熊本県北部に位置する山鹿温泉。ぬるめのお湯が特徴で、じっくりと浸かることができる。そんな山鹿温泉で、吉田祐樹さん(仮名)が体験した残念な出来事とは?
温泉なのに「まるでプール」
吉田さんが休日を利用して山鹿温泉を訪れたのは午後3時頃。「混み合う時間帯ではなく、湯船には数人の年配の客と、地元の常連らしき人々が静かに楽しんでいました。そこへ白人系の外国人観光客がやってきて、完全に空気が変わってしまったんです」
30代くらいの父親と小学校低学年ほどの子ども。その親子は身体を軽く流すような素振りを見せたものの、それは明らかに形式的なものだった。
「ジャンプ!」
なんと父親が子どもを抱きかかえ、そのまま湯船へダイブ。“ザバァッ!”という大きな音とともに、お湯が波打ち、近くにいた年配の客にもかかってしまったそうだ。
さらに父親は「イエー!」と笑いながらバシャバシャと音を立て、子どもと一緒に遊泳を始めたのである。
「まるでプールのような使い方で、そこに居合わせた人たちは、一様に眉をひそめていました」
「ノースイミング!ノープール!」
ついに吉田さんの隣にいた70代くらいの常連らしきおじいさんが立ち上がった。流暢とは言えないながらもシンプルな英語で「ノースイミング!ノープール!」と繰り返しながら、手で「やめろ」のジェスチャーをした。父親は少しバツが悪そうな表情を浮かべ、「オー、ソーリーソーリー」と謝罪の言葉を口にしたものの、何が悪いのかあまり理解していないような様子だった。
周囲のピリピリした空気を感じ取ったのか、親子は大人しく湯船の隅でじっとしていたが、吉田さんはウンザリしてしまい、少し早めにあがることにした。
ロビーで休んでいると、さきほど外国人観光客に注意したおじいさんが吉田さんに近づいてきた。
「せっかく来てもらってるけど、温泉をわかってないなあ……」
ポツリとつぶやいた言葉に、吉田さんも「文化の違いですね」と苦笑するしかなかったという。
温泉は静かに楽しむもの。そうした暗黙の了解が、言葉の壁や知識不足によって崩れてしまうのは残念なことだ。
「増え続ける外国人観光客と日本の文化の間にある“小さな隔たり”について考えさせられる出来事でした」
<文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo