【メンバーのソロ写真を見る】ONE OR EIGHT
―まず皆さんのバックグラウンドを知りたくて。これまでどんな音楽を聴いてきたのか、全員に伺っても大丈夫ですか? ではRYOTAさんからお願いします。
RYOTA: 僕はテンションが上がる、バラードよりアップテンポな曲をずっと聴いてきました。ヒップホップ寄りです。特に好きなアーティストはクリス・ブラウンさんですね。活動自体は昔ほど多くないですけど今でも聴いていて、たまにあるライブ映像とかでチェックしています。
―パフォーマンスの参考にも?
RYOTA: しています。魅せ方がすごいんです。マイク持ちながらアクロバットしたりするじゃないですか。そんな人ってなかなかいないから、「できたら神だな」って思って、ここ(スタジオ)で練習してます。
―RYOTAさんのアクロバット、動画で見ました。
RYOTA: 見てくれました? ありがとうございます(笑)。
―では、続いてNEOさんはいかがですか?
NEO: 僕は幼少期は親の影響で、クイーン、ビートルズ、カーペンターズ、ボン・ジョヴィ……洋楽を聴いて育ちました。高校くらいでヒップホップにハマって、いまは職業にするくらいラップが好きです。最近はサブリナ・カーペンターさんとか、80年代っぽいギターサウンドにも好みが戻ってきていて。ほんと雑食ですね。
―ヒップホップにハマったきっかけは?
NEO: 流行ってて、かっこいいから。シンプルです。当時だと リル・ウェインとかタイガとかにハマってました。
―NEOさんは、ビートも作るしリリックも書きますよね。いつ頃から?
NEO: 歌詞は小学生の頃から興味があって書いてました。いま思うとしょうもない歌詞ですけど(笑)。
―音楽を仕事にしたい、あるいは作り手になりたいという気持ちはあったんですか?
NEO: 趣味から始まって、作り手になりたい気持ちはありました。いろいろ巡り巡って表に出ることになりました。
―続いてSOUMAさん。どんな音楽を聴いてきましたか?
SOUMA: 両親の影響でマイケル・ジャクソンさんが大好きです。今でもロールモデルです。ずっと洋楽中心で、ドクター・ドレーさんとか、最近だとケンドリック・ラマーさんも聴いてます。ダンスを始めたきっかけは、三代目 J SOUL BROTHERSさんの「R.Y.U.S.E.I.」が流行った頃に踊ってみて、それが楽しくて。ダンス始めてみようと思って。
―ラップを最初に聴いたのは?
SOUMA:初めて聴いたのはZEEBRAさんです。「Neva Enuff」って曲なんですけど。
―親の影響ってやっぱりありますよね。REIAさんはいかがですか? 韓国で練習生もされていたそうですが。
REIA: 僕は高校の時に音楽業界に入ったんですが、一番影響があったのはBTSさんです。当時よく聴いていた「Answer: Love Myself」という曲が、自信のなかった自分を変えてくれました。BTSさんの道のりも、自分たちと重なる部分があると思って参考にしています。
―それまではダンスなどはされていたんですか?
REIA: まったく違うことをやってました。美容師になりたくて、学校にも通っていました。
―BTSに出会って、音楽の道へ?
REIA: はい。自分も誰かの人生を変えられる影響力のある人になりたいと思って。韓国で練習生もしていて、実際にコンサートに行った時の熱気が圧巻で。「グループとしてのアーティスト」を目指すようになりました。
―思い切りのある決断ですね。続いてTSUBASAさん。
TSUBASA: 僕も親の影響が大きいです。車で流れてたのが安室奈美恵さんとかAqua Timezさんとか、90~2000年代のJ-POPで。成長していく中で自分はロックが好きだと気づいて、いまはONE OK ROCKさんがめちゃくちゃ好きです。気分を上げたい時も落ちてる時も、聴くのはロックですね。特に「Stand Out Fit In」という曲は、自分が”好きなジャンル”を見つけられたきっかけの曲です。
―バンドやってみたいとか、楽器を弾いてみたいとかはあるんですか?
