私(野尻真里)は高齢者施設や在宅の訪問診療に毎週行っているのですが、満足に物が食べられない患者さんと多く出会います。
その一つの要因となっているのが、お口周囲の筋力低下です。
医療の進歩によって昔より長生きができるようになりましたが、お口の健康寿命が比例して伸びているのかと言われると、そこまで変化がないように感じてしまいます。
食べ物によっては苦痛に感じるなど、お食事が楽しめない状態で長生きすることは、本当の幸せとは言えません。
日本老年歯科医学会の調査によれば、40代で3人に1人、50代では2人に1人、“食べる力”が衰えているそうです。 今回は、“よく噛む”ことがいかに大事か?その全身への影響に焦点を当てて解説したいと思います。
“よく噛む”を意識しなければならない時代に

昔の人たちは顎の骨格ががっちりしていました。しかし、現代の日本人は昔の人たちに比べて細く小さくなっているそうです。これは、お食事の変化が影響していると言われています。
つまり、“よく噛む”ということを現代では意識しなければならないのです。じつは、噛むことには大きなメリットがあります。また、よく噛まないとどうなってしまうのか。ここから紹介していきます。
食事で「ムセる」原因に
よく噛むことで、唾液がお口の中に分泌されます。唾液はお口の中の食べ物をひとまとめ(食塊)にして、喉に送り、嚥下をしやすくする働きがあります。もし、唾液の量が少ないままお食事をすると、食べ物を飲み込む力が弱くなることから、ムセやすくなったり、味覚も鈍感になってしまいます。
お口周りの筋肉を刺激する

物を飲み込む働きを衰えさせないためには、舌の筋肉およびお口周りの筋肉に対してアプローチする必要があることが分かっています。
また、お口周りの筋力が低下すると、頬のたるみやほうれい線などに繋がるため、よく噛むことは美容の観点でも重要です。
噛む力が衰えると栄養にも偏りが出る
噛む力が弱くなってくると、硬い物や噛みづらい物を避けて食べるようになります。その結果、栄養にも偏りが出てきてしまいます。
実際、研究でも噛む力が衰えてきた人は緑黄色野菜や魚介類を食べることが減っていき、ビタミン、食物繊維などの摂取量が少なくなることが分かっています。
栄養の偏りは、低栄養を招き、筋力低下や身体の正常な機能を保てない状態(サルコペニア)となるリスクが高まります。
脳の活性化や肥満対策にも重要

また、よく噛まずにお食事をすると満腹感が得にくくなり、ついつい食べすぎてしまうことから、肥満になりやすくなってしまいます。
その他にも、食べ物が喉に詰まる誤嚥や、胃腸への負担が大きくなり腸内環境が悪化するなど、さまざまなリスクに繋がります。
“よく噛む”ことを今日から意識しましょう
噛む回数は、食べ物によっても異なりますが、1口に30回噛まなくては……!などと気を張りすぎずに、その時の食べ物に応じて“よく噛む”ことを意識しましょう。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。