2023年6月、ある事件が大阪府東大阪市で起きました。同居する父親(80代)の遺体を自宅に放置したとして、息子(50代)が死体遺棄の容疑で逮捕された事件です。現場となった部屋の特殊清掃を担当したのが弊社でした。
警察の取り調べに対し、「死んでいるのがわかっていて放置した」と容疑を認めた息子さん。親子に一体何があったのか。清掃現場で見えてきたのは、貧困と孤立化が生んだ悲劇でした――。
死体遺棄現場で見た凄絶な光景
事件発覚後、物件オーナー様からご依頼いただき、死体遺棄が発生した部屋の下見に訪れました。現場は3階建ての古いアパート。建物に足を踏み入れた瞬間、これまでの経験から「この物件は危ない」と直感が働きました。築50年以上の鉄筋コンクリート造り。その建物の内部は昼間でもとても暗く、共用部分の空気がじめじめとしていて、「まるで刑務所のような雰囲気だな」と思うほど。建物がこんな状態では、住人の心にも悪影響を及ぼしかねません。
プライベートな空間や、それを取り巻く物件の環境は、住む人の精神状態を写し出す鏡のような存在です。心が荒れると部屋も荒れてしまい、部屋が荒れると心もまた荒れてしまう。住環境と精神状態は、相互に作用します。
現場の玄関を開けてみると、強烈な臭いが鼻を突きました。1DKの室内はゴミ屋敷状態で、段ボールや白いゴミ袋がぎゅうぎゅうに積まれています。


遺体にファブリーズを…

入室した際の凄まじい臭いは、ファブリーズの香りと腐敗臭が混ざったものでした。死後2週間かつ高温多湿の梅雨の時期となると、ご遺体は腐敗が進んで、液状化している状態です。
さらに、ご遺体の口や目、耳には、トイレットペーパーが詰められていたそうです。体液や、腐敗していくご遺体の内臓からあふれ出てくるウジ虫を止めるためでしょう。
放置された遺体には、臭いに誘われてハエが集まり、耳・目・鼻などの暗い穴の中に卵を産みます。卵からかえったウジ虫は、エサとなる死肉を求めて内部に入り込みます。そしてサナギになる頃、乾いた場所を求めて体内からうじゃうじゃとあふれ出してくるのです。


生前から異変が…

事件発覚の数ヶ月前、生前の故人と物件内の廊下ですれ違っていたというオーナー様。その際、故人からはふん尿の臭いがしており、目の焦点が合わずうつろな様子だったそうです。
発覚までの経緯をオーナー様に伺いました。
「お父さんの姿を最後に見たのは、亡くなる2ヶ月前くらいです。何ヶ月もお風呂に入っていないような見た目で、傘を杖代わりにしていました。しばらく経ってから、他の住人から『あの部屋から異臭がする』と連絡が入るようになりました。私もお父さんの様子が気になっていたので、息子さんに何度か『大丈夫ですか?』と電話をかけていましたが、ずっとはぐらかされていて……。何かおかしいと思っていたときに、アパートの外で息子さんに会ったので、『いい加減お父さんの様子をちゃんと教えてほしい』と言ったところ、『じつは何日か帰っていない』と言われたんです」(物件オーナー様、以下同)
「それなら部屋の中を一度確認してきてほしい」とオーナー様に促された息子さんは、その場で部屋を見に行き、戻ってきてから「亡くなっとった」と告げたといいます。
オーナー様は、「孤独死とかが起きないように、いろいろと声掛けはしていた。こういうことになって残念だ」と落胆していました。
遺体を隠した理由は「年金」

息子はどんな思いで父の遺体と過ごしていたのか。父の死を隠した理由について物件オーナー様は、「年金でしょうね」と語ります。
「親子で古紙回収の仕事をしてましたが、生活費は父親の年金だよりだったようです。家賃もお父さんの年金が入る月に、2ヵ月分まとめて払いに来てもらっていました。
親子がこの物件に入居したのは、事件の約10年前。入居時には親子で運送系の会社に勤めていたものの、その頃からお金がない様子だったそうです。
「当時、息子が『寮費など給料からいろいろと引かれている』と話していました。天引きされる額を減らしたかったのか、二人で安く住める部屋を探していたようです。その頃は朝から晩まで働いていたのに、常にお金がなかったようで、会社にもお金を借りているみたいでした。仕事を変えてからも、何にお金を使っていたのか……」
お金の使い道は高額のカブトムシ

室内にずらりと並ぶ虫かご。その数、約300個。すべてがカブトムシやクワガタなどの昆虫です。ケースには虫の種類名とともに、購入金額なども書かれていました。1匹2万円を超える個体や、見たことがないほど大きな個体もたくさんいます。


事件当初は生きていて、息子さんが逮捕されたことにより世話をする人がいなくなり、エサや水がなくなって絶命していったのでしょう。

生活インフラが止まった部屋

今回の現場では、故人が無事に極楽浄土へと旅立てるよう、「観音経」というお経を唱えさせていただきました。
ご供養後、袈裟から防護服に着替えて、清掃に取り掛かります。


食卓として使っていたと思われる小さなテーブルには、炊飯器と一緒に、酒の空き瓶や総菜の空パックが置かれています。


清掃作業で一番大変だったのは、やはり臭いの処理です。ご遺体の腐敗臭と、ファブリーズの臭いが混ざり合っていて、脱臭がとても大変でした。
信じられないかもしれませんが、ご遺体発見後の部屋にファブリーズをかける人は意外と多いのです。
孤独死などご遺体の発見が遅れた現場で、臭いがひどいからとファブリーズをかけてしまう。しかし、商品の成分が死臭や腐敗臭と混ざってしまい、脱臭や消臭がより難しくなってしまいます。
本来ならオゾン発生機を使った特別な方法(※1)で、徹底的に臭いのもとから分解して取り除きます。今回の現場ではご予算の都合でオゾン脱臭までは望まれなかったので、薬品を使って出来る限りの消臭をさせていただきました。

貧困と孤立が招く死体遺棄

関西地方の事件現場の清掃やリフォームのほとんどを、弊社が請け負っているのでは、と感じるほどです。
今回に似た現場は以前もありました。高齢の夫婦が二人暮らししていた家で、奥様が倒れてご主人が老々介護。のち奥様が自宅で亡くなられ、そのご遺体と一緒に生活しておられました。
ご主人は奥様を亡くしたショックで食事も喉を通らなくなり、最後には餓死。奥様のご遺体とともに発見されました。もしご主人が生きていたら、今回のように死体遺棄で逮捕されていたでしょう。
また、つい先日の5月31日にも、大阪府松原市に住むアルバイトの52歳女性が、同居する80代の母親の遺体を放置したとして逮捕されています。女性は調べに対し、「お金がなくて(葬式ができず)死亡届を出さなかった」と供述しているそうです。
こうしたケースに共通しているのは、「周囲に相談しない」ことです。
今回の現場は、貧困ゆえに「年金が止まればもう生活できない」と思い、ご遺体を隠していました。お父様の生前や、亡くなった直後に行政などに相談していれば、結果は違っていたでしょう。
相談しない、相談できない。そうした社会での孤立化が、孤独死や自死、今回のような死体遺棄事件の奥に潜んでいます。それを解決していかない限り、今後も同様の事件は必ず起きるでしょう。
特殊清掃員として、僧侶として、現場の様子を伝えることで悲しい死をひとつでも減らしていきたいと考えています。
<構成・文/倉本菜生>
【亀澤範行】
1980年生まれ、大阪出身。A-LIFE株式会社代表取締役。祖母の遺品整理を経験したことで、遺族の心労に寄り添う仕事をしたいと考え、2007年より個人商店として「関西クリーンサービス」を創業。2010年にはA-LIFE株式会社を設立し、本格的に遺品整理・特殊清掃の事業を開始する。YouTubeチャンネル「関西クリーンサービス」にて孤独死・ゴミ屋敷・遺品整理の現場を紹介し、社会に警鐘を鳴らし続けている。X:@KAMESAWA_Kclean