一方、『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎)で、無欲恬淡な“若者”が“おじさん”へ移ろう中で感じた揺らぎを綴った文筆家phaさんにとって、そのギラついた人間模様はまるで「別世界」だという。
ネット仲間を集めたシェアハウスでの“パーティー”生活を終えたphaさんと、週刊SPA!で初の連載小説『まだおじさんじゃない』に挑戦し、現在も表現を模索する“パーティー”真っ只中の鳥トマトさん。異なるカルチャーをバックボーンに持つ両者のテーマは、共通して「老い」と「アイデンティティ」だ。二人の作家が語る、「令和おじさんの惑い」とは。
若さの魔法が解けて「普通」に生きていく
鳥 phaさんって『しないことリスト』(大和書房)刊行時(’15年)からすでに仙人みたいな状態だったじゃないですか。長生きしないとか、お金を欲しがらないとか、全体的に欲張らない感じで。pha ええ、でも今は、昔に比べたら「お金は大事だな、ちょっとはあったほうがいいな」「長生きもしたほうがいいかな?」って思うようになったし、なんだろう。丸くなったというのか、若いから極端でいられたけど、歳を取ると現実に妥協してるって言い方は悪いけど、「普通」に近づいたというか。だけど、なんかそうやって、自分の感性が「普通」に近づくことが怖くもあって。ちょっと変な生き方をしているのが、自分のアイデンティティだと思っていたから。
鳥 ああ、中年クライシスですね……。
pha シェアハウスをしていた頃は派手じゃないけど、「他にはできないめちゃくちゃ面白いことをやってる」って感覚があった。でもなんか、若い人のやることに「昔もあったやつだな」と思うことが増えて気づいちゃうんですよね。
鳥 「老い」って、人間の一貫性を揺るがしてくるものだと思うんです。ギラギラした人も、ダウナーで仙人みたいな人も、毎日ちょっとずつ自我をへし折られていく。
pha そう、自分が「理想の自分」じゃなくなってしまうみたいな。昔は本当に同じところに長く住んでいるのが嫌で、すぐ引っ越してたのに、最近は「そんな面倒くさいことしたくないなあ」って、今の家はもう6年くらい住んでます。もっと自由な生き方がしたいのに、フットワークが重くなったことが42~43歳の頃はショックで、それを受け入れるのに2~3年かかったと思います。
鳥 でも、phaさんは『パーティーが終わって、中年が始まる』で「中年になりました」って自分の老いを認めて観察しているじゃないですか。これって、悟ってないとなかなかできないですよ。自我を折られたとき、それが老化によるものだって認められない人のほうが多いはず。
pha たしかに、足掻く人は結構いる気がする。僕はいろんなことに執着が薄いから、わりと受け入れてしまったけど、40代前半くらいでもう一段階狂う人は多いんじゃないかな。
鳥 突然自分よりすごく若い人と結婚したり、キャンプを始めてみたり、「もっと頑張れるはず」って奇行に走る人もいっぱいいるじゃないですか? そうやって、さまざまな方法で自分の一貫性がブレた理由付けをして、老いから目を逸らすんです。
pha 「もうおじさんだけど、おじさんであることを認めたくない」みたいな。鳥さんの連載小説『まだおじさんじゃない』で、「おじさんのコスプレをしていたら、いつの間にか社会から中身までおじさんだと見なされるようになっていた」って一文があったじゃないですか、わかるんですよね。30代後半の男性はまだ自分をギリギリ若者だと思っている部分があるんだけど、40代半ばくらいで「もう受け入れざるを得ない」ってなってくる。だからアラフォーくらいの惑いの時期は「なんか何やってもすべてがつまんないな、やりたいことは何もないし、大体もうやっちゃったし」って感じなんだけど、僕はそこを抜けて46歳になった今は楽しくなってきましたね。「老い」の受け入れができて、「別にそんなに新しいこともないけど、それはそれで人生かな」って。
鳥 何か特別なことがあったとかじゃなくて、ただ自分が変わっていったってことなんですか?
