―[連載『孤独のファイナル弁当』]―

『孤独のグルメ』原作者で、弁当大好きな久住昌之が「人生最後に食べたい弁当」を追い求めるグルメエッセイ。今回『孤独のファイナル弁当』として取り上げるのは弁当の形の包みに入った、珍しいそうめん弁当。
冷蔵庫にあった薬味をたっぷり加え、食べてみることに。果たして、お味はいかに?

猛暑の中ありついたそうめん弁当に絶望…「はっきりせい!」と一...の画像はこちら >>

孤独のファイナル弁当 vol.06 「猛暑にそうめん弁当、大敗」

 あまりに暑いのでそうめん弁当。って、別に弁当じゃないんだけど、包みが弁当の形をしてるし、つゆもパックされているから持ち歩きもできる。よって弁当と認定。

 蓋を開けたら、麺とつゆとつゆの器、生おろししょうが、ごく少量の刻みネギと白ゴマ、そして「ほぐし水」なるものが入っていた。ほほう、この水をかけて、くっついてしまった麺をほぐすのか。知らぬまにパックそうめん界はこういうのが主流になっていたのか。

 だけど、このネギの量はちょっとケチくさすぎる。そうめんと冷や奴は、薬味が命だ。とボクは思っている。冷蔵庫を見たら、ネギがある。ミョウガもあってシソの葉もあった。
なんだ、これでこのそうめん弁当がグーンとグレードアップするぞ、とボクは意気込んでそれらを包丁で刻んだ。

 こうなると、ちょっと油断するとこぼしそうなペラッペラで軽く小さなつゆの器が心許ないことこの上ない。たっぷりの薬味を入れてもいいような味噌汁椀を出そう。

 となると麺もここでほぐして、別の皿に盛るか。盛ろう。だんだんテーマの「弁当」から離れていくような気がするが、こういう発展的弁当も弁当の一形態と考えよう。

 さて、ほぐし水をかけ、箸で麺をほぐし皿に形よく盛り付け、お椀につゆをあけて、薬味を入れ、付属のしょうがも加えた。

 いざ、箸で麺を適量取り、つゆにつけ啜った。……なにこれ。

 この麺、コシがない、なんてレベルの話ではない。細い麺同士がだらしなく一体化して、口の中で麺らしさがどこにも見つからない。もう一口、啜る。
啜れない。というか「ちゅるん」とならない。そうめんといえばちゅるんだろう。ちゅるちゅるだろう。その感覚がまるでない。

 ただズブッと吸われるままに口の中に入ってきて、ぼんやりと、ぐちゅっと、だらーんとしている。飲み込まれたいのか、吐き出されたいのか、どっちかはっきりせい!という存在の耐えられない曖昧さ。

 薬味は麺もつゆもおいしくする食材だが、この麺は薬味もつゆもどんよりさせる。こんなにおいしくないそうめんを食べたのは初めてだ。どこかにボクの落ち度があったのか。ほぐし水の使い方が間違っていたのか? 思い返しても原因がわからぬ。

 写真を見てください。
見た目には普通においしそうに見える。だが食べるとダメ。なんだろうこれは。

 つゆに既成の麺つゆと出汁を加えてみた。焼け石に水。絶望的敗戦処理食い。麺もスープも個性の強いラーメンならまだわかるが、白く細いばかりのそうめんでこんな思いをするとは驚いた。

 これも「ファイナル弁当」への道程では、厳しくいい体験である。

猛暑の中ありついたそうめん弁当に絶望…「はっきりせい!」と一喝したいだらしなさ<人生最後に食べたい弁当は?>/久住昌之
冷蔵庫から取り出され、味噌汁椀へ投入されたネギもミョウガもシソの葉も……相性抜群なはずのそうめんを前に、その本領を発揮できないとはまさか思わなかったことだろう


―[連載『孤独のファイナル弁当』]―

【久住昌之】
1958年、東京都出身。漫画家・音楽家。代表作に『孤独のグルメ』(作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(作画・水沢悦子)など
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