ベテラン万引きGメンが語る「令和の万引き事情」
身近で起きていながらも、なかなか目につかない犯罪だが、実効性のある対策の1つが「万引きGメン」とも呼ばれる保安員の導入。彼らは、店内をさりげなく巡回して、万引きする者がいないか目を光らせ、実行犯を捕らえる。保安員になるには資格は不要。その仕事に就くこと自体は比較的ハードルが低いが、犯意を嗅ぎ取るセンスなどが求められ、ベテランの域まで達する人が少ないのが実情だ。
そんな数少ないベテランの1人が、この道26年の伊東ゆうさん。これまで6千人を超える万引き犯を捕まえた、万引きGメンのレジェンド的存在だ。今回は伊東さんに「表にはなかなか出てこない万引きの実態」を伺った。
——ご著書の『万引き 犯人像からみえる社会の陰』を読み、統計データを調べるまで、万引きがこれほど多いとは想像もしていませんでした。
伊東ゆう(以下、伊東):私は週に4日ほど、依頼を受けていろいろな店で巡回していますが、1日に複数の万引き被害を受ける店は、ざらにあります。地域やお店の業態によって、高齢者あるいは高校生による万引きが多い、外国人や集団のターゲットにされやすいといった違いはありますね。エリア全体の治安が悪いと、万引き犯が密集していますが、逆に高級住宅街にある店は大丈夫かといえば、そうとも言えません。ただ、そうした店で万引きしようとする者は、私のアンテナにかかりやすく、捕まえやすいですね。
多国籍化する万引き犯たち
——地域によらず、外国人の万引きは依然として多いのですか?伊東:多いですね。前はベトナム人が多かったのですが、現在は多国籍化しています。何人かで組織化している場合だと、有名衣料店やドラッグストアを狙います。
盗ったものは、本国に送って売りさばいています。日本製の衣類、化粧品、医薬品は、現地で人気が高くて、こちらの価格の2倍から5倍ぐらいで取引されるんです。化粧品は、流行り廃りがあって、それを把握して盗りにきます。だから、何が海外で流行っているかを店側は敏感であるべきだと思いますね。
外国人だと乱闘騒ぎになることも…
——日本人と外国人とで、つかまえやすさに違いはありますか?伊東:日本人はおとなしく捕まることが多いですが、外国人だと8割方は逃げるか暴れるかします。いったん警察沙汰になって日本を退去させられると、もうこちらには入国できないので必死になるんです。Gメンとしては、暴れられるとかなり厄介になりまして……。
一例を挙げましょう。化粧品や食品を大量にかばんに入れた外国人女性を捕まえたときのことです。店の事務所に入ったところで、大暴れし始めました。取り押さえた際に、私が持っていたスマホが、たまたま相手に当たって、ちょっとしたあざができるくらいの怪我をしてしまったのです。
万引き犯はコンマ1秒でわかる

伊東:これはやはり、培った能力やセンスがものをいう世界ですし、万引き犯を発見するという意識のあるなしも大きいです。私のようなベテランになると、もうコンマ1秒でわかります。「あぁ、この人はやるな」と。ポイントは、その人の顔、特に目です。盗ると決意した瞬間、顔つきや目つきが変わります。他にも、歩き方や身振りなどの判断材料はありますが、基本的には人の心を読めるかどうか。保安員として長く続けるには、この能力が大事になります。
防犯効果は乏しい盗難防止タグ
——お店が対策として講じる監視カメラや盗難防止タグなどは抑止にならないのですか?伊東:盗難防止タグは、本気で万引きしようとする者からすれば、割と簡単に突破できる仕掛けです。「盗難防止タグがあるから大丈夫」と油断してしまうと、かえってつけこまれます。実際にそういう店は万引きが多いです。
それに、防犯ゲートが鳴っても、店員が即時に駆けつけられる体制の店は、そう多くはないと思います。私は、10年以上前から万引き防止に関する講演を各地でさせてもらい、そこでは不審者の見極め方とともに、声かけや牽制の必要性を訴えてきました。でも、従業員の負担が増すし、何より恐怖心もあるので、なかなか実践が伴っていないのが実情です。
万引きも時代を反映する

伊東:セルフレジを導入した店が増えていますよね。それで、スキャンしたふりをして商品を盗む者が多くなっています。店員や保安員に見つかっても、言い訳をちゃんと考えているから始末が悪いです。それから巧妙化といいますか、かつては1地域内の数店舗を狙う者が多かったのが、1都5県ぐらいにわたって万引きをして、警察の網にかかりにくくするなど、頭を使って犯行に及ぶ者が増えています。
それと、少年の万引きも増えています。親の経済力が低下したからだと思いますが、お小遣いが減ったというのが直接の理由。でも、親が身柄引き受けに来ないとか、関係が希薄なことも背景にあります。ひどいのになると、10代で戸籍を抜かれていて、親に連絡しても「もう関係ないから」と言ってくることもあるんです。
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万引きの実態は、一般の人が想像する以上に多様で深刻だ。高齢者や外国人グループ、さらにはセルフレジを悪用する巧妙な犯行まで、時代の変化に合わせて形を変えている。しかし伊東さんが語る「裏側」は、これだけでは終わらない。
次回は、内部の従業員による犯行や、身の危険に直面した体験など、普段はなかなか知り得ないエピソードを掘り下げていく。
取材・文/鈴木拓也
【伊東ゆう】
1971年、東京生まれ。万引きGメンを主業としながら、映画「万引き家族」(是枝裕和監督)などの監修、「店内声かけマニュアル」(香川県警)の企画制作などにも尽力。テレビ番組の出演多数。著書に『万引き老人』(双葉社)、『万引き 犯人像からみえる社会の陰』(青弓社)、『出所飯』(GANMA!)などがある。
X:@u_ito
【鈴木拓也】
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki