ずっといじめられてきた人生
覇気に満ちた外見と裏腹に、せいらちん。さんの声は静かでしっとりとしている。開口一番、「ずっといじめられてきた人生なんです」と明かして、筆者を驚かせた。福岡県に生まれたせいらちん。さんは一人っ子として育てられた。両親と、母方の祖母と暮らす家。父親は自営業をやっていた。いじめられはじめたのは、幼稚園の頃だという。
「福岡県の奥まった地域が私の故郷です。幼稚園のときは同級生から物を隠されたり、仲間はずれにされる程度でしたが、ほぼ同じメンバーが通う小学校に進学するので、そこで本格化しました。『ブス』と外見のことを言われるのがとても嫌で、また直接的な暴力の被害にも遭ったので、ほとんど友達と行動することはなく、学校から帰ると母親と一緒にいましたね」
教師の“死ねばいいリスト”に入れられ…
同じ地域の子どもが通うので、必然的に中学校でもいじめの標的にされた。なかでも教師が絡むいじめは悪質だ。「中学校1年くらいのときは、代表委員をやったりしていたんです。とはいっても、誰もなる人がいなかったので立候補しただけなのですが……。
中2くらいのときに、体育でバレーボール指導にあたっていた若い女性教師が強烈で、運動部の女子と一緒になって『◯◯は死ねばいいのに』みたいなことを言う教師でした。その“死ねばいいリスト”のなかに私も入っていたのを聞いてしまって、陰鬱な気持ちになりました。運動部の子はわりと攻撃的で、私のような美術部員は標的にされがちだったというのもあるかもしれません。お昼から学校へ行くと、私の机のうえに給食がぐちゃぐちゃにされていたこともありました」
もう無理だ――そう思った中学2年生のある日、せいらちん。さんは学校へ行けなくなってしまった。だが家族の反応はなかなか厳しいものだった。
「サボりとかではなく、本当に身体が動かなくなってしまって。それで不登校になってしまいました。父は非常に厳しい人で、学校へ行かない私に対してあたりがきつかったと思います。母は一定の理解をしてくれてはいましたが、父の手前、『今日も行かないの? パパが怒るから行ってほしいんだけど』みたいな感じだったと思います」
自分の居場所を壊される感覚に
せいらちん。さんが不登校になったことをきっかけとして、あるとき家庭内に亀裂が走った。「私がいつまでも学校へ行かないことに業を煮やした父が、私の身体を掴んで外に引きずり出そうとしたんです。必死で抵抗して、その場で大喧嘩になりました。自分の居場所は家のなかにしかなかったのに、無理やりそれが壊されそうになったことに非常に強い恐怖感を覚えました。トラウマだと思います」
高校進学も、一週間で不登校に

「母も板挟みで、つらい立場だったと思います。いじめのことを知っているのは母だけだったんです。というのは、父に知られれば性格上必ず学校へ乗り込んでいくので、相談すらできなかったんだと思います」
その後、高校に進学するが、中学時代のいじめの主犯格と同じクラスになり、一週間で不登校になった。高校だけは卒業してほしいと願う両親と、進学したい専門学校があったせいらちん。さん、両者が折り合う着地点として、通信制高校転入があった。無事に卒業し、念願だった服飾の専門学校に進学する。
「自分がやりたいファッションと、周囲の目指すところがズレているという問題はありました。
1年間は耐えて通ったが、2年目で精神に支障を来して退学した。しばらくはぶらぶらする生活。東京で何もしない娘をみかねた両親に連れ戻された。
「仕送りもいただいていたので当然なのですが、実家で暮らすのはきつかったですね。父の会社でアルバイトとして雇ってもらっていましたが、母は過干渉なのでどこにでもついて来るし、両親は毎日喧嘩しているし……。自分ひとりの時間がもてないのは気が滅入りました」
刺青を入れたのち、ツノを生やした

「刺青を入れたいと母に相談したとき、かなり強く反対されました。何度かの押し問答があったあと、『お父さんにバレないようにしてね』みたいな念押しがあったと思います。最初に入れたのは22歳くらいのとき、耳の後ろに入れたんです。
この喉の刺青は、26歳のときだったと思います。喉の皮膚のシワが気になりだしたころ、友人がヒアルロン酸を注射したという話を聞いたんです。値段は年間の維持費で14万円ほどでした。それならば、シワも誤魔化せるし、好きな模様を彫ろうと思ったんですよね」
せいらちん。さんは刺青を入れた理由を説明する端々で「可愛いと思ったから」「可愛くなりたい」と口癖のように言う。その原点には、あのつらいいじめ体験があるのだという。
「とにかく『ブス』と外見について言われることが多かったので、可愛くなりたいという欲求に突き動かされているとは思います。もっと言えば、人間の領域を超えた存在になりたいと思うんです。“人外”というんでしょうか。人間として可愛くなりたいのであれば整形をすればいい話なのですが、整形は目を二重にしただけ他はメスを入れていません。ただ、頭にシリコンを注入して、ツノを生やしてはいるんです(笑)。20歳の自分の誕生日に、『ツノを生やしたい』と思ってやってもらいました」
やむを得ない理由で両親にすべてバレた

「ツノも前髪があるとわからないですし、ほとんどの刺青はすぐに隠せる場所に入れていたので、しばらくばれませんでした。喉に入れたときは全然父にも会っていなくて。だからバレない予定だったんです。
ところが去年、仕事終わりに急に希死念慮に襲われて、睡眠薬を大量に飲みました。私は犬猫やうさぎ、爬虫類など合計18匹と暮らしています。私が死んだあとのペットたちのことが心配になって、元旦那に電話をしたんです。すると駆けつけた元旦那から両親に連絡が行き、東京まで来てしまって……。全部バレました。相当落胆してましたけどね」
ペットのためにしっかり生きねば
これからの展望を聞くと、せいらちん。さんは少し困ったようにこう答えた。「結構絶望的だなとは思うんですよ。でも、ペットたちがいるので、しっかりしなきゃなとは思います。
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昼夜逆転の毎日を繰り返しながら、せいらちん。さんは一生を進めていく。自分よりも弱きペットたちの生命を守るために。
元旦那との結婚生活は1年ほど。その締めくくりで聞いた言葉で、今でもせいらちん。さんが心に残す言葉がある。「結婚当初から、お前のことは好きじゃなかった」。学生時代のほぼすべてをいじめの被害者として過ごし、救いを求めても親から理解されない日々に喘いだ。生涯の伴侶になるはずだった人から突き放されたとき、彼女は何を思っただろう。
人ではないものになりたい――よくあるお寒い虚勢や粋がりではない。人間の世界に疲れ果ててすべてを諦めながらも、別の存在として生きることを選んだ希望の言葉に思える。
<取材・文/黒島暁生>




せいらちん。さん

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki