浙江省杭州市にある革命の女性烈士・秋瑾(1875-1907)の記念像の前で、若者が「あれ、だれだ?」などと話していたとして、中国で問題視する声が出た。中国新聞社が報じた。


 秋瑾は親が決めた相手と結婚したが生活に満足できず日本に留学。日本で打倒清朝の革命運動をしていた孫文が率いる「中国同盟会」に参加した。帰国後は女性解放運動も推進した。1907年に武装蜂起を企てたが失敗し、清朝政府の官憲に捕まり、処刑された。女性革命化の秋瑾の処刑は大きな反響を呼び、その後の革命運動の精神的支えのひとつになった。

 中国は春の訪れを次げる清明節(2011年は4月5日)が、墓参りの日とされている。先祖の墓に足を運ぶことが一般的だが、革命家の墓や記念像にも花などが捧げられ、参拝する人も多い。

 秋瑾が処刑された場所に近い西湖のほとりに建てられた記念像にも、「辛亥革命を追憶」などの文字が添えられた花輪が添えられた。中国人にとっては、革命を前進させた「歴史の恩人」の1人であり、常識として知っているはずの人物だが、1980年代以降に生まれた「80後(バーリンホウ)」と呼ばれる若者の多くは知らない人が増えた。花輪が飾られた秋瑾の記念像を見ても「湖を守った女傑だろう」などと言う声が聞こえたという。

 かつては秋瑾をモデルにした魯迅の小説「薬」が高校の国語教科書に載っていたが、現在は使われていないという。

 浙江大学歴史学科の梁敬明教授は「辛亥革命からたった100年、秋瑾が刑死してからたった104年。
しかし、新しい世代にとっては、相当に大きな距離になってしまった」との考えを示した。

 梁教授によると、時間の経過や歴史教育が相対的に弱体化しているだけでなく、若い人々の間に、「自分の短期的な利益に役立つかどうか」だけで、物事への関心度が決まる風潮が強まったことも、歴史的人物との距離が広がる原因になっているという。(編集担当:如月隼人)

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