深くグルーヴし、時間を超越しているかのようだ。ディアンジェロのリード・ボーカルと幾重にも重ねられたハーモニーは、古典的ソウルの伝統に則った”官能的なゴスペル”そのもの。この曲が放つ魔力はあまりにも濃密で、明かりをつけたまま聴くのは不作法に思えるほどだ。— B.H.

23位 Chappell Roan「Pink Pony Club」(2020)
22位 Wizkid feat. Tems「Essence」(2020)
21位 Lady Gaga「Bad Romance」(2009)

20位→16位

20位 Steve Lacy「Bad Habit」(2022)

2ndアルバム『Gemini Rights』からの2枚目のシングル「Bad Habit」は、世界的ヒットになるべくしてなった”秘密のレシピ”を備えていた。軽やかに跳ねるドラムと、呼応するように暴れ回るギターリフの組み合わせは、現代ポップのサウンドスケープを再構築した。この曲がリリースされたのは、ちょうどコロナ禍の制限が緩和され始めた頃。2020年以降の停滞したムードを吹き飛ばすように、「Bad Habit」は報われない──いや、まだ踏み出されていない恋についての完璧なポップ・バンガーとして登場した。誰だって、想いが実は通じ合っていたと気づくのが遅すぎた経験があるだろう。「Bad Habit」は2023年のグラミー賞で、最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞にノミネートされ、同アルバム『Gemini Rights』では最優秀プログレッシブR&Bアルバム賞を受賞した。— J.I.

19位 Adele「Someone Like You」(2011)

アデルが2ndアルバム『21』をリリースした頃、ポップ・ヒットの多くはコンサートの巨大スクリーンのように華やかでスケールの大きなサウンドを競い合っていた。だが、現代最高のキャバレー・シンガーとも言える彼女は、シンプルさこそが力になるのだと改めて示してみせた。セミソニックのダン・ウィルソンと共作した「Someone Like You」は、心をえぐるような失恋の直後に書かれた曲だ。そこにあるのは、声とピアノ、そして喪失感だけ。しかしこれは、よくある”去っていった恋人”を歌う量産型バラードではない。極めて個人的でありながら、誰の胸にも響く普遍性を備えた歌である。アデルの歌い手としての天才性は、サビの〈私を忘れないで、と懇願した〉という一節に凝縮されている。力みすぎることなく、歌うたびに少しずつ切実さを増していくその表現は、聴く者の心を深く掴む。たとえこの先AIが世界を支配するようになったとしても、彼らでさえこの曲に共感する光景が容易に想像できる。— D.B.

18位 Billie Eilish「bad guy」(2019)

ビリー・アイリッシュは、アメリカ的なティーンエイジの荒野から現れ、誰もが惹かれる”ポップ界の悪夢”へと駆け上がった。彼女が「bad guy」で世に放ったのは、新しい時代のアウトサイダー・アンセム。SoundCloudでカルト的な人気を得てから3年後、ついに全米1位を獲得した。この曲は、ホームスクールで育った17歳の風変わりな少女が、自分の日記を不気味なベッドルーム発エレクトロ・ゴス・ポップに変換したものだ。そして彼女が〈Im the bad guy — duuuuh!〉と嘲るように笑うその瞬間、世界は一斉に息を呑んだ。ビリーと兄のフィニアスが作り上げた「bad guy」は、他のあらゆるポップソングをおとなしく感じさせた。デビューアルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』から生まれたこのメガヒットによって、彼女はポップの最前線を定義する声として世界に知られることになる。Duuuuh. — R.S.

17位 Drake「Hotline Bling」(2015)

若い世代が2010年代半ばのヒップホップを崇拝するようになったのには理由がある。あの時代には、ひとつの世代を定義づけるほどの名曲が次々と生まれたのだ。その中心にいたのが、文化的影響力の頂点に立つドレイク。その存在感は、ビヨンセ、テイラー・スウィフト、そして彼自身がたびたび比較に挙げるマイケル・ジャクソンと肩を並べるほどだった。とりわけ2015年のドレイクは、まさに無敵だった。ミーク・ミルとのビーフを通じて”正統派アーティスト”としての地位を守り抜き、その決着をつけるかのように放ったのが、ジャンルを超えて世界を席巻した「Hotline Bling」だった。この曲は、ドレイクというアーティストのキャリアそのものを象徴する縮図と言える。ポップとヒップホップの境界を自在に行き来しながら、世間の議論を一瞬で自分の軌道へ引き戻す力を持っていた。もし彼が、あの頃の”レシピ”を取り戻すことができたなら。— J.I.

