ライブが始まる前から「豊かな体験」の連続
朝8:00に新宿を発つバスに合わせて指定の集合場所へ向かうと、容量の大きなリュックサックを背負った団体が列を成しているのが見えた。初めての朝霧JAM参加、自分は編集者やカメラマンと共に会場へと直結するツアーバスで向かうプランを選んだ。想像していた以上に単独で向かう者が多い上、一泊二日のためそこまで重装備でもない。キャンプインフェス自体への参加が初めてだった自分にとって、気が軽くなる瞬間だった。
定刻に出発してから約3時間半。さながら修学旅行のような気分のまま、高速道路を降りて山道を潜り抜け、会場となる朝霧アリーナに続く一本道へバスが入ると、車内がほのかにザワザワし始めた。なんとバスの真正面に見切れるほど巨大な富士山、思わず面を食らうと共に朝霧JAMからの歓待に体温が高まる。カラフルなモニュメントが彩る道を通って会場すぐそばの発着場へと駐車し、荷物を受け取ってリストバンドの手配を済ませればステージはすぐそこだ。
午前8時ごろ、東京都庁・とみん広場でツアーバスに乗り込む筆者(Photo by Shiho Sasaki)
午前11時半ごろ、ツアーバスが朝霧アリーナに到着(Photo by Shiho Sasaki)
オーディエンスが続々と会場入り、朝霧JAMはファミリー層にも愛されている(Photo by Shiho Sasaki)
RAINBOW STAGEの看板はフォトスポットとしても人気(Photo by Shiho Sasaki)
トップバッターのYOGEE NEW WAVESが登場する14時までに準備を済ませる、ここで重要なのは拠点となるテントだ。今回利用したのはCAMP SITE Aのレンタルテントプラン、なんと会場に着いた時点で既に設営されている! 友達とキャンプに行く度に慣れないペグ打ちで迷惑をかけ続けていた自分のようなものにとって、設営の手間が省けるというのはそれだけ楽しむ時間が増えるということだ。おまけにCAMP SITE AはメインステージとなるRAINBOW STAGEの後方、フジロックに喩えるならばGREEN STAGEの後ろの草原にテントが貼られているようなものだ。抜群のロケーションに感謝しつつ、荷物を置いて朝霧JAMのエリアを探検してみる。
CAMP SITE Aのレンタルテント(Supported by Coleman)。ランタンやシートも付属され、帰る前に返却・撤収する必要もなし(Photo by Shiho Sasaki)
RAINBOW STAGE下手側のアングル。テントにいながら音楽が楽しめるのも朝霧JAMならでは。ステージ横にはフード屋台が広がる(Photo by Shiho Sasaki)
RAINBOW STAGEの脇を抜けてセカンドステージとなるMOONSHINE STAGEまで約5分。横に逸れる道へ入ればCAMP SITE B、こちらは炊事や焚き火が可能なため、既に多くのファミリーがキャンプ飯を楽しんでいた。そもそも朝霧アリーナがキャンプに向けた場所ということもあり、最奥部に至るまで綺麗な常設のトイレに水道水まで完備されている(飲用可能な上に富士山からの水だ、とにかく美味しい!)恐らく朝霧JAM中級者~上級者であろう彼らを眺めてみると、山中かつ曇天のため、フリースやライトジャケットを着て防寒に努める者がほとんどだ。実感としてはフジロックの荷物から猛暑対策グッズを抜いて防寒装備を足した……そのくらいの構えだろうか。
MOONSHINE STAGEの様子。今年は屋根のタコがいなくなった(Photo by Shiho Sasaki)
ドッグラン「どん吉パーク」やDJエリアのCARNIVAL STARなどを歩いていると、編集者から「ビリヤニ休憩するけど来る?」との連絡が。もちろん。MOONSHINE STAGEまで戻り、ラーメンや富士宮焼きそばなど様々な屋台が林立する中、「SPICE6」なるインドカレー屋のテントの前で落ち合う。店頭には大きなフライパンが三つ並ぶ、本格的だ。
「CARNIVAL STAR」はCAMP SITE B内にある穴場的エリア。13時台はDJ HANA-Gこと花房浩一さん(フジロッカーズオルグ主宰)が昭和歌謡DJで魅せる(Photo by Shiho Sasaki)
ドッグラン「どん吉パーク」は「CARNIVAL STAR」のすぐそば。犬連れの観客が多く癒される(Photo by Shiho Sasaki)
