初期シングルではベック「Devils Haircutt」をカバーし、ニューヨークハウスの巨人ジュニア・サンチェスによるリミックスを収録するなど、ファッカーズは90年代オマージュの側面も強かった。だがこのたび届けられたデビューアルバム『Ö』では、その音楽性が大きく拡張されている。
初期ダフト・パンクへの憧憬が垣間見られる「L.U.C.K.Y.」、ドラムンベースを意識したという獰猛なベースミュージック「Play Me」、ダブ/レゲエの影響がストレートに表出した「TTYGF」、カリビアンミュージックの要素をふんだんに盛り込んだハウシーなポップチューン「I Like It Like That」、UKガラージのビートを取り入れた「Butterflies」、そしてグラウンドビート/ダウンテンポ寄りの「Feel The Real」と、その音楽性は極めてジャンル横断的。中でも、初期作のように同じボーカルメロディの反復で高揚感を生むスタイルではなく、ヴァース、コーラスといったポップソング的な構成を意識した歌を搭載した「Butterflies」はとりわけ新鮮な響きを持っている。
ジャクソン自身が指摘するように、この雑食性はベースメント・ジャックス、ダフト・パンク、グルーヴ・アルマダ、ファットボーイ・スリムといった往年のビッグダンスアクトに通じる。ただ、そうした90~2000年代ダンスミュージックと決定的に違うのは、アルバム収録曲がほぼ3分以下と極端に短いこと。それはピンクパンサレスにも見られる「TikTok世代」的な感性であり、ファッカーズの現代性を担保する理由のひとつにもなっている。そしてその感覚は、新しいニューヨークシーンの盟友、ザ・デア(The Dare)やフロスト・チルドレン(Frost Children)、シャネル・ビーズ(Chanel Beads)などにも共有されているものだ。
つまりこの『Ö』は、豊かなダンスミュージックの土壌を持つニューヨークから現れた新世代の作品であり、同時に2020年代的な感性を明確に内包した会心作なのである。
「軽いノリ」から生まれた化学反応
―初めてのインタビューなので、基本的なところから訊かせてください。2人それぞれ、10代の頃に大きな影響を受けた音楽を挙げるとすれば、何になりますか?
シャニー:私にとっては、たぶんレゲエやダブ、スカあたりかな。母の影響で、小さい頃からそういうのを聴いてたんだと思う。
ジャクソン:10代の頃はトリップホップとか、サイケロック、それに90年代のヒップホップをたくさん聴いていたと思う。父が本当に音楽好きで、子どもの頃からいつも音楽が流れていたんだ。父は自分が好きなものをかけようと、常に積極的に音楽を流していた。今でもそういう音楽は本当に大好きだよ。
―以前、シャニーはドリームポップ的な音楽性のシンガーソングライターデュオで活動していて、ジャクソンはジャングリーなインディギターバンドで活動していましたよね。その2人がクラブミュージックを軸としたファッカーズを結成するに至った経緯を教えてもらえますか?
シャニー:ちょっと面白い話なんだけど、私たちがちょうど出会う前のタイミングが、それぞれのプロジェクトをやめたばかりだったの。私はそのデュオを抜けたあと、自宅でひとりでいろいろ試していて、ビートを作ったり、ちょっとR&B寄りのことをやってみたりしていた。でも基本的には、自分なりにエレクトロニックミュージックを作ろうと実験していた感じかな。
―新しい方向性を模索中だったと。
シャニー:ジャクソンもたぶん似たような状態だったと思う。それで、出会ったときにお互い気づいたの。相手も同じようなことを考えていたなんて知らなかったけど、「ライブをやって、ツアーをして、楽器を演奏する」という段階はひと通り経験した。だから今度はエレクトロニックミュージックを作ってみたい、って。まさに同じマインドセットだったっていう。
Photo by Jeton Bakalli
―エレクトロニックミュージックをやりたいということ以外に、ファッカーズ結成当初に持っていたヴィジョンはありましたか?
シャニー:正直に言うと、ヴィジョンはなかったと思う。でもそこが面白いというか。最初に一緒に音楽を作り始めたとき、曲をリリースするかどうかも、ライブをやるかどうかも、まったく考えていなかった。ただ自分たちが楽しむためにやっていただけという感じで。「一緒にエレクトロニックミュージックを作ってみようよ」っていう、そんな軽いノリだったし、本当に何の計画もなかったの。
―では、自分たちがやっていることに手応えを感じた瞬間、「これでいける」と感じた瞬間はありましたか?
ジャクソン:最初にやったライブのことを覚えているよ。Babys All Right(ブルックリンのライブハウス、キャパ300人弱)でのショーだった。あの瞬間は、ほんの一瞬の出来事みたいな感覚だったね。頭の中では「この一回だけやって、もしかしたら、もうやらないかも」くらいに思っていたし、ほかに決まっている予定もなかった。本当にその一回だけで、楽しんでみて、どうなるか様子を見ようって感じだったんだ。でも終わった直後、何かが変わった感じがした。
―どんなところが?
ジャクソン:会場の空気が明らかに違っていて、ステージを降りたときの観客の反応がすごくダイレクトだった。「すごく違う体験だったよ」とか、そんな声をたくさん聴いて。それで初めて、自分たちがやっていることってちょっと特別なのかもしれない、って気づいたんだと思う。最初から「これは新しいことだ」とか、「みんなはまだ心の準備できていないだけ」とか、そんなことは全然思っていなかったから。ただ、「どうやってショーを成立させようか」って、それだけだった(笑)。実際、あのショーの2週間前にリハーサルを始めたばかりだったしね。
―そう言えば、あなたたちは活動初期に来日公演をしたことがありますよね?
ジャクソン:あれは本当にクレイジーな出来事だったよ!
Babys All Rightで最初のショーをやったあと、2週間くらい経ったある朝、目が覚めたらちょっと変なことが起きていて。当時はまだInstagramのフォロワーもほとんどいなかったんだけど、一晩で日本人のフォロワーが100人くらい一気に増えていたんだ。今なら大した数じゃないけど、当時は本当に少なかったから、「なんで急に日本人が100人も?」ってなって(笑)。彼女にも「これ変じゃない?」って送ったのを覚えている。それでネットで調べてみたら、日本のあるインディペンデントなブロガーが、僕たちの最初のライブの記事や写真を見つけてブログに書いてくれていて、それがTwitterでたくさんシェアされていたんだ。
それで僕はそのブログを書いてくれた女の子を見つけて、DMを送ったんだ。「もし僕たちが日本に行ったら、ショーをブッキングしてくれる?」って。そしたら彼女が「来てくれれば、ショーを企画するよ」って言ってくれて。それで本当に行ったんだ。それが始まりだったね。東京のすごい小さなクラブで、Spaceってとこだったと思う。
―新宿のSpaceですね。
NYの音楽が再びエキサイティングに
―次の質問は2人それぞれに訊きたいのですが、まずジャクソンは、プロデューサーとしてもっとも影響を受けたアーティストは誰でしょうか?
ジャクソン:うわあ、大きな質問だね。いろいろな人から影響を受けていると思うから、ひとりに絞るのは難しいかな。ケミカル・ブラザーズは大好きだし、いわゆる名作を作ってきた人はみんな大好き。ダフト・パンクもそう。でも、ア・トライブ・コールド・クエストも大好きだし、Qティップも好きだし、ファレルも好き。ザ・ネプチューンズも好きだし、DJプレミアも好き。本当に、ジャンルの両端からいろいろ影響を受けている感じ。90年代のハウスのプロデューサーもすごく好きで、アーマンド・ヴァン・ヘルデンも好きだし、デヴィッド・モラレスも好き。とにかく、ああいうタイプの音楽は幅広く好きなんだ。
―アーマンド・ヴァン・ヘルデンやデヴィッド・モラレスの名前が挙がりましたが、初期のシングル「Mothers / Devils Haircutt」はニューヨークハウスの影響が強く、ジュニア・サンチェスによるリミックスもリリースされていました。やはり初期の影響源としてニューヨークハウスは大きかったのでしょうか?
