プロ野球を現地で観戦すると、若い女性の売り子からビールを買うサラリーマンをよく目にする。特に夏の暑い日は、売り子から買うビールを楽しみに球場に行く人も多いのではないだろうか。
元グラドルのおのののか、モデルのほのか、乃木坂46の柴田柚菜など、多くの女性タレントを輩出してきたビール売り子のアルバイト。
女子大生の間でも超人気バイトとして知られており、一種のステータスとも言えるビール売り子だが、その実情は決して華やかなことばかりではないようだ。今回は、数年前にビール売り子として東京ドームで働いていた経験のある山崎みな実さん(仮名・28歳)にインタビュー。「ビール売り子バイト」の裏側を探った。
売り子バイトの時給は「五千円ほど」だった
現在は大手企業の広報担当として働く山崎さん。大学時代はモデル活動をしていたが、仕事はあまり多くなく、安定した収入は得られなかったという。学業とモデル活動の合間に短時間で効率よく稼げるアルバイトを探していたとき、ビールの売り子を見つけた。「売り子は完全歩合制だけど、ビールを売ったバック以外に色んなインセンティブがあるんです。三連戦手当とか、デイゲーム手当とか。一回の試合で、大体一万五千円は稼いでいたと思います。野球の試合は3時間くらいなので、時給換算すると五千円ですね。
「笑い方がブス」と言われて涙したことも
学生バイトの中ではかなり高給取りなビール売り子。しかし、運動系の部活動に所属したことがなく、性格もおっとりしている山崎さんは、ビール売り子業界の“THE・体育会系ノリ”になかなかついていけなかったと話す。「当然ですが、重たい樽を背負って階段を上り下りするので、かなり体力が必要なバイトです。肩に入れてるタオルが絞れるくらい汗をかくし、一度の出勤で毎回1.5~2kg痩せてました。
あと、精神的にも結構キツい。売り子のサポートをしてくれる“チェッカー”という人がいて、『あのお客さん見逃したでしょ』とか『今日全然売れてないよ』など仕事の合間に注意されるんです。『笑い方がブスだから売れないんだよ』と言われて、ショックで泣いてしまったこともありました。」
売り子が頭につけている「花」の秘密

実は、ビール売り子が着けているあの“花”には、知られざる物語があるらしい。
「『売れっ子だった先輩の花を引き継ぐことが名誉』という風潮がありました。だから後輩はみんな、人気があった先輩の花をもらいたがるんです。売り子によっては見るからに年季の入った花を着けてる子がいるんですけど、その花には売り子としての誇りだったり、先輩と後輩の絆が詰まっているんです」
アサヒは元気系、キリンはアイドル系…
美女揃いのビール売り子バイトだが、やはり採用倍率はかなり高いらしい。各メーカーはどのような基準で売り子を選んでいるのだろうか。「見た目が綺麗、可愛いというのは前提とした上で、アサヒは元気系、キリンはアイドル系、エビスはモデル系、サントリーは女子アナ系を採用するイメージがあります。面接では実際に樽を背負って『ビールいかがですかー?』と販売の実演をさせられました。まるでCMのオーディションみたいでしたよ(笑)。
東京ドームでは4つの会社でシェア争いをしていたのですが、特にアサヒとサントリーの争いが激しく、チェッカーも絶対負けたくないのでみんなで戦略を立てるんです。体力のある子、元気な子は階段の上や外野に。地方出身の子はご当地トークができるので三塁に。そして一塁は最も売れる場所なので、ちゃんと顧客を掴めそうな可愛くて明るい子が回されていました。ちなみに私はそのどれでもなく、治安は良いけど全然売れない記者席担当でした……」
「樽ごと買い占めてくれる人」はありがたい

「記者席は一番芸能人に会えるんですよ。誰もが知っている某有名司会者が来たときはテンション上がりましたね。たくさんビールを買ってくれた上に『おつりはいらないよ』と言ってチップをくれたのがとても好印象でした」
芸能人に限らず、一般のお客さんの中にも素敵な人はたくさんいたようで。
「私が売れてなさそうな日に話しかけてくれて、必ず何杯か買ってくれる優しいお客さんがいました。毎回チップを1000円くれる名物おじさんもいて、その人に買ってもらえた日はラッキーでしたね。あとはたまに樽ごと買い占めてくれる人もいます。一気に24杯売れるのでめちゃくちゃありがたいです」
おつりにキスをして渡す売り子も…
人気商売の側面もあるビール売り子。お客さんの心を掴むコツとは?「どれだけたくさん数を売るかが勝負なので、一人のお客さんとダラダラ喋っている暇はありません。ほんのちょっとの会話でファンになってもらえるよう、とにかく笑顔で元気良く頑張ってました。
売り子と仲良くなるには…
美女にそんなサービスをされたら、うっかり好きになってしまいそう……。ぶっちゃけた話、お客さんが売り子と仲良くなるチャンスはあるのか。「ビールを注ぐ間はずっとお喋りができるので、樽買いしたら24杯分話せますね。あとは、名刺を渡してくる人が結構いました。運が良ければ連絡が返ってくるかもしれません。また、お客さんと野球トークで盛り上がり、試合後に飲みに行っている子もいたので、お客さんと売り子が親しくなるのはよくある話だと思いますよ。
でも、従業員入口で私の帰りを待ち伏せしてた人がいて、怖い思いをした経験があります。そういうのは絶対やめてほしいですね。仲良くなりたい売り子がいるなら、たくさんビールを買ってあげて、たくさんお話しをして、正攻法で頑張ってほしいです」
グラウンドで熱戦が繰り広げられる一方で、実は客席でも熾烈な駆け引きが行われていた。何気なく飲んでいる1杯のビールにも、売り子たちのさまざまな思いが込められている。彼女たちのドラマに思いを巡らせば、美味さもより一層際立ちそうだ。
<取材・文/渡辺ありさ>
【渡辺ありさ】
1994年生まれ。フリーランスライター兼タレント。ミス東スポ2022グランプリ受賞。東京スポーツ、週刊プレイボーイ、MEN'S NON-NO WEB、bizSPA!フレッシュなどで執筆。隔月刊漫画雑誌「グランドジャンプめちゃ」にて連載中の漫画「スワイプ」の原作も務める