オリヴィア・ディーンやRAYEに続く逸材として、大きな注目を集めているシエナ・スパイロ(SIENNA SPIRO)。ワンリパブリックのライアン・テダーは「アデル以来の最高の歌声」と絶賛し、2025年10月の最新シングル「Die On This Hill」が世界的バイラルヒットを記録中。
2026年の顔となりそうな大型ルーキーについて、音楽ライター・新谷洋子に解説してもらった。

歌声のルーツ、キャリアの転機

2月に第68回グラミー賞授賞式が、そして3月に入ってブリット・アワード受賞式が開催され、ここ1~2年ほどのポップ・ミュージック界の趨勢が明らかになった感がある。そこから浮かび上がったのはひとつに、英国の若手女性シンガー・ソングライターの躍進だ。2024年はRAYEが最多の6冠、昨年はチャーリーXCXが5冠に輝くなどすでに女性優位の時代に突入していたブリット・アワードでは、オリヴィア・ディーンが主要カテゴリーを独占する形で4部門で受賞し、ブリティッシュ・ブレイクスルー・アーティスト賞(新人賞)はローラ・ヤングが、最優秀プロデューサー賞はピンクパンサレスが獲得。グラミー賞はと言えば、新人賞はオリヴィア、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞はレディー・ガガやジャスティン・ビーバーをおさえてローラがシングル「Messy」で受賞する一方、FKAツィッグスが『Eusexua』で最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞を手にした。

しかも彼女たちの背後にはスカイ・ニューマン、アレッシ・ローズ、サシャ・キーブル、ローズ・グレイなどなど次なるルーキーたちも列を成して控えているわけだが、その先頭に立ち、恐らく来年の賞レースを大いに騒がせると見られるのが、ローズと共に今年のブリット賞クリティックス・チョイスの候補に挙がったシエナ・スパイロだ。

ロンドンで生まれ育った、現在20歳のシエナ。まだ幼い頃に、大のミュージック・ラバーである父親を通じて、のちにミュージシャンとしての自分に計り知れない影響を与えることになる古典的なジャズとソウルと出会い、たちまち夢中になったという。つまり、フランク・シナトラやエタ・ジェイムス、ニーナ・シモン、エラ・フィッツジェラルド、あるいはマーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン(昨年末にシエナが公開したライブ音源集『Live At KOKO』にはアレサの曲『Aint No Way』の見事なカバーが収録されている)といったアーティストたちに魅了されて、自らも歌い始めた。そして、パフォーマンス・アートに特化した専門学校イースト・ロンドン・アーツ・アンド・ミュージックでソングライティングを専攻し、TikTokに歌の動画を投稿するようになった彼女は程なくして業界関係者の注目を集め、メジャー・レーベルと契約。18歳だった2024年春にシングル「NEED ME」でデビューを果たした。

次いで同年8月には2ndシングル「MAYBE.」でさっそく全英チャート入りを達成し(最高45位)、以来新曲を続々送り出しながらライブ活動にも乗り出して、2025年2月に8曲入りの1st EP『SINK NOW, SWIM LATER.』を発表。
夏にテディ・スウィムズの全米ツアーに同行したのち、大好きなサム・スミスが秋にニューヨークで行なった連続公演「To Be Free: New York City」でも6夜にわたって前座を務め、サムの曲「Lay Me Down」をふたりでデュエットする機会に恵まれた。「これまでの活動の中で最も現実離れした瞬間を挙げるとしたら恐らく、サムと一緒に歌ったことですね。あの瞬間は私の人生を変えました」とシエナは振り返る。

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飛躍をもたらした「Die On This Hill」

そのサムに限らず、マーク・ロンソンやSZAやフィニアス、あるいはエルトン・ジョン御大からもサポートを勝ち取って(エルトンは自らホストを務めるApple Musicの番組『Rocket Hour』にシエナをゲストに招き「君がソングライターかつアーティストとして実践していることに僕は深く感銘を受けた」と賞賛している)、着々と勢いをつけていた彼女。決定打となるシングル「Die On This Hill」がリリースされたのは、ちょうどサムの連続公演の最中だった。

そう、全英チャートでキャリア最高の9位を記録して、RAYE、オリヴィア、ローラに続いて全英トップ100圏内に3曲を同時に送り込む快挙(当時「MAYBE.」と「You Stole the Show」の2曲もチャートインしていた)をもたらしたこの曲は、自分の想いに相手が応じてくれない、不均衡な恋愛関係のもどかしさを歌う切なくも美しいバラード。もう諦めるべきだと気付いていながら踏み止まってこの愛に賭けようとする彼女の芯の強さを伝えており、クイーンの「Bohemian Rhapsody」を覚えようとピアノに向かって練習しているうちに曲の原型が生まれたという、意外なオリジン・ストーリーがある。

「『Die On This Hill』は、自分には同じことをしてくれないような人のために、一生を捧げてそばに居続けることを歌った曲。これは私が人生を通じて感じてきた感情なんです。情熱、思いやり、そして愛に対して頑固であること。それは単に恋愛だけでなく、友情や家族……。人生におけるあらゆる人間関係について語っているんだと思います」。