TSUBASA: ずっと憧れてて、去年ようやく自分のギターを買って練習してます。
―「Young & Reckless」のMVでギターを持ってましたよね。
TSUBASA: あれ、一応自分のギターです(笑)。でも当時はめっちゃエアギターでした。ほんとは弾きたかったですけど、まだその実力が追いつかなくて。
「Young & Reckless」MVより
―TAKERUさんはいかがですか? ダンス歴がとても長いですよね。
TAKERU: 業界に入りたいと思ったきっかけは小学生の頃で、三浦大知さんの「(RE)PLAY」という曲がきっかけでした。もともとダンスはやっていたんですけど、大知さんのリリースイベントに出させていただける機会があって、パフォーマンスを生で見た時に度肝を抜かれて。そこから本格的に取り組むようになりました。「人生が変わる瞬間の曲」でしたね。
―そのステージに出たのはいつ頃ですか?
TAKERU: 小学5年生の時に、川崎のラゾーナ(広場)です。
―そんな時代からステージに立っていらしたんですね。キャリアが長いですね。続いてYUGAさんはいかがですか?
YUGA: 僕も親の影響で車の中の音楽を聴いて育ったんですが、個人的に音楽を始めるきっかけになったのは、R&Bです。ニーヨさん、マリオさん、ブライアン・マックナイトさんとか。
―R&Bに興味を持ったのはどういうきっかけで?
YUGA: 小学生の時からダンスを始めて、そこからです。練習する曲を聴いて調べたり、先生に教えてもらったりして好きな曲を増やしていったら、結果的にR&Bが多かったという感じですね。
―最後にMIZUKIさん。どんな音楽を聴いていましたか?
MIZUKI: 僕はEXILEさんを聴いてMVを見て「ダンスっていいな」と思ったのが始まりです。最初は正直、ミーハーなファンでした。でも幼なじみのお母さんの弟さんが、LDHのスクールでちょっと偉い方で、好きって話したら「やってみなよ」って言ってくれて。教室で「Choo Choo TRAIN」を踊ったのが転機でした。最初に踊ったのは本当にこれです。それまですごい音楽を仕事にしようなんて微塵も思ってなくて。でもそこで色々ライブなどに出させていただいて、音楽に触れて、お客さんの前でパフォーマンスした時の歓声を知ってしまって……。完全にアドレナリン中毒ですね。忘れられなくて、続けています。
―LDHでサポートダンサーもされていたんですよね?
MIZUKI: スクールからサポートダンサーでステージに出てました。YUGAも一緒に出てたよね。僕はGENERATIONSさんの現場に出させていただいていました。
―それまではずっとダンサーとしてステージに上がっていたと思うのですが、マイクを握る側になった時はどうでした?
MIZUKI: オーディション前に歌とダンスの資料が必要だと言われて、初めて”歌ってみた”のが菅田将暉さんの「さよならエレジー」でした。当時21~22歳くらいで、就職するタイミングでしたね。最初はめっちゃ緊張しました。どんな顔で歌えばいいかもわからないし、マイクをどっちの手で持てばいいかもわからない。右も左もわからない状態でしたね。懐かしいです。
韓国での”地獄”が生んだスキル――ラップを武器に変えた修行の日々
―皆さん、ラップをするのが本当に上手ですよね。ダンスや歌はレッスンがあるイメージができるんですが、ラップはどうやって習得したんですか? 専門の先生がいるんでしょうか。
MIZUKI: ラップの先生がついています。ラップメンバー4人の声のトーンやスタイルに合わせた教え方をしてくれて。英語詞が多いので発音を細かくチェックしてもらったり、「いかに海外の人に違和感なく聴こえるか」を意識したりもします。まだ楽曲がない時は、自分で歌詞を書く授業もありました。そこで初めて歌詞を書く経験をしたんです。自由に書いていい日もあれば、「今の感情をメタファーで書いて」みたいな課題もあって。例えば”机”をメタファーにして自分の感情をラップにして書くとか。あれは地獄でした(笑)。全然書けなかった。
―机ですか。なかなか難しそうですね。
MIZUKI: でもその経験があるから、最近は楽曲制作に携わる時も「こういう歌詞を書いてみたい」とか、曲のイメージが浮かぶようになってきたし、言語化もできるようになった。今となってはありがたいです。
―ラップの先生は日本の方だったんですか?