pha そうですね、慣れたのかな。2~3年ダラダラ鏡で自分の老けた顔を鏡で見たりしてるうちに……。
鳥 ダウナーな『サブスタンス』みたいだ。
pha でも、おじさんになって楽になることはあると思います。僕は意外と楽ですね。派手に楽しかったのは30代とかで、それがピークだったかもしれないけど、今は今で「まあ楽しいかも」くらいの感じです。

人生に一度は打ち上げる花火、アイデンティティ・クライシス
pha 今の自分の生活だと、周りにバリバリ働いてる会社員の人とかが全くいないので、『東京最低最悪最高!』も「こんなギラギラしたおじさんって本当にいるのか?」って別世界を覗くような感覚です。鳥 もともと会社員で、自分がいたのは「窓際」的部署だったんですが、いつの間にか「ギラギラ」だった人が窓際にやってくるケースが結構あって。「窓際おじさんも、最初から窓際なわけじゃないんだ」って気づいたんですよね。なんか、変なおじさん扱いされている人も、きっとこうやってちょっとずつ変になっていくんだなって。初見時に45歳だともう狂ってるかもしれないけど、35歳時点から追えばそうでもなくて、ゆっくりゆっくり経緯を見ると「だからこうなったのか」って理解できるんですよ。でもたしかに、phaさんのシェアハウスは、ギークっぽい人はいるけど、社会的地位に向けてギラギラ……みたいな人はあんまりいないイメージでした。
pha そうなんですよね。そういう人は来ないから。
鳥 一番人が多い時って、何人くらいで住んでたんですか?
pha 10人くらいですかね? そんなに広くないから、2段ベットを2つ置いて4人部屋として詰め込んだりしてました。
鳥 YouTubeで見る当時のシェアハウスの映像が本当にすごい、毎日が楽しそうで。
pha 楽しかったですね。入れ替わり立ち替わり、いろんなネットの人たちが集まってきて、シェアハウスがあれば別にもう他に何もなくても楽しいなと思ってたし、「これをずっとやっていこう」とも思ってました。
鳥 「2ちゃんねる」(現5ちゃんねる)とかが一番盛り上がっていた頃ですよね。
pha そうですね。昔はインターネットって現実とは違う楽しいものだったけど、今は現実そのものと繫がってしまったというか。
鳥 現実と繫がったとしても、『サマーウォーズ』的な、もっとポジティブに繫がっていくことをイメージしてたのに、『ジョーカー』みたいな世界になっちゃった。
pha 鳥さんは今のインターネットにすごく合っている人だなって思います。ギスギスしたネットの世界で、水を得た魚のように作品を生み出されていて……。
鳥 そんな、ひどい!(笑) 『東京最低最悪最高!』は『スカッとジャパン』みたいな文脈だと思われること、わりとあるんですけど、自分としては「人間の“パーティーが終わる瞬間”は美しいよ」って気持ちで描いてるんです。慟哭する姿って、打ち上げ花火みたいで綺麗じゃないですか? 35歳時点では「なんかいい感じだな」って人だって、10年もしたら全員何かしらブチ上げてくれて、もれなく残念な仕上がりになるんですよ。
pha 花火なんだ。それはみんなが持ってるんですか?
鳥 そうですね。たぶん当人にとってあれは「祭り」なんですよ。
pha 「これは一生に一回の花火なんだ」って思って読み返すと、また違う気持ちになりそうです。僕はもう自分の花火は済ませたつもりですけど、なんか若い人に気を使われ始めたな、自分の権力性が増してきたのかもなって気持ちに蓋をして、シェアハウスで若い世代に囲まれ続けていたら、もっとすごい花火があったかもしれない。
鳥 別に人の破滅をウォッチしたいわけじゃないんですよ。大なり小なり関係なく、誰でも花火は持ってるんです。自分から見たサイズは全部同じなんです。人から見たら規模が違うってだけで! 花火を打ち上げたキャラが「踊る」っていうのも、よくわかんないって言われるんですけど、「祭り」だから踊るし、花火もブチ上がる。その人にとっては超特別な瞬間だけど、他人にとってはなんでもない1日でしかない。若さの魔法が爆発してるんだから、どんな人間だって魅力的に見えるに決まってるじゃないですか。
pha ある話ではメインだったキャラが、別の話では脇役になってるっていうのも、そういうことなんですね。
鳥 そうそう、できるだけ魔法が発動してる瞬間を描きたいなって思ってます。有害おじさんに見えるキャラの害悪パーティーも「彼の人生において、これはキラキラした思い出なんだな」って。ポカリスエットの青春っぽいCMを、おじさん版で描いている感覚で。昔、リゲインが「24時間働けますか」ってCMしてたじゃないですか。あれこそおじさんの青春なんじゃないかと思うんです。

おじさんになったことを覆う“キラキラコーティング”
鳥 『パーティーが終わって、中年が始まる』は、「これからどうしよう」って絶望的な感じで終わるじゃないですか。でも、それって本質的だと思っていて、phaさんはphaさんとして本を出したり、活動が続いたりしているからいいけど、「これからどうしよう、終わり」ってなって“ただ終わった”だけの中年の人が実はいっぱいいるんだろうなって。でも、終わったからって人生がすぐ終わるわけじゃない。pha それでもまあ、みんな何か別の楽しみや、やることを見つけて生きている感じはしますけどね。僕はまだ書くことを続けてますが、執筆依頼が来なくなったら別の何かを探していただろうし。長生きしたくないって言っても、40歳を過ぎてからは60歳くらいまでは生きる気がしてきたので。
