2011年4月の放送開始直後から「泣ける!」と話題になり、深夜枠にもかかわらず幅広い支持を得たオリジナルアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が劇場版にバージョンアップして帰ってきた! この感動作を生んだ日本アニメ界の若き俊英、長井龍雪(たつゆき)監督を直撃!

■泣けるシーンを盛りに盛りました

『あの花』のストーリーは、引きこもりの高校生・宿海仁太(やどみじんた・じんたん)の前に、かつて亡くなった女のコ・本間芽衣子(ほんまめいこ・めんま)の幽霊が現れたところから始まる。
非現実的な設定だが、めんまのために再び集まった小学生時代の仲間たちがぶつけ合う恋愛感情や微妙な劣等感は、かなり生々しい。しかし、この胸を締めつけるような青春群像劇を送り出した監督は意外な目で自作を受け止めていた……?

―テレビ版の『あの花』は、普段はアニメを観ない僕の友人たちも観ていて、みんな感動していましたよ。

長井 そう言っていただけるのはうれしいんですけど……、今回の劇場版はテレビシリーズの総集編に1年後の物語をくっつけた形なんですが、テレビ版を今観ると、ベタすぎて恥ずかしいんですよね(苦笑)。放送当時、視聴者の方の反響があまりにも大きかったので、その期待に応えようと泣けるシーンを盛りに盛ったんです。自分的には、“トッピング全部のせ、脂マシマシ”って感じで(笑)、視聴者が食べきれないかもしれないけどとりあえず作ってみようと。

―当時“感動”を前面に押し出そうとしたことには、テレビ放送直前に起きた3・11の影響もあるとか……?

長井 ええ。
どうしてこんなに支持されたんだろうって考えてみたら、「こんなときだからこそ、みんな泣きたいんじゃないかな」って気づいて。現実がつらいとき、フィクションで涙を流せるのはすごくいいことだと思うんです。だから、この作品をもし今作っていたら、もうちょっとカラッとしたものになるでしょうね。

―作中には幽霊が出てくるものの、アニメ的に派手な画や「萌え」はありませんね。

長井 はい。よくも悪くも“フツー”の作品だと思いますよ。
もちろん、アニメ的なお約束っていうのはふんだんに入っているわけですが、なるべく違和感なく実写のドラマを観ているように“ツルッと”観られるものにするのが僕の仕事だと思っているので、カット割りや音響には気をつけました。


―「いかにもアニメ」という表現に対して、抵抗感のある人も多いです。

長井 そうそう。テレビを観ていて、アニメが始まった瞬間にチャンネルを変えちゃう人っているじゃないですか。まあ、うちの奥さんなんですけど……(笑)。そういう人に、いかに嫌われずに観てもらうかっていうことを常に意識してますね。


―最も厳しい視聴者が隣にいたんですね(笑)。

長井 ええ。心の衛生上、よくないですけど(笑)。彼女は僕の作ったアニメも全然観てくれないんですよ。今回の映画は自分にとって初めての劇場作品なので、観るように誘ってはいるんですけど……酷評されたらどうしようかと不安でたまりません(苦笑)。

―『あの花』は高校生たちの群像劇ですが、監督自身はこういう“青春”とは程遠い学生時代を過ごしていたとか……。


長井 そうですね、“登場人物A”って感じで、地味な学生でしたよ。僕の生まれ育った新潟は新しいアニメをほとんど放送していなかったので、マンガは山ほど読んでいたんですけど、アニメ好きではありませんでした。ただ、高校生のときに『新世紀エヴァンゲリオン』の再放送を観ることができて、「なんてカッコいいんだ!」と。ものすごい衝撃を受けましたね。

■『進撃の巨人』を観てヘコみまくってます

―『エヴァ』はご自身の作品に影響を与えていると思いますか?