MIZUKI: 僕たちは韓国の先生に教わっていました。リリックを書く時は日本語で書いて、ChatGPTで英語に訳すことが多かったです。ただ、意図と違うものになることもあって。例えば「最後の一文字だけ変えて」って言われたりして、「さすがにそれは不自然だからできない」って言い合いになったこともありました(笑)。でも韓国の方にラップを学べたのは、グローバルに活動することを目指す上ではいい経験でした。
RYOTA: メンバーも4人それぞれ個性が違うから面白いんです。声も違うし、ラップのスタイルも違う。MIZUKIだったら低音が綺麗だし、SOUMAは勢いだったりパッションがすごい。NEOはラップマシンだから別格だし。レコーディングではかっこいいものが採用されるので、戦争みたいな感覚もあります。先生に「あいつのヴァースが絶対採用されるよ」って言われて、「うるせぇ、負けない」って燃える(笑)。それも成長につながってます。
―ラップバトルみたいですね。
RYOTA: 楽しいしきついですね(笑)。
―数日前にファンミーティング「SHŪKAI」の動画を拝見しました。皆さんにとってどういうイベントでしたか?
SOUMA: 僕にとって「SHŪKAI」は、ひとつひとつが本当にかけがえのないショーでした。日本だけじゃなくいろんな国でライブして、初めて行く国でもパフォーマンスして。韓国でプロモーション活動した後、すぐタイのバンコクで「SHŪKAI」も開催したり、ハードな中でもやり切れたのはすごくいい経験でした。僕らの歌詞は英語が多いんですが、海外に行くと「DSTM」という曲のボーカルパートをお客さんが全員歌ってくれたりして。サンプリング楽曲っていうのもあるんですけど、英語だからこそ直接届く面白さを感じました。
―初めてライブをした国は?
SOUMA: 「SHŪKAI」なら最初はGORILLA HALL OSAKAでした。自分たちだけのライブっていうのもあって、まだデビューして間もない中で、自分たちがどれだけ短い時間でお客さんをどう楽しませるかっていうのを、みんなで試行錯誤しながら進めましたね。「SHŪKAI」以前だとタイ、韓国などでもライブをしました。いろんな国に行きすぎて、順番がややこしいですね。
―SHŪKAIではメキシコやアルゼンチンなどにも行っているんですよね。南米が熱い印象があります。理由はあるんですか?
RYOTA: 日本のカルチャーに興味があるファンが多いのは大きいと思います。SNSを見ていたんですが、行く前から現地の盛り上がりがすごい。実際に行くと反応がストレートでめちゃくちゃリアルなんですよ。例えばライブ中にゲームをやった時、負けたお客さんがブーイングしてきたり(笑)。「こっちがSOUMAチーム、こっちが俺チーム」みたいにチーム分けをして応援も分かれてたんですけど、勝ったら一体感が爆発する。感情表現が本当にストレートなんです。歌ってくれる声が大きすぎてイヤモニが聴こえなくなるくらいで、「また絶対ライブしたい」って思いました。
―それはすごい勢いですね(笑)。ラテンのパワーを感じます。海外ファンも多い中で、日本のファンは皆さんにとってどんな存在ですか?
REIA: 日本のファンの方々は、デビュー前、オーディションの時からずっと応援してくれていて、特別な存在です。日本から世界に向けて挑戦している中で、海外活動が続くと少し寂しさもあるんですけど、SNSをいつもチェックしてコメントをくれたり、メッセージを送ってくれたり。それが大きな活力になっていました。今回日本で開催した「SHŪKAI」は、自分たちの目標だったソールドアウトを達成できなくて悔しかったんです。でも最後のスピーチでその気持ちを伝えたら、同じ感情で泣いてくれる1DERZ(=ONE OR RIGHTのファン名称)もいて。「来年こそ絶対埋めようね」って寄り添う言葉をもらって、逆にエネルギーをもらいました。来年は絶対にソールドアウトしようって、絆がまた深まったと思います。
―やっぱりオーディションの時から支えているのもあって、一番身近な存在なんですね。海外に出ていた期間はどれくらいなんですか?
REIA: 丸々半年くらい、日本にほとんど帰れない時期がありました。デビュー前に1年くらい韓国で修行していた時期もあって、その間はSNSを全部消していたんですけど、それでも待ってくれていました。
―それは心配になりますよね。
REIA: 早く報告しなきゃ、ってずっと思っていました。
―ドキュメンタリーの動画でも、MIZUKIさんも韓国での練習期間が辛かったと話していましたよね。
MIZUKI:そうですね、地獄です。戻りたくはないです(笑)。ボーカルの練習を1日中するじゃないですか。そのあと先生の前でもう一回歌うじゃないですか。「練習しました?」って言われるんですよ。悔しかったですね。
―厳しい世界……。それは悔しいですね。
MIZUKI:先生に「なんで私より先に寝るんですか?」って言われるんですよ。すごい先生も厳しいし、いつもついていくのが大変で。 でもそのきつい経験があったからこそ、やっていけてるなと思って。その時に甘ったるい練習をしてたら、多分今頃もっとすごいだらけたような感じになっていたと思うんで、あの時の厳しさは今となってもありがたかったなって思うんですけど、地獄でもありました。
―その辛い期間があったからこそ今があるんですね。ファンダムが十分に育つ前に海外でライブするのは、良くも悪くも濃い経験になりそうです。海外での印象的なエピソードはありますか?
