今のブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下、BC, NR)ほど、関係性を美しく保つことに比重を置いているプロジェクトも珍しい。なだらかな友人同士の付き合いに淫するのでも、ストイックな自己表現を衝突させるのでもなく、呼吸を同期させて信頼を築くこと。加えて、10日間なら10日間の、100日間なら100日間の、共に過ごした年月を活写すること。それこそが彼らのライフワークなのだ。
そして来日公演で共演することとなった二組──青葉市子と柳瀬白瀬(from betcover!!)──もまた、BC, NRとお互いのクリエイティブを通して繋がったプロジェクトだ。もし彼らに共通点を見出すことができるのならば、それは出自やサウンドの志向性ではなく、「関係性に導かれたクリエイティブを優先する」という、実に今日的なアイデアを共有しているということではないだろうか。ここではその交流を今一度整理しつつ、彼らが共有している関係性の詩学を辿っていきたい。

まずはホストであるBC, NRについて。前進であるナーバス・コンディションズから数えると約10年のキャリアを有するバンドだが、傍目にもその関係性が強調され始めたのは、いみじくもギターボーカルであるアイザック・ウッドの脱退以降であった。2020年にNinja Tuneと契約を発表し、翌年にはデビュー作となる『For the first time』をリリース。その評判を受けた2ndアルバム『Ants from Up There』が2022年の初頭に放たれ、まさに世界へとBC,NRが拡散されていく。
当時のインタビューを読むと、切実なアイザックの意向が尊重された決断であり、寂しさこそはあれど(その後に発表されることとなる新曲に早速取り組むなど)バンド全体が沈んではいないような印象を受ける。「彼がそれでよりハッピーになれるならそれが一番。だから、私たちも大丈夫」というタイラーのコメントは、BC, NRというプロジェクトを真に信頼しているからこその言葉だろう。
そして初となるジャパンツアーを前にして発表され、実質的な3rdアルバムとなったライブ作品『Live at Bush Hall』は、BC,NRというバンドの築いた信頼関係こそが他のプロジェクトでは代替不可能なエッセンスであることを高らかに宣言していた。アイザックの脱退以降に制作した新曲のみ、ロンドンのブッシュ・ホールで行われた3つの公演の録音による本作は、ソングライターとメインボーカルが楽曲ごとにスイッチされる方式を採っていた。冒頭の「Up Song」でのコーラス〈Look at what we did together, BC, NR friends forever〉というリフレインは、BC,NRの新章を象徴するものであった。

タイラー・ハイド

メイ・カーショウ

ジョージア・エラリー
そして長いツアーを挟み、最新作『Forever Howlong』が今年リリースされた。3人の女性ボーカル(タイラー、メイ、ジョージア)がメインとコーラスを交互に担当し、たおやかなメロディが同居する英国フォークをポリリズミックに発展させた本作は、年月のもたらしたマジックによって導かれたものだ。表題曲の「Forever Howlong」で聞くことができるリコーダーの音色はメンバーがレコーディングのタイミングで練習をはじめたものであり、単なるプレイヤー同士の合奏だけがバンドの目的でないことを象徴している。BC, NRの音は、呼吸を同期させることによって初めて立ち表れるのだ。
また『Forever Howlong』の制作中は、サウンド以上のコミュニティの在り方としてザ・バンドを参考にしていたというのも興味深い。
—BC,NRはアイザックさんの脱退以降、最近のアーティスト写真などを見ても、「民主的なバンド」としてのアイデンティティをこれまで以上に打ち出しているように映ります。みなさんにとって「民主的であること」はなぜ重要なのでしょうか?
メイ:民主性っていうのは、バンドの誰か一人ではなく、メンバー全員にとってのもの。私たちは6人で音楽を作っているから、たとえ意見が食い違ったとしても、そこはちゃんと時間をかけて話し合うし、決定するときもみんなで決める。「自分の意見を聞いてもらえている」と思えることが大切なの。全員が声を上げ、納得できていることが重要で、それがあるからこそ前に進めるんだと思う。
《Black Country, New Roadが語る「バンドの民主主義」はじめてのリコーダー、永遠の絆と変化の季節》より

チャーリー・ウェイン

ルイス・エヴァンス

ルーク・マーク
今夏公開されたKEXPでのパフォーマンスを見ると、「For The Cold Country」でメイが指揮を執りながら歌い、「Forever Howlong」では音源同様にメンバーが楽器を置いてリコーダーを吹くなど、より強固な信頼関係が窺える。さらに直近のセットリストを観るとアルバムからの楽曲を中心に『Live at Bush Hall』より「Dancers」や「Turbines/Pigs」の新版に加え、ビッグ・スター「The Ballad of El Goodo」のカバーも時折披露している。前回のジャパンツアーにて制作中だった『Forever Howlong』からいくつかのレパートリーが世界で初めて演奏されたように、まさかの選曲にも期待しつつ当日を待ちたい。
青葉市子、betcover!!との関係
BC,NRによる二度目のジャパン・ツアーでは、彼らと豊かな関係を築いている二組がスペシャルゲスト・アクトとして招かれる。
東京公演で共演するのは青葉市子。クラシック・ギターと歌による弾き語りよりキャリアをはじめ、その儚くもファンタジックな声のゆらめきはパンデミック以降にグローバル規模で浸透。

