【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう!...の画像はこちら >>

(左から)書店員・大内学氏、珍書プロデューサー・ハマザキカク氏、作家・品田 遊氏

■世紀の奇戦、始まる

一歩間違えると、人を殺(あや)める凶器にもなりうる、分厚くて重い本。そんな本を人はいつしか「鈍器本」と呼ぶようになった。そして、その分厚くて重いという圧倒的な存在感は、多くの本好きたちを魅了してやまない。

今回、11月1日の「本の日」を祝って、「この本で殴られて死ねるならむしろ本望」とすら思える面白い鈍器本を決める、「鈍器本ビブリオバトル」が開催されることとなった。ビブリオバトルとは、本を紹介するコミュニケーションゲーム。ひとり1冊ずつ本をプレゼンし、一番面白そうな「チャンプ本」を投票で決める。

推し鈍器本をプレゼンするために集まったのは、本について一家言を持つ作家、編集者、書店員の3人。

SNS界隈(かいわい)の寵児(ちょうじ)であり『止まりだしたら走らない』『名称未設定ファイル』などの小説でもおなじみの作家、品田遊氏。

『北朝鮮アニメ大全』『エセ著作権事件簿』など、癖の強い書籍をプロデュースし続ける編集者、ハマザキカク氏。

長らく絶版だった『中世への旅 騎士と城』を復刊させた騎士道マニアの書店員、大内学氏。彼らはいったいどんな鈍器本をプレゼンしてくれるのだろうか。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!

《プレゼンター ①》品田 遊

トップバッターは品田遊氏。

品田遊(以下、)「今日紹介させていただくのは、こちらの『珍説愚説辞典』(国書刊行会)という本です。帯に『世紀の奇書』と書かれておりますように、ちょっと変わった本です。

最近、インターネットやSNSを見ていると、陰謀論的なものがたくさんのさばっているのは皆さんご存じかと思います。例えば、ワクチンがどうとか、政府の要人が実は操られているとか、あるいはAIが人類を滅ぼす......みたいな。

ああいったものは、これから歴史が進んでいくごとに『あれって結果的に間違ってたよね』という形で、なかったことになるわけです。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
『珍説愚説辞典』(編者)J.C.カリエール、G.べシュテル (訳者)高遠弘美(出版社)国書刊行会(刊行年)2003年(ページ数)754ページ(重量)1096g

『珍説愚説辞典』(編者)J.C.カリエール、G.べシュテル (訳者)高遠弘美(出版社)国書刊行会(刊行年)2003年(ページ数)754ページ(重量)1096g

しかし、世界の歴史を振り返ってみると、現在正解とされているものの裏には、珍説や愚説となってしまった膨大な量の仮説があったということが、この本には書かれているわけです。

例えば......『日本人』という項目を見てみましょう。1800年代のフランスの批評家ジュール・ルメートルが、日本人についてどう書いているかというと、『好色な野生猿』というね、いきなりド直球の差別ですね。さらにこう続きます。

『いかにも猿めいた親切心などあてにしてはならない。

彼らの停滞した文明の取るに足らぬ優美さの蔭に隠れているのは成長しない小児、歳だけ取った小児だからで、それゆえに浮薄(ふはく)で残忍な国民だからである。

(中略)小さな脳味噌しかない侏儒(こびと)たちは中身のない澱(よど)んだ文化をいくら持っていようとも原始人からせいぜい進化した獣である』......と、まだ続くんですが、こういったように、異文化の蛮族という感じで日本のことを表しております。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
品田 遊氏

品田 遊氏

このような偏見に満ちた言説みたいなもの、その時流における不安とか偏見が生み出した、偏った意見が、めじろ押しとなっております。

特に、宗教学者の書いた文章なんてものは面白いものが多いです。例えば、ノアの箱舟伝説がありますが、あれが本当にあったと今信じている人は少数派だと思います。

しかし、かつてはたくさんいたわけで、中には『ノアの箱舟は、本当にあんなに動物が載ったのか?』ということを真剣に考えた人もいるわけです。

何々の動物が70頭いると、干し草はこれぐらいいるから、これぐらいならいける......とか書いているわけですね。

このように、歴史上の人々は間違った珍説や愚説をたくさん唱えながら、それでも少しずつ進歩をしてきた。そんなことを、めまいを起こしながら考えたりすることができる本です。全部読むとちょっと悪い影響があるかもしれませんが、枕元に1冊置く鈍器本として、ぜひいかがでしょう」

――なるほど、個人的にもう買って読みたくなってきましたが......では、ディスカッションに入りましょう。質問ある方は?