16位 Mariah Carey「We Belong Together」(2005)

マライア・キャリーは2000年代初頭の苦境を経て、新たなアティテュードで再び輝きを取り戻した。涙を誘うスロウ・ジャム「We Belong Together」で、彼女はおなじみのハイトーンをすぐには披露せず、ピアノを中心としたシンプルな伴奏に、稲妻のような意識の流れをリリックで重ねていく。そして内に秘めた緊張と渇望が、やがて空へと爆発する瞬間までじっくりと溜めていくのだ。この曲の美しさは、音楽的な緊張感のバランスにある。マライアは「自分の隣に座っているのは自分だけ」と感じる孤独、ラジオから流れるボビー・ウーマックやベイビーフェイスの声にため息をつく瞬間──そうした不安定な孤独の時間を、痛々しいほどリアルに描いてみせる。音楽が心に及ぼす力を誰よりも理解していた彼女だからこそ、この曲はやがて失恋ソングの殿堂入りを果たすことになる。それは運命のように、最初からこの歌の中で予感されていた。— M.J.

15位→11位

15位 OutKast「B.O.B. (Bombs Over Baghdad)」(2000)

世紀の変わり目に生まれたこの名曲で、アウトキャストはテンポをBPM155まで引き上げ、灼熱のギター、狂気じみた早口のリリック、ゴスペル・クワイアまで放り込んだ。本来ならバラバラになってしまいそうな要素だが、結果はとんでもなく最高だった。不穏に響く〈Bombs over Baghdad〉というコーラスは、数年後にアメリカがイラクへ侵攻した際、奇妙に現実と重なる響きを持つことになる。しかし実際の歌詞は、当時の音楽業界に蔓延していた「中途半端な作品づくり」への痛烈な比喩だった。この曲には、半端なものなどひとつもない。「B.O.B.」は当時のヒップホップの中でも異質かつ圧倒的な存在感を放ち、それは今なお変わらない。— C.H.

14位 Daddy Yankee「Gasolina」(2004)

ダディー・ヤンキーは「Gasolina」で、これまでのラテン・エクスプロージョンとはまったく異なるレゲトンの嵐を世に放った。この曲は、片想いを上品に歌うようなコンガ入りのラブソングではない。地下シーンから生まれた数々のアンセムと同じように、若さと踊り尽くす快楽を謳う一曲だった。ダディーのボーカルは疾走感と攻撃性に満ちていたが、歴史を変えたのはルニ・チューンズによるプロダクションだった。クラビネットとアフリカのムビラを掛け合わせたような、軽快でどこかコミカルな短調シンセのリフ。そのサウンドこそが、世界中のクラブを制圧したのだ。さらに、クレジットされていない女性シンガー、Gloryの存在も忘れてはならない。コール&レスポンスのコーラスで、欲望は一方通行ではないことを力強く示している。「Gasolina」が世界的なマイルストーンになったのも当然だ。20年が経った今でも、この曲はスピーカーからカフェインを飲みすぎた獣のように飛び出してくる。— E.L.

13位 SZA「Snooze」(2022)

SZAは、自分がR&Bシンガーとしてひと括りにされるのが嫌だと語っている。それも当然だ。彼女の音楽はロック、ラップ、ポップなどが鋭く融合したジャンル横断的なサウンドだから。そんな彼女は、「Snooze」で完璧なR&Bソングを作り上げた。自身最大のロングヒットとなったこの曲には、R&Bの重鎮ベイビーフェイスことケネス・エドモンズと、ギターヒーローのレオン・トーマスが参加。彼らが奏でる”切望そのもの”のような伴奏が、SZAの声に美しく寄り添う。だが、この曲を忘れがたいものにしているのは、SZA特有の皮肉と矛盾を抱えたウィットだ。多くの人はタイムレスな作品を称賛するが、「Snooze」が輝く理由はむしろ逆。関係が崩れていくという永遠のテーマを、現代的な感性で捉え直し、”それでも心地よく感じてしまう”感情のリアルを描き出している。— M.C.

