セ・リーグDH制導入問題、議論の経緯
・2020年 巨人の「暫定導入」提案巨人は理事会で山口寿一オーナー名の文書を提出し、コロナ禍や東京五輪による過密日程を理由に「選手負担の軽減」を掲げて、来季からの暫定的なDH導入を訴えた。巨人側は「セの投手はパより故障者が多い」「一人でも多くの野手に出場機会を与えるべき」「投手が形だけ打席に立つ姿はプロスポーツにふさわしくない」と三つの根拠を提示。しかし、当時の理事会では賛同を得られず、導入は見送られた。
・2021年 交流戦で再燃した論争
翌2021年、セ・パ交流戦でセが12年ぶりに勝ち越したことで議論は再燃した。前年末に巨人が「コロナ禍での負担軽減」を理由に暫定導入を提案した経緯もあり、ファンの間でも賛否が分かれた。ただし、セの5球団は伝統や独自性の維持を重視し、巨人以外は依然として慎重姿勢を崩さなかった。関係者からは「野球は本来9人で行うもの」という意見も根強く、また「パとの力の差はDHだけでなく、ドラフト戦略や育成体制の違いも大きい」との声も聞かれた。
一方、世界的にはDH制が主流に。2022年には米大リーグのナショナル・リーグも採用し、MLB全体が統一された。国内でも東京六大学野球、関西学生野球を含む大学リーグが次々とDHに移行。アマチュアからプロに至るまで「9人制」から「10人制」への流れが一気に加速した。
・2025年 歴史的な決断
そして2025年、日本高等学校野球連盟が翌春からDH制を採用すると発表したことが追い風となり、セ・リーグもついに歴史的決断を下した。打撃専門選手の活躍の場が広がるだけでなく、投手の故障リスク軽減や攻撃力向上が期待される。
一方で、「投打二刀流」の芽を摘むことにならないかと懸念する声も根強い。アマチュア野球で「4番・投手」という姿を残すべきだと訴える関係者もいる。ジャーナリストの森田浩之氏は、往年の江夏豊、桑田真澄ら、見事な打撃も見せてきた投手を例に挙げつつ、今回の歴史的な決断について、独自の見解を述べる(以下、森田氏による寄稿)。
DH制は卑怯な作戦だと思った少年時代
どこにでもいる野球好きの小学生だった頃、私はプロ野球でパ・リーグだけに、投手の代わりに打席に立つ打撃専門の選手がいることを知った。この指名打者制(DH制)は子ども心に「ずる」のように思えた。だって、野球は9人でやるものだから! DH制は、セ・リーグに人気で劣るパ・リーグが、ファンに受けやすい打撃戦を増やすための卑怯な作戦なのだと思った。しかし数十年が過ぎ、その「ずる」は気がつけば世界で主流のルールになった。MLBは両リーグがDH制で統一され、WBCなど国際試合でも導入されている。国内でも東京六大学と高校野球が’26年春からの導入を決定。DH制を採用していない主要団体はセ・リーグだけになった。
そのセ・リーグが、’27年シーズンからのDH制導入を決めた。
だが、疑問の声も消えていない。理由としては「チャンスで投手に打席が回ったときに代打を出すか否か」といった駆け引きの妙が失われることなどが挙げられている。阪神を日本一に導いた岡田彰布前監督は「DH制では監督が楽になりすぎる」とまで言う。
通算7本塁打の江夏豊、打率3割に近づいた桑田真澄
「投手は打てない」という前提の下に導入されたDH制だが、見事な打撃を見せてきた投手はたくさんいる。通算206勝の江夏豊は、打撃でも7本塁打を記録。1973年には延長11回表まで無安打無得点を続け、その裏に自らのサヨナラ本塁打で勝った試合もある。桑田真澄は通算打率が実に2割1分6厘。’02年には2割9分4厘と野手並みの数字を残した。野茂英雄はMLBで4本塁打を放った。これらの記録も今後は遠い時代の伝説となるのだろう。
高校、大学、セ・リーグと続いたDH制の導入を考える上では、MLBで投手とDHの二刀流としてプレーする大谷翔平の活躍が参考になりそうだ。もし高校時代にDH制があったら、大谷は二刀流として花開いていただろうか。
現在ドジャースでやっているように、投手として登板しない日はDHに起用されていたかもしれない。だがチーム事情によっては投手専任となり、打撃の能力を発揮できなかった可能性もあるだろう。
もう私はさすがに、DH制を「ずる」とは思わない。この制度は時代の要請だ。ただし高校からプロまで野球がDH制で統一される今、大谷のような才能の芽を摘むことにつながらないよう願っている。

【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など