ただ、本来は当初の目的どおり医療使用での合法化なのだが、違法薬物リストから外れたことを愛好家が拡大解釈し、大麻が解禁状態になってしまったのだ。娯楽目的の使用が広がり、市内のあらゆる場所に大麻ショップが乱立している中、実質的な解禁からちょうど3年の25年6月26日、タイ政府は再び大麻規制を始めた。
今後はどうなっていくのだろうか。今回は、タイ在住の筆者(髙田胤臣)が見た現地の大麻事情をリポートする。
大麻解禁を喜んでいたのは外国人だけ?

ただ、実際問題、タイ人も大麻解禁に喜んでいるかというと、実はそうでもない。というのは、タイ人は意外と保守的な気質が強く、これまで大麻は禁止されていた植物、違法薬物などの一覧にあったものなので、いきなり自由にするのはいかがなものかという意見は多い。
特殊な見解としては、タイ人の特に北部や東北部の田舎出身の50代以上の人にとっては「なぜ大麻を買うのか理解できない」というのもある。そもそも温暖な気候であるタイでは自然に大麻が育っている場所があって、昔の若い人たちはそれを採って遊んでいたようだ。タダのものをわざわざ買うなんて、という。
若いタイ人に好まれる違法薬物も大麻ではなくここ20年ほどはアイス(覚せい剤の一種)だとされる。解禁でたしかに大麻に触れるタイの若者も増えたことは間違いないが、ほとんどの大麻店で見受けられる顧客は外国人が多い印象である。
「うちの店では店内で吸ってもらうか、ホテルなどで吸うようにお願いしています」
と、バンコクでショップを経営する東南アジア系外国人が話す。この店は外国人経営ということで近隣や通行するタイ人とのトラブルを恐れているのもあるが、彼ら曰く「タイ人は大麻が嫌い」なのだとか。
もともと無料だったものを、変動はあるものの高値止まりの大麻に手を出したいと思う人も少ないのかもしれない。そもそも好まれず、かつ禁止されていたことでタイ国内には大麻育成のノウハウがほとんどなく、タイ産大麻はあまり人気がない。そうなると外国からの輸入物が中心になってしまい、仕入れ値そのものも高い。

日本人の病院搬送もしばしば
外国人の大麻愛好家にもトラブルは尽きない。ある警察関係者が話す。「報道はされていないが、大麻吸引で酩酊して保護されたり、過剰な吸引で病院に搬送される外国人も少なくない」
日本人の若い人でも実は相当数、病院に担ぎ込まれているのだとか。違法でなくなったため、ただの体調不良の扱いになるのか報道もされない。筆者の知人も初めて大麻に挑戦した際、2口ほど吸っただけですっかり意識を失ったかのようだった。あとで聞いてみると、意識はあって声などは聞こえるし思考もしっかりしているものの、身体が動かなくなってしまったそうだ。
タイ在住経験があり、若いころにはアメリカの大学に留学していた大麻愛好家はこういう。
「アメリカの大学寮は“歓迎”と称して大麻が回ってくるんですよ。最初はみんな、ぶっ倒れてしまいますが、徐々に吸い方がわかってきます。大麻はなんの知識と経験もなくやるものではないのです」
一見、もっともイージーな薬物のようにも見えるが、そういうものではない。日本の若い人が興味を持ってタイで挑戦したい気持ちもわからなくはない。よく、大麻は依存性が低いとか、ほかの薬物にエスカレートしていくようなゲートウェイ・ドラッグではない、と愛好家はいうけれども果たしてそうであろうか。
バンコクの安宿街カオサン通りで大麻を覚え、そこから最終的にヘロインにまで手を出し、殺人を犯した人を筆者は知っている。
こういったトラブルや国民感情を踏まえて大麻は再び禁止されることになった。ただ、医療目的での使用は継続されるので、市井のショップで購入するには医師の処方箋が必要である、ということになっている。とにかく、ただ吸いたい人がタイに来ても、もう大麻は吸えなくなったのだ。
規制されたのに普通に営業している大麻ショップのワケ
ところが、である。タイ政府が再規制を発布してから1か月以上が経った7月下旬現在でも、タイの街中では大麻ショップが通常営業を続けている。つまり、少なくとも取材時点ではなんら変わったところがない。どういうことか、バンコク中心部にあるショップに話を聞いた。
「処方箋が必要になったのは事実です。ですが、そもそもそのフォームを誰も知りません」
タイ政府はいろいろな規制や緩和をスピーディーに行う。日本と違い、時間をかけず、素早く議決されて、すぐに施行される。しかし、スピードだけで、関係各所に連絡や調整が入っていないこともまた多い。
大麻再規制も同様で、タイ公共保健省を通じて病院、ショップにはなんの連絡もないようで、どういった処方箋を受け取り、どのように大麻を販売するのかがまるでわかっていない状態だ。
そのため、大麻ショップは違法になったことを理解はしつつ、なにもいわれないため、そのまま通常営業を続けているのである。
別のショップの経営者は、
「おそらく2025年中、ワタシの予想では10月ないし11月にはその処方箋や販売方法が確定して、ほとんどのショップが消えるのではないかと見ています」
という。
大麻に厳しいタクシン派政権

