「マル暴」が完全消滅!? 警視庁の組織改編が映し出すヤクザの...の画像はこちら >>

今年4月の犯罪対策閣僚会議で取りまとめを行う石破総理
暴力団捜査といえば「マル暴」。長年そう語られてきた〝看板〟が、今秋、ついに降ろされる。

警視庁が10月に実施する大規模な組織改編。これまで指定暴力団をはじめとする組織犯罪の捜査を一手に担ってきた「ソタイ」こと「組織犯罪対策部」が廃止され、暴力団捜査を含む現場の捜査態勢は刑事部に収斂されることになる。2022年にはすでに長年、「マル暴」と呼ばれる刑事たちの象徴だった「四課」の名称が消えたが、今回の組織改編では現場の捜査員たちの帰属意識を醸成してきた「ソタイ」という母体そのものがなくなる。捜査対象であるヤクザの衰退が背景にあるが、その一方で「捜査能力の弱体化にならないか」との懸念の声も上がっている。

■ヤクザからトクリュウへ

10月からの警視庁の組織再編では、組織犯罪対策課の廃止に伴い、「匿名・流動型犯罪グループ」、通称「トクリュウ(匿流)」に対する捜査態勢が強化される。警察庁が新たな組織犯罪の類型と位置づける「トクリュウ」は、SNSなどを通じて犯罪ごとに離合集散を繰り返す組織化されていない犯罪集団とされる。

「今回の改編の柱として、『トクリュウ対策本部』が新設されます。副総監を本部長とし、部長級の『対策監』が置かれます。

現在60人規模の特殊詐欺対策本部は140人に拡充され、刑事部内に新設される『特別捜査課』には約450人を配置。分析で選定された標的を突き上げる実動部隊として運用する方針です。他府県警からも、今年秋に100人、来春にも100人が出向し、専従体制を全国規模で整える。

警察庁でも長官官房に『匿流情報分析室(仮称)』を設け、全国の情報を集約してターゲットを選定する。警察庁とも連携し、急増する特殊詐欺や国際犯罪グループの集中取り締まりを進める構えです」(全国紙社会部記者)

「マル暴」が完全消滅!? 警視庁の組織改編が映し出すヤクザの衰退
警視庁は組織犯罪対策課を廃止し、『トクリュウ対策本部』が新設されることとなった

警視庁は組織犯罪対策課を廃止し、『トクリュウ対策本部』が新設されることとなった
一方で、組織犯罪対策部の廃止とともに「マル暴」の看板が潰(つい)えることに、OBらから上がるのは感傷混じりの懸念の声だ。
暴力団捜査に特化した刑事は、協力者を抱え、潜入や尾行を繰り返し、暴力団組織の内奥に食い込む、ある種の〝特殊技能〟を身につけた集団でもあったからだ。

あるOBは、「警視庁の組織犯罪対策部は2003年、銃器薬物対策課などの『生活安全部』系の部署と、捜査四課などの『刑事部』系を統合して新設されたのが始まりだった。当時は、外国人犯罪の増加が指摘されていたこともあり、それまでの国際捜査課を廃止し、外国人の不法滞在などを取り締まる組対1課、外国人による殺人などの強行犯を扱う組対2課として再編。この際、マル暴の象徴たる『四課』の呼称を残すためにあえて主に暴力団の情報を取り扱う専門組織として『三課』を作ったともいわれている。それほどに『四課』ブランドは大事にされてきたわけだ」と振り返る。

■花形部署消滅でモチベ低下も?

暴力団排除条例の広がりと相まって、組対部は暴力団壊滅の象徴となった。しかし2022年には組対課の看板が消え、2025年10月には部そのものが解体される。20年余り続いた「組対部時代」は終わり、警視庁は「トクリュウ時代」へと舵を切る。

「マル暴」の象徴とされてきた「四課」の呼称は、すでに2022年の改編で姿を消している。このとき組対1~5課が廃止され、四課は「暴力団対策課」に衣替えした。それでも「マル暴」の看板は残ったが、今回の改編で、組対部自体が消滅することになる。昭和から続く「四課文化」の完全な幕引きである。

前出のOBは、「四課にいること自体が誇りだった。

四課に所属することは一種のブランドであり、警察内外から特別視されてきた。その看板がなくなれば、組織犯罪の捜査を志そうとする若手もいなくなるし、現場のモチベーションも下がるのは当然だ」とこぼす。

では、なぜ今、警視庁は組対部の解体に踏み切ったのか。

背景にあるのは暴力団勢力の長期的な衰退だ。警察庁によれば、2024年末の構成員・準構成員は計1万8800人。20年前に8万人を超えていた規模は、4分の1以下にまで縮小した。構成員は初めて1万人を割り、9900人に。六代目山口組6900人、住吉会3200人、稲川会2700人と、主要団体もかつての威勢はない。

一方で急増しているのが、警察庁が「トクリュウ」と定義した新たな組織犯罪の類型である。SNSで実行役を募り、特殊詐欺から強盗、暗号資産を使った資金洗浄まで、形を変えながら活動を続ける。

■課題は「複数集団型犯罪」への対応

警察庁によると、関与が指摘される犯罪の被害額は、2024年に約2600億円と過去最悪を記録した。上位層が海外に潜み、匿名性と流動性を武器に摘発を逃れる構造は、従来の暴力団捜査の枠を超えている。

捜査関係者の1人は、「事件単位の対応から、敵単位の対応へ。案件を越えて上位層を追い込む。組織再編の一番の狙いは実行役の一掃ではなく、指示を出す黒幕の特定にある」と力を込める。

ただ、たとえばトクリュウによる犯行として大きく報じられた広域強盗事件で明らかになったように、これらの事件には旧来の暴力団の影も見え隠れする。黒幕として逮捕された男らには、北海道を拠点とする指定暴力団六代目山口組傘下団体との接点が明らかとなった。フィリピンを舞台に暗躍した「JPドラゴン」なるグループの幹部にも、神戸山口組との関連が浮上している。

前出のOBは、「暴力団の影響力が落ちたとはいえ、完全に消えたわけではない。資金源は巧妙化し、半グレや外国人組織、さらにはいわゆるトクリュウと結びつき、複数集団による犯罪も活発化しつつある。これまで、四課という枠があったからこそ、暴力団の懐に飛び込んで内情を探れた面がある。その看板がなくなれば、特殊性が薄れ、ノウハウも埋没するし、協力者ネットワークや長期内偵の技術が『雑事件化』する恐れもある」と懸念を示す。

トクリュウに象徴されるのは組織犯罪の流動化であり、アングラ化である。改編後の組織は、より複雑に絡み合うその犯罪網に対応できるのか。

捜査現場には新たな課題が突きつけられている。

文/安藤海南男 写真/首相官邸、photo-ac.com

編集部おすすめ