印西市鹿黒地区の住宅街に隣接する大型DC。建設前は空調設備の騒音や電磁波の漏出が懸念されたが、現時点で目立ったトラブルは確認されていない
企業が利用するサーバーやネットワーク機器などを収容する施設「データセンター」の建設ラッシュが日本各地で加速している。
* * *
■無機質な巨大ビルがそびえ立つ光景
灰色の雲が低く垂れ込めた5月某日、記者は千葉県印西市にある北総線「千葉ニュータウン中央駅」に降り立った。
駅前には、イオンモールなどの複合商業施設があり、その周囲には高層マンション群が整然と立ち並ぶ。新興住宅地でありがちな光景だが、ひとつだけ異質なエリアがあった。イオンモール東側に広がる、約1万㎡の広大な駐車場が封鎖され、不気味な空き地と化していたのだ。
駅から北東方向に歩くこと5分、街の表情がガラリと変わる。突如現れたのは、窓のない巨大なビル群だった。外観は無機質で、人の気配はない。高い塀に囲まれ、出入り口には警備員が立つ――世界中のデータが集まる「データセンター(DC)」である。
この一帯は印西市大塚地区、「ビジネスモール」とも呼ばれるエリアだ。その入り口にそびえるのは、高さ100mのDC「三井住友海上・千葉ニュータウンセンター」。その奥には、金属質の球体の構造物と無表情なビルが異彩を放つ「みずほ銀行」のDC、隣接して中小企業専門の金融機関「商工中金」のDCが並ぶ。さらに、奥にも装飾性を排した物流倉庫のようなDCがずらりと続き、建設中の建物も複数あった。
地元の不動産関係者がこう話す。
「印西市内には、DCの集積エリアが3つありますが、2000年前後に最も早く開発が進んだのが、この大塚地区です。当時は研修センターやオフィスビルも混在していましたが、今ではすっかりDC一色。ある企業の研修施設がDCに建て替えられる例もあり、ついには、1996年に三和銀行(現三菱UFJ銀行)が建てた高さ90mの高層ビルも近く解体され、DCになるそうです」

大手銀行が保有していた高さ90mの旧オフィスビル。地元不動産関係者によれば、近く解体され、DCへの建て替えが計画されているという
夕刻を迎えると、各DCから人がポツポツと現れ始めた。窓のない巨大な箱の中で、何が行なわれているのか? 何人かに話を聞いた。応じてくれたのは、いずれも日本語が堪能な外国人。だが、全員が口をそろえる。
「守秘義務があるので......」
膨大なデータをつかさどる建物の実像は、ベールに包まれていた。
■データセンターとは何か?
そもそも、DCとはどんな施設か。DCの設計・運用を手がけるコンサル会社RSIの杉浦日出夫社長が語る。
「DCは、インターネットのインフラそのものです。検索や動画閲覧、SNS投稿、カーナビ操作など、私たちがデジタル上で行なうあらゆるリクエストは、必ずどこかのDCに届き、瞬時に処理されて私たちの手元に返ってきます」
その中心で働いているのは人ではなく、コンピューターだ。
「人の出入りを必要最小限に抑えるため入り口は限られ、セキュリティも厳重です。外光を遮るため窓はなく、建物の外壁には電磁波を遮断するシールドも施されます。安全性と機能性を突き詰めた設計のため建物の外観も極限まで無機質な風合いになります」
印西市大塚地区のDCの入り口には「共連れ通過禁止」の警告板が。入館時はひとりずつ入館証の提示が必須で、厳重なセキュリティ態勢が敷かれている
印西市大塚地区のDCの入り口には「共連れ通過禁止」の警告板が。入館時はひとりずつ入館証の提示が必須で、厳重なセキュリティ態勢が敷かれている

立地選びもシビアだ。
「地盤が硬く、災害リスクが低いこと。電力供給と通信インフラが安定していること。これらすべての条件を満たす印西市は、国内でも有数のDC適地として世界的に知られています」
DCの内部はどうなっているのか。
「中核を成すのは『データホール』。高さ2m、幅80㎝ほどのラックにデータ処理を担うサーバーがびっしりと収納され、1ラック当たりの電力消費は家庭8世帯分に相当します。印西市では、施設内に2000~3000ラックを備える大規模なDCが数多く立地しています。
DCではサーバーの熱を冷ます空調も不可欠。
これほどの巨大施設でも、働く人はわずか。「設備は自動運転なので、常勤するのは電気や空調の管理、警備、緊急対応を担うエンジニアなど、10人前後」だという。それ故、DCは"雇用を生まないインフラ"ともいわれる。
■DCは利益が約束された事業
印西市には大塚地区、そこから北に約3㎞の鹿黒(かぐろ)地区、そして市の中心部「印西牧の原駅」の北側にある牧の台地区にDC集積地が広がる。
DCは、国家や企業の機密情報を扱う性質上、所在地や運営元が非公開のケースも多い。市の経済振興課によると、「把握しているだけで、市内に約30棟のDCがあり、その半数近くが令和以降に建てられた」という。近年は欧米やシンガポールに拠点を置く外資が開発を主導し、延べ床面積が数万㎡に及ぶ"ハイパースケールDC"が相次いで誕生している。

印西牧の原駅前の商業モール敷地内で、2棟目となる大型DCの建設が進む。平日の朝、現場では作業員たちが作業内容を確認する朝礼に臨んでいた
こうしたDCの"血液"となるのが電力だ。現在、印西市の電力供給量はおおむね100万kW規模ともいわれ、「山梨県全体(人口約80万人)の電力需要に匹敵する」(地元市議)という。
さらに、牧の台地区では14棟のDCの建設が進行中。すべてが稼働すれば、必要とされる電力は一気に増加し、「群馬県(人口約190万人)レベルに達する」との見方もある。ちなみに、印西市の人口は約11万人である。
その膨大な電力を供給するインフラが、隣接する船橋市の変電所から牧の台地区を結ぶ、約10㎞の地下送電トンネルだ。23年6月には、牧の台地区に新設された超高圧変電所も稼働した。この電力インフラの整備には、東京電力の支援に加え、「DCの将来需要を見越した、板倉(正直[まさなお])前印西市長の先手の戦略があった」と市の関係者は明かす。
「災害時でも停電させないよう、送電ケーブルを地下に埋設する設計も功を奏しました。この盤石の電力インフラが、世界中のDCを呼び込んでいるのです」

東京電力パワーグリッドが昨年6月に稼働させた千葉印西変電所。ここから延びる地下電力ケーブルを通じて市内のDC群に電力が供給されている
印西市ではかつて、情報通信業や製造業などを誘致するため、固定資産税相当額を助成する制度を設けていたが、18年に廃止。その理由について、「当時の板倉市長は『もう補助金なんて出さなくても、勝手に企業が来てくれる』と議会で答弁した」(地元市議)というが、その読みは的中した。
「国内でのDCの建設投資額は、コロナ前の18年には約1500億円でしたが、24年には3倍超の5000億円に達する見込みです。この間、英Colt(コルト)社や豪AirTrunk(エアトランク)社など外資系のDC事業者が次々と『INZAI』に進出し、DCの開発を加速させています」(前出・杉浦氏)
注目すべきは、そのビジネスモデルだ。杉浦氏が続ける。
「DC事業者は自社サービスの運営基盤としてDCを建設するわけではありません。フロアを金網で区切り、区画単位で企業に貸したり、棟ごと貸すケースもある。
DCは商業ビルのような空室リスクがほぼありません。現在では、AI需要の拡大を背景に、開発段階からテナント契約が埋まるケースが多い。今や、DC事業は"利益が約束されたビジネス"です」

豪州を拠点に、物流施設&DC開発をグローバルに手がけるグッドマングループが開発したDC。印西市内にDCを複数展開し、その一部をアマゾンが賃借・運用しているという
こうした巨大なドル箱が立ち並ぶ印西市に23年、さらなるブーストがかかる。鹿黒地区に、グーグルが同社日本初となるDCを開設したのだ。
■「グーグルがやって来た」
実際に鹿黒地区を訪れると、圧倒される光景が広がっていた。まるで巨大要塞(ようさい)のような堅固な建物がいくつも並ぶ。中でも目を引くのが、壁面に4色のコーポレートカラーがあしらわれたグーグルのDCだ。これに隣接してシンガポール資本のDCが立地し、その隣でも大型DCが建設されていた。この一帯から数百m先には、さらに大規模なふたつの要塞がそびえ立つ。
「看板は出てないけど、実は、どちらもアマゾンのDCです」(地元住民)

印西市鹿黒地区にあるグーグルのDCは2023年に開設。それを契機に「グーグルさんが進出したなら」と、外資系企業の市内への進出が加速した
グーグルとアマゾンのDCに挟まれるようにして、100戸を超える住宅がある。
だが入居後しばらくして、ふたつの巨大DCの建設が始まった。当時、「こんな施設が建つなんて、不動産会社から一切聞いていなかった」と困惑する住人もいたが、地域を巻き込むような反対運動にはならなかったという。
「グーグルとアマゾンが来たということはこの土地が災害に強いお墨付きを得たということ。何より、あのグーグルのDCがすぐ隣にあるって、やっぱり誇らしいですよ」

DCの近くに住む70代男性は電磁波測定器を常備。「DCからの電磁波がペースメーカーに影響する恐れがあるそう。ただDC周辺で測っても異常値は出ず、ホッとしました」
近隣に住む主婦もこう語る。
「DCができてからは道が整備され、街灯も増え、近所にコンビニもできた。グーグルの社員さんたちは清掃活動をしてくれたり、クリスマスには幼稚園にケーキを届けてくれたり、地域に向き合おうとしてくれています。唯一の不満は、DCの壁のせいか、ドコモの電波が入りづらくなったことくらいですね」
アマゾンも、地域との接点を持とうとしている。
その一例が、小学生向けのICT教育だ。市教育委員会の指導課によると、鹿黒地区の児童が通う原山小学校では、古い空き教室を、アマゾンが改装費を全面負担する形で23年に刷新。大画面の電子黒板、レゴブロックのプログラミングキット、プロジェクターなど最新設備を備えた教育スペースに生まれ変わった。全学年対象の特別教科「情報探求」も導入され、3年生以上は週3回、この教室でアメリカ発祥の教育プログラムを学ぶ。
もちろん、DCの恩恵は教育だけではない。
印西市の一般会計歳入額は、17年度の約358億円から、23年度には約529億円と、1.5倍に増加。それを牽引(けんいん)しているのがDC関連の固定資産税で、23年度の税収額(約162億円)は、17年度比で実に1.5倍以上まで膨らんでいる。
「DCにかかる固定資産税は建物だけでなくサーバーなどの償却資産も対象。サーバーは技術の進化に応じて入れ替えられる頻度も高く、そのたびに評価額が上がり、税収が増える循環が生まれています。
市側には入れ替え時期が読めないため、臨時収入のような形で納税される。結果、毎年12月の市議会では、数億円規模の補正予算が組まれることも珍しくありません」(印西市の市議)
こうした税収を財源に、市はさまざまな還元策を展開。
「小中学校の給食費無償化、70歳以上の市バスの無料化に加え、近年は複数回、物価高騰支援として1世帯当たり5万~10万円の給付金が支給され、市内のイオンモールにある眼鏡店では、印西市民限定で補聴器購入に2万円の補助も用意されています。こうした恩恵を受けるたび、DCがあって良かったとつくづく思います」
■遊休地に用地の余裕なし
だが近年、印西市ではDCを巡るトラブルも表面化している。その象徴が冒頭でも触れた、千葉ニュータウン中央駅の近くにある、イオンモールの駐車場跡地に持ち上がったDC建設計画である。
建設予定地のすぐ東隣には、地上15階建ての大型分譲マンションが立つ。21年に販売が始まり、4000万~5000万円台という価格帯ながら、全176戸が「竣工前に完売した」(同マンションの住人)という人気物件だ。
別の住人は、「西向きのバルコニーからは富士山も東京スカイツリーも見えて、駅まで徒歩5分。買い物は目の前のイオンで済むし、共用ラウンジにはWi-Fiもあってテレワークに便利。住み心地はとても良かったんです」と話す。

