1975年、ローリング・ストーンズがジェフ・ベックと録音した「Blues Jam」──今回のスーパー・デラックス版『Black and Blue』に収録されたボーナストラック──の奥深くに、特筆すべき瞬間がある。それまでハウリン・ウルフやB.B.キング、キース・リチャーズ風のブルースを弾いていたベックが、突如としてギターのボリュームノブを操り、まるで泣き声をあげる猫のような音色をつくりはじめるのだ。それは超越的で、ストーンズが録音してきたどんなものとも違って聴こえる。そしてそれこそが、数カ月前にソングライティング・クレジットなどへの不満を理由に脱退したミック・テイラーの後任として、バンドがこの天才ギタリストを採用しなかった理由なのだろう。ベックはストーンズの文脈には”良すぎた”。あまりに革新的で、ストーンズという枠には収まりきらなかった。そして歴史が示したように、ベック本人もほとんどのバンド加入を拒み続けてきたため、ストーンになる運命ではなかったのである。
ベックがバンドと共に録音した3つのジャムセッション──未発表だったジャジーな名曲「Freeway Jam」(『Blow by Blow』収録)を鮮やかに演奏したテイクも含んでおり、リチャーズは控えめなプレイを見せ、チャーリー・ワッツは自然体で演奏している──は、この異質なストーンズ期をまとめたコンピレーションのハイライトとなっている。『Black and Blue』の評価はこれまで、ストーンズ版の発掘ショーのようなものとして語られてきた。すなわち、キャンド・ヒートのハーヴェイ・マンデル、セッションマンのウェイン・パーキンス、フェイセズのロン・ウッドの”オーディション”として、ロック、バラード、レゲエなど40分の楽曲が並ぶアルバムだと。誰にとってもお気に入りのストーンズ作品ではない。しかし今振り返れば、この作品は過小評価されてきたとも言える。
興味深いのは、このアルバムを十分に評価してこなかったのが、他ならぬストーンズ自身だったことだ。前作『Its Only Rock and Roll』(1974年)や次作『Some Girls(女たち)』(1978年)の曲と比べても、『Black and Blue』収録曲はライブでほとんど演奏されなかった。リリース当時、音楽メディアはストーンズを「プロすぎる」「中年の30代に差し掛かり、アルバムでは”Only”ばかりで”Rock and Roll”が足りてない」と批判した。確かにこのレコードは、これ以前のストーンズ作品よりも洗練されている(彼らがすぐ取り下げた気まずい広告キャンペーンを除けば)。しかしこの頃というのは、ロックバンドには”老いる前に死ぬこと”が美学として持て囃された時代でもある。純粋に音楽的に見れば、このアルバムの楽曲はニュアンス豊かで巧みに作り込まれた、成熟したロックンロールだった(バンド自身がそう認めたかどうかは別として)。
『Black & Blue』のジャケットも控えめで、ポートレイト写真(『Between the Buttons』以来となる)を採用している。そしてシングル曲の2曲──スモーキー・ロビンソンばりのファルセットで歌われる、胸に迫る名バラード「Fool to Cry」と、ディスコ・ロッカー「Hot Stuff」──には、近作の「Its Only Rock and Roll (But I Like It)」や「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」のような鋭さやウィットが欠けていた。ただし_収録曲の「Hand of Fate」と「Crazy Mama」は、『Exile on Main St.(メイン・ストリートのならず者)』以降のストーンズ曲と比べても遜色ないほどの勢いでロックしている──ただ、「Star Star」ほど血気盛んではなかったというだけだ。
バラード曲「Memory Motel」(ロングアイランドの、さほど印象に残らないグルーピーたちを回想するセンチメンタルな頌歌)や「Melody」(少なくとも〈彼女の名字までは覚えていた〉というわけだ)は、ビリー・プレストンのピアノとバックボーカルの貢献もあって、ソウルフルで年相応の味わいを帯びていた。エリック・ドナルドソン「Cherry Oh Baby」のヘヴィ・スカ風アレンジは、70年代に英国ロック勢が生み出したホワイト・レゲエ・ロッカーの中でも群を抜いて説得力があり、エリック・クラプトンの「I Shot the Sheriff」よりも遥かに健闘していると言えるだろう。
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2025年新ミックスの聴きどころ
今回のボックスセットの文脈で聴くと、このアルバムは今なお鋭く躍動している。ポーキュパイン・ツリーのフロントマンにして、”スターたちのリミキサー”としても知られるスティーヴン・ウィルソンは、マスターテープにほんの少し手を加えることで、曲そのものを変えることなく楽器の鳴りに余白と呼吸を与えている。彼は最近、本誌にこう語った──「『Black and Blue』 は70年代のストーンズ作品の中で最も音響的に優れていると言う人もいますが、僕も同意します」──それゆえ、彼がミックスに慎重なアプローチを取った理由がわかる。フェードアウトの位置も1976年当時と同じで、埋もれた別テイクのギターソロや新たなジャガーイズムが発掘されたわけでもない。
