事件発生は5月28日夜。殺害されたのは今年36歳になる女性の呉碩燕さん。夫と7歳の息子、夫の母と暮らしていた。28日夜には市内のマクドナルド店で夫と息子とともに食事をした。その後、夫は息子を遊ばせるために、先に店を出た。呉さん1人が店に残った。「惨劇」は約20分後に発生した。
店内にいた「全能神」の信者である男女6人が、呉さんを入会させようと勧誘。電話番号を尋ねたが、呉さんは応じなかった。すると6人は呉さんを囲んで殴り始めた。店関係者や他の客が止めようとすると、殴りかかられたという。
警察官が駆け付けた時、6人は呉さんを引き倒して、全身をけったりアルミ製のパイプで頭部を殴りつけていた。6人は警察官にも殴りかかるなどで抵抗した。応援の警察官が多数駆けつけ、近くの大型店舗の警備員も協力して、6人を取り押さえられた。呉さんは病院に搬送されたが死亡した。
容疑者6人のうち成人の男は1人で、娘2人と未成年の息子、さらに家族関係はない女2人。警察は刑事責任を問えない未成年者1人を除く、5人の身柄を拘束した。
警察によると、6人は同じ家に住んでおり、周辺住民への聞き込みにより、5月28日の事件発生以前に、犬を殴り殺すなどしていたことが分かった。また、住んでいた家にの壁に貼っていたボードには「残殺」、「虐殺」、「なぐれ」などの文字が残されていた。
警察は記者1人に対して、身柄を拘束した成人の男である張立冬容疑者への取材を認めた。張容疑者は、呉さんからどうしても電話番号を聞き出そうとした理由について「私の娘が、そばに私たちの側の人がいる。神の子だ。地上を離れなくてはならない」、「地上を離れてから、天から我々を指導し、導いてくれる」などと話したという。
記者は、張容疑者と雑談をした際の印象について「外から見ると思考も正常で、ある種の異常人であるようには思えなかった」、「とすれば、突然人を襲ったりするということは、危険性が隠されているということだ」と紹介した。
新華社や中国新聞社などの通信社、人民日報系の人民網など中国メディアは6人が所属していたという新興宗教集団「全能神」の悪質さや危険性を強調する記事を、次々に発表した。
記事は、「全能神は信者獲得において、『人間関係を利用して近づき感化する』、『物品を与える』、『女性信者が性的手法で男性を勧誘する』、『なぐる蹴るなどの暴力』、『不法監禁』などの手段を常用する」、「特に多いのが暴行」などと紹介。
また、「世界の終末の到来」を強調して、「財産を散じれば平安を買える」などと主張。さらに教団内に「護法隊」を組織して、入信を拒む者や脱会者を攻撃している。中国の警察当局によると、「全能神・護法隊」が起こした案件としては、多くの誘拐事件や、手足を切断しての殺害、入信していた一家が奪回しとところ、同家の小学生の息子が報復のために殺害された事件などがあったという。
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◆解説◆
中国では憲法で、信仰の自由が保障されている。「国や社会に危害がないかぎり」との制限があるが、そのこと自体は多くの国と同様であり、特におかしな点はない。
共産党員が信仰を持つことは禁止されているが、政治団体は特定の信条や思想のもとに結集するものであり、「党員は宗教不可」の規定を設けていることも、おかしなことではない。
日本を含む西側諸国との大きな違いは、権力側、具体的には支配政党である中国共産党が比較的自由かつ一方的に「国や社会への危害の有無」を判断できることだ。そのため、宗教について、実際には制約が極めて大きい。
仏教、道教、キリスト教(カトリック・プロテスタント)、イスラム教については公認の宗教組織がある。
いわゆる新興宗教については、一律に認めていない。日本などには中国政府と長年にわたる「友好関係」を持ち、盛んに交流してきた宗教団体もあるが、中国は自国内における「布教」を認めていない。
全能神は、米国のキリスト教系宗教団体の影響を受け、1991年ごろに黒龍江省で誕生した新興宗教団体。「実際神」、「東方閃電」などとも呼ばれる。中国当局は1995年に「邪教集団(カルト集団)」に指定。取り締まりを続けているが、教団側は「全国のほとんどの省に組織を作った。信者数は数百万人」と称している。
教義では、「中国共産党とは、新約聖書にある『悪魔の三位一体』のひとつである『大紅龍(巨大な赤い龍)』」と主張。中国共産党を打倒し、中国を「全能神」が支配する国にすることを目標としている。
「全能神」を創設し、支配しているのはたのは、黒龍江省出身の趙維山大祭司。山東省出身の女性を「女キリスト」として“教主”として、自らを「精霊の使用人」などと称している。中国では、「女キリスト」とされた女性は「大学入試に失敗して、精神が異常になった」としている。
「全能神」が勢力を拡大した背景には「貧しい信者には金銭を与える」ことが効果を発揮したとされる。「全能神」に限らず中国では、当局に認められない宗教組織が貧困地域に入り、住民への医療や金銭支援を通じて勢力を拡大することが多いとされる。
中国では長い歴史を通じて、極端な貧富の差が発生した。共産党による革命は、「貧しいものが立ち上がり、不当にも裕福な生活を続けてきた階層を倒す」ことが根本理念であり、「だれもが一律に豊かな社会」を築くことが目標だった。
しかし「新中国」は結果として、「だれもが一律に貧しい社会」を作ってしまった。そこで「裕福になれる条件のある者から裕福になればよい」と国策を一転させた。いわゆる改革開放だ。しかしその結果、中国は再び「極端な格差社会」に近づくいていくことになった。
宗教組織の「貧者への施し」が勢力拡大につながっることは、世界の歴史を通じても普遍的な現象だった。
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