「SPICE6」の極上フード。筆者は一発でリピーターに(詳しくは後述)(Photo by Shiho Sasaki)
MOONSHINE STAGE周辺のマーケット。東京・駒沢のブックストア兼ギャラリー「SNOW SHOVELING」が今年も出張営業、その隣には似顔絵コーナー(Photo by Shiho Sasaki)
なんと、まだライブは始まっていない。なのにこんなに堪能できるのは、朝霧JAMが他の音楽フェスティバル以上に体験価値へとフォーカスしたイベントだからだろうか。
先述したように、RAINBOW STAGEとMOONSHINE STAGEのステージ間は徒歩で約5分程度。ゆえにほぼ全てのアクトを原理上観ることができる。総合的なエンタメ体験のみならず、音楽フェスとしての密度も楽しめるのが朝霧JAMだ。RAINBOW STAGEではオーストラリア出身のSSW、アンジー・マクマホンが歌っている。バンドのゆったりとした演奏に芯のある歌声とギターのバッキング、昨年のフジロックではRED MARQUEEの屋根の下で歌っていた彼女が、今年は草原を前にいたいけなリリックを放っている。マレットによって寛大な響きを与えられたドラムが一段と景色に馴染む。MOONSHINE STAGEに移動すると、ジョナ・ヤノがカセットテープに繊細な声を合わせてユーフォリックな空間を紡いでいる。天上のような光景が続く。
YOGEE NEW WAVES(Photo by Taio Konishi)
ジョナ・ヤノ(Photo by Taio Konishi)
ハイエイタス・カイヨーテと幻想的な夜霧
夕刻、テントに戻って仮眠をしてみる。大学の先輩から借りた寝袋に入ると暖かい、なんてゆったりした時間なんだろう。
竹原ピストル(Photo by Taio Konishi)
キャンプファイアー越しに楽しむライブは格別(Photo by Shiho Sasaki)
んoonの演奏するMOONSHINE STAGEへと移動する頃には日も落ち、ふたつのステージを繋ぐ山道ではミラーボールが回転していた。時間帯によって顔が変わるフェスティバルだ。んoonの人を食ったようなフュージョンと富士山麓の夕闇は抜群のコンビネーションを発揮している。後半にはACE COOLも登場して会場の体温が上がり、続くFULLHOUSEがドラムンベースをドロップした頃には、MOONSHINE STAGEはダンスフロアへと様相を変えていた。テンションに任せ、会場横のSPICE6でまだ食べていなかった「スパイシーサワーソースのチキンカマージ」を注文。美味い、美味すぎる。
んoon(Photo by Taio Konishi)
FULLHOUSE(Photo by Taio Konishi)
すっかり夜になったRAINBOW STAGE、その静謐な雰囲気とD.A.N.は融和していた。今年に入って2年半の活動休止から再始動を果たしたバンド、3人のみのステージでしなやかにバンドの輪郭が遷移していく。焚き火台の近くで聴けば有機的に響き、スタンディングエリアの前方で聴けば冷たいアーキテクチャーのような印象を受ける。クールな面持ちで揺らす様は、その後に移動した先でDJセットを披露していたMOONSHINE STAGEでのアンソニー・ネイプルスにも共通していた。既に温まった会場、DJブースに登場してひとまず流したキックとパーカッションのみソリッドなトラックが既に洗練されていて気持ちいい。
D.A.N.(Photo by Taio Konishi)
照明もあいまって幻想的な夜のRAINBOW STAGE(Photo by Shiho Sasaki)
アンソニー・ネイプルス(Photo by Taio Konishi)
MOONSHINE STAGEも夜のダンスタイムに突入(Photo by Shiho Sasaki)
そのまま夜を明かしたい気持ちを抑えながら、この日のヘッドライナーであるハイエイタス・カイヨーテへと移動する。ライムグリーンの衣装と髪のネイ・パーム、さらにショッキング・ピンクのベースを抱えたポール・ベンダーと、蛍光色が夜の中で反射する。昨年リリースの『Love Heart Cheat Code』を中心に人気曲をフリーキーに演奏する姿、まさに朝霧JAMで観たかった景色だ。ネオソウルに現代フュージョンの複雑なリズムセクションを合流させたんoon、さらにジャンルを横断しながら肉感のあるグルーヴを探求してきたD.A.N.と、その日観たアクトがハイエイタス・カイヨーテのステージとリンクしていく。中盤に差し掛かり、「Make Friends」のサックスソロの最中、ステージの両端からスモークが焚かれはじめ……と思いきや、なんと天然の濃霧が発生。前方の観客が不思議そうに辺りを見渡す、後ろのテントに光る灯りが星のように微笑みかける。驚異的な演奏と景色、あっという間に22時前となり、忘れがたい初日が終了した。
