「気づけば、いつも同じものを買っている」「新しい物より、慣れた物の方がなんとなく安心感がある」そんなふうに感じたことはないだろうか?
 スーパーや薬局、コンビニ、そしてネット通販……。普段の何気ない買い物のなかで、私たちは無意識に「いつものブランド」を手に取っている。


 その理由は、単に「面倒だから」「お気に入りだから」といった表面的なものではない。実はそこには、脳が本能的に持つ「選択の労力を減らしたい」という仕組みが大いに関係しているのだ。

 そんな興味深い脳の働きについてわかりやすく解説しているのが、『欲しがる脳』の著者である川島隆太氏。

 なぜ私たちはいつも同じブランドを選んでしまうのか。その理由を脳のメカニズムを踏まえ、川島氏に詳しく教えてもらった。

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※本記事は、川島隆太・岡田拓也・人見徹『欲しがる脳』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです

歳を取れば取るほど、ブランドの力から離れられなくなる

なぜ私たちは「いつも同じブランドを選んでしまう」のか。「新しさ」より「慣れ」が好きな“脳のメカニズム”を川島隆太教授が解説
※画像はイメージです(以下同)
「期間限定」「新発売」、スーパーに行くとこんなPOPが目に入るものの、それでも私たちはつい「慣れ親しんだいつもの商品」に手を伸ばしてしまう。

 川島氏によると、この傾向は若い人以上に年齢を重ねた消費者に顕著だという。

「研究によれば、年長の消費者は若い人たちに比べ、判断において『ヒューリスティック(経験的)な戦略』に頼る傾向が高いことが示されています。

 複雑な情報を一つ一つ比較検討するのではなく、経験や直感に基づく近道を用いて意思決定する頻度が高くなるのです。

 実際、高齢者は若年層に比べ、『長年使い続けてきたブランド』に対して強い信頼感や愛着を示すケースが多く報告されています」

 そのわかりやすい事例として、川島氏は「自動車の購入」を挙げている。このような場合も、年長の消費者は最初から自分がよく知っている馴染みのブランドに絞って商品を選ぶ傾向が強いというのだ。

「高齢者のおよそ三人に一人は、最初から一つのブランドだけしか検討しなかったと報告されています」

 この事例が示す事実。それは、歳を重ねるにつれ、「新しい物を探す」よりも「慣れ親しんだ物を選ぶ」ほうが心理的な負担が小さく感じられるということだ。


私たちの脳は想像以上に面倒くさがり

 この「慣れ親しんだ物を選ぶ」という行動の背景には、一体どのような脳の仕組みが関係しているのだろうか?これについて、川島氏は次のように述べている。

「この行動の裏側には、処理流暢性・知覚流暢性という、情報処理にかかる消費エネルギーを低減したい脳の仕組みが関わっています。

 ヒトの脳は、身体に占める質量がわずか2~3%であるにもかかわらず、全エネルギーのおよそ20%(安静時)を消費するといわれる、相当に運用コストが高くエネルギーを食う臓器です。

 私たちは頭の中で考えるだけでもエネルギーを消費しますが、生物としては無駄なエネルギーを抑え、温存することで生存可能性を高めたいという原始時代からの本能があります」

 脳が情報処理にかける労力を認知負荷と呼ぶが、私たちはこの認知負荷が高いものをなるべく避ける傾向があるという。そうしたとき、自然と選ばれるのが「処理流暢性の高いもの=慣れ親しんだもの」なのだ。

 この脳の働きについて、川島氏はこう表現している。

「非常に簡単に言うと、わかりやすいものが好きで、複雑なものが嫌いとなります。脳は面倒くさがりなのです」

 脳が本能的にこのような働きをするのは、元を辿れば生存可能性を高めるため。古くから我々人類の脳に備わっている「本能」だと思うと、なんとも興味深い話だ。

年齢を重ねるほどに働かなくなる「遅い思考」

なぜ私たちは「いつも同じブランドを選んでしまう」のか。「新しさ」より「慣れ」が好きな“脳のメカニズム”を川島隆太教授が解説
考える高齢男女と若年男女
 ここで紹介したいのが、ノーベル賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンの「速い思考/遅い思考(システム1/システム2)」の概念だ。

「速い思考は、ほとんどエネルギーなく使える直感的で高速なオートマチックシステム。遅い思考は、使うたびにエネルギーを要するけれど、論理的で慎重な判断を下せるマニュアルシステムです。

 私たちが無意識に行う直感的判断のプロセスと、それを監視・修正する顕在意識による思考プロセスとも説明できます」

 私たちは普段、この2つの思考システムを切り替えながら生きている。だが、歳を取るにつれて「遅い思考」を担う脳の「前頭前野」の機能が弱まってくる。


 注意の持続や抑制機能、ワーキングメモリ(作業記憶)といった認知制御能力が衰え、「速い思考・遅い思考」のバランスにも影響を与えるという。

「若い頃であれば論理的に検討できた選択肢の比較や、新しい情報の学習に時間がかかるようになります。

 言い換えれば、年齢を重ねるほど『遅い思考』を使うことが難しくなり、より単純で直感的な『速い思考』の判断に頼りがちになるのです」

 つまり、年長者が新しい物ではなく慣れ親しんだ物を選ぶ傾向があるのは、単なる性格や気分の問題ではなく、前頭前野を使ってしっかり考えることがどんどん億劫になり、処理流暢性の高い慣れ親しんだ行動からスイッチしなくなっていった結果であるともいえるのだ。

「期間限定」にも負けないブランドの力

 実際のところ、スーパーに行くと「期間限定」といったPOPをよく目にする。これは新しい商品を売り出すための売り手側の工夫だが、多くの人が「新作と聞くとつい試したくなるものだ」と感じるのではないだろうか。

 確かに、こうした手法には一定のマーケティング効果があるように思える。ところが、イギリスのスーパーで5年にわたり行われた大規模な調査では、驚きの結果が明らかになっている。

「日用品や食品においては、想像以上にブランドスイッチが行われていないことが明らかになりました。8割の人は、同じブランドを使えば使うほどに、他のブランドに浮気をする可能性が低くなっていったのです」

 これは、消費者の中で「ブランドによる自動的な購買」が習慣化されていくことを示す興味深い事例であるといえる。この結果について、川島氏は次のように述べている。

「これは年代問わず得られた結果ですから、もはやブランドを見たら『速い思考』が反射的に買い物かごに入れているに等しく、潜在意識にまでブランドが浸透している状態とも言えるでしょうか。私たちの処理流暢性に対する抗えなさは、想像以上のものがありそうです」

 その一方で、もちろん新しいブランドを選択して購入する人もいる。
そうした人たちにも、また別の興味深い傾向が見られるという。

「新しいブランドにスイッチしたばかりの人は、新製品やさらに他のブランドにスイッチする可能性が高いということも明らかになりました。ブランドロイヤリティとは、まさに誠心こめて、長い時間をかけて育まれていくものなのですね」

 このように、いかにも気まぐれに思える私たちの日々の選択も、実は脳のクセや無意識の働きに想像以上に左右されているのだ。

【川島隆太(かわしま りゅうた)】
1959年千葉県生まれ。医学博士。東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、所長を経て、現在は同研究所の教授を務める。脳活動のしくみを研究する「脳機能イメージング」のパイオニアであり、脳機能研究の第一人者。ニンテンドーDS用ゲームソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」シリーズを監修。『川島隆太教授の脳活計算120日』(Gakken)、『本を読むだけで脳は若返る』(PHP研究所)、『脳科学研究がつきとめた「頭のよい子」を育てるすごい習慣』(プレジデント社)、『とっさに言葉が出てこない人のための脳に効く早口ことば』(サンマーク出版)など、著書、監修書多数。認知症高齢者や健常者の認知機能を向上させるシステムの開発や、「脳を鍛える」をコンセプトとする産学連携活動に尽力している。2024年より宮城県蔵王町観光大使に就任。

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