タイの英字新聞『バンコク・ポスト』の最新調査ではタイ大麻市場規模は2025年でおよそ430億バーツ(約2000億円)になる。これだけの規模をすんなりとこの業界の成功者が受けいれるだろうか。そもそも大麻規制緩和の際には政治家や富裕層がこの市場に大きく投資してもいる。いわゆる権力者たちが黙っていないはずだ。
先述のとおり、大麻が違法リストから外されたので医療以外でも自由になったと解釈されることが大麻自由化の根拠のひとつだ。
2006年から続くタイの政治的騒乱の要因でもあったタクシン派は、当時から麻薬関連に対して厳しい措置をしてきた。2004年に麻薬一掃作戦を実施して、警察などはたくさんの麻薬売人を秘密裏に消し去ってしまった。
フィリピンのドゥテルテ元大統領以前にかなり危ないことをしていたほどで、タクシン派が返り咲いたことで医療大麻そのものも再規制されるという噂もあったほどだ。
さすがに政権に就いてすぐに規制はできなかったが、およそ2年で実際に動き出している。執筆時点ではタクシン元首相の次女が首相になっているものの、カンボジアとの国境近辺での紛争で失態をしたので、そのうち現在の首相は失権するとの見方もある。しかし、大麻再規制が継続されることは、現時点では確実だ。
再規制で拡大が懸念される地下マーケット

淘汰されたとはいえ、いまだショップはたくさんある。これがすべて失業とは簡単にいくまい。
大麻生産も同様だ。タイ産大麻はバンコクなどで屋内栽培をしているほか、北部の山間部などで大規模に行っている農家や業者がいる。かつてタイ北部はケシ畑などがあり、それらはコーヒー豆やほかの代替作物に無理やり変更させられた。医療大麻の緩和が目前になった時期、その情報をいち早く手にした外国の医薬品企業やタイの富裕層が秘密裏に北部の農家を支援し大麻畑に変更させていた事実もある。
これらの大半が一気に無駄になるということを容認するタイ大麻関係者はさすがにいない。そうなると、現在生産されている大麻は、そのまま闇に流れると考えるのが当然だろう。
これまでも大麻の売人というのはバンコクやビーチリゾートなどどこにでもいて、愛好家の外国人はそういったルートから仕入れていた。今回の再規制で過剰になった大麻はそういった裏の市場に流れていくだけの話であって、供給量からして解禁以前よりもその規模が大きくなる。そこからは税金を徴収できないので、タイ政府も取りはぐれている分をどうにか取り戻そうという考え方に至るのではないだろうか。
<取材・文・撮影/髙田胤臣>
【髙田胤臣】
髙田胤臣(たかだたねおみ)。