青葉市子
世界中の安らぎを求めるリスナーと同様に、BC, NRの面々も青葉市子の声に惹かれている。2023年3月にオランダ・ロッテルダムで開催された「MOMO Festival」ではコラボセットが実現。単なる飛び入り参加ではなく、あくまで「Black Country, New Road & Ichiko Aoba」名義での共演となったこの公演では、「アンディーヴと眠って」に「海底のエデン」、さらに「ココロノセカイ」といった青葉のレパートリーに加え、『Forever Howlong』収録の「Nancy Tries to Take the Night」がリリースに先立って披露された。その後のインタビューによると、どうやら両者のマネージャーが旧知の仲だったそうで、不思議な縁に導かれたステージだったようだ。
「Black Country, New Road & Ichiko Aoba」ファン撮影のライブ映像
一人での弾き語りの印象が強い青葉市子だが、近年は作曲家の梅林太郎との共作をはじめ、アンサンブルへの興味を覗かせる機会が増えてきた。象徴的なのはロンドンの弦楽オーケストラ・12 Ensembleとの共演だ。レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドやニック・ケイヴも信頼を寄せる同プロジェクト。2023年のホール公演を契機にライブ・アルバムがリリースされると、その後もロンドンでライブを行う際にはステージに上がり、梅林と共に青葉市子の歌へと溶けいるような調べを重ねている。『アダンの風』以降の彼女は、荘厳なオーケストラル・ポップと密やかな弾き語りをアンサンブル全体で両立する方向へとシフトしており、12 Ensembleはそのフィーリングにポスト・クラシカル方面より寄与している。
表現の裾野が広大になるにつれて、彼女がひとりで行う弾き語りにも包容力がもたらされているように聞こえる。
オランダでセッションして以来の再会!とても楽しみにしています
青葉市子
大阪・名古屋公演でサポートを務めるのは、betcover!!の柳瀬二郎(G, Vo)と白瀬元(Key)による派生ユニットの柳瀬白瀬。過去にも柳瀬二郎は、バンドのギタリストである日高理樹や、前任のピアニストであるロマンチック☆安田とデュオでの公演を行ってきた。クラシック/現代音楽のフィールドで活躍する一方、ラッパーのACE COOLとも共演してきた白瀬の鍵盤、そして柳瀬の歌とギターを基調としたライブが予想される。

柳瀬白瀬(betcover!!)
betcover!!とBC,NRもまた縁のあるユニットだ。2023年の4月に開催されたアルバム『卵』のリリースツアー、そのラストである東京公演にBC,NRのメンバーが来場。当時来日中だったジョーディー・グリープも会場に居合わせ、さながらウィンドミルのような、スペシャルな一夜になった。
さらに同年に撮影されたAmoebaの恒例企画「What's In My Bag?」にバンドが出演した際には、メイがbetcover!!のTシャツを着て登場。今年公開されたインタビューでもチャーリーが「今まで観た中で最高のライブバンドの一つ」と評するなど、そのインパクトは絶大だったようだ。諸事情で実現しなかったそうだが、BC, NRは以前にもツアーのサポートアクトとしてbetcover!!に声をかけていたと柳瀬は語っている。

2023年4月7日、新代田FEVERの楽屋にて。左から藤原大輔、ジム・オルーク、松丸契、石橋英子、メイ・カーショウ、ジョーディー、ルーク・マーク、チャーリー・ウェイン、柳瀬二郎、ジョージア・エラリー、岩方禄郎(Photo by Toshiya Oguma)
余談だが「What's In My Bag?」でBC,NRのメンバーはキング・クリムゾンにアーサー・ラッセル、さらにジョアナ・ニューサムやジュディ・シルなど種々雑多なレコードをピックアップ。『Forever Howlong』の制作に取り組む直前ということもあり、彼らの現在の志向が垣間見えるような内容になっている
BC,NRが連帯によるバンドマジックを信じて邁進してきたように、betcover!!も各々のキャラクターを尊重したパフォーマンスを展開している。初期こそ柳瀬二郎によるソロプロジェクトの色が強かったものの、メンバーの変遷を経て、現在は5人編成のバンドとして定着。BC,NRのチャーリーもお気に入りに挙げるジム・オルークがエンジニアとして参加した最新作『勇気』を携え、直近に開催された「betcover!! WORLD TOUR25」では一丸となってアジア、ヨーロッパ、そして日本を行脚した。ベーシストのファルコンマンこと吉田隼人にはオリジナルのヒーローソングまで作られ、欠かすことのできない存在となっている。
BC,NRとbetcover!!。どちらもグローバル規模での評価を獲得しているプロジェクトであると共に、その先鋭的な音楽性を強固な関係性の中に見出しているという点で強い親和性を誇っている。バンドで活動する意味を見出し、その可能性を切り拓いている二組の共演は見逃せない。
Black Country, New Roadの来日を心から歓迎します!
日本でのライブをとても楽しみにしています
──柳瀬二郎
青葉市子さんとbetcover!!は、いま日本で活動する中でも特に大好きなアーティストです。
音楽のスタイルは違っていても、どちらも心を奪われるようなユニークで魅力的な音楽を創り出す力を
共通して持っています。私たちはこれまで、彼らの音楽を(ひとりでも仲間とでも)聴きながら、
数えきれないほど幸せな午後を過ごしてきました。
そんな彼らと同じステージを共有できるのは、本当にうれしいことです
──Black Country, New Road


BLACK COUNTRY, NEW ROAD
JAPAN TOUR 2025
2025年12月8日(月)大阪・BIGCAT
2025年12月9日(火)名古屋・JAMMIN
2025年12月10日(水)東京・EX THEATER
OPEN 18:00 / START 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可
SPECIAL GUESTS
Ichiko Aoba:東京
柳瀬白瀬(from betcover!!):大阪&名古屋
イベント詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883

Black Country, New Road
『Forever Howlong』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14665