大内(以下、)「これは時代的にいつ頃のものが載ってるんでしょうか?」

「古い時代だと、古代ギリシャ・ローマ時代のものから載ってますね。例えば、レスリングは悪魔の発明したスポーツだという説が載ってますね。

ローマ時代の神学者、テルトゥリアヌスが書いているんですけど、『敵を掴(つか)んだら執拗(しつよう)に放さず、くねくねと敵にまとわりつき、離れるときはぬるぬると汗を垂らすといったレスリングの動きはどこか蛇を思わせるではないか』」

ハマザキ(以下、)「それに載っている珍説というのは、当時はみんなそれが正しいって思っていたものですかね」

「その説によりますね。当時においてもそう考える人は少数派だろうという説もありますし、さっきの日本人観のように、その当時のけっこうメジャーな偏見が反映されたんだろうというのもありますね」

『珍説愚説辞典』は、フランス人の作家、J・C・カリエールとG・べシュテルのふたりが、学生時代から構想を練り続け、15年の歳月をかけて1965年に初版が出版された。品田氏がプレゼンした日本語訳は、1992年の版を翻訳し2003年に出版したものだ。

なお、この本は澁澤龍彦がいち早く紹介し、日本語書名の『珍説愚説辞典』は澁澤が訳したものらしい。1冊目から、癖の強い鈍器が飛び出してきた。今回のビブリオバトルは大いに荒れそうだ。

《プレゼンター ②》ハマザキカク

さて、続いてのプレゼンターは、ハマザキカク氏。

「今回、選書が難航したんですが、結果的に選んだのは『辞書・事典全情報2013-2020』(日外アソシエーツ)です。この本は文字どおり、2013年から2020年の間に日本で出版された、すべての辞書や事典が網羅的に載ってるんです。

2013年以前にも、期間ごとに定期的に出ているシリーズです。漏れはあんまりないと思うので、『辞書』『事典』と名前がついたものはすべて網羅されてると思ってください。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
『辞書・事典全情報2013-2020』(編者)日外アソシエーツ(出版社)日外アソシエーツ(刊行年)2020年 (ページ数)682ページ(重量)946g

『辞書・事典全情報2013-2020』(編者)日外アソシエーツ(出版社)日外アソシエーツ(刊行年)2020年 (ページ数)682ページ(重量)946g

タイトルだけで面白そうなものを、いくつかピックアップしましょう。例えば、『〈華族爵位〉請願人名辞典』(士族・平民から華族に昇格させてくれと請願した人たちの一覧)、『日本全国境界未定地の事典』、『視覚障害音楽家リスト』、『インコ語辞典』(インコのしぐさや行動が示すインコの意思をインコ語としてまとめた本)、『駅名・地名不一致の事典』(駅名と地名が一致しない鉄道駅を網羅した事典)、『日本アナキズム運動人名事典』、『おさむ事典』(名前が「おさむ」の偉人・有名人を網羅した本)......。

で、個人的にウケたのが、この『辞書・事典全情報2013-2020』自体が、この本に載ってるんですよ。この本が編纂(へんさん)されている時点ではこの本は存在してないはずなのに、載っているという。

自己言及の矛盾というか、無限ループというか......。メタ的でちょっとずるいかもしれないですけれど、分厚い鈍器本をたくさん知りたかったらとっても便利な本です。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
ハマザキカク氏

ハマザキカク氏

僕はデータベースマニアだから、自分で自発的には思いつかない、誰かがマニアックに集めたデータベースをアーカイブとして見るだけでもけっこう面白いんです。

あと、値段が高いです。1万9800円します。週プレの読者さんが気軽に買える値段ではないと思いますし、僕もこれ別に買ってまでは欲しくないんですけど(笑)。

でもこの本、図書館の参考図書コーナーに行けば必ず置いてあるんですよ。こういうマニアックなデータベースが好きな人には、読み物としてかなり面白いと思います」

――ありがとうございます。ではディスカッションですが、皆さんどうでしょう?

「出版社、日外アソシエーツなんですね」

「そうなんです、日外アソシエーツって、こういう書籍のデータベースをいっぱい出してる出版社で、図書館とかだと必ず置いてあるんですよ」

――それ、書籍の内容説明は載ってるんでしょうか?

「著者と出版社と値段、ISBN(国際的な書籍の管理コード)といった書誌データ以外にも、帯の文言とか、版元で作った200文字ぐらいの紹介文が載ってるものもありますね」

「2013年から2020年の事典や辞書だけでその厚さになるんですか?」

「そうですね、タイトルに辞書や事典がつくものだけじゃなくて、いろんなものが入ってます。ディズニーキャラ事典とか、ポケモン事典みたいな子供向けの本とかも入ってますし、タレント名鑑、スポーツの選手名鑑、人名事典なんかも入ってます。だからけっこうな数があるんですよ」

2冊目は、まさかの「鈍器本を探すための鈍器本」という変化球。データベースとしての面白さに振り切った、攻めた選書である。

《プレゼンター ③》大内学

最後のプレゼンターは大内学氏。

「私の鈍器本は『カンタベリ物語 共同新訳版』(悠書館)です。まず皆さん『カンタベリ物語』をご存じですか?」

――タイトルだけなら聞いたことがあるような......。

「ですよね(笑)。世界史で少し出てくるんですが、ジェフリー・チョーサーが書いた、中世イギリス文学の最高傑作と呼ばれているものですね。ですから、僕の鈍器本は、マトモです!(笑)。

『カンタベリ物語』の構成は、カンタベリ聖堂に巡礼に行く巡礼者が、宿に集まって、暇を潰すためにひとりずつ話をするというもの。話をするのは、その当時のいろんな身分の人たちです。

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
『カンタベリ物語 共同新訳版』(著者)ジェフリー・チョーサー(監訳)池上忠弘 (出版社)悠書館(刊行年)2021年(ページ数)1064ページ(重量)1017g

『カンタベリ物語 共同新訳版』(著者)ジェフリー・チョーサー(監訳)池上忠弘 (出版社)悠書館(刊行年)2021年(ページ数)1064ページ(重量)1017g

騎士の英雄譚(たん)もあれば、粉屋の色っぽい話、聖職者の説教、ファブリオー(笑い話)もありで、王侯と奴隷以外のいろんな身分の人が登場する、24編の短編から構成されています。

日本でいうと、落語が載ってたり、哲学的な話があったり、ライトノベルみたいな騎士のロマンスのような話が載ってたりという感じです。特に騎士の話なんかは、キン肉マンでは『悪魔六騎士』の話が人気あるみたいに、研究者の中でも一番評価されてたりします。

あと、本編に著者であるチョーサーがネタ的に登場するところがあるんですけども、チョーサーが話を始めると、宿屋の主人に『お前の話は面白くないからやめろ』って言われて、唐突に終わるものもあります。

実際に読むと、詩も載ってて、散文も載ってて、話も起承転結がはっきりしてて、すごく面白いんです。猥雑(わいざつ)で下品な話もオチがちゃんとついてたり、最後は正直者が得をする、めでたしめでたしみたいな話もあったりします。14世紀、600年以上昔の話ですが、現代にも通じて大変面白いと思います」

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
大内学氏

大内学氏

――ありがとうございます。著者が出てきて話が終わるの、筒井康隆みたいで斬新ですね。

「チョーサーの話、確かに面白くないんですよね(笑)」

「著者が書きながら『これ面白くないな』って思って途中でやめちゃった感じですかね(笑)」

「最初、韻を踏んだ詩を読んでいるんですけど、宿屋の親父からおまえの韻はへたくそだからやめろって言われて、次はタメになる話をし始めるんですが、それもたいして面白くはないという(笑)」

