夏の甲子園で最大の話題となった、広島・広陵高校の史上初となった大会出場後の辞退。改めて、大会辞退に至るまでの経緯を時系列で振り返る。

広陵高校の大会辞退から見える“高校野球の構造的問題”。「暴力...の画像はこちら >>

公表されなかった「厳重注意」

 1月22日、当時1年生だった部員が寮で禁止のカップラーメンを食べたことを理由に、先輩4人から顔や胸を殴られるなどの暴行事件が発覚。学校調査で4人が暴行を認め、3月に日本高校野球連盟(以下、高野連)から「厳重注意」(1カ月の公式戦出場停止)を受けたが、公表はされなかった。被害生徒の保護者は学校の事実認定に疑義を呈し、5月まで協議。SNS上では「加害は10人以上」「暴言もあった」との情報が拡散し、学校発表と内容が食い違った。

 今月5日の大会開幕直前にSNS上で事案情報が再燃。6日に学校が初めて公式発表。7日には別の元部員から「昨年監督やコーチ、複数部員から暴言・暴力を受けた」とする告発が浮上し、学校は第三者委員会設置を明示した。

 そして8月9日夜、学校は選手に辞退を通達、翌10日に堀校長が大会本部に正式に出場辞退を申し入れ、中井監督は指導から外れ、校長自身も県高野連副会長を辞任申し入れ。大会本部は「学校判断を尊重しつつ、おわびと再発防止を誓う」とコメントした。

 今回の大会辞退に拍車をかけたのは、今年1月の事案とは別に、昨年1年生だった男子生徒が「寮内で複数部員から下半身を触られ、監督やコーチからも暴言・暴力を受けた」と訴えたこと。生徒は退部後に精神的苦痛を訴え、学校や高野連に情報提供。甲子園出場決定後には「被害の解明なく大会に臨むのは許せない」と抗議を続けた。

 学校は当初、関係者聴取で事実を確認できないとして「指摘事項は確認できなかった」と文書で説明。
生徒と両親は「警察へ被害届を出すほど苦しんでいるのに対応が遅い・不十分だ」と批判。調査同意の際には「リスクを親権者がすべて引き受ける」旨の書類への署名を求められたという。

 警察が被害届を元に他の部員への聞き取り等をしていたことが明らかになり、学校は8月7日付で「警察や第三者委に全面協力する」と表明。今月下旬に同委で2度目の聴取を行う予定だが、生徒側は「真相解明をいまだ果たしていない」と訴えており、調査の透明性と被害者支援が改めて問われている。毎日新聞での記者時代、春のセンバツ高校野球の担当だったジャーナリストの石戸論氏は、今回の件について「美談だらけの高校野球はいらない」と持論を述べる(以下、石戸氏の寄稿)。

「暴力とSNSの誹謗中傷はどちらが悪か」という不毛な問い

毎日新聞で春のセンバツ高校野球の担当だった。甲子園は夏なら朝日新聞、春は毎日が主催なのは周知のとおり。その大阪社会部記者として特集や連載を担当し、かなり深く大会に関わっていた。

今夏最大の話題は広島の名門・広陵高校の史上初となった大会出場後の辞退である。

元担当記者として高野連、朝日新聞にとってもいかに“想定外”だったかは想像に難くない。広陵は部内の暴力事案で3月に高野連から「厳重注意処分」を受けていた。8月6日の開幕を前にこの事案がSNS上で拡散し、さらに別の暴力事案の告発も重なった。

想定外だったのは告発そのものではなく、批判の拡大だ。
広陵がSNSの影響に重きを置いた弁明をしたことでメディアでは「暴力とSNSの誹謗中傷はどちらが悪か」という不毛な問いが設定された。

なぜ不毛か。答えは「どちらも悪い」からだ。SNS上の加害者探しは発信する側も拡散した人にも法的責任が発生しかねない。他方、広陵の対応は暴力に対して甘かった。少なくとも当時1年生の被害者は転校を選んでいる。

名門高校の野球部に入部し、活躍を夢見ながら暴力でその道を断たれた被害生徒に同情的な世論が醸成されるのは当然のことだ。別の暴力事案の調査も始まったのならば、なぜ広陵は最初から類似事案を調査しなかったのかと疑念が広がることも目に見えていた。

出場辞退が望ましい決断とは考えていない

私は必ずしも出場辞退が望ましい決断だったとは考えていない。規定による処分は受けており、事案とは関係のない選手もいる。ただし、監督・部長には類似事案の実態調査に専念させる、つまり大人は大会に参加させないなどの妥協点を探る必要はあった。

甲子園廃止のような極論を私はとらないが、高校野球が改革の時期にあることは間違いない。
方向性はすでに日本学生野球憲章にある。

〈学生野球は、法令を遵守し、健全な社会規範を尊重する〉

社会的に見てハラスメント行為がないかを外部の目を入れて厳しく調査し、憲章違反を白日の下に晒していく必要がある。第三者による被害相談窓口も必要だろう。

過去にはPL学園でも暴力事件があったが、厳しい上下関係は時に力の源泉として語られてきた。私にも、不祥事を報じながら構造的問題には踏み込まず、高校野球の光の面を大きく報じてきた過去がある。そんな美談だらけの高校野球はもういらないのだ。球児も被害を黙っているという時代は終わりを告げた。変わるのは大人のほうである。

広陵高校の大会辞退から見える“高校野球の構造的問題”。「暴力とSNSの誹謗中傷はどちらが悪か」という不毛な問い
石戸諭


【石戸 諭】
ノンフィクションライター。’84年生まれ。大学卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanに移籍し、’18年にフリーに。
’20年に編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞、’21年にPEPジャーナリズム大賞を受賞。近著に『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)
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