6月15日、空爆が始まった3日目の夜に首都テヘラン北部の高台から見えた爆撃
6月13日、イスラエル軍がイランを空爆。100ヵ所以上の核関連施設・軍拠点を叩き、米軍も参戦して、イランは一気に戦力喪失。
■イスラエル空軍、衝撃の先制爆撃
6月13日、イスラエル空軍が200機を動員し、イラン全土の核関連施設や軍基地など100ヵ所を一斉空爆した。投下された爆弾・ミサイルの総数はおよそ330発。
対するイランも報復攻撃を仕掛け、ついにイスラエルとイランの全面戦争が始まった。開戦初日から、イスラエルまでの長距離を7時間かけて飛ぶ無人機「シャヘド」を100機以上発進。6月16日までにミサイル370発と数百機の無人機による報復攻撃を行なった。
しかし、イスラエルの防空網によってかなりの数が迎撃され、決定的な打撃には至らなかった。

6月15日、首都テヘランの郊外で、イラン空軍の燃料供給拠点とされるシャーラン石油貯蔵施設がイスラエル軍による空爆で炎上した
その6月16日には、イスラエルのネタニヤフ首相が「イラン首都テヘランの制空権を掌握した」と発表。つまり、それ以降はイスラエル空軍は望むときに、望む場所を爆撃できるようになったわけだ。
そして、6月22日。

6月22日に米軍の攻撃を受けたフォルドゥの核施設。いくつもクレーターが開いている
航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務め、F-4ファントムの搭乗経験もある杉山政樹氏(元空将補)は、事の発端となったイスラエルによるイランへの〝奇襲〟をこう分析する。
「今回のイスラエル空軍の空爆は、その完成度から『歴史的な攻撃だった』と長く語り継がれると考えられます。
まず、奇襲を仕掛けた6月13日、イランはアメリカとの交渉に集中していた矢先で、完全に虚を突かれ、ほとんど無防備の状態でした。
そこにジャミングをかけて無線を封じ、姿が見られない夜間に仕掛けた。その後、F-16やイスラエル専用モデルのF-15ⅠとF-35Ⅰステルス戦闘機の各機種で上空からの任務を分担し、地上部隊とも連携しながら空爆を展開しました。
地上と上空の両方で緻密に練られた、高度なハイブリッドのゲリラ戦だったと言えます」
地上で動いていたのはイスラエルの諜報機関、モサドだ。
「モサドは、イスラエル空軍の戦闘機がイランの対空防衛システムによって撃ち落とされないように、まずその無力化に動きました。
そもそも、昨年秋のイスラエル軍の戦闘機による空爆で、イランは固定式レーダー網のほとんどを失っていました。残っていたのは、移動型レーダー車と通信指揮車だけ。
これらは固定式レーダーに比べると少量の爆薬でも破壊可能です。つまり、無人機を使うだけで十分に対空システムを崩壊させることができたのです」
そこで使われたのが、イスラエル製の対レーダー無人機「ハロップ」(全長約2.5m)だ。これをトラックに複数台搭載し、イラン国内の地対空ミサイル基地付近にひそかに展開。
イラン側の移動型レーダー車が稼働を始めると、発射されたハロップはレーダー波を感知。そのまま目標に突入し、搭載した23㎏の弾頭で自爆する。
この攻撃により、戦闘機による1t級の爆弾投下を行なわずとも、地対空防衛網を無力化することができたのだ。

イスラエルの攻撃に対し、イランが報復として発射したミサイルは、ほとんどが防空網によって迎撃された
国際政治アナリストの菅原出氏は、この作戦の背景にあったモサドの入念な下準備に注目する。
「モサドは攻撃の数ヵ月前から、爆発物を搭載したドローンなどをイラン国内に密輸し、現地に〝無人機の秘密基地〟を造っていました。今回、その基地からモサドの諜報員が無人機を発進させて、テヘラン近郊の革命防衛隊基地や、地対地ミサイル発射地点を狙ったといわれています」
こうして整えられた空域を使い、イスラエル空軍は総計200機に及ぶ戦闘機を出撃させ、イラン国内の100ヵ所以上の目標に対し、計330発の爆弾とミサイルを投下した。
「初日は事前にターゲティングしていた固定目標が爆撃されました。地下施設や発電所、弾道ミサイルやその発射装置などです。そして、2日目以降は軍高官や核技術者の住宅を爆撃。
住む階をピンポイントで叩き、建物ごと倒壊させる。標的を確実に排除するため、周辺住民の巻き添えもいとわない――それがモサドのやり方です」(前出・杉山氏)
■イラン国民の声「私たちは戦争を望んでいません」
フォトジャーナリストの柿谷哲也氏は、2009年から今年4月までに計10回、延べおよそ100日間にわたってイランを訪問している。今回の空爆で被害を受けた地域近辺にも足を運んでいたという。
「16年、テヘラン市内の高台でかなり旧式といえるエリコン35㎜高射砲陣地を見つけました。イスラエルは6月13日にここを爆撃したようです。この高台の麓には核関連施設や軍需工場がありました。砲身は西、つまりイスラエルのある方角を指向していましたが、防げなかったようです」
市内の軍事博物館付近もまた、重要なターゲットだった。
「私が11年に博物館を訪れた際は、カメラを持っていたからか革命防衛隊に銃を突きつけられました。というのも、博物館と壁一枚を隔てた先には大統領公邸、その500m先には革命防衛隊の司令部があるためです。その司令部は6月15日の朝、爆撃されました」
さらに、イラン第二の都市と呼ばれるイスファハンでは、6月15日以降、市内各所のドローン工場・軍需施設が爆撃。22日には、郊外にある核関連施設が、米海軍の原子力潜水艦から発射されたトマホーク巡航ミサイルで攻撃され破壊された。

