あいみょんの「タトゥー」に批判の声

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 あいみょんのタトゥーが物議を醸しています。女性ファッション誌『GINZA』9月号の表紙に写った左腕に、人の形のようなデザインのタトゥーがあるとネット上が騒然となったのです。

“あいみょんは大好きだけどタトゥーは受け入れられない”とか、“いい歳して若気の至り”といった批判的な声がほとんどでした。
他にも“アメリカでは当たり前なんていうのも誤解だ”という意見もあり、あいみょんの行動に、総じてがっかりしているようでした。

 あいみょん以外にも、YOASOBIのAyaseやシンガーソングライターの優里など、迫力のあるタトゥーで世間を騒がせているミュージシャンが同じように批判されています。

 筆者はタトゥーぐらいどうでもいいじゃないか、という立場です。特に良いことだとも思わない代わりに、やめたほうがいいとも思わない。けれども、図柄の威圧感から、近くにいたらちょっと怖いと感じる人の気持ちも理解できます。なので、ここではタトゥーの是非を問いません。

あいみょんがタトゥーを入れるに至った背景とは?

 それよりも、あいみょんが眉毛を薄くしてタトゥーを入れるに至った背景について考えたいと思います。なぜ、あいみょんは見た目にすぐわかるイメチェンを必要としたのでしょうか?

 あいみょんがメジャーデビューを果たしたのは2016年です。その後、「マリーゴールド」で大ヒットを飛ばしたのが2018年。つまり、キャリアにしておよそ10年、そして国民的な認知度を獲得してから7年が経過しています。決して短くはない時間です。

 しかしながら、その間に「アーティスト・あいみょん」のイメージはどう変わったでしょうか? その後発表された「今夜このまま」、「ハルノヒ」、「裸の心」、「会いに行くのに」、そして最新曲「スケッチ」を聞くと、10年間で音楽性がほぼ変わっていないことがわかります。ざっくり言えば、ポップなフォーク・ロックをやり続けている。
よく使うコード進行、歌詞をメロディに乗せる方法のいずれをとっても、言葉は悪いですが、使い回しでやりくりしている状態なのです。

 つまり、音楽においてはイメージチェンジをすることができないまま、時間だけが経過しているのですね。

想像される「アーティスト・あいみょん」の辛さ

「がっかり」「受け入れられない」…タトゥーを入れただけで批判されるあいみょんに同情してしまうワケ
『GINZA』2025年9月号/マガジンハウス
 ここに、「アーティスト・あいみょん」の辛さがあるのだと思います。ひとつ大きなヒット曲があると、ファンが期待する曲や、パブリックイメージもそのイメージに固まってしまう。そこで音楽のスタイルを一新することには、ビジネス上のリスクが生じます。“懐かしさを感じるフォークソングを、少しだけ新しいサウンドで味付けする”、これがあいみょんの成功の法則だからです。

 しかしながら、どこかで新しさもアピールしなければなりません。そう考えたときに、ファッションやメイクを変えたりタトゥーを入れたりして、脱法性というスパイスを加える手段に訴えるのです。音楽自体は何も変わらないかわりに、それをやる“中の人”の性格を変えていこうとする試みだと言えるでしょう。

 これは、あいみょんがフォトジェニックだからこそ取れる方法であると同時に、日本の音楽ファンがアーティストの音楽的な成長や進化に付き合えるほどには、耳が成熟していないことの裏返しでもあります。

 結局、音楽は聞くものではなく、見るものなのです。

 そう考えると、タトゥーを入れただけで批判されてしまうあいみょんに同情してしまいます。
10年前と同じ格好でずっと同じような曲を歌えとでも言うのでしょうか?

 あいみょんの左腕に刻まれた、奥ゆかしく、かわいらしいタトゥー。あれは精一杯の心の叫びなのではないかと感じるのです。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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