「この『かぞくのくに』は、私の実体験が元になっています」と切り出したヤン監督は、映画では兄1人だが「実際は北朝鮮に渡った兄が3人いて、一番下の兄が日本で3か月治療する許可をもらったのです。こういったケースはまれで特殊。でも一体何だったんだろうという感じで、3か月経たない内に帰りました」と自身の兄の状況を語った。「基本的に実話で、病気を持ちながらも実際の兄は今も生きております。映画にしていない長男が、何十年も躁鬱病を患って3年前に他界しました」と観客に語った。
過去に『ディア・ピョンヤン』(2005年)、『愛しきソナ』(2009年)と、家族を映し出したドキュメンタリー作品を発表したヤン監督の、初の劇映画となった本作。「北朝鮮は100か国以上と国交があり、特にヨーロッパの映画祭には北朝鮮の映画人が売り込みに来ています。私の作品は大きな映画祭で賞をいただき、現地の新聞に報道されましたので、北朝鮮関係者が見に来ているかもしれない。なのであいさつの場では、“この映画は、私が勝手に作っていますので、家族を罰するようなことは絶対しないでください”と、お願いするようにしています。聞いているのかどうかはわかりませんけどね」と笑ったヤン監督は、北朝鮮の組織から電話を受け「謝罪文を書くように」言われた過去を持つ。「何について、誰に謝罪するかわからなかった」ヤン監督は、「名前や顔を映画で出されたうちの家族が、止めろと言うならわかります」と強調し、「政府や団体がどうこう言ってくるのは変だと思いました。
「いつか近い内に兄たちと一緒に、私の映画が楽しめる日が来るだろうと信じています。家族に会えないのは寂しいですが、私の愛情や尊敬の気持ちは、作品を通して表現しようと決めた。そして家族を守るため、オフィシャルな問題児として有名になりたい! 私の名が知られて世界中の方に作品を見ていただくことによって、“あの家族に触れるのは止めよう”と思われるくらいではないと、家族を守れない!」と痛感したというヤン監督からは、「どんどん取材を受け、こういったトークショーでも率直に語っています。映画祭もなるべく参加して、現地で語っています」と、自ら動くことが家族のためになるという切々とした思いが語られた。
次作は家族の話ではない物を作ろうと構想を練っている、というヤン監督。
企画段階では出資や協力先が見つからず、配給会社のみのバックアップで製作が叶った『かぞくのくに』。
製作に関わった人たちは、「ほんとにみんな家族でした」という言葉と、観客席にいた在日コリアン3世の若い女性に「朝鮮籍のパスポートは不便で大変だけど、行ける外国はたくさんある。国籍について悩むより、いろんな国をどんどん訪ねて友達を作って学び、その後で国籍を変えるかなど考えればいい。朝鮮籍でいいという結果になったら、そのままでもいいと思います」と親身にメッセージを送った、ヤン監督の姿が印象に残った。