TSUBASA: デビュー前に東南アジアを4カ国(韓国含めると5カ国)回った時期があって、僕たちは何も曲がリリースされていない状態でライブをしていました。国によってライブをするシチュエーションもお客さんの反応も全然違って、クラブで急にステージに入る日もあれば、真っ昼間にスタジアムの入口前でパフォーマンスして、誰も止まらない、みたいな日もある。でもその経験があったから、デビュー後のステージでも度胸を持って臨めたと思います。個人的には食わず嫌いも減りました(笑)。
―食べ物の話ですね(笑)。でもそれは確かに度胸が付きそうです。
SOUMA:マカオのフェスでMCがアーティスト名を呼んで歓声を聞くという場面があって、僕らの時だけお客さんの反応が薄かったんです。あれは本当に悔しかった。気を遣った関係者の人が後ろから声を出してくれたくらいで……。でもその悔しさがあったおかげで、「絶対この状況を変えてやる」って気持ちを固めることができました。必要な経験だったと思います。
ビッグ・ショーンが教えた”リスペクト”――LAで掴んだヒップホップの本質
―海外アーティストとの共演もあると思います。特に刺激を受けた出会いは?
YUGA: LAでビッグ・ショーンさんとコラボさせていただいた時ですね。初めてのコラボレーションでしたが、すごく腰が低くて優しい方でした。実際に見るとオーラも歌唱も魅せ方もすごくて、撮影中ずっと刺激を受けました。
―動画でもすごく優しかったです。
YUGA: そうなんです。最後にTシャツやキャップなど、グッズもプレゼントしてくださって。たまにみんなで着てます。
―NEOさんは会話などもされましたか?
NEO: 僕はビッグ・ショーンさんのお父さんとずっと話していました(笑)。撮影現場にいらしていて。あと、ビッグ・ショーンさん本人も、僕らが少し攻めたSNSのコンテンツ(いたずらっぽい企画)をやっても快く付き合ってくれて。ヒップホップに対する僕のイメージって、逆らう姿勢みたいなものへの憧れがあったんですけど、彼に実際に会うとすごくリスペクトを持って接してくれる。「認めてもらえると、こういう関係が生まれるんだ」って感じられたし、自分もこういう人でありたいと思いました。
―共演のきっかけはあるんですか?
SOUMA: LAでパフォーマンスする機会があって、そこでビッグ・ショーンさんもいらして、そのステージを見てくださって。そこから曲を作る流れになりました。初めてヴァースが届いた時、序盤からリズミカルに畳みかけるフローとリリックの緻密さに刺激を受けました。日本語の単語も入れてくれていて、〈タマゴッチ〉は特にびっくりしました(笑)。
―〈タマゴッチ〉めちゃくちゃいいですよね。私も聴いていて「おっ」と思いました。聴いていて楽しいヴァースでしたね。アルバムの話も伺いたいのですが、『TOKYO DRIFT』はどんな楽曲でしょうか?
TAKERU:ワイスピ(『ワイルド・スピード』)がめちゃくちゃ好きなので。ちっちゃい頃から馴染みのある音で、それを正式にサンプリングできたというのが不思議な感覚です。
NEO:個人的には、TERIYAKI BOYZのVERBALさんが高校の先輩なんですよ。そういうご縁もあって、この楽曲に参加できるのが光栄でした。もちろんファレルさんのことも大好きなので、彼のビートをサンプリングさせていただけることも含め、本当に僕にとってはいろんな光栄な出来事が重なった曲になっています。
―なかなか今お話を聞かなければと辿り着けなかったです。「TOKYO DRIFT(FAST & FURIOUS)」やマイケル・ジャクソンさんの「Wanna Be Startin' Somethin'」だったり、リアーナさんの「Dont Stop The Music」など、今回のアルバムに収録されている楽曲はサンプリングが印象的です。積極的に使う理由はありますか?
