被害の報告が止む気配のないあおり運転。今日も日本のどこかで起きてはいけない被害が発生していることは事実です。
車という鎧を身につけると、普段は温和な性格の持ち主でも鬼の形相になってしまうことも少なくないようです。
今回報告を受けたあおり運転被害も、相当ショッキングな内容となっています。

“あおり運転”してきたトラックの暴挙「叫びながら、窓からバー...の画像はこちら >>

思い出のドライブが一転、悪夢に変わった瞬間

「その日までは、車の運転がこんなに怖いものだなんて思ってもみませんでした」

そう語ってくれたのは、都内の私立大学で助教を務める新沼さん(仮名・34歳)です。

休日を利用して、婚約者の女性と郊外までドライブに出かけた帰り道でのことでした。運転していたのは黒のSUV。普段は電車通勤で、運転に慣れているとは言い難い新沼さんは、どちらかといえば法定速度を守り、慎重に走るタイプです。

「婚約者とのちょっとした小旅行だったので、道中は気持ちも穏やかでした。途中、道の駅で買った焼き芋を半分こしながらのんびり帰っていたんです」

その静かなドライブが突然、荒れた海のような恐怖に変わったのは、午後6時を少し回った頃。高速道路の左側から合流してくる車線に差しかかった瞬間のことでした。

「特に気にすることもなく、こちらは一定の速度で走っていたんですが、左後方からものすごいスピードで車が接近してきて…。『あれ、入ってくる?』と思った瞬間に、反射的にクラクションを鳴らしてしまったんです」

蛇行、幅寄せ、そしてバールを握った手

そのクラクションが、まさか恐怖の引き金になるとは、誰が想像したでしょうか。次の瞬間から、その車は新沼さんのSUVの後ろにぴったりと張りつきました。

「何かのスイッチを押してしまったようでした。その車がやたらとクラクションを鳴らしてきて…しかも、蛇行したり、車体をこちらに寄せてきたり。
まるで威嚇されているようでした」

さらに恐ろしいのは、その車の様子です。新沼さんの話では、後方の車は中型のトラックタイプで、荷台には建設機器がいくつも積まれていたそう。そして運転席の窓から伸びた腕には、なんとバールのような金属の棒が握られていたといいます。

「夕暮れだったので見えづらかったのですが、白いヘルメットを被った人が、窓からバールを振るような仕草をしながら叫んでいるんです。彼女も息を飲んで、もう車内には言葉もありませんでした」

あおられている区間は対面通行の有料道路で、途中にサービスエリアなどもなかったことから、恐怖の中そのまま走り続けなければならなかったそうです。

耐えた20分、命を守るために選んだ行動

「バックミラーを見るたびに血の気が引きました。スピードを落とすとさらに接近してくるし、横を無理やりすり抜けて進路をふさごうとする動きもあって、もう何が起きてもおかしくないと覚悟しました」

恐怖の時間は、約20分。たった20分ですが、新沼さんにはそれ以上に感じたといいます。その間は必死に婚約者を守ることだけを考えていたそうです。

「完全に常軌を逸した運転でした。もし自分ひとりなら車を停めて謝っていたかもしれない。でも、助手席に彼女がいたから、それだけは絶対に避けたかったんです」

ようやく次のインターチェンジの案内標識が見えたとき、新沼さんはそのまま本線を外れ、併設された道路管理事務所の前に車を停めて駆け込みました。

「もはや震える足でドアを開けて、声も裏返っていたと思います。
でも、そこに高速警察隊のパトカーがたまたま来ていて…。運がよかったとしか言いようがありません」

その場で警官にドライブレコーダーの後方映像を見せたところ、すぐに状況を理解してもらえたそうで、被害届が受理され、後日正式に捜査が開始されることになりました。

心に残るトラウマ、それでも前を向いて

その後、警察からは「該当車両の特定にはもう少し時間がかかる」と説明を受けたそうです。ナンバーも鮮明には映っておらず、決定的な証拠が足りないとのこと。

「正直、今でも対面通行の道や、合流地点では心拍数が上がります。あれ以来、運転するのが怖くなってしまって…。でも、自分が黙っていたら、同じような目に遭う人がまた出るかもしれない。それが一番嫌だったんです。だから、被害を報告したんです」

慎重な性格で、クラクションも普段は滅多に使わない新沼さん。それだけに、今回の体験がどれほどショッキングだったかは、想像に難くありません。彼は今も、婚約者と共にドライブに行く際には、最新のドライブレコーダーを前後に装着し、事前にルートを綿密に調べてから出発しているそうです。

「本当に、命の危険を感じました。
あんな思いは二度としたくない。でも、ちゃんと対処すれば、守れるものもある。それを伝えたかったんです」

新沼さんが口にした「恐怖の20分間」という言葉には、単なる交通トラブルを超えた、深い心理的な傷跡が感じられました。今もなお、加害者の検挙には至っていないとのことですが、彼の通報により同様の事件が減ることを願うばかりです。

<TEXT/八木正規>

【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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