ジャクソン:うん、僕にとってはかなり大きかったよ。
―なるほど(笑)。
ジャクソン:でもニューヨークに引っ越してから変わった。僕はヴァイナルDJだったから、いつもレコードを買ってプレイしていたんだ。そのとき安く手に入ったのが90年代のクラブレコードだった。いわゆるバーゲン箱に入っているレコードでね。今はだいぶ値上がりしているけど、それでもまだ比較的安い。当時、4年くらい前は本当に「1ドルの格安ラック」に入っているのがハウスのレコードだったんだよ。そこから90年代のハウス、特にニューヨークハウスにどんどんハマっていった。ニューヨークにいたから、レコード屋に行けばニューヨークハウスのレコードがたくさんあったんだ。
―ジュニア・サンチェスのリミックスはどのように実現したのですか?
ジャクソン:実は向こうから連絡をくれたんだ。最初のショーの翌日にDMをくれて、「『Mothers』と『Devils Cut』を聴いたよ」って言ってくれた。たぶん、ほとんど最初に僕たちを発掘してくれた人だったと思う。「すごくフレッシュだね、会いたい」って。彼は本当に初期から応援してくれていて、しかもリミックスも僕たちから頼んだわけじゃなくて、勝手にリミックスしてくれていたんだ。クラブで会ったときに、彼がそのリミックスをプレイして、「どう?」って訊いてきて、もちろん「最高だよ!」って(笑)。2回目のショーではジュニア・サンチェスもDJをしてくれたんだ。彼はレジェンドだけど、今では友人でもあるんだよ。
―それはすごい。シャニーは、シンガー、ソングライターとしてもっとも影響を受けたアーティストは誰でしょうか?
シャニー:正直、本当にたくさんいると思う。私はいろいろなタイプの音楽を聴いてきたから。前のバンド、ザ・シャックス(The Shacks) で活動していた頃は、ドゥーワップとかソウル、かなり古いレアなソウルのレコードや45回転盤をたくさん聴いていて。ソングライティングの感覚というか、自分の基礎みたいなものはそこから来ていると思う。ギターを手に取って、こう始まって、そこからコーラスに行って……みたいな、いわゆるオーソドックスな曲の作り方をそこで学んだ感じかな。それで、ファッカーズを始めてからは、エレクトロニックミュージックの作曲やソングライティングを学ぶのがすごく楽しかった。ループから始めて、そこから真ん中を起点に広げていく、みたいな作り方だからね。
―具体的に影響を受けたアーティストを挙げると?
シャニー:M.I.A. のソングライティングがすごく好き。彼女は曲作りのルールみたいなものを完全に無視しているところがあって、それが本当に魅力的だと思う。このプロジェクトでも、「ルールはいらない」という感覚はずっと大事にしてきた。必ずこう始まって、ここにコーラスがあって、決まった構造で、という必要はない。そういう枠を曲げたり、外れたりすることに、私たちは興味を持っている。だから……影響は常に聴いているいろいろな音楽から来ていると思う。ひとりに絞るのは難しいかな。
ファッカーズが「セレクト」したプレイリスト。M.I.A. の「Jimmy」他、ここまで言及されたアーティストの楽曲を多数選曲している
―ニューヨークには、90年代にはデヴィッド・モラレスやトッド・テリー、アーマンド・ヴァン・ヘルデンなどが牽引したハウスミュージックのシーンがあり、ゼロ年代にはLCDサウンドシステムやラプチャーなどが牽引したインディとハウスを融合するムーブメントがありました。自分たちはそういったニューヨークの音楽的伝統を継承し、発展させていく存在だという認識はありますか?
ジャクソン:いろいろな意味で、そうだと思う。もちろん、自分たちは、ファッカーズとして独自の音楽をやっていると思っているけどね。でも、パンデミック以降のニューヨークは本当にエキサイティングなシーンが戻ったと思うよ。僕が最初にここに引っ越してきた頃は、正直なところ、「ニューヨークの音楽」が話題になることはほとんどなかった。かなり長い間、ニューヨークは「ストロークスになりたいバンドの街」みたいなイメージで、それ以外はあまりヒットしていなかったし、音楽的には少し忘れられた存在になっていた部分もあったと思う。
―それが最近、変わってきた?
