“おくりびと”の女性が、“ヌードモデル”としての活動をはじめたきっかけは…「裸になることに抵抗はなかった」

世の中の職業は星の数ほどあるわけで、当然ながら絶対数が少ない仕事も存在する。映画『おくりびと』（2008年）で世間に知られるようになった「湯灌師（ゆかんし）」もその一つではないか。湯灌師として3年間従事していたのが、渡邊明日香さん(30歳）。なんと、湯灌師と並行してヌードモデルとしても活動していた時期もあるらしい。
一見すると、生と死の対極にも思える二つの仕事だが、通底するものはあるのだろうか？　それぞれの仕事をはじめるまでの経緯を本人の口から語ってもらおう。

何気なく同級生の‟傷”に触れた出来事

ーーまず、湯灌師になろうと思ったきっかけを教えてください。

渡邊明日香：中学生の時、リストカットをしている同級生がいました。ふと「これって今は痛くないん？」と、彼女の傷に触ったんです。すると、「こんな汚い手に触れてくれて、ありがとう」と泣きながら言われて。

ーー慈しみや哀れみなどの気持ちがあって触れたんですか？

渡邊明日香：いえ、本当に何気なくでした。ただ、彼女が辛い経験をしていることは知っていたので。悩んでいる友人に対して、何もできない自分の無力さを感じてはいたんです。この出来事を経て、辛い思いをしている人の役に立ちたいと思うようになりました。

ーー将来の夢を「職業」ではなく、「役に立つには？」という視点で考えはじめたんですね。

渡邊明日香：そうですね。興味があったメイクについて調べてみると、傷や火傷の痕などを隠すカバーメイクや、高齢者や障がいのある方にメイクをほどこす“美容福祉”と言われる分野があることを知りました。だけど、それらはあくまでボランティアの延長線上にある印象で、仕事としての「将来の夢」にはなりませんでした。

ーーそれでも「役に立ちたい」という思いはずっとあった。

渡邊明日香：仕事にするには資格が必要だと思って、社会福祉士などの資格を取れる大学を選びました。そこで介護・福祉施設にメイクなどをしに行くようになりましたが、この時点でもいただいていたのは交通費くらいでしたね。

関わった人の「死」を感じて湯灌師に

ーー変な言い方ですが、ここまでは「生きている人」に対してのお話ですよね。亡くなった方へのメイクを意識するようになったのはいつですか？

渡邊明日香：高齢者や障がい者の方が多くいる施設では、自分が関わった方が亡くなられたことを後から知ることがありました。その時に「最期に何もできなかったな……」と思ったんです。

ーー中学生の時と似た思いですね。

渡邊明日香：映画『おくりびと』が流行ったこともあって、湯灌師という仕事自体は知っていました。自分がやってきた“メイク”と、“誰かのためになる仕事”という要素が合致して、葬儀社の湯灌部に就職することにしたんです。

ーー遺体に触るというのがひとつのハードルにもなりそうですが。

渡邊明日香：湯灌師としてやっていけるか、そこが最初の分かれ道になっていますね。どうしても無理で、すぐに辞めてしまう人もいるようですが……。私はなぜかはわかりませんが、たまたま大丈夫だったので続けられました。

どんなに頑張っても達成感はない

ーー遺体の着替えをさせるとなると、腕力も必要ですよね。

渡邊明日香：めちゃくちゃ肉体労働ですよ。湯灌自体もそうですが、棺を運ぶこともありますし。走り回りながら、日々汗水垂らしながら働きます。

ーー現場をやりきった時は達成感はあるんですか？

渡邊明日香：どんなに頑張っても達成感はないと思います。「これでよかったかな」とご遺族に思われるくらいが最高到達点かもしれません。とはいえ、「自分ができることを100％投入し続けたい」と思わせてくれる仕事ではあります。

ーーでは、仕事としての喜びは？

渡邊明日香：身内を亡くして悲しみの渦中にいる人たちに「ありがとう」と喜んでもらえるのは、大きなやりがいです。

ーー仕事には「取り組んでいて手応えを感じる」など内的な喜びを感じることもありますが、湯灌師ではいかがでしょうか？

渡邊明日香：結果が目の前に出ますし、技量の差もあります。ご遺体は作品ではないので、言葉のチョイスは難しいですが、自分の力が最大限に出せた時は嬉しくなります。とはいえ、あくまでご遺族の方がどうお感じになるかですけどね。