12位 The Strokes「Last Nite」(2001)

ニューヨークのガレージ・ロック復興を牽引したザ・ストロークスをめぐるハイプは、彼らが最初のシングルを出す前から耳をつんざくほどの熱気を帯びていた。そして、その期待に見事に応えたのが、ロウワー・イースト・サイドの生え抜きらしいクールさを纏った「Last Nite」だった(ポップ界のサラブレッド、アルバート・ハモンドJr.による高揚感あふれるギターソロもその熱狂を決定づけた)。この曲がトム・ペティ「American Girl」へのラフなオマージュだという説に対し、ペティ本人は2006年の本誌インタビューで「思わず笑ってしまった」と語っている。だが、ジュリアン・カサブランカスのザラついた叫び声を、荒れ狂うギターと暴走寸前のビートの中に置いたことで、「Last Nite」は2000年代初頭のロックを二分したポストパンク的クールとポストグランジ的焦燥の対立において、音楽的な勝者がどちらだったかを決定づける一曲となった。— M.J.

11位 Bad Bunny, Ñengo Flow & Jowell & Randy「Safaera」(2020)

2020年、バッド・バニーは2ndアルバム『Yo Hago Lo Que Me da La Gana』によって、誰にも止められない存在であることを証明した。同作の中でも際立っていた楽曲「Safaera」によって、彼はさらに先へ進み、ラテン音楽における究極の革新者としての地位を確立した。表面的には、トゥワークや享楽的な宴を歌うカリブの粘着的パーティー・チューンのように聴こえるかもしれない。だが、デンボウの一打ごとに重みが増し、楽曲の歴史的意味が深まっていく。バッド・バニーは手にブラントを持ちながら、ミッシー・エリオット「Get Ur Freak On」の絶妙なサンプリング、10種類もの異なるラップ・フロウ、そしてÑengo FlowやJowell & Randyといったレゲトン界の伝説たちの豪快なヴァースを織り交ぜながら、パーティーに飢えた新世代たちを堂々と導いていく。彼が成し遂げたのは、数十年にわたるラテン音楽の系譜を一曲の中で再構築する芸術的離れ業だった。— M.G.

10位→6位

10位 Frank Ocean「Thinkin Bout You」(2012)

2012年に『Channel Orange』を再生して、短いイントロのあと、このインスタント・クラシックとなったラブソングが流れ出したとき、どれほど衝撃的だったかを今では忘れてしまいがちだ。当時、フランク・オーシャンは急成長中のヒップホップ集団Odd Futureの中でも最もメロディアスな存在として知られていた。ビヨンセやジャスティン・ビーバーへの楽曲提供でその名を聞いた人もいたし、2011年のミックステープ『Nostalgia, Ultra』で見せたサンプリングとジャンル越境のセンスで注目していた人もいただろう。しかし、「Thinkin Bout You」で彼がやってのけたことを予想した者は誰もいなかった。

ヴァースでは繊細でロマンティックな比喩を囁くように歌い、続くフックでは彼の世代を象徴するほど滑らかなファルセットが広がる。〈君はそこまで先のことを考えていないの?/僕はずっと永遠について考えていたんだ〉。シンプルなメロディを、忘れがたいほどの強度で届ける──それだけで十分なのだ。この曲によって、フランク・オーシャンはR&Bとポップの両方を代表する存在としての地位を築き上げた。近年、彼は新作を出すことにあまり興味を示してないようだが、この曲の輝きだけで、彼が永遠に音楽史に刻まれることは約束されている。— S.V.L.

9位 Britney Spears「Toxic」(2003)

ポップの女王に敬意を──Its Britney, bitch。ブリトニー・ジーン・スピアーズはY2K時代におけるティーンスピリットの超新星だった。ルイジアナ州ケンウッド出身の田舎娘が、MTV『トータル・リクエスト・ライブ』で若者の爆発的ムーブメントを牽引したのだ。評論家たちは「すぐに消えるだろう」と予測したが、ブリトニーはそのたびに彼らの間違いを証明し続けてきた。「Toxic」は、そんな彼女の究極の代表曲だ。これほど挑発的で、自信に満ち、自分自身を貫いたブリトニーの歌声は他にない。

スウェーデンのプロデューサー、ブラッドシャイ&アヴァントは、スパイ映画のようなストリングスとサーフギターのきらめきが交錯するグラム・ディスコ風の音の遊園地を作り上げ、彼女は官能的な魔法にかかっていく少女を気だるげに歌う。「基本的には”男性中毒になった女の子”の曲なの」とブリトニーはMTVに語っている。「この”悪女”は、欲しいものを手に入れるためなら何だってするのよ」。彼女が歌う〈a taste of a poison paradise〉(毒の楽園の味)」という一節は、この曲そのものを指しているかのようだ。「Toxic」はブリトニーの決定的なシグネチャー・ヒットとなり、彼女のキャリアを象徴するレガシーとなった。彼女はデンジャラス──その危うさを心から楽しんでいる。— R.S.

8位 Radiohead「Idioteque」(2000)

1997年のブレイク作『OK Computer』で巨大な成功を収めた後、レディオヘッドはその路線を繰り返すこともできた。だが彼らはそうしなかった。代わりに、ロックの定型からできる限り遠く離れた場所──地下壕、氷河期、グリッチーな電子音楽の荒野へと突き進み、傑作『Kid A』を生み出した。その頂点に立つのが「Idioteque」だ。地球温暖化と社会崩壊という”軽い話題”をテーマにした、推進力と磁力を併せ持つこの楽曲は、アルバムの心臓部となっている。

ギタリストにしてバンドの頭脳でもあるジョニー・グリーンウッドは、50分に及ぶシンセサイザーの即興演奏を作り上げ、そのうちわずか40秒をトム・ヨークが採用した。その中には、グリーンウッドがコンピレーション盤で見つけたポール・ランスキーの1976年作「Mild und Leise」の見事なサンプルも含まれていた。ヨークは後にこう語っている。「他のメンバーはどう貢献していいか分からなかった。シンセサイザーを使うと、人とのつながりがなくなるんだ。同じ部屋にいる感じがしない。みんなの人生をほとんど行動不能にしてしまったと思うよ」。それでもやる価値はあった。「Idioteque」は彼らのライブに欠かせない定番曲となり、キャリアを象徴する瞬間として今も君臨している。差し迫る破滅が、これほどクールに響いたことはかつてなかった。— A.M.

7位 Kendrick Lamar「Alright」(2015)

90年代から2000年代にかけてラップ界を支配していたのは、ノトーリアス・B.I.G.やジェイ・Zのような、威風堂々としたカリスマ的ハスラーだった。かたや、2010年代のスーパースターとして頭角を現したケンドリック・ラマーは、あらゆる感情の揺れ、矛盾、衝突する衝動をすべてさらけ出すことで、それを成し遂げた。

2015年のアルバム『To Pimp a Butterfly』は、ジャズのエッセンスを濃厚に湛えた壮大な自己省察の書であり、その中心に置かれたファレル・ウィリアムス制作のアンセム「Alright」は、暗闇の中で人と人、コミュニティをつなぐ希望の歌だった。象徴的なリフレイン──〈We gon be all right〉(俺たちは大丈夫だ)は、やがて全米におけるBLM運動のスローガンとなり、この曲自体が現代版「We Shall Overcome」として、緊迫した新たなアクティビズムの時代を象徴することになった。「一日中ラジオで流れてなくてもいい。街で、人々の間で、ニュースで、そしてコミュニティの中でこの曲が鳴っているんだ。誰もがそれを感じ取っている」と、ラマーは当時のインタビューで語っている。— J.D.