SOUMA: たとえばマイケル・ジャクソンの「Wanna Be Startin Somethin」は、彼をトップに押し上げた曲のひとつですし、リアーナの「Dont Stop The Music」もそう。世代を超えて繋がり、音楽は止まらないという意志を引き継ぎ、世界に羽ばたいていきたいという思いがあります。そしてそんな名曲をサンプリングするのは、自分たちにかけるプレッシャーでもあります。自分自身、デモを聴いた瞬間は本当に心が躍りました。武者修行中のタイで、ホテルのロビーで初めて聴かせてもらった時は衝撃的でしたね。
リアーナの「Dont Stop The Music」(2007年)をサンプリングした「DSTM」。「Dont Stop the Music」は、マイケル・ジャクソン「Wanna Be Startin' Somethin'」(1983年)の有名なフレーズ〈Mama-say, mama-sa, ma-ma-koo-ssa〉を引用している。
NEO: そもそもサンプリングは”パクリ”と混同されがちですが、長い歴史のある文化です。特にヒップホップはサンプリングから構築されたカルチャーでもある。僕らはブラックカルチャーを借りている立場でもあるので、その文化を「リスペクトしている」という意思表示としても、サンプリングを選んでいます。マイケルさんやリアーナさんの楽曲をサンプリングすることには、そういう意味もあると思っています。
―すごく納得できる話ですね。ありがとうございます。他の楽曲の話に移りますが、「POWER」のクレジットに”ONE OR EIGHT”が入っていたのを見ました。リリック制作に関わったのですか?
NEO:関わりました。もともとテーマが変わっていく中で、よりONE OR EIGHTに沿った世界観を作りたいと思って。ONE OR EIGHTのメッセージを、リリック面で貢献できたと思います。
―TVアニメ『鎧真伝サムライトルーパー』のエンディング主題歌として、アニメの内容にインスパイアを受けたリリックも入れ込んだのですか?
NEO:その段階では資料だけ拝見したのですが、アニメの世界観やテーマを掴んで、ONE OR EIGHTとの共通点や交差する場所を考えて落とし込みました。
―「Young & Reckless」のMVも拝見しました。学校や廃病院のロケ、入れ歯のシーンが印象的で。ストーリーや裏設定を聞いてもいいですか?
TAKERU:「Young & Reckless」は、若い頃の無謀な挑戦を表した曲です。大人になるにつれて思考が固まったり、しがらみに囚われたりするけど、それを外してもいいんじゃないか。大人になっても新しい挑戦をしていいんじゃないか、という気持ちを込めています。入れ歯は「大人のしがらみ」を表していて、その入れ歯を外すことによって自由になるという意味が込められていまして。ラストの屋上のダンスシーンで攻撃してくる騎士がいるんですが、そのモチーフが入れ歯で、鎧が入れ歯になっているんです(笑)。
―鎧が入れ歯に。よく確認してみます。衣装の学ランも素敵でしたね。
TAKERU:衣装は、学生服を改造した”改造学生服”が着眼点で、アメリカ本国で行われたVMAのレッドカーペットでも着ました。海外のアーティストの方も「かっこいい」と言ってくれて、日本の文化が評価されることも実感できました。
SOUMA:MVは「入れ歯が落ちる1秒間のストーリー」なんです。落ちる中でTAKERUが起きてMVが始まり、ハグッキーに侵略されて、落ちた時に目が覚めるっていうストーリーがあるんですよ。”若い頃は一瞬だからこそ、その1秒を大切に”という意味も込めています。それと、僕が誕生日前日ぐらいにお父さんと一緒に話してたんですけど、入れ歯を数字にすると「1(い)0 (れ)8(ば)」で「108=ONE OR EIGHT」になる、って父に言われて。確かに!って気づきました(笑)。監督に話したら「それいいね、付け足そう」って、設定が増えました(笑)。
―すごい……! それに気づけたのはお父さんのONE OR EIGHTへの愛ですね。あとはあの被り物も可愛かったです。
SOUMA:”我王(ガオウ)”ですね。我王は「KAWASAKI」のMVで登場したKARMIの子供時代というか、第1形態が我王なんですよ。KARMIは、1尾欠けた8尾で、僕らと同じ完璧ではない狐なんです。「Young & Reckless」ということで、今回はKARMIの子供時代である我王を登場させちゃったっていう。 僕とTSUBASAが(被り物の)中に入ってましたね。それが1DERZのロゴにもなってます。
―暑そうでしたね。
TSUBASA:暑いというか、首がもげそうなぐらい重くて。手も少ししか動かなくて大変でした(笑)。
―確かに重そうでした。あとは「BET YOUR LIFE」についても伺いたくて。クレジットにBBY NABEさんの名前がありました。『RAPSTAR』に出ていた方と同じでしょうか?