ハイエイタス・カイヨーテ(Photo by Taio Konishi)
ハイエイタス・カイヨーテ(Photo by Taio Konishi)
終演後も各自のテントで宴が続く(Photo by Shiho Sasaki)
二日目:朝ヨガ、グラス・ビームス、そして清志郎
朝霧JAMの朝は早い、そう聞いていた。朝焼けを浴びた富士山の光景こそ、このフェスの真骨頂らしい。しかし生憎の曇天続き、今年は厳しいだろう……そう思いながらも、わずかな望みにかけて5時半過ぎに起きてみる。結果、まさかの晴れ間。頭に雲を被った富士山の迫力に気圧される。高台に上ると既に多くの来場者がカメラを構えたり、コーヒーを片手にウットリした表情でそれを眺めている。夜間の人口に匹敵するほどの活況、なんて健康的なフェスティバルなんだろう。
二日目の朝、雲を被った富士山と美しい朝焼け(Photo by Shiho Sasaki)
キッズは早朝からハイテンション(Photo by Shiho Sasaki)
これぞ朝霧JAM、カメラで撮りたくなる美しい景観(Photo by Shiho Sasaki)
少しだけ二度寝をして、7時半に起きる。どうやらMOONSHINE STAGEで朝ヨガがあるらしい。歩いて向かうと既に参加者が天に向かって身体を伸ばしている。合わせて動いてみるとインナーマッスルがとき解されるような感覚だ。身体を捻って手を頭上に伸ばし、首を上の方に曲げると青空が広がっている。ヘルシーだ。加えて、朝霧JAMの開催中は携帯の電波がほぼ入らず(必要最低限のテキストメッセージを送受信できる程度だ)、擬似的なデジタルデトックスになっていた。心身共に、蓋が外れて軽くなった気がする。早々に終えて横のSPICE6で朝ごはんセットを食べる。マグロのカレーに自家製チャイ。美味い、美味すぎる。
MOONSHINE STAGEエリアで朝ヨガ(Photo by Shiho Sasaki)
筆者も朝ヨガに挑戦、デスクワーカーなので体の硬さはご愛嬌(Photo by Shiho Sasaki)
SPICE6の朝ごはんセット、マグロのカレーに自家製チャイ。大人気で長蛇の列ができあがっていた(Photo by Shiho Sasaki)
この日のオープニングとなるラジオ体操とケロポンズのステージでもう一度身体をほぐし、テントでウトウトしていたら甫木元空の麗かな声が聞こえてきた。雨の様子を伺いながらBialystocksを眺める、靄がかかった風景と滋味深いAOR調のナンバーが素晴らしく調和している。自然環境との関係によって表情を変える朝霧JAMならではの光景だ。
朝霧JAM実行委員長・秋鹿博さんの挨拶のあと、毎年恒例のラジオ体操(Photo by Shiho Sasaki)
ケロポンズと朝霧JAM実行委員長・秋鹿博さん(Photo by Taio Konishi)
Bialystocks(Photo by Taio Konishi)
RAINBOW STAGEに続いて登場したのはアニー&ザ・コールドウェルズ、ミシシッピ州出身のファミリーバンドだ。地元の教会で毎週末演奏をしていた彼らが〈Luaka Bop〉の導きによって半世紀ぶりにオリジナル・アルバムを作り、さらに地球の反対側にある島国の山中でライブをしているなんて、なんたるストーリーだろう。腰の低いリズム隊のグルーヴに驚きつつ、母であるアニーを囲んで姉妹がパワフルに声を張り上げる。「I Made」や「My Soul」といった言葉のコール&レスポンスを繰り返し、観客とステージの垣根を超えて共に意識を高めていく。曲が進むにつれて観客の数も増えていったのは、バンドの放つ引力に拠るものだろう。
朝霧JAMも後半戦、バンドセットの柴田聡子はハンドマイクで『Your Favorite Things』からのナンバーを丁寧に歌っている。曲が終わるごとに「サンキュー!」と伝える姿からはリラックスしている気配すら感じられた。その裏で行われていた田島貴男(Original Love)のひとりソウルショウ、こちらは熱気を孕んだステージだ。初日と比べ、ソウルを軸に置いたアクトが目立つ二日目。小雨の降りしきる会場を温めるにはもってこいだ。「接吻」を聴きながら、やはり横のSPICE6で三種類あるカマージのうち、まだ食べていなかった「チキンとほうれん草のカマージ」を注文する。あったかい。そして美味い、美味すぎる。