鳥 この世には、単におじさんになるっていうことを、「景気が悪くなったから」とか「結婚したから」とか「子供ができたから」とか、さまざまな言葉でコーティングして、輝きが失われたことを「おじさんになったから」以外に帰結する話が、あまりにも多いと思うんですよ。phaさんの『パーティーが終わって、中年が始まる』が本当に好きなのは、そういう老化に対するキラキラコーティングがないところで。「家庭を大事にしたいのでギラギラ辞めます!」みたいな人って結構多いけど、「違うよ? お前がギラギラじゃなくなったのは奥さんのせいでも子供のせいでもなく、お前のせいなんだよ!」っていう話があってもいいじゃないかなって。それを『まだおじさんじゃない』で書いていけたらいいな。
pha 早く続きが読みたいです。
鳥 たぶん、周りの人は「あの人結婚したから」とか「令和の時代だし育休取るよね」みたいな感じだと思うんだけど、本人は「俺は世界を詐欺ってる」って思ってると思うんですよね。だって、その人が若いときは絶対そんな配慮するような男性じゃないんだもん! だから、そういうコーティングを全部剥いだおじさんの話を『まだおじさんじゃない』では書きたくて。漫画だと「踊ってる」みたいな表現を使ったりしてそこまで心情の説明を細かくしないんですけど、小説なので、どんなことを考えておじさんになるのかっていうのを書けたら面白いんじゃないかなって。
pha 結婚してないし子供もいない、そんな自分の話を書いた僕の本も、意外と家庭があって子供がいるっていう人が共感してくれて、実はあんまり変わんないのかなって。輝きはなくなって、アクティブじゃなくなって、あんまり外を出歩いたり飲み会に行ったりしたくなくなる、みたいな(笑)。
鳥 そうなんですよね。インターネットだと毎日、既婚未婚、子あり子なしバトルが繰り広げられてますけど、本質的には別に何も変わらないんじゃないかって思ってて。今は扶養控除みたいな子供を持つインセンティブがあんまりないので、本当に自分のチョイス次第だから余計に「本当に自分はこれで良かったのか」ってみんなが思ってると思う。いや本当に、phaさんの本は、「僕はもうおしまいです、終わり」って感じでだいぶアツくて、超ロックンロールを感じました。花火を自分で上げられるってすごいですよ。だって自分で「おしまい」を認めるのってすごく怖いじゃないですか。だからみんな「結婚します」「離婚します」とか奇行に走るのに。
pha 別の条件があるから揺らぎはあるにしても、男とか女とか、中年になること自体は本質的にそこまで違わないんじゃないかなって。おじさんが権力を持ちがちだから、醜悪な振る舞いをしがちみたいなことはあると思うけど。
鳥 いや、そうなんですよ。自分が出産した前後で、なんかびっくりするほど何も変わらなくて。ただ出産は命懸けなので、恋愛とか仕事とか、全部の天秤が破壊されるから、そういう破壊がない男性が人生をいろんな天秤にかけた話を書いてみたくて、おじさん版の『タラレバ娘』になったらいいなって。いろんな属性をシームレスに繫ぐコンテンツがあったらいいのにって願いは常々ありますね。
pha 子供がいらっしゃるからこそ、「本質的には変わらない」って言えるのは強いなって。いない立場だと、一緒だよって言えないので。なんか違うんだろうなって思っていくしかない。
鳥 言えるようになりたくて産んでみたっていうのはありますね。実際どうなんだろうって。
pha 今後は漫画だけじゃなく、小説も並走していくんですか?
鳥 うーん、まだわからないんですけど、何が向いてるのかすらやってみないとわからないので、お話をいただける内はやれることをやってみよう、みたいな感じです。
pha なんか、鳥トマトさんは今がパーティーなんだろうなあって、それ聞いて今思っちゃいました(笑)。頑張ってほしいなあ。楽しみにしてます。
鳥 いや、そうですよね、今作品を作りながら花火を打ち上げてるところなんですよ。恥をかきながら。

pha
1978年生まれ。文筆家。ネットの仲間を集めてつくったシェアハウスは2019年に解散し、現在一人暮らし。文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務。著書に『どこでもいいからどこかへ行きたい』『しないことリスト』『パーティーが終わって、中年が始まる』などがある
鳥トマト
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『東京最低最悪最高!』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『アッコちゃんは世界一』『幻滅カメラ』などがある
取材・文/小西 麗 撮影/武田敏将
―[小説『まだおじさんじゃない』]―