長井 いやいや、“影響を受けた”というのもおこがましいくらいで、ただのファン目線です(笑)。影響という点では、富野由悠季(とみのよしゆき)さん(『ガンダム』シリーズで知られるアニメ監督)のほうが大きいかもしれません。
富野さんの作品って、すごく生々しく人間を描きますよね。例えば、容赦なく女の人をバカにしたり(笑)。そういう作品が、僕の根っこになっていると思います。

―特にアニメ好きではなかったとのことですが、経歴を拝見すると、アニメ業界に入る前に一般企業に就職されてるんですね。

長井 はい、新潟の印刷会社で営業をやってました。ただ、人と話すのが苦手なので、ストレスでぶくぶく太っちゃって(苦笑)。
転勤で東京に来たのを機に、「もういいや」と思って会社を辞めちゃったんです。それからはフリーターとして工事現場で誘導棒を振ったり、バイク便で働いたり。あ、バイク便は神保町辺りを回っていたので、週プレさんにも届けたことがあったと思いますよ。

―それはお世話になりました!(笑)。で、どこからアニメ業界の話になるんでしょう……?

長井 求人誌の『フロム・エー』で新しいバイトを探しているときに、アニメ会社の制作進行の募集を見つけたんです。車の免許さえあればできるということだったんですが、入ったはいいものの、間もなく免停処分を受けて仕事ができなくなって(笑)。それで演出家を目指すことになって、今に至ります。


―それまで、専門学校などでアニメの勉強をしたわけでもないんですよね?

長井 ええ。だから、絵コンテもすべて見よう見まねで描き始めました。僕の絵がヘタすぎて、当時いろんな方に迷惑をかけていたんですけど、たまたま今敏(こんさとし・元マンガ家のアニメ監督)さんの描いた生のコンテを見たら「コンテってここまで上手に描かなきゃダメなのか……。俺、ダメかも……」ってヘコみましたよ(苦笑)。

―でも、長井さんのコンテはキャラクターの絵がすごく魅力的だと思いますよ!

長井 たくさん描いて、なんとか見れるものにはなったかなと……。でも、僕が演出の仕事を始めた頃、荒木哲郎さん(現在放送中のアニメ『進撃の巨人』の監督)は、すでに監督補佐を務めていて。その頃から同い年なのに常に一歩先にいるし、めちゃめちゃ意識してます。今も『進撃の巨人』を観ながら「どうすればこんなにカッコいいアクションができるんだ!」ってやっぱりヘコみまくってます。ちょうど僕もテレビシリーズを手がけている最中なので(『とある科学の超電磁砲(レールガン)S』。超能力バトルもウリ)、ヘコみすぎないよう今は観るのをやめてるんですけど……。

―いいライバル関係だと思います! 最後に、ご自身の今後についてはどのようにお考えですか?

長井 『あの花』的なものをまた作るのはダメだとは思っています。実は今、あれを自分で観返してみても、全然満足のいく出来じゃないんです。もし自分が3年後に観返したときに泣けるような作品が作れれば、そのときはアニメをやめてもいいですけど。ただ僕は、アニメでやれることはまだまだ掘り尽くされていないと思っています。だから、この世界で常に新しいものにチャレンジしていきたいですね!

(取材・文/西中賢治 撮影/高橋定敬)

●長井龍雪(ながい・たつゆき)


1976年生まれ、新潟県出身。一般企業からアニメ業界へ異色の転身を遂げる。2008年から09年に監督をしたテレビアニメ『とらドラ!』が大ヒットし、一躍脚光を浴びた。本作のテレビ版で11年の芸術選奨メディア芸術部門新人賞を受賞

■映画『劇場版あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』


全国ロードショー公開中


いつも秘密基地で遊んでいた仁太たち“超平和バスターズ”だが、仲間の芽衣子が事故で亡くなってしまう。5年後、高校1年生になった仁太の前に芽衣子の幽霊が現れ……というテレビシリーズの内容に、仁太たちが芽衣子への手紙を書く1年後のエピソードを追加

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