6位 Robyn「Dancing on My Own」(2010)

スウェーデン出身のシンガー、ロビンは90年代から活動していたが、彼女が本当の意味で時代の琴線に触れたのは「Dancing on My Own」だった。クラブの片隅で、自分だけの小さな世界を作り出す──そのフィーリングをきらめくように讃えたこの曲は、孤独と悲しみ、それらを押しのけて立ち上がる強さを見事に融合させている。同郷のソングライター/プロデューサー、パトリック・バーガーとともに制作されたこの楽曲では、渦を巻くようなシンセと脈打つビートが、恋の裏切りや感情の混乱を乗り越えるための原動力として機能している。そしてロビンは、飾らない言葉でその痛みを正面から歌い上げる。

「Dancing on My Own」はやがてポップカルチャーの象徴となった。HBOドラマ『GIRLS』の重要なシーンで使用され、さらに「痛みを踊りで浄化できる」と語るサム・スミスのように、LGBTQ+コミュニティのアンセムとしても受け入れられた。そして何より、この曲は、リアルな経験や感情を普遍的なカタルシスへと昇華させるポップの設計図となった。ロビンの熱狂的なファンであるロードは、この曲をひと言で評している。「完璧(Perfect)」。 — J.D.

5位→1位

5位 Taylor Swift「All Too Well」(2012)

テイラー・スウィフトのキャリアの中で、最も痛切で、生々しく、情熱的な失恋のアンセムが「All Too Well」だ。オリジナルはアルバム『Red』に収録された約5分のバージョンで、元恋人が今も引き出しにしまっている”忘れられたスカーフ”に象徴される、痛みを伴う愛の記憶が描かれている。ファンからは圧倒的な人気を得たが、シングルにもならず、ヒット曲として扱われることもなかった。スウィフト自身、長いあいだこの曲をライブで歌うことはなかったという。「自分にとって、とてもパーソナルなことを歌っている曲だったの。だから人前で歌うのが辛かった」と彼女は語っている。

だが、それで物語が終わったわけではなかった。約10年後、彼女は『Red (Taylors Version)』で楽曲を再構築し、オリジナルの10分に及ぶ初稿から失われていたヴァースを掘り起こした。自らの傑作を”引き裂き”、新しい形に生まれ変わらせたのだ。この「All Too Well (10 Minute Version)」は歴史的現象となり、史上最長尺のナンバーワン・ヒットとして記録を塗り替えた(これまでの記録保持者はドン・マクリーン「American Pie」)。そして〈Eras Tour〉では、世界中のスタジアムで何万人もの観客が一斉に〈男尊女卑なんてウンザリ!〉(Fuck the patriarchy!)と叫ぶ、そんな時代の象徴にもなっている。もしテイラー・スウィフトというアーティストの天才を1曲で語るとしたら、間違いなく「All Too Well」だ。どのバージョンを選んでも永遠のクラシックである。— R.S.

4位 The White Stripes「Seven Nation Army」(2003)

巨大で圧倒的なロック・リフなんてものは、もはやクラシック・ロックの過去の遺物だと思われていたそのとき、ジャック・ホワイトが見事に蘇らせた。ホワイト・ストライプスのサウンドチェック中に生まれたという伝説の曲「Seven Nation Army」は、ロックンロールに荒々しいシンプルさと神秘性を取り戻した。「七つの国の軍隊」というタイトルは、幼い頃のホワイトが救世軍(Salvation Army)を言い間違えたことに由来している。そして歌詞に散りばめられたイメージの奔流は、彼と音楽的パートナーであり、当時の私生活のパートナーでもあったメグ・ホワイトが突如浴びることになった世間の注目や噂話を暗示している。「当時、僕の知り合いたちがゴシップを言い合っているのを見て、そこから少しインスピレーションを得たんだ」とホワイトは後に語っている。

一方で、この曲の圧倒的な魅力には何ひとつ謎がない。ベースのように響くギターで奏でられるリフ、爆発寸前まで緊張を高める構成、熱に浮かされたようなホワイトのヴォーカル、そしてクラプトンのクリーム時代を思わせるリードギター。そのすべてが完璧に噛み合っている。もうひとつの功績を挙げるとすれば、ホワイトはこの曲によって、長年シカゴのヒット曲ばかり演奏してきた大学や高校のマーチングバンドに新たな定番曲を与えた。 — D.B.