RYOTA:そうです。めっちゃ好きで。I LOVE YOUです。「BET YOUR LIFE」ではMIZUKIと3人で案を出し合い、一緒に歌詞を書いた部分もありました。
MIZUKI:8人だから”8”を掛けられるモチーフは何だろう、とか。いろいろ考えて、最初はトランプで考えて、大富豪の「八切り」とかのアイディアも出たんですけど結局使われなくて。RYOTAが「結局シンプルにハチじゃない?」って言って、それが採用されました。
―RYOTAさんのアイデアだった。
RYOTA:ようやく役に立った(笑)。あのリリック作りが。
NEO:NABEくんはコンセプト理解が深くて、制作がスムーズです。特に日本語詞はすごく助けられています。英語もペラペラで、同年代(1個下くらい)ですかね。
―いい関係性ですね。「365」はファンとの曲という印象があります。ステージで意識していることはありますか?
MIZUKI:おっしゃったようにファンとの曲で、メッセージが直球で伝えやすい曲なので、いつも以上に1DERZのみんなの顔を凝視しています。「覚えてやるぞ」くらいの勢いで(笑)。曲調もエモいので、その感じもちゃんと伝えられたらと。
―ファンとの関係性は、デビュー当時と今で変わりましたか?
MIZUKI:変わりました。2025年11月ごろに僕たちの公式アプリができて、タイムラインだけじゃなく”チャット”機能ってものが生まれまして。革新的な変化ですね。リアルタイムで僕が今ハマっているものだったり、思ってることも投稿できますし、逆に1DERZのみんなが今思っていることとかを送ってくれたりするので、今までよりもぐっと距離が近くなりました。次に対面で会う時、アプリで話したことを現場でも話せると思うので、今から会うのが楽しみです。
―友達みたいですね。
MIZUKI:友達です(笑)。
サンプリングに込めた"継承"の意志――『GATHER』が集めた音楽への敬意
―改めて、この1stミニアルバム『GATHER』は皆さんにとってどんな存在ですか?
YUGA:”GATHER”は”集結”という意味です。今までの楽曲たちも集結させて、1DERZのみなさんにも集まってたくさん聴いてもらいたいので、『GATHER』という名前になっています。「365」みたいなエモーショナルな曲もあれば、「BET YOUR LIFE」みたいに挑戦や僕らのモチーフが詰まったいろんな曲が収録されていて、ONE OR EIGHTのいろんな面が見えるアルバムだと思うので、そこも含めて聴いてほしいです。
―世界に挑むのが大きなテーマだと思います。どんな夢がありますか?
REIA:グラミー賞です。韓国に1年潜っていた時に、大谷翔平さんがやっていたような方法(マンダラチャート)で、中心に大きい夢を書いて、そこから必要なことを8個、さらにできることを40個くらい考えました。単独ライブやドームツアーも僕らにとってはずっと夢ですし、それを果たすまでは止まれないと思っています。
―素敵です。では、直近の2026年はどんな年にしたいですか?
MIZUKI:1月28日に『GATHER』を発売して、3月から神戸・名古屋・横浜でのライブがあります。前回の「SHŪKAI」でZEPPをソールドアウトできず悔しかったので、とにかく次は売り切りたい。そして、もしまたZEPPでやれる機会があるなら、今度こそパンパンの客席の前でパフォーマンスしたいです。そして2026年は、去年以上にいろんな国に行って、いろんな国の1DERZに会って、もっと仲良くなりたいです。
―盛りだくさんの1年になりそうですね。楽しみです。ありがとうございました。
【INFORMATION】
『GATHER』特設サイト
https://shop.oneoreight.com/pages/gather
1st Mini Album『GATHER』
配信中
oneoreight.lnk.to/GATHER
1st LIVE TOUR -GATHER-
【兵庫】
3月7日(土) 神戸 Harbor Studio
【愛知】
3月14日(土) Nagoya ReNY limited
【神奈川】
3月20日(金・祝)Yokohama Bay Hall
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