ジャクソン:パンデミック後、僕たちが活動を始めた頃、シャネル・ビーズ(Chanel Beads)やザ・デア(The Dare)、フロスト・チルドレン(Frost Children)みたいなバンドが出てきて、本当にシーンが面白くなってきた。何年ぶりかでニューヨークのバンドがレーベルと契約し始めたんだ。僕たちが結成した頃は、「ニューヨークのバンドは契約できない」みたいな空気すらあったからね。実際、ここに引っ越してきたときも、「本気で音楽をやりたいならニューヨークは向いていない」と言われたこともあったよ。でも今はすごく刺激的な時期だと思う。
それに、過去の時代を作ってきた人たちに実際に会えるのもクールだよね。例えばジュニア・サンチェスは90年代のニューヨークでアーマンド・ヴァン・ヘルデンと親友だったし、僕たちはLCDサウンドシステムのオープニングを務めてジェームス・マーフィーに会うこともできた。夏のツアーではTVオン・ザ・レディオとも一緒に過ごせたし。ニューヨークの歴史を作ってきたバンドたちが、いわば”お墨付き”をくれて、しかも本当にサポートしてくれているのは、とても特別なことだと思う。
―パンデミック後に活気づいたニューヨークのエリアと言うと、ダイムズ・スクエアを思い出します。ニューヨークの音楽シーンが活気を取り戻したという話は、それとも関係があるのでしょうか?
シャニー:同じ時期に一気に人が増えた感じはあったと思う。私はダイムズ・スクエアの近所で育ったから、ずっと変化を見てきたんだけど、10年くらい前は本当に何もなかった。ForgetMeNot っていうレストランとバーが一軒あるくらいで、他はほとんど静かなエリアで。それがちょうどコロナの頃になって、ニューヨークでデモ活動も起きて、みんなが外に出るようになったタイミングから空気が変わった気がする。室内は閉鎖されていたけど、外でビールを飲むことはできたから、みんな道端で集まって過ごしていて。そこから、この界隈が急ににぎやかになっていったと思う。
―いまもその辺りは賑わっているんですか?
シャニー:ここ数年でさらに加速していて、大きなホテルもできたし、お店もどんどん増えている。この10年、15年でこんなに変わるのを見てきたのは本当に不思議な気持ち。昔は父や兄と一緒に餃子を食べに来るような、すごく緩い場所だったのに。周りにはほとんど何もなかったから、今の雰囲気は本当に大きな変化だなって思う。
『Ö』を生んだ2分台のコラージュ感覚
―デビューアルバムの『Ö』は、これまでよりさらに音楽性の幅を押し広げつつも、ファッカーズらしい最高のパーティアルバムに仕上がっていると思います。あなたたちとしてはどのようなアルバムを目指しましたか?
シャニー:最初から「こういう作品にしよう」と明確に決めていたわけではなかったと思う。制作を始めた時点では、はっきりした設計図があったわけじゃなくて。
ジャクソン:うん、最初に2人で話していたのは、とにかく前に進みたい、ということだけだった。単に90年代を参照するだけじゃなくて、そこからさらに踏み出したかったんだ。自分たちの枠を押し広げて、新しいアイデアをコラージュのように組み合わせてみたかった。このアルバムで唯一はっきりしていたテーマがあるとすれば、それは「まだやられていない組み合わせを試すこと」だったと思う。たとえば「Butterflies」は2000年代のヒップホップ・インストゥルメンタルみたいに聴こえるけど、実はUKガラージの要素も入っているし、「Lonely」はR&Bやアトランタ・ベースの雰囲気がありつつ、ハウスも混ざっている。
―ええ、確かに。
ジャクソン:意識していたのは、とにかくジャンルをできるだけ掛け合わせること。それを、できればクールな形でやろうとしていたんだ。でも、いつもうまくいったわけじゃない。一度クンビアとテクノを混ぜようとしたことがあって、そのときは(プロデューサーの)ケニー(・ビーツ)に「よし、これはうまくいかないってことが分かった」って言われたよ(笑)。
―(笑)いま言っていたように「Butterflies」にはUKガラージの感触がありますし、「Play Me」にはドラムンベースを始めとした英国ベースミュージックの影響が感じられます。この辺りの音楽的広がりは刺激的でした。
