今回取材に応じてくれた男性は、その類の人物に大切な時間を奪われたとのこと。一体何があったのでしょうか。
のんびり出張のはずが…
「まさか、あんな出来事に巻き込まれるとは思ってもみませんでしたよ」そう語ってくれたのは、関西在住の歯科医師・加藤さん(仮名・42歳)。翌日に東京で行われる学会に参加するため、少し余裕をもって新大阪駅に向かったそうです。
軽くお腹が空いていたため、駅でビールと幕の内弁当を購入し新幹線に乗り込んだ加藤さん。意外にも車内は空いていたそうで、予約してあった三列シートも加藤さんだけでした。
「車窓に流れる田園風景に目を細めながら、『ああ、こういう時間って大事だな』と思わずつぶやいていました。それからお弁当を食べてビールを飲み干したら、ちょうど眠気が来て……。ほんのりウトウトしてました」
その静寂を破ったのは、前の座席からの、やけに落ち着きのない声でした。
何やら聞こえてくるボソボソ声
当初は「旅行者同士の小声の会話かな?」と気に留めなかった加藤さん。しかし、その声は途切れることなく続き、内容もどうやら会話というより“独り語り”。違和感を抱いた加藤さんは、前方の座席の隙間から様子を伺いました。そこには、金髪の若い男性が一人。前のテーブルにスマートフォンを立てかけ、カメラに向かって何やら喋っていたといいます。
「最初はまぁ若い子だし……と思っていました。でも、ずっと喋ってるし、声の大きさもどんどん上がる一方で、だんだん耳障りになってきました」
そこで加藤さんは、咳払いをしたり、テーブルをわざと音を立てて戻したりと、遠回しな注意を試みました。しかし、前方の男性はまるで気にも留めていない様子。むしろライブ配信に熱が入っているのか、声がさらに大きくなった気配さえあったといいます。
穏やかな口調で注意も通じず
「いい加減にしてほしいと思って、やんわり注意したんです。『すみません、ちょっと耳障りなんで、デッキとかでやってもらえませんか?』って」加藤さんは声を荒げることなく、冷静に話しかけました。ところが、返ってきたのは驚くような対応でした。
「はいはい~、後ろの席からクレーム入っちゃいました(笑)」
金髪の男性は面倒くさそうにスマホのカメラに向かってそう話したそうです。むしろ“ネタができた”とでも言いたげな軽いノリで配信を止めようともしませんでした。
「そのときは本当に呆れて、何も言い返せなかったです。関わるだけ無駄だなって」
加藤さんはそれ以上の対応を控え、自席でスマホを手に取り、気を紛らわせようと試みたといいます。
まさかの発見と逆転劇
その後、メールをチェックしたり、ネットニュースを読んだりして気をそらしていた加藤さんですが、やがて手持ち無沙汰に。「えっ、これって……まさか」
表示されたサムネイルには、新幹線車内の光景に金髪の男性、よく見ると金髪の後方には加藤さんの頭部が映っていたのでした。さらにライブ配信をよく見てみると、壁にかけた加藤さんのジャケットや座席番号まで確認できたといいます。
「こんなこともあるんだと思いました。登録者数はそれほど多くなく、数十人規模の配信者でしたが、たまたま私の視聴履歴にレコメンド機能がマッチしたんですかね……。しばらく食い入るようにスマホを見ていました」
新幹線車内での無許可撮影、他人の顔や音声が入るようなライブ配信は、鉄道会社の規定でも禁止されている行為。
加藤さんは、帰宅後にこの件を運営プラットフォームに詳細に報告。自身が撮影した座席背面の証拠写真とともに、状況説明と改善を求める文書を送付したそうです。
「あの一件から仕事が忙しくて、すっかり忘れていたのですが、10日ほど経ったある日、サイトを確認してみたんです。そしたら、もうアカウントが削除されていました」
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営