イチローは7月27日、ニューヨーク州クーパーズタウンで米野球殿堂入りの表彰式典に出席した。幼少時代はプロ野球選手が「夢」だったが今なら「目標」という言葉に置き換えること、渡米当初「日本の恥になるな」と言われた時期を経て今があることなどを、ユーモアを交えながら英語で語った。
ジャーナリストの森田浩之氏は、日本人メジャーリーガーの英語力が日本のメディアで紹介されていなかった経緯と、今後の展望について語る(以下、森田氏による寄稿)。
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イチローの名スピーチ

圧巻の19分間だった。アジア人で初めて米野球殿堂入りしたイチローが表彰式典に出席して英語でスピーチを行い、詰めかけた約3万人のファンを魅了した。

今まで語られなかった秘話、ファンだからこそわかるジョーク、関係者への憎たらしくも心温まる謝辞……。笑いと感動が詰まった見事なスピーチは「英語のネイティブでなくてもここまでやれる」という一つの到達点にも思えた。

イチローの英語は日本人のアクセントはあるが、問題なく通じるレベル。何より聴衆を引きつける語り口が素晴らしかった。声の調子を上げ下げしたり、強調したいフレーズの前で上手に間を取ったりと、パブリックスピーキングに必要な技法が駆使されていた。

しかし、イチローが英語で話すのを私たちが見聞きできるようになったのは、引退後のことではないか。現役時代は公の場で英語を話していた記憶はない(そもそも現役時代は日本語でインタビューに答えることさえ少なかった)。

イチローのほかにも、松井秀喜、松坂大輔らがアメリカに渡った’00年代は、テレビカメラの前で英語を話す日本人メジャーリーガーはいなかった。「不十分」な英語をファンに聞かせたくなかったのかもしれない。

大谷翔平の英語力にもかかる期待

当時はメディアの側も日本人メジャーリーガーの英語力には神経質で、アメリカに渡る選手が出るたびに「英語は大丈夫なのか」というお節介な目線を向けていた。
松坂がレッドソックスに移籍するとき、あるスポーツ紙は夫人が高校時代にアメリカに留学し、英検準1級を持っていることをさりげなく紹介して読者を「安心」させようと試みた。その頃はまだ日本人全体が、外国に出ていくことにどこか臆病だったのだろう。

当時に比べて今は、日本人メジャーリーガーがチームメイトとふざけ合ったりしている光景がテレビに頻繁に映る。一歩進めて、選手たちが英語で話している場面がもっと流れていいのではないか。たとえ完璧でなくても、伝わる英語を話しているのを見れば、若いファンは「これなら自分にもやれるかも」と、いい刺激を受けるだろう。内向きになったといわれる日本の若者が外に目を向けるきっかけになるかもしれない。

英語で話す自分をメディアにさらすことについて、今後は大谷翔平が先頭に立つことを期待してしまう。大谷の試合後のインタビューは今も必ず専属通訳を通しているが、ヨーロッパでプレーする日本人のサッカー選手に通訳がついているという話は聞かない。アメリカに渡って、すでに8年目。大谷には言葉の面でもパイオニアになってほしい。

「圧巻の19分間」イチローの殿堂入りスピーチが示した“一つの到達点”。松井・松坂時代から変わる日本人メジャーリーガーの報道のあり方
森田浩之


【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。
著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など
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