湯灌師の仕事を3年で辞めた理由

ーー湯灌師をはじめて、死生観は変わりましたか？

渡邊明日香：「命ってこんなに儚いものなんだ」と感じるようになったんです。自分も自分の大切な人たちも、毎日大事にしようと思えてきて。

ーー様々な気づきがあった湯灌師のお仕事ですが、3年でお辞めになったそうですね。

渡邊明日香：現場で「最後に◯◯を食べさせてあげられなくて、ごめんね」と、ご遺族が小さな後悔をたくさん口にされるんですよ。その様子を見て、「この小さな後悔を少しでも減らしたい」と考えるようになり、「終末期の方の役に立つことをしたい」と思ったのがきっかけですね。

ーー今はどんな仕事を？

渡邊明日香：自宅で最期の瞬間を待つために病院から帰って来た方や、ご高齢で通院ができない方のお宅を訪問診療する医者のアシスタントです。少しでも後悔が減らせたらと思ってみなさんと向き合っています。

ーー「死は非日常」と感じてしまいがちな現代日本ではありますが、「死は誰にでも訪れる」ということを心から感じられれば、後悔は減りますね。

渡邊明日香：おっしゃる通りですね。死に怯える必要はないけど、「みんな、いつ死ぬかわからない」と知っておくだけで、生き方は変わってくると思うんですよね。

ヌードモデルをはじめたきっかけは…

ーー渡邊さんは2017年ごろから、ヌードモデルとしても活動されています。こちらも、きっかけから教えてください。

渡邊明日香：フォトグラファー花盛友里さんの『脱いでみた』（ワニブックス）というヌード写真集があります。これは一般の女性を被写体にしていて、芸能人のように“完成された体型”でもなく、メイクもプロ仕様ではないんですが、逆にそれが美しいなと感じていたんです。すると、カメラマンを目指していた友人もたまたま同じような感想を持っていて。とんとん拍子で「やってみようよ」という話になりました。

ーー裸になることに抵抗はなかったんですか？

渡邊明日香：特になかったですね。ただ、自分の体にコンプレックスはあります。お尻の形もそうですし、陥没乳頭なのも。 だから、私が撮ってもらった写真も“完成された体型”では全然ないです。でも、“私の知らない私”が写っている感じがしたんですよ。

ーー規格化された美しさとは異なる「何か」を感じたというところでしょうか。

渡邊明日香：そうですね。美容福祉の現場でメイクをしていた時、「私みたいなおばあちゃんに化粧しても意味ないわよ」とおっしゃる方も数多くいました。確かに、そのメイクはメディアや広告で取り上げられるものとは違いますが、そのおばあちゃんたちにも美しさはあると思うんです。

ーー美しさは、個々がそれぞれ感じられればいいということですね。

渡邊明日香：それで、「どんな人でも、自分なりの美しさを探し求めていい。そう気づいてもらう材料の一つとして、私の体が使えるんじゃないか」と思ってヌードモデルをはじめるようになりました。

「人間の美しさ」の答えは、いまだにわからないが…

ーーたとえば芸能人の写真集で表現される「被写体個人の美」とは違った価値観を探求しようと思われたんですね。ヌードモデル歴は7～8年になると思いますが、「人間の美しさ」の答えは見えてきましたか？

渡邊明日香：いまだにわかりません。だけど、答えがないからこそ面白いと思っています。答えがないというか、美しさはいっぱいあるんじゃないかなと。

ーー美しさの概念を固定してしまうと、それこそ今までやってきたことに逆行しますね。

渡邊明日香：美しさは「誰にでも最初からあるもの」だと思います。ですが、今の日本では、それに気がつけるように育てられていないんじゃないかなと。私がやってきたことは、もとからあるその人の美しさに一緒に気づいたり、そこから新たな美しさを見つけたりする仕事だと思っています。

以前よりは“今”を大事に過ごせている

ーーヌードモデルと湯灌師、生と死の対極にある仕事のように思えますが、共通する部分はありますか？

渡邊明日香：どちらも、生きている実感がはっきりとした輪郭で浮き上がってくるような感覚になります。自分だけではなく、周りの人が生きているということも、鮮明に感じられるというか。そうなると、やっぱり以前よりは“今”を大事に過ごせていると思います。

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合理化とスピードが求められる現代では、すぐに結論がほしくなるもので、いつも“既存の正解”に飛びついてしまいがち。それは本当に幸せなことだろうかと思いつつも、「真に愛せるものは何か」を問い続けるのは、なかなかに難しい。普段は自分に甘い筆者ではあるが、彼女の話を聞いたことで、少しは襟を正して生きていこうと思えた。そんな取材だった。

＜取材・文／Mr.tsubaking＞









【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大！天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。