しかし、藤浪はボーイズリーグのころから全国大会に縁がなく、いいところまで行っても勝ちきれなかった。大阪桐蔭でも2年の夏、背番号1をつけた藤浪は大阪大会の決勝戦で先発を任されながらも、7回途中で降板。最終的には、東大阪大柏原にサヨナラ負けを喫して目の前で甲子園出場をさらわれた。試合後、泣きじゃくった2年生エースは、勝ちきることのできないことを痛感していたが、それを糧にしていた。
※本記事は『データで読む甲子園の怪物たち』 (集英社新書)より抜粋・編集したものです。
センバツで見せた“圧倒的なピッチング”
実際のところ、センバツまでは粗削りなピッチングだったため、先制点を与える場面はあったものの要所では地力を見せていた。例えば3年春の準々決勝の浦和学院戦のピッチング。藤浪は3連打を浴びて、無死満塁のピンチを背負う。ここで、気持ちを切り替えたのか、自己最速を更新する153㎞/hを記録するなどで、三者連続三振を奪った。「あの場面がターニングポイントでした。点を取られていたら、そのままダダーッといかれていたでしょうね。踏ん張り切るべきところで踏ん張れたから、一皮剥けたのかなと思います。
このピンチを切り抜けた藤浪は一皮むけたピッチングでそのままセンバツの頂点に立った。
準決勝と決勝を完封…夏の甲子園で見せた圧巻の姿
その後大きな成長を見せる。藤浪は夏に向けてフォームを改造。6月に練習試合で対戦した明徳義塾の馬淵史郎氏は「前は(右腕が)背中側に入りすぎて引っ掛かっていたが、それがなくなった。フォームにゆったりさが出てきたよね」と分析した。藤浪自身は「前はタメを作ろうとしすぎて、左肩が入りすぎていた。余計な動作を削ってきたつもりです」と話した。ゆったり投げられるようになったことで、体重移動も腕の振りもスムーズになり、変化球の精度も増した。とくにセットポジションでは、ストレートが力んで抜けても、スライダーで立て直すことができた。「力んでしまうと抜ける。そこを修正してきたつもりです。
夏の甲子園では驚異の奪三振49、防御率0・50を記録。初戦から危なげないピッチングを見せ、試合を重ねるごとに調子を上げていく。「甲子園は(スピード)ガンが出やすい。150キロぐらいは出ると思うので球速より球質を意識したい。伸びとキレを重視しています」と話すようにバランスよく投げた結果大舞台で最高のパフォーマンスを残す。内容を見ても準々決勝から徐々に調子を上げていき、準決勝の明徳義塾戦と決勝の光星学院戦では完封。春夏連覇に導いた。
まさに「21世紀最高の優勝投手」
準決勝で対戦した馬淵氏は、「藤浪君は球威があった。かき回すにも、塁に出られなかった」と白旗を掲げたコメントを残した。さらに、決勝で対戦した光星学院戦では、準決勝までチーム22打点のうち17打点を稼いだ田村龍弘(現・千葉ロッテマリーンズ)と北條史也(元・阪神タイガース)からは二つの三振を奪うなど8打数1安打に抑えた。決勝では、疲れが見えはじめるはずの最終回に自己最速タイの153㎞/hを記録。最終的には、14奪三振、2安打完封勝利で春夏連覇を飾った。
藤浪は春から成長を遂げて、この甲子園では圧巻のピッチングを見せた。ストレートはもちろんのこと、変化球も高校生離れしており、阪神入団直後から3年連続で二桁勝利を記録するのも頷ける内容だった。ピッチング内容を見ても、プロ野球のタイトルホルダーレベルの投手が高校生を相手にしているように見えるほどだった。プロ顔負けのストレートを中心に、スライダー、カットボール、チェンジアップ、フォークなどの変化球を投げていた。打者からすると配球を絞ったとしてもバットに当てるのが精一杯だったように見えた。そのぐらい圧倒的なピッチングを大舞台で披露したのである。
近年は尻すぼみも、まだまだ覚醒の余地がある
近年の成績を見ると、物足りなさを感じるが、高卒1年目から3年連続二桁勝利や、3年目に221奪三振を記録し、最多奪三振を獲得しており、文句なしのタイトルホルダーでもある。この藤浪が記録した221奪三振は、2016年以降セ・リーグでは上回る投手がいないのも含め、期待値が非常に高かった投手なのがわかる。ただ、それ以降は苦しんでいる。それ以外にも高校時代が常にトップだったことやプロ入り後すぐに活躍したことにより、燃え尽き症候群に近い状態だった可能性はある。そのため、目標があった高校時代の方が練習に打ち込むことができたのだろう。また、日本野球の細かさのレベルが上がったことも影響していたと見ている。日本の野球は緻密な部分も求められ、日本人投手は世界的に見ても守備は非常に上手い。しかし、藤浪はよくも悪くもポテンシャル頼みだったため、その部分に弱かったりもしたのだ。そのため、守備はもちろんのこと、ランナーがいる場面のピッチングも苦しい状況に陥りやすくなっていった。
それでもメジャーリーグに挑戦した2023年シーズンは、開幕当初は苦しんだものの、64試合に登板。さらに、このシーズンでは日本人最速となる165・1㎞/hを記録している。ポテンシャルを考えると、まだまだ覚醒の余地がある選手であることには変わりはない。
<TEXT/ゴジキ>
【ゴジキ】
野球評論家・著作家。