ウィルソンのミックスが真価を発揮しているのは、バラード曲が新たな輝きをまとっている点だ。「Fool to Cry」ではピアノの美しさがより際立ち、「Memory Motel」ではキースが歌う「shes got a mind of her own」のブリッジ部分がより力強く響く。唯一、新ミックスが弱点を見せるのはディスコとレゲエの楽曲で、これらのジャンルは70年代当時、音響的に意図的な”密閉感”を美学としていた(音楽的趣向の副産物か、コカインの影響か、あるいはその両方か)。ウィルソンは「Hot Stuff」と「Cherry Oh Baby」の音像を少し広げすぎた感はあるが、ソウルはしっかり残っており、ビル・ワイマンのベースはこれまで以上に良く聴こえる。そして何より、このミックスが過度にドラマチックではないことは歓迎すべきで、決して気を散らせない。
レア音源/ライブ映像も解説
ボーナストラックの「I Love Ladies」と、シャーリー&カンパニーのディスコ曲「Shame, Shame, Shame」のカバーは、いずれもミックが”スタジオ54のミッキーマウス声”のようなテンションで歌い、のちの『エモーショナル・レスキュー』を予兆させる。一聴して楽しい曲だが、『Black and Blue』の他の収録曲と馴染むタイプではなく、同時期に録られ、のちに『Tattoo You(刺青の男)』で日の目を見た「Slave」やレゲエ版「Start Me Up」ほど自然には収まらなかっただろう。
未発表だった2曲は確かに素晴らしいが、それでも「まだ倉庫には何が眠っているのか」という疑問は残る。例えば、ストーンズとビリー・プレストンがエリック・クラプトンと共に録音したというファンキーな「Carnival to Rio」は、いつか正式にリリースされるのだろうか? また、今回収録のハーヴェイ・マンデルと共にした「Chuck Berry-Style Jam」は極上で、「Rotterdam Jam」でロバート・A・ジョンソンがベックやキースと見事にフレーズを弾き交わしているが、他のジャムはどこへ消えたのか。俊敏なフィンガリングを誇るアイルランドのロリー・ギャラガーが参加したと噂されるセッション音源──”スター性が強すぎてストーンズ向きではなかった”と言われる──はどこにあるのだろう?
しかし最終的に、このボックスセットに収録された1976年ロンドン・アールズコート公演(『Love You Live』にも一部収録)の録音こそ、ロン・ウッドがいかにしてバンドに最適な存在だったかを物語っている。彼は(ほぼ採用されかかったウェイン・パーキンスと違い)イギリス人だっただけでなく、キースとの絡みも完璧で、「Hey Negrita」では”インスピレーション提供”としてクレジットされ(ロン本人はライナーノーツで「歌詞以外は全部書いた」と主張)、鋭くクリアな演奏を聴かせる。さらに「Hand of Fate」や「Fool to Cry」でパーキンスのパートを、まるで自分のもののように弾きこなしている。ビリー・プレストンの援護もあり、「Aint Too Proud to Beg」はいつも以上にファンキーに響き、「Get Off of My Cloud」にはホンキートンク風の味わいさえ滲む。ミックもとびきりワイルドで、「Its Only Rock and Roll」「Brown Sugar」「Street Fighting Man」の歌詞をアドリブで”エッジの効いた”表現に変えており、例の中止された広告キャンペーンに呼応するような尖り方をしている。批評家から”飼い慣らされた”とは絶対に言わせまいとしていたのだ。
一方、パリのアバトワールで撮影されたブルーレイのコンサート映像(こちらも『Love You Live』収録音源と同時期)は、やや大人しめに映る。「Star Star」でミックがまたがる巨大なエアペニスも、その晩はバイアグラが必要だった可能性がある。しかしミックは、水と紙吹雪を観客にぶちまけたり、ロープにぶら下がってターザンのように観客席を飛び回ったりして埋め合わせる──1976年当時としてはまだ新鮮だった演出だ。また、ロンのカリスマ性は映像を通して明らかだ。
ストーンズ自身は長年、『Black and Blue』を「ミック・テイラーからロン・ウッドへの橋渡し」程度に扱ってきたが、実際のところこのボックスセットは、彼らがいかに苦闘しつつも、新しい音や新しい仲間を受け入れながら、重要な局面を乗り越えたかを映し出している。また今回のリイシューは、アルバム収録曲が”第二の人生”を得るべきだという主張にもなっている。もし”black and blue”が痣のことを意味するなら、当時ストーンズはその痣を見事に治してみせたのだ。ひとつ残念なのは、別世界のストーンズ像を提示し得たであろう、ベックらとの未発表録音がもっと残っていないことだ。
From Rolling Stone US.
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