シエナはソングライターとしての自分の意図をそう説明する。米国でも「Die On This Hill」は彼女のファンを一気に増やし、さる2月初めには全米ビルボードHOT100で19位まで上昇。前述したサムとテディのサポートに加えて、1月にNBC局の人気トーク番組『Tonight Show Starring Jimmy Fallon』で、スタジオの観客を総立ちにさせる圧巻のライブ・パフォーマンスを披露したことも曲を後押ししたのだろうことは、想像に難くない。

「あのパフォーマンスについては、自分でも信じられない気持ちです。今でも信じられません。これまでの人生で、そして恐らくこれからも、自分に起きた出来事の中で一番クレイジーなことだったと思います」。

脆さを曝け出すタイムレスな歌声

こうしてデビューから2年で大きく飛躍したシエナが、この間に正式に送り出した曲は計11曲。クレジットを調べてみると、「Die On This Hill」でコラボしたオマー・フェディ(チャーリーXCX、ROSÉ)、マイケル・ポラック(マルーン5、カリード)、ブレイク・スラトキン(リゾ、エド・シーラン)の3人のほか、ヤコブ(SZA、ギヴェオン)、Jムーン(マイリー・サイラス、ジョン・レガシー)、フレッド・ボール(リアーナマライア・キャリー)、クーロス(オーロラ、ゼイン)……と、多彩な共同ソングライターやプロデューサーを起用している。それでいて統一された世界観を提示できているのはやはり、前述したレジェンドたちの音楽に根差した揺るぎない美意識が定まっているからなのだろう。

フランク・オーシャンなどもフェイバリットに挙げているだけにコンテンポラリーなR&Bに接近したり(「Butterfly Effect」)、トリップホップ的なエクスペリメンタルなサウンドに挑戦したりもしているが(「Dream Police」)、シエナのデフォルトを端的に表すならば、タイムレスでオーセンティックかつシネマティック、といったところだろうか? エレガントなメロディに乗せたマイナーコードのバラードが圧倒的に多く、主にピアノが主導し、曲によってストリングスをあしらったシンプルなプロダクションで声にスポットライトを当てている。

だからといって、決してアクロバティックな歌い方をする人ではない。ソウルフルでスモーキーな声にじわじわとエモーションを滲ませて複雑な色合いに染め上げ、少しずつ熱量を上げていく──そういう歌い手であり、シエナが好むハートブレイクという普遍的題材を掘り下げる上でも、おあつらえ向きのボーカル・スタイルだ。
なぜって彼女は嘆いてばかりはいない。怒りに震えているだけでもない。脆さをさらけ出すことを恐れず、でも、脆さを強さやおおらかさと両立させるのがシエナ流なのだから。

「私は脆さを見せることこそが強さだと考えています。私が大好きなアーティストたちは、皆いつも音楽の中で何かを語り、脆さをさらけ出していました。それは怖いことですが重要なことだと思いますし、自分をさらけ出すことはとても勇気をもらえることだと感じています」。

現在はヨーロッパと北米を周るキャリア最大規模のヘッドライン・ツアー「THE VISITOR」を行なっている彼女、「Die On This Hill」のリリースからそろそろ半年が経過するとあって、次のシングルもしくはアルバムを期待する声も高まっており、本人も「今はとてもインスピレーションが湧いているので、新曲に取り組んでいます。ただひたすら書いているところですね」と近況を語る。身辺が目まぐるしく変化している中でも、クリエイティブな意欲は保ち続けているようだ。「それを可能にしているのは、”人間であること”なんだと思います。どれほど状況がクレイジーになっても、素晴らしいアーティストであるためには、素晴らしい人間でなければならないと考えていますので。それは単に”良い人”であるという意味ではなくて、人を理解し、人との繋がりを持ち、その場に存在することに長けているという意味です。
私は20歳で、人生を歩み、経験を積み、新しいことに挑戦し、新しい人々と出会い、常に学び続けています。恐らくそれが理由でしょうね」。

このような発言からは、若いながら彼女が地にしっかりと足をつけて、自分を見失わず、焦らず、歩を進めていることが読み取れる。「なぜって私には、素晴らしいチーム、素晴らしい友人、素晴らしい家族がいます。状況がどれほど目まぐるしくなっても、以前と変わらない私でいられる。それは本当に、自分の周りに誰を置くかによるものだと思います」。

日本から寄せられている応援の声もシエナの元には届いているようで、「すべてのサポートに本当に本当に心から感謝しています」とメッセージをくれた。「日本の皆さん、愛しています!近いうちに皆さんに会えること、そして日本でライブができることを願っています」。

シエナ・スパイロとは何者か? 「アデル以来」と評される大型新人、タイムレスでスモーキーな歌声を今こそ知る

シエナ・スパイロ
「Die On This Hill」
再生・購入:https://umj.lnk.to/SS_DOTH

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