ジャクソン:いろいろなスタイルに挑戦するのは、単純にすごく楽しいんだよね。それに、今は少し失われつつある気がするけど、90年代のエレクトロニックアルバムって、ひとつの作品の中にいろいろなジャンルが入っているのが普通だった。もちろん僕たちはかなり振り幅が大きいほうだけど(笑)、ダフト・パンクやグルーヴ・アルマダ、ファットボーイ・スリムみたいなアーティストも、1枚のアルバムの中にダウンテンポがあったり、ヒップホップ寄りの曲があったり、テクノ寄りの曲があったりした。だから『Baggy$$』EPから今回のアルバムにかけても、できるだけ幅広いジャンルをカバーしたいと思っていたし、新しい組み合わせを見せたかった。特にその2曲に関しては、アルバムにドラムンベースの曲を入れたいという気持ちもあったし、UKガラージの曲も入れたいと思っていたんだ。
―どの曲も本格的なダンスミュージックですが、興味深いのは、ほぼすべての収録曲が2分台という短さであることです。曲の長さに関してあなたたちが意識していることを教えてください。
ジャクソン:今はやっぱり集中力が短くなっていると思う。この前、デトロイト・テクノのレジェンド、カール・クレイグのインタビューを見たんだけど、「昔は12分くらいある曲を作っていたけど、今はもうそこまで長い曲を聴く集中力が人々にはない」って話していた。それで、今はもっと短い曲を作るようになったって。でも、僕たちが最初から「全部短い曲にしよう」と意識していたわけではないんだ。ただ、ケニーはデビュー作だからこそ、”all killer, no filler(一切の無駄なし、名曲揃い)”にしたいって言っていた。それが彼が一番強くこだわっていたことかな。「とにかくできるだけコンパクトにしたい」って言っていて。
シャニー:ケニーのスタジオでは、全部で15曲か16曲くらいは作ったと思う。でも、その全部をアルバムに入れたわけじゃなくて。いちばん気に入っている曲だけを選んで、できるだけ無駄のない、引き締まった作品にしたかったっていう。
―既にケニー・ビーツことケネス・ブルームの名前は何度か出てきていますが、彼との仕事で学んだこと、もしくは彼がアルバムに与えた影響は何でしょうか?
シャニー:ひとつのアイデアに固執しすぎないこと、うまくいっていないものにいつまでもしがみつかないことを教えてくれた。彼の意見やアイデアに対して、私たちは自然と信頼を持てたし、3人で一緒に作業する感覚もすごくよかった。いい融合だったと思う。彼は本当に才能があって、長年この世界でやってきた人。私たちをいい方向にプッシュしてくれたと思う。彼と仕事ができたのは本当に素晴らしかった。
ジャクソン:本当にそう。彼は素晴らしいプロデューサーだよ。僕たちに、作曲に集中する自由を与えてくれた。例えばキックドラムの音がちゃんと鳴るかどうかは、彼が必ずいい音にしてくれるって分かっていたから、そこを心配しなくてよかった。以前は、シャニーと僕で全部を気にしなきゃいけなかった。でも今回は、クリエイティブな部分に集中できた。曲を”ヒットさせる”ことに専念できたんだよ。
―なるほど、その違いは大きいですね。
ジャクソン:それに、ジャンルの面でも僕たちをコンフォートゾーンの外に連れ出してくれた。アルバムの中には「自分だったらこんなビートは作らないな。でもやってみたいとは思う」っていう瞬間がある。自分一人だったら絶対にやっていなかったけど、それはケニーの得意分野だったりするんだ。僕たちは本当に出発点が全然違うから、ある意味で”最高の変わり者コンビ”みたいな関係だったと思う。
―100 gecsのディラン・ブレイディも、アルバムに参加していますね。
シャニー:ディランは本当に素晴らしいサウンドデザイナーで、すごくクリエイティブな人。大胆な選択や音使いをまったく恐れないの。私たちが「え、それやるの?」って思うようなことでも、躊躇なく試してみるタイプ。例えば「Beatback」で、私だったら「シタール入れる? いや、それはさすがにクレイジーかも」って躊躇してしまうところを、彼は全然ためらわない。とにかくやってみる。その姿勢が本当にすごいし、特別なところだと思う。
―「TTYGF」はこれまででもっともレゲエやダブに接近していますし、「I Like It Like That」にもレゲエなどカリビアンの要素がふんだんに盛り込まれています。幼い頃からカリビアンミュージックに親しんできたシャニーにとって、その影響はファッカーズの音楽においても欠かせないものなのでしょうか?
