かつて世界を席巻した「水泳ニッポン」。しかし近年は停滞が続いていた。
今大会は、愛知・名古屋アジア大会およびパンパシフィック選手権の代表選考会を兼ねていた。オリンピックを頂点とした4年周期の中で「中間年」にあたる今年は、若い選手を積極的に国際舞台へ送り出し、経験を積ませる絶好の機会である。ここからの二年間で彼らがどれだけの場数を踏めるかが、2028年のロサンゼルス五輪の成否を分けるといっても過言ではない。
5つの日本新記録(タイを含む)が生まれたことも象徴的で、近年の日本選手権では少なかった"日本新記録コール"が会場を大いに沸かせた。競技レベルの底上げとともに、日本競泳の流れが変わりつつあることを感じさせる大会でもあった。
【男子平泳ぎ・大橋信という「希望」】今大会の最大のハイライトは、男子平泳ぎの大橋信(おおはし・しん)だ。17歳の高校2年生は100メートルで日本新記録を樹立し、50、200メートルも制して3冠を達成。3冠は史上4人目、しかも最年少での快挙である。
その記録以上に特筆すべきは、「レース展開と泳ぎ」だ。大橋のスタイルは、アダム・ピーティー(イギリス)が確立したハイピッチで押し切る現代型平泳ぎ。1ストローク中の減速を極限まで減らし、加速を積み重ねることでスピードを生み出す。
そのテンポで200メートルまで押し切ろうとするのが彼の凄さだ。決勝では150メートルまで世界記録を上回るペースで突っ込んだ。太田伸コーチによれば、このハイペースは本人の意図だったという。後半の失速を恐れず世界記録に挑む姿は、2002年釜山アジア大会で世界新記録を樹立した北島康介さんを彷彿とさせる。
あの時のレースが日本競泳復活の"狼煙(のろし)"だったように、今回の大橋の泳ぎも、世界へ向けての強烈なアピールになった。今後もこの様なレースを続けて、そこに持久力が備われば、2分5秒、さらには4秒台を出すことも決して夢ではない。
今年のアジア大会で、再び歴史が動く瞬間が見られるかもしれない。
【男子の躍進と女子の課題】大橋以外にも、男子は確実に世代交代が進み層の厚みも増している。自由形では今福和志(いまふく・かずし)、田渕海斗(たぶち・かいと)、村佐達也(むらさ・たつや)といった若手が台頭し、特に村佐とベテラン松元克央(まつもと・かつひろ)との新旧エース対決は、世代交代が生み出すエネルギーを感じさせる名勝負となった。バタフライの光永翔音(みつなが・しょうおん)、個人メドレーの松下知之(まつした・ともゆき)や小島夢貴(こじま・ゆめき)など、他の種目・距離でも軸となる選手が明確になりつつあり、ロサンゼルス五輪に向けた視界は明るい。
男子200mバタフライ決勝のスタートをプールサイドからパチリ。優勝した松下知之(右から二人目)の本格参戦と、東京五輪銀メダリストの本多灯(ほんだ・ともる)の復活で、この種目のロス五輪に向けた代表争いも面白くなりそうです
一方で、女子に目を向けると、梶本一花(かじもと・いちか)が800メートル自由形で22年ぶりに日本記録を更新するという快挙はあったものの、全体的な選手層の薄さという大きな課題が浮き彫りになった。
今大会で鮮明になったのは、結果を出したチームや選手に共通する「徹底したハードワーク」の重要性だ。平井伯昌コーチや太田伸コーチのチームに見られるように、高地トレーニングや海外合宿を積極的に取り入れ、科学的なアプローチと泥臭い追い込みを両立させたチームが結果を出した。
結局のところ、勝負の際で競り勝てるのは、厳しい環境で自分を極限まで追い込めたという自負がある選手だ。その積み重ねこそが、0.01秒を争う勝負の瞬間に活きてくる。国際舞台で戦うための「心技体」は、この徹底したハードワークなくしては整わないことを、今大会の結果が改めて証明している。
【アジア大会、そしてリレーが持つ特別な意味】個のハードワークが前提にある一方で、日本競泳界の底力を示す上で欠かせないのが「リレー」の存在である。今年のアジア大会において、リレーは中国や韓国といった強豪国との「意地と意地のぶつかり合い」になる。
リレーは、単なる個人タイムの合算ではない。私自身、800mフリーリレーでアジア大会の金メダルを獲得した際の高揚感は、今も忘れられない。逆に、敗れた時の悔しさもまた、個人の種目とは比較にならないほど大きいものだった。リレーでの勝利はチーム全体に勢いをもたらし、「日本は強い」というムードを共有させる特効薬となる。
今年のアジア大会、競泳会場となるのは東京アクアティクスセンターである。ここは、2021年東京五輪の舞台でありながら、新型コロナパンデミックの影響で無観客開催を余儀なくされた場所だ。世界最高のパフォーマンスが披露されながらも、そこには本来あるべき「観客の熱狂」が欠落していた。
だからこそ、今回のアジア大会には特別な意味がある。満員の会場、割れんばかりの声援、その中で活躍する日本人選手。そして選手と観衆が一体となって躍動し熱狂する姿を目の当たりにした子供たちが、「次は自分があの舞台へ」と志す。それこそが、日本競泳が持続的に強くなるための唯一にして最強のサイクルである。
アスリート委員会主催のチャレンジスイムセレモニーを大会2日目と4日目に実施。多数の応募者の中から選ばれたキッズスイマー16名が、オリンピアン、パラリンピアンと一緒に日本選手権の会場で泳ぎました(右端はレースのスターターを務めた河合純一スポーツ庁長官)。今後、このような機会をもっともっと増やしていくつもりです。この子たちの中から未来の代表スイマーが出てきてくれたらうれしいですね
今大会で示された若手の台頭は、世界基準の戦略の実行と、飽くなきハードワークのたまもの。
文/松田丈志 写真提供/Cloud9



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