3位 Beyoncé feat. JAY-Z「Crazy in Love」(2003)

冒頭のホーンが炸裂した瞬間から、「Crazy in Love」がただのシングル曲ではないことは明白だった。それはポップ界に向けた警告であり、「ソロ・アーティスト、ビヨンセの誕生」を高らかに告げる号砲だったのだ。彼女の作品の多くがそうであるように、この曲も過去と現在をつなぐ橋となっている。ビヨンセはここで、現代的なファンク・グルーヴとR&Bの艶やかさを融合させたパフォーマンスを披露している。プロデュースを手がけたのはリッチ・ハリソン。ソロ・デビュー作『Dangerously in Love』の幕開けを飾るこの楽曲で、彼はThe Chi-Litesのサンプルを絶妙に配置し、レトロな味わいと即効的なクラシック感を両立させている。

ビヨンセ自身の歌声は、まるで呼吸するように自然で力強い。デスティニーズ・チャイルド時代から際立っていた本能的で説得力のある自信が、この軽快かつキャッチーなアンセムを支えている。そして、ジェイ・Zによる一度聴いたら忘れられないヴァースが加わることで、「Crazy in Love」は最初から成功が約束されていた。この曲はその後のポップ・スターたちに計り知れない影響を与えた。まさに、時代を決定づけた恋の爆発音である。— B.S.

2位 Yeah Yeah Yeahs「Maps」(2003)

NYのアート・パンク・トリオ、ヤー・ヤー・ヤーズは、その奔放でエネルギッシュなスタイルで知られている。だが、彼らの最も長く愛されている曲は、意外にも静けさに満ちていた。「Maps」で聴かれるカレン・Oの歌唱には、むき出しの人間らしさが放つ独特の美しさがある。ニック・ジナーの揺らめくギターの上で、彼女は声の震えと真心からのメッセージという、ただそれだけを武器に歌っている。普段はまるで生きた花火のようにステージで爆発的なエネルギーを放つカレンだが、この曲では防御を解き、赤裸々な感情をさらけ出している。

この曲は、当時の恋人だったライアーズのアンガス・アンドリューに向けて書かれたと言われている。タイトルの「Maps」は「My Angus Please Stay」(アンガス、行かないで)の頭文字だという説もあり、涙に濡れたようなMVの映像がそれを裏付けているようにも見える。だが、本当の背景など二の次だ。この曲を永遠にしたのは、感情そのものの純度である。ケリー・クラークソンからビヨンセに至るまで、多くのアーティストがこの曲からインスピレーションを得てきたが、オリジナルの「Maps」は今なお最も強く心に響き続けている。これは残酷なタイミングや避けられない別れの中で、それでも誰かを想い続けることがどういうことなのかを知る人々に語りかける歌なのだ。— J.L.

1位 Missy Elliott「Get Ur Freak On」(2001)

ミッシー・エリオットが「Get Ur Freak On」をリリースしたのは、2001年の長く暑い夏のラジオを支配するのにぴったりのタイミングだった──そして、そこからすべてが変わった。それは単なる「頭をぶっ飛ばすミッシーの大ヒット」ではなく、挑発であり、挑戦状だった。ミッシーとティンバランドが、未来に食らいつくか取り残されるかを人類に突きつけるサウンドだった。バージニア州ポーツマス出身のダイナミックなデュオは、1997年のデビュー曲「The Rain (Supa Dupa Fly)」でヒップホップをひっくり返して以来、音楽界で最も過激で革新的なチームとなっていた。

だが「Get Ur Freak On」はその先を行っていた。狂気的なスペース・バングラ・ビートに乗せて、ティンバランドはタブラのフックをねじ曲げ、頭がクラクラするようなダーティ・サウスのアヴァン・ファンクへと変貌させた。パンジャーブ地方の一弦ギター「タンビ」で6音のモチーフを奏で、パーティ・ピープルたちは日本語とヒンディー語で盛り上がる。ミッシーは壮大に「Hollaaaaa!」と叫び、フリークたちをダンスフロアに召喚し、唾を吐きかけながらこう勝ち誇る――〈あたしのスタイルの切り替えっぷり、たまんないでしょ?〉。それは音楽の未来を無限に感じさせる、停滞することのないフリークのマニフェストだった。20年以上たった今も、「Get Ur Freak On」は依然として未来のように響く──21世紀のポップにおける鮮やかさ、独創性、クールさ、そのすべてがこの曲にある。Holla, forever. —R.S.

From Rolling Stone US.
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