シャニー:うん、間違いなくそうだと思う。
ジャクソン:なんだか、それが僕たちの特徴みたいになってきている気がする(笑)。僕たちのどこが好きかって聞くと、「ダブっぽさ」や「カリビアンなダンス感」だって言われることが多いしね。
シャニー:面白いのは、私、ジャクソンに出会うまでハウスをほとんど聴いていなくて。だから私たちの好みは、ちょっとクールな形で混ざり合った感じかな。どちらも「こうあるべき」みたいな先入観がなかったから、ただそれぞれの影響が自然に組み合わさっていったというか。ジャクソンが新しいビートを聴かせてくれたときも、「ハウスっぽいボーカルをどう乗せよう」って考えるんじゃなくて、「どんなメロディを歌ったら面白いかな?」って考えていたし。結局、人はこれまで聴いてきたものからしか作れないと思うから、私の頭の中の音楽の引き出しは、そういうものでいっぱいなのよね(笑)。ハウスで埋まっているわけではないから、それがファッカーズにとってちょっと特別なところなんだと思う。お互いのまったく違う影響が合わさっているところが。
ジャクソン:そうだね、いつも違う出発点から始めている感じがする。「2人ともこれが大好きだから、こういう感じにしたい」っていう作り方じゃないんだ。もしそうだったら、ただそれっぽい音になるだけだと思う。僕の頭の中では、例えばファットボーイ・スリムみたいなことを考えながらビートを作っていることもあるけど、彼女はダブやドゥーワップみたいなメロディを思い浮かべているかもしれない。だから、そのズレが面白いんだと思う。
―「L.U.C.K.Y.」や「I Like It Like That」、あるいは『Baggy$$』収録の「Bon Bon」などは、言葉の響きを重視した歌詞と、短いフレーズの反復でグルーヴを生み出していますよね。このような曲で、サウンドと歌の関係をどのように考えているのか教えてください。
シャニー:ボーカルとトラック、つまりプロダクションの要素との関係性って、すごく面白いと思う。例えばフックの部分では、ヴォーカルを邪魔しないように、あまり多くの音を重ねたくないこともある。でも逆に、あえてぶつかり合うような要素を入れて、いろいろなものが同時に鳴っている感じを出すのがクールな場合もあるし。だから一概には言えないけれど、すごく余白のあるプロダクションも魅力的だし、あえて音を絡み合わせて、織り込むように組み立てていくのも面白い。そのバランスを探るのが楽しいんだと思う。
―「Butterflies」や「Getaway」などは抑揚のあるメロディアスなボーカルメロディが耳を惹き、これまで以上にソングライティングに重きを置いている印象を受けました。こういった曲のソングライティングにおいて、新たな挑戦をしたという意識はありますか?
シャニー:挑戦というよりは、単純に楽しかった、という感覚のほうが近いかな。これまで以上に幅を見せられるのが楽しかったというか。最初は「Bon Bon」や「Homie You Dont Shake」みたいに、シンプルで反復的な曲から始まったけれど、私たちはもともとソングライティングのバックグラウンドがあるから、常にそういう視点では考えている。だから特別に難しかったというよりは、その側面をもっと探ってみるのが楽しかった、という感じかな。
ジャクソン:それに、ケニーが「もっと歌寄りの曲を書こう」って背中を押してくれたのも大きいね。それが良かった。彼は制作の最後になるまで言わなかったけど、アルバムが完成した後に、「実は、もっと構成を持たせるようにプッシュしていたんだよ。ワンパートだけじゃなくて、ちゃんとヴァースやコーラスを持たせるようにね」と言っていた。
―実際、「Butterflies」は、曲の構成自体がこれまでよりポップソングに近いと感じました。
ジャクソン:本当にそうだと思う。あの曲は僕も大好きだし、アルバムの中でも特にお気に入りのひとつだよ。実は、まだシングルになっていないアルバム曲の方が、気に入ってたりするんだ。
―アルバム前半は勢いのあるパーティーチューンが満載で、後半に進むにつれてダビーでディープな方向にも展開し、メロウな側面も見せながら、最後の「Feel The Real」ではまるでパーティ後のカムダウンのようなグラウンドビートに着地します。あなたたちとしては、アルバム全体の流れについてはどのようなことを意識していましたか?