6月16日にイスラエル軍が爆撃したイスファハンのウラン濃縮施設
その間、イラン空軍はどこにいたのか?
「イラン空軍の主力戦闘機は、すでにイラン東部にある『オガフ44基地』の地下施設などに避難させていた可能性があります。15日にテヘラン・メヘラバード空港で2機のF-14が爆撃されたと報道が出ましたが、あれは用廃機のデコイ(ダミー)でした」
主力戦闘機の破壊は免れたとはいえ、空軍の機能の大部分は開戦直後に奪われた。
「F-5やミグ29を配備するイラン北西部のタブリーズ基地は、わずか3発の爆撃で誘導路が破壊され、機能を喪失。さらに、イスラエル空軍は約2300㎞離れたマシュハド基地へも飛び、B-707空中給油機を狙い撃ちにしました」
徹底した殲滅を狙うイスラエル軍のこうした手法に対し、柿谷氏は怒りを隠さない。
「アメリカとの核開発を巡る協議が続く中での攻撃は、卑怯で身勝手な行為だと感じました。6月16日、イラン政府が国民に『ワッツアップ(Meta社が運営するメッセンジャーアプリ)をアンインストールせよ』と通達を出して以降、現地の友人たちとは連絡が取れなくなっています」
柿谷氏が最後に受け取ったのは、イスファハンのタクシー運転手・アフマディさんからのメッセージだった。〈私たちは戦争を望んでいません。しかし彼らは戦争を始め、昨夜、多くの罪のない人々を殺しました〉
■米軍の参戦はネタニヤフの狙いどおり
用意周到とはいえ、急な猛攻を仕掛けたイスラエル。なぜこのタイミングだったのか? 前出の菅原氏は「ネタニヤフがこれ以上待てなかったから」だと分析する。
「時間が空けば空くほど、昨年秋に潰した防空システムなどをイランが修復してしまい、殲滅する機会がどんどんついえていく。さらに、イランとアメリカの核協議が進み、何かしらの合意がなされてしまうと、イスラエルとしても爆撃を正当化できなくなる。
核協議が難航しているのを見たネタニヤフは、トランプに『国が潰れるほどの圧力をかけなければイランを従わせることはできない』と説明し続けていました。トランプも、実際にイランの強硬な姿勢を目の当たりにして、『確かに、対話では無理だ』と判断を変えていった」
イスラエルのネタニヤフ首相は「必要な目標は達成した」と停戦に合意した後も、「違反には即座に対応する」とイランを牽制し続けている
そして、6月9日にネタニヤフはトランプと電話で会談し、練り上げた対イラン戦争計画を説明したという。
「その中でネタニヤフは、トランプが最後まで協力を渋った場合、『われわれには60m地下にある核関連施設を壊す方法がないため、アメリカが協力しないなら核兵器を使うしかない』という脅し文句を使ったのではないかと私は推定しています。
これを許してしまえば、〝核戦争を許した大統領〟になってしまう。
ネタニヤフは最初からアメリカにバンカーバスターを使わせる計算で、この駆け引きを行なったのではないかと思います」
こうした交渉が、6月22日のB2ステルス爆撃機7機が搭載したバンカーバスター、原潜からのトマホークによる攻撃につながり、イラン核施設に追い打ちをかけたのだ。

6月23日、テヘラン北部のサッラーフ司令部上空に立ち上る煙。イスラエル軍はここを革命防衛隊の拠点と位置づけ、攻撃した
■親米か、反米か――。イランはどうする?
米軍の介入で、イランは一気に戦力をそがれ、事態は収束へと向かう。
6月23日、トランプ大統領がイスラエルとイランに停戦を呼びかけ、「作戦目的はすでに達成された」としてイスラエル側に自制を促した。ネタニヤフはこれを受け入れ、「必要な目標は達成した」と停戦に応じたが、「違反があれば即座に対応する」と牽制。
実際、合意直後にもイランのレーダー設備への空爆が実施され、軍事的圧力は緩めていない。また、取材時の6月24日時点で、イランの最高指導者ハメネイ師からの反応はまだない。

イラン最高指導者ハメネイ師はトランプの「無条件降伏」要求に対し、「米国の軍事介入は重大な損害を招く」と警告。しかし米軍の介入後、停戦合意の時点でも正式な声明はない
これだけ一方的に打ちのめされたイランが停戦を受け入れてしまったら、国内は動揺しないのか?
「最悪の場合、革命防衛隊が政権から離反し、〝反政府テロ組織〟になる可能性はあります。危険なのは、彼らが濃縮プルトニウムを保持していること」(菅原氏)
前出の杉山氏も懸念を示す。
「革命防衛隊がイスラエル国内に残されたヒズボラのトンネルから自爆テロを起こす可能性はあります」

トランプは「フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンの3ヵ所にある核施設への空爆は大きな成功を収めた」と述べた
唯一、平和的な解決策があるとすれば、皮肉なことに、長年アメリカと敵対してきたイランが「親米」へと転換することかもしれない。
「イランが今後、親米にかじを切るか反米を貫くかは、トランプの態度次第でしょう。アメリカとの核協議が再開され、制裁が解除されれば、イラン国民は自然とアメリカとの関係改善を受け入れるようになるはず。
それは、かつての日本と同じ構図です。敗戦後の日本も、かつての敵国アメリカと手を結び、復興の道を歩みました。今のイランにも、同じような転機が訪れるかもしれません」(柿谷氏)
取材・文/小峯隆生 写真/時事通信社