高さ52mに及ぶ巨大DCの建設が計画されているイオンモールの駐車場跡地。すぐ隣に立つマンションの住民たちからは建設反対の声が上がっている
しかし入居から程なく、隣接するイオンの東側駐車場が突然、閉鎖された。
「何かできるのかな、と住人の間では噂になりました。『まさかマンションだったら困るわね』って。心配になって地権者に問い合わせても詳細は教えてくれませんでした」
そのまま2年近く、駐車場は手つかずのままだった。ところが、昨年12月頃から異変が起こり始めたという。
「スーツ姿の関係者らしき人が駐車場に出入りしたり、外国人がマンションにカメラを向けていたり。何か始まるんだなと不安が広がりました」
そして今年4月3日に突如、駐車場の前に建設計画を示す公開板が設置された。そこには、こう記載されていた。
【用途:データセンター/延べ床面積:3万500㎡/地上6階・高さ52.7m/工期:令和8年1月19日~】
前出の住人がこう話す。
「52mって、うちのマンションより高いんです。そんなものが目の前に建つなんて、契約時には何も聞いていませんでした」
マンション内では反対署名のビラが配られたというが、住人の間では、半ば諦めムードも漂う。不動産会社の社員がこう話す。
「駅前エリアは都市計画法上、商業地域に当たります。倉庫や工場は建てられませんが、DCは自治体によって『事務所』と判断されるケースもある。残念ながら、千葉県はDCを『事務所』扱いとしているため、法令に沿って建設計画をストップすることはできません」
これに対し、「あんな巨大施設が『事務所』扱いなのはおかしい」と声を荒らげる住人がいる一方で、「DCが建つなら引っ越します」と打ち明ける住人も。不動産会社の担当者は厳しい表情を見せる。
「街の中心にDCが建てられたら、日当たりが悪くなることなどから、周辺の住宅の評価額は下がります。特に、このマンションはDCの真隣ですから、西側の眺望は完全にDCの壁でふさがる。売りに出しても買い手がつくかどうか......正直、不安です」
印西市には、まだ広大な遊休地が点在している。それなのに、なぜよりによって街のど真ん中にDCを建てるのか。
前出の市議はこう答える。
「遊休地が多いのは事実ですが、住宅や事務所、工場などを建てられる『市街化区域』に絞ると、実はもうほとんど余地がないんです。
以前は住居エリアから離れた場所にDCを建てる流れがありましたが、用地が足りなくなり、ついに街の中心部まで押し寄せてきた、というのが現実です」

印西市議の軍司俊紀氏は、地元・牧の台地区で起きた外資系DC建設反対運動に賛同し、住民側に立って意見を述べた
今回、イオンの駐車場跡地に建設予定のDCを運用するのは、外資系の事業者だ。
「外資系のDC事業者は、住民説明や地元との調整が不十分なケースが少なくありません。数年前、市内の別の場所で反対運動が起きましたが、あれも外資系による開発でした。今、隣町の白井(しろい)市でも、やはり外資系DCに対する反対運動が起きています。
一方で、牧の台地区でDC開発を進める大和ハウスは、住宅地と距離を取り、住民説明会も丁寧に実施しています。結果、トラブルは起きていません。地元との信頼関係を築くための作法が、外資系には欠けているように思います」
AI熱を追い風に、DCの建設ラッシュは全国各地に波及している。巨大DCの建設計画は、今日もどこかの街で静かに動き出している。

印西市に隣接する白井市でも、DC建設を巡る反対運動が勃発。このマンションの目の前に、高さ30m級のDCが建設される計画が進行している
取材・文・撮影/興山英雄