アニー&ザ・コールドウェルズ(Photo by Taio Konishi)
柴田聡子(Photo by Taio Konishi)
田島貴男(Original Love)(Photo by Taio Konishi)
朝霧JAM食堂の名物、ぐるぐるウインナー。ほかにも富士宮やきそば(さのめん お食事処こころ)、クリームシチュー(高原のシチュー屋さん)、ピッツァ(ラルバディナポリ)、ベーグル (Topology coffee)など今年も絶品グルメが目白押し(Photo by Shiho Sasaki)
テントに戻って寝袋を片付けていると、向井秀徳のカミソリのようなテレキャスターが聞こえてくる。ZAZEN BOYSの演奏にはルーズな箇所がない。なのに向井のキャラクターは歳を増すごとに朗らかになっていき、結果的にバンドとして最良のバランスに仕上がっている。裏の時間帯に出演していたパール&オイスターズは対照的、どこかゆるいシンセポップはステレオラブのそれにも近い印象を受ける。細野晴臣「恋は桃色」のボサノヴァ風カバーも可愛らしい。
ZAZEN BOYS(Photo by Taio Konishi)
パール&オイスターズ(Photo by Taio Konishi)
荷物をまとめる、いよいよ朝霧JAMが終わってしまう。東京での単独公演は瞬時にソールドアウトになったグラス・ビームス、黄土色のステージに覆面の集団が上るとたちまち大歓声だ。アートワークも含め、スタジオ・アルバムからはエキゾチックな印象を受けたが、大音量のライブは中近東の古いガレージ・ロックからの濃い影響を感じた。ネイビーに変わっていく空と眩いゴールドのコントラストは豪奢に映る、美しい。身体が痺れるようなグルーヴに突き動かされてぬかるむ地面の上をステップしてみると、大地の質量がダイレクトに伝わってくる。後方では初日と同様にキャンプファイアーが焚かれ、それを取り囲むように各々が手をあてて暖を取っている。ステージに背を向けながらも微かに身体を揺らして楽しむ者もいた、演奏者の匿名性を高めて音そのものの快楽性を強調するグラス・ビームスの楽しみ方として、これ以上に適したものがあるだろうか?
今年の朝霧JAMのラストは、忌野清志郎 ROCK'N'ROLL DREAMERS。23年前に朝霧JAMに出演したという忌野清志郎、そのレパートリーを世代を超えたロックスターが歌う。ほのかにアットホームで、しかし厚い雲を貫くような鋭さのあるロックンロールを、思い残すことのないように大勢の観客が共に歌い楽しむ。暴動クラブから釘屋玄にマツシマライズと20代前半の若手も登場したかと思えば、先ほどひとりソウルショウを終えたばかりの田島貴男がハンドマイクで絞り出すように「スローバラード」を熱唱し、ダイアモンド☆ユカイがその千両役者っぷりをステージの上で思う存分表現する。なんと右手が骨折していたというユカイ、そのディスアドバンテージをおくびにも出さない全身全霊のロックショーだ。最後はYO-KING (真心ブラザーズ)、GLIM SPANKYの亀本寛貴、片平里菜&山口洋も含む出演者が勢揃いして「イマジン」と「雨上がりの夜空に」の合唱。ステージの上に浮かぶスターの形をしたモニュメントが、昨日と同じ濃霧の中でしんしん輝いている。
思えばあっという間だった、初めての朝霧JAM。満天の星空には出会えなかったが、鈍色の空の下でまたとないシーンにいくつも居合わせることができた。新宿へと戻るツアーバスの中で考えていたのは、来年の朝霧JAMの天候のことだった。こうして富士山の麓へと吸い寄せられていくのだろう、そんな魔力を実感した二日間だった。
忌野清志郎 ROCK'N'ROLL DREAMERS(Photo by Taio Konishi)
忌野清志郎 ROCK'N'ROLL DREAMERS(Photo by Taio Konishi)
忌野清志郎 ROCK'N'ROLL DREAMERS(Photo by Taio Konishi)


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