『悦楽王 鬼プロ繁盛記』(講談社刊)は団氏の自伝的小説で、『SMキング』創刊当時の熱気が伝わるとともに、同氏の破天荒な人柄も伝わってくる痛快な作品です。今回はこの本の中から、これまであまり知られてこなかった団氏のエピソードを紹介します。
■入社試験は「セックスの実演」
今でこそ有名な『SMキング』ですが、創刊当初は文学や芸術に寄った知的な路線だったせいか、売れ行きはかんばしいものではありませんでした。そんな頃、SM趣味のある川田という学生から『SMキング』の編集部に入りたいという電話がかかってきます。
そこで団氏自身が試験官をすることになったのですが、彼に課した入社試験とは団氏の前でセックスをして見せるというもの。普通の学生なら怒るか尻込みするこの試験を見事にクリアしたその学生は、以後『SMキング』の編集に関わることになります。
■篠山紀信の名を知らず、新人カメラマンとして採用
『SMキング』が売り上げを伸ばす以前、鬼プロ(団氏が立ちあげたプロダクション)の主な収入源はSM写真集でした。これはピンク映画撮影の休憩時間に女優を別室に連れ込み、縛りあげてアマチュアカメラマンに撮影させ、製本して、上映映画館で付録と一緒に売るというものでしたが、この写真集が当時よく売れていたのです。
そうなると増えてくるのがカメラマンの売り込み。ある時、団氏はイラストレーターの宇野亜喜良氏からあるカメラマンを紹介されます。
カメラマンの名前は篠山紀信。
■編集部のメンバーを一掃、素人集団に
前述の“セックス実演”試験を経て、団氏は川田のような若手ばかりを起用して『SMキング』を編集すれば面白いのではないかと考えるようになります。そこで川田に「君の仲間で、いささか変態で、いささか頭がきれて、いささか雑誌の編集に興味を持つ者はおらんか」と尋ねたところ、川田は悦んで大学の仲間や知人の編集経験者を連れて来ました。
数人を除いては雑誌編集などやったこともない彼らは『SMキング』編集部の2軍としてスタートしますが、やがて主力メンバーにとって代わり、知的路線であった『SMキング』を“いかに勃起させるか”というコンセプトに方向転換します。その結果、売上はみるみる伸びていきました。
この方向転換の際、それまでの主力編集者やスタッフを残らず解雇し、メンバーを完全に入れ替えたそうです。売れ行きがよくなかった雑誌とはいえ、なかなかできる決断ではありませんよね。
今ほどポルノに対する規制が厳しくなかった時代とはいえ、団氏の『SMキング』での試みの数々は過激そのもので、雑誌編集に情熱のすべてを注ぎ込む団氏や若手編集者たちの姿にはすがすがしさすら感じます。
団鬼六という名前は、中高年世代と比べると若い世代にはさほど認知されていないのが現状ですが、本書をきっかけにより多くの人々が団氏の作品を知ることになればすばらしいですね。
(新刊JP編集部)