5月14日、医療事故を題材にした漫画『脳外科医 竹田くん』のモデルとなった松井宏樹医師と赤穂市民病院に8900万円の賠償命令が下された。赤井医師は’19年に同病院に着任、8件以上の医療事故に関与していると見られる。
一方で赤井医師は『脳外科医 竹田くん』の作者を名誉毀損で訴えていた。信州大学特任教授の山口真由氏は、技能が未熟な医師が手術の執刀医として立ち続ける、医師免許制度の構造上の矛盾と欠陥について指摘する(以下、山口氏の寄稿)。
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医療事故を引き起こし続けた『脳外科医 竹田くん』のモデル

『脳外科医 竹田くん』という医療系“ホラー”漫画をご存じだろうか。ド下手なのに手術が大好きな脳外科医は、執刀のたびに高確率で患者が死亡、重篤な後遺症が残る医療事故を引き起こしていた。しかし、病院の隠蔽体質によって検証が十分に行われず、彼は手術台の前に立ち続ける……。匿名での連載時から実在の病院や医師がモデルと囁かれていたが、後に赤穗市民病院で松井宏樹医師の手術により下半身麻痺を患った女性の娘が作者として名乗り出ている。そして、今般、彼女らが原告となった裁判で、病院と医師に8900万円という異例の高額賠償が認定されたのだ。

 そこで私は思う。もし手術してもらうなら、医学知識はもちろんだけど、何より手技のうまい先生がいいなと。現状、お勉強ができる子だけが医学部に合格し、医師国家試験を通るのだから、知識は一定程度保証される。さらに外科医の場合、就職後に職人的な“徒弟制”の下で技能を養い、一定程度に達しなければ執刀医にはならないはずだ。

手術の技能を外科医の資格要件にすべき

『脳外科医 竹田くん』モデル医師の8800万円賠償命令から見える“外科医の技能”問題。医学知識だけでは患者を救えない
写真/時事通信社
 だが知識と異なり、技能の場合には制度的な“足切り”、つまり、未熟な者を排除するシステムがない。この重大な欠陥が“竹田くん”を、そして腹腔鏡手術で8人を死亡させた群馬大学附属病院の医師を生んだのだとしたら、少なくとも技能を外科医の資格要件にすべきだと私は思う。


 さらに言えば、勉強ができる子から選抜する今のシステムで、最も適格者が外科医になっているのだろうか。例えば、天皇陛下の執刀医として知られる天野篤医師は3浪の末に日本大学の医学部に合格している。意外なことに「神の手」に直接つながったのは、浪人中の勉強よりも、むしろ毎日通ったパチンコで培った手先の繊細なコントロールと一定の操作を再現するスキルだそうだ。そう考えていくと、偏差値をある程度緩和しても、手先の器用な人を選んで外科医を育てたほうがいいのかもしれない。国立大医学部を卒業した竹田くんはホラーとして、医師免許を持たないブラック・ジャックは天才として漫画に描かれているのだから。

『脳外科医 竹田くん』モデル医師の8800万円賠償命令から見える“外科医の技能”問題。医学知識だけでは患者を救えない
山口真由


【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任
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