新型コロナウイルス感染拡大予防対策ガイドラインに則って、観客数はキャパシティの半分である1000人にまで制限して開催された。 多くの人の心に残る優れたポップスというのは、調理でたとえるならば誰しもに馴染みのある調味料や食材を使ってバランスのとれた味わいに仕上がっているもの、ではない。日本の音楽史に名を刻んできたポップスターたちはみな、どこかしら癖の強さや凡人が驚く発想力があって、その人々が生んだ曲は聴き手にとって意外性や違和感がある。ビッケブランカも、心地よい歌声と綺麗なビジュアルを1枚剥がせば、癖と違和感だらけの表現者だ。そして、人間、振り切ってとことん突き詰めている人を見ると、珍しさと、人間の全力のエネルギーと、憧れの気持ちが湧いてきて、笑いがこぼれてしまうことがあると思う。ビッケブランカのライブは、そんな笑いが自分の顔にこぼれる瞬間が続く音楽ステージなのだ。
ダンスミュージックを磨き上げて、しかしビッケブランカとして、そして日本から音楽を届ける者として、ダンスミュージックの派手さに埋もれないようにJ-POPならではのメロディと歌も磨き上げた結果、とてつもなく強度のある歌とトラックができあがった。それが『FATE』というアルバムだ。本公演で披露されたのは、テレビから流れてきてビッケブランカを知った人も、ロックフェスで飛び跳ねることが好きな人も、EDMフェスで踊ることの快感を知る人も、レジェンド級のロックバンドの来日を待ち望んでいるような洋楽ラバーも、「こっちへ遊びにおいでよ」と迎え入れるビッケブランカの音楽性の幅広さと豊かさと新鮮味を証明する計18曲だった。 開演時間になると、それまでは粉雪の映像が投影されていたステージ前の紗幕に、SFテイストの映像が流れる。そして、紗幕の後ろには、高い位置に立っているビッケブランカの姿が見える。DJセットの後ろに立つビッケブランカはミキサーのツマミをいじりながら音を操っていて、「FATE」という文字が大きく映された後に紗幕が落ちた瞬間、すでに会場のテンションがピーク状態に。
そしてここでバンドメンバー<横山裕章 (Key/Cho/Band Master)、井手上誠 (Gt/Cho)、若山雅弘 (Dr/Cho)、HALNA (Ba/Cho)、岩村乃菜 (Cho/Synth/Per )、岡部磨知 (1st Vn)、天野恵 (2nd Vn)>がステージに上がり、“Winter Beat”へ。ライブアレンジが加わったイントロが演奏された瞬間に、涙が込み上げるような心の揺さぶられ方をする。EDMフェスさながらの盛り上げをど頭から繰り広げた後に、こんなに琴線に触れるイントロを弾かれると、そのギャップに涙腺がバグる。たとえるなら、M-1の決勝戦で漫才師に爆笑させられた後、優勝者が人間くさいコメントをしていると、通常の5倍くらい涙腺を刺激されるような、あの感覚に近いかもしれない。 次に“Death Dance”、“Want You Back”、“Shekebon!”と続けてプレイされ、今日のライブはJ-POPやロックのライブだけでも、EDMフェスだけでも、クラブのフロアだけでもない、でもそれら全部がある、デビューから5年経った今のビッケブランカにしかできないショーであることを確信させられる。 「次はかっこいいゾーンに入らせてもらおうかなと。
目一杯、かっこつけさせていただきます」と言って歌ったのは“FATE”と“ミラージュ”。どちらも音源よりもハードロックテイスト強めなバンドアレンジで魅せ、このバンドの多様さとタフさを見せつけられる。アルバムのタイトル曲である“FATE”では、「自分らしく」「ありのままで」といった近年音楽・映画等の作品やあらゆる場面で取り上げられるテーマが描かれているが、その描き方はビッケブランカらしく一筋縄ではいかない。宮沢賢治『よだかの星』を曲のモチーフとした日本文学の要素と打ち込みサウンドと鳥の鳴き声を混ぜ合わせてしまうような意外性に満ちている。
“夢醒めSunset”の<誰も意味を探さない この瞬間は戻せない>という印象的なフレーズは、意味や理屈ばかりを追い求めてしまう現代人にとって、特に意味も生産性もない時間がどれだけ尊いかを見事に切り取っている。夕焼けが綺麗な海辺の景色が浮かんでくる曲ではあるが、ここLINE CUBE SHIBUYAで演奏されると、ライブの一瞬一瞬がミュージシャンにとってもオーディエンスにとっても、言葉で表せるような理屈や理由を一切抜きにして、人間の心に作用をもたらす尊い時間であることが表現されているようだった。本間昭光をアレンジャーに迎えたJ-POP王道サウンドの“ポニーテイル”と“オオカミなら”から、ビッケブランカがフェイバリットに挙げているエルトン・ジョンやビリー・ジョエルなど時代を超えて愛されているUS/UKのポップススタンダードのような存在感がある“Divided”へとつなぐビッケブランカにはまた憎いと感じてしまう。そして、“Divided”と同じくピアノ弾き語りで歌い始めたのは、ビッケブランカにとって代表曲のひとつでもある冬のバラード“まっしろ”。 クライマックスに入る前のMCでは、コロナ禍で実施したこのツアーを振り返って、「みんなの顔、一人ひとり見えてるんですよ。マスクで見えてないように思うかもしれないけど、思ってくれてること、感じてくれてることが全部わかるんですよ」とオーディエンスに伝えた上で、制限や規制がなくなった日常で今以上に熱気に包まれた状態でライブができる日をミュージシャンたちがどれほど待ち望んでいるかを代弁して、「2022年もたくさんの音楽、僕を筆頭に、すべての音楽を愛してもらえたらいいなと思います。
どうぞよろしくお願いします」と、すべてのミュージシャンや音楽シーンへの愛を語る。最後は、バイオリンの二人も立ち上がった状態で“Slave of Love”、“Ca Va?”、“ウララ”、“天”を演奏し、壮大な音の重なりで会場を満たした。ビッケブランカは、バイオリンの旋律とダンスミュージックのビートや、EDMとJ-POPの展開など、本来セオリーが違うものを組み合わせることで誰も予期していないサウンドスケープやライブでの景色を立ち上がらせ、オーディエンスを感動させる。さらにラストの“天”では、明るくて至福感のあるトーンで包みながらも、人生の切なさや儚さを大きく歌い、だからこそ聴き手を現実と向かい合わせながらも希望のある次の章へと送り出すようだった。