シャニー:あの曲が最後になるだろうっていうのは、書いたときからなんとなく分かっていた気がする。自然とそう感じられたっていう。アルバムにはちゃんと”アーク(流れ)”を作りたいという気持ちはあったと思うな。
ジャクソン:そうだね。でも最初から順番をすごく気にしていたわけではなくて、まずはケニーと一緒にできるだけたくさん曲を書くことに集中していた。全部仕上がってから、どの順番がベストかを考えよう、という感じだった。でもシャニーが言ったように、「Feel The Real」が最後になるという感覚は、書いたときからあったね。
―この曲のインスピレーションになった音楽は?
ジャクソン:僕たちはトリップホップもすごく好きだし、Zero 7なんかは本当に大きな影響源で、今でもよく聴いている。EPでは「I Dont Wanna」がいわば僕たちのトリップホップ的な曲だったけど、「Feel The Real」はそのダウンテンポのもう一つの側面という感じなんだ。単なるトリップホップというより、ゼロ・セヴン的な、より滑らかなダウンテンポの雰囲気。そこには、ある意味でリスペクトを込めたかったんだと思う。
Photo by Boris Halas
―アルバムタイトルの『Ö』には、どのような意味合いが込められているのでしょうか?
シャニー:アルバムのタイトルを考えていたとき、言葉にするとちょっと説明しすぎな気がして。何か違う形にできないかな、って思ってた。文章でも単語でもないものにしたくて。それでジャクソンが「いっそ文字ひとつにしたら?」「記号もいいかも?」って言ってくれて、それいいなと思ったから、アルファベットをいろいろ見ていった感じかな。
ジャクソン:そうだね。プリンスのことも話していたんだ。いろいろな単語を考えていたけど、2026年にもなると、アルバムタイトルになりそうな言葉はほとんど使われ尽くされている気がして(笑)。「次の未開拓エリアは何だろう?」って考えてた。それでプリンスの話から、ウムラウト付きの”O”が出てきた。それがすごくしっくりきたんだ。
―なるほど。
ジャクソン:それに、ケニーやディランとアルバムを作っているとき、僕たちの間で「ワールドスタイル」っていう内輪ネタがあって、何でもかんでも「それワールドスタイルだね!」って言っていたんだよね(笑)。曲もそうだし、着ている服もそうだし、とにかく何でも。それでウムラウト付きの”O”を見たときに、球体みたいで、地球みたいで、丸い形が”ワールド”っぽい感じがして。そういう意味合いも込められているんだ。
―アーティストにとってアルバムとは、ある時期や側面を切り取ったスナップショットだという捉え方があります。『Ö』は、あなたたちにとって何のスナップショットだと言えますか?
シャニー:2週間くらいで一気に作ったから、私にとってはすごく限定された時間の記録って感じがする。毎日スタジオに入って、本当に濃い時間を過ごしていたし、すごくワクワクしていて、自由だった。その空気感がそのまま閉じ込められているような気がするな。
ジャクソン:僕にとっては「2人の力」そのもののスナップショットかな。スタジオで自分たちを鼓舞するためによく言っていたのが、「もし今ベースメント・ジャックスが若かったら、何をするだろう?」っていう問いだったんだ。僕とシャニーはほぼ同世代で、2000年代のクラブ・ヒップホップを聴いて育った世代なんだよね。バル・ミツワー(ユダヤ教の成人式。家族・親戚・学年全体を招待して盛大なパーティーを行う)から誕生日パーティー、クラブまで、どこでも流れていた音楽。それが僕たちの原風景だった。だからこのアルバムは、ダンスミュージックとして自分たちがやっていることを突き詰めつつ、同時に自分たちの青春へのオマージュでもある、そんなスナップショットだと思う。EPはより90年代を参照していたけど、このアルバムはもう少し、自分たちの世代や若い頃の音楽にフォーカスした記録になっている気がするね。
―よくわかりました。では、このアルバムを引っ提げて、また来日してくれることを楽しみにしていますね。
ジャクソン:日本には絶対また行くよ!
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