――なんだか『東京の生活史』(東京に生きる150人のインタビュー集)みたいな、いろんな人のいろんな話が入っている感じですかね。

「それもありますが、僕的にはやっぱり週刊誌とかゴシップ誌に近い面白さがあると思うんですね。他人の誰々が浮気したとか、そういうゴシップ的な話って気になるじゃないですか。

チョーサーがこの本を書くときに大いに参考にして、いくつかの話はパクっているともいわれる、ボッカチオの『デカメロン』という物語集があるんですけど、そっちは割とそういう下世話な話が多いんですけど『カンタベリ物語』はもうちょっと騎士の話とか真面目な話も少し入っている感じですね」

2冊連続で癖の強い鈍器本が続く中、海外文学という王道を堂々とプレゼン。まさに騎士道を感じる選書である。

■チャンプ鈍器本がついに決定!

以上、三者三様の鈍器本が出そろった。この中から、栄えある第1回「チャンプ鈍器本」を決めることになる。

投票は、3人のプレゼンターと、現場でプレゼンを聞いた編集者2名、ライター、カメラマンの計7名によって行なわれる。ひとり1票で、自分が一番読みたいと思った本に投票する(プレゼンターが自分の本に投票するのは不可)。結果はこちら!

①『珍説愚説辞典』...2票

②『辞書・事典全情報2013-2020』...3票

③『カンタベリ物語 共同新訳版』...2票

こうして、今回のチャンプ鈍器本は、ハマザキカク氏のプレゼンした『辞書・事典全情報2013-2020』に決定! しかも、3票のうち2票は品田氏と大内氏の投票だった!

「『辞典の事典』がある、という事実にクラッときました。存在自体が書籍の途方もなさを示しているかのよう」

「ずるいと思いましたが、それ以上に発想に脱帽でした。『やられた』と思ったらもう投票してました」

「ビブリオバトルで『目録』を推薦するというチート技で勝ってしまい、本人としても非常に責任を感じています」

【11月1日は「本の日」】厚くて重くて面白い一冊を決めよう! 第1回「鈍器本」ビブリオバトル!
書店員・大内学氏、珍書プロデューサー・ハマザキカク氏、作家・品田 遊氏

書店員・大内学氏、珍書プロデューサー・ハマザキカク氏、作家・品田 遊氏

『珍説愚説辞典』も『カンタベリ物語』も、いずれもプレゼンターの個性が存分に反映された魅力的な鈍器本だった。その中で『辞書・事典全情報2013-2020』が頭ひとつ抜けたのは、やはり「鈍器本を探すための鈍器本」というメタ視点が効いたようだ。

世の中にあまたあるまだ見ぬ珍妙な鈍器本を探すことができる......という、本好きの心に迫る魔力があった。

かように本の世界は広くて深く、厚くて重い。本記事が、今回紹介された3冊の鈍器本に限らず、紙の本に触れる機会になれば幸いだ。第2回にもどうかご期待を!

そして、ハマザキカクさん、優勝おめでとう! 出演料ちょっとアップします!

●品田 遊(しなだ・ゆう)作家
著書に『止まりだしたら走らない』(リトルモア)、『名称未設定ファイル』(朝日文庫)、『ただしい人類滅亡計画』(イースト・プレス)、『キリンに雷が落ちてどうする』(朝日新聞出版)がある。「ダ・ヴィンチ・恐山」名義でも、株式会社バーグハンバーグバーグの『オモコロ』ほか幅広い媒体で活動中

●ハマザキカク 珍書プロデューサー
出版社パブリブの編集者。著書に『ベスト珍書 このヘンな本がすごい!』(中公新書ラクレ)がある。編集者としても『戦前不敬発言大全』(594ページ)、『絶対に解けない受験世界史3』(560ページ)、『エセ著作権事件簿』(544ページ、すべてパブリブ)など、数々の鈍器本に携わっている

●大内学(おおうち・まなぶ)書店員
神保町の書店「書泉グランデ」に勤務。2023年、版元にかけ合い、買い切りを条件に重版未定の『中世への旅 騎士と城』(白水uブックス)の重版を実現させる。結果、「中世への旅」シリーズ合計で2万冊以上の売り上げを成し遂げる

取材・文/西村まさゆき 撮影/村上宗一郎