老害とは、ただ年齢の問題なのでしょうか? それとも、時代の変化を感じ取れない人のことを指すのでしょうか? 
 多くの人が「老害」の一言で済ませる現象に、実は世界史的・社会構造的な理由が隠されていることを見過ごしがちです。

「月に50万位は簡単だ!」黒沢年雄のブログに批判が続出

普通に働けば「月に50万位は簡単だ!」黒沢年雄のブログに批判...の画像はこちら >>
 俳優の黒沢年雄が8月25日に自身のブログで闇バイトを批判しました。そこにはこう記されています。


<その気になれば…世の中には人に喜んで頂いてお金になる仕事はいくらでもある…月に50万位は 簡単だ!例を挙げたら切りが無い…目の前に山ほど落ちているからだ…>

 家電の修理や掃除など、他人が嫌がるきついことをやれば、闇バイトなどに手を染めなくても月に50万円は稼げるはずだというのが彼の主張です。

 しかしネット上では多くの批判が上がりました。黒沢氏の若かったころと今とでは経済状況や労働環境が異なること、“今では普通の正規職にたどり着くまでに様々な関門がある。高度経済成長期とはワケが違う”との反論や、“いまの現役世代の税金と社会保険料の負担をわかっているのだろうか”と、指摘する声が目立ちます。

 これらの反応からわかるのは、“老害”と呼ばれてしまうのは、単に年齢の問題ではなく、時代の流れを感じ取る力を失った人だということです。

 では、なぜ黒沢氏の主張は理解されなかったのでしょうか。日本の事情だけでなく、グローバルな視点から考えていきます。

黒沢氏の経験は、経済成長の真っ只中で得られた幸運の産物

 まず、世界経済の歴史的文脈を押さえる必要があります。アメリカのマクロ経済学者でノースウェスタン大学のロバート・J・ゴードン教授は『アメリカ経済 成長の終焉』で、19世紀後半から20世紀後半のおよそ100年間が、人類にとって唯一の決定的な経済成長期であったと論じます。この期間には上下水道、ガス、電気、鉄道、自動車、冷蔵庫、洗濯機、ラジオなどの大発明が続き、関連産業が雇用を生み、賃金と生産力を押し上げました。

 しかし、このサイクルは再び訪れることはないと、教授は断言します。

 黒沢氏の経験こそ、世界史上たった一度しか訪れなかった経済成長の真っ只中で得られた幸運の産物なのです。個人が努力して稼ぐ喜びを存分に味わえる特権的な時代を黒沢氏は生きていたのです。


 当然、個人的な成功体験や努力の尊さは否定しません。しかし、それを歴史的文脈なしに現代の若者に押し付けるように見えたことが、誤解を招いた理由のひとつです。

“努力しても報われない”現代社会

 とはいえ、黒沢氏が言いたかったのは、月収云々よりも闇バイトで楽をするより真面目に働け、ということだったのだと思います。これに異論を唱える人は少ないはずです。

 しかし、現代の労働市場では、努力しても報われにくい構造が世界的に広がっています。中国では出世競争から降り、社会的成功を諦める「寝そべり族」が社会問題化しています。またアメリカでも大卒の若者がAIによって職を失い、日本の就職氷河期のような状況に直面しています。

 これも先程のゴードン教授の説を裏付ける現象だと捉えることができるでしょう。つまり、頑張って勉強して働いて稼ごうと思ったところで、そういう努力を受け入れる余力が社会にも経済にもなくなってきているということなのです。

 現代社会で“努力すれば報われる”という前提はすでに形骸化し、過去のラッキーな時代の幻影に過ぎないと、多くの若い人は無意識のうちに感じているのです。

黒沢氏のメッセージは“男性に向けた喝”?

 さらに黒沢氏のメッセージは、男性に向けた喝であると推察します。しかしながら、現代社会では、男性性自体そのものが絶滅の危機に瀕しているのです。

 オバマ元大統領のリーディングリストに入った『Of Boys and Men』によれば、肉体労働から知的労働に移り変わる中で、女性の学力やコミュニケーション能力が重宝され、男性の価値が相対的に低下している状況が社会の基盤を揺るがす問題になっていると指摘しています。


 つまり、黒沢氏の言う“月50万ぐらい稼げる”仕事は現代では必ずしも高い価値を持たず、男子のアイデンティティ喪失につながりかねません。

 もしも、黒沢氏が現代の日本男子を見て頼りないとか、気合が足りないとかと感じるのであれば、ひょっとしたら、それは世界的な課題であるかもしれないのですね。

 もちろん、全てを知る必要はありません。けれども、人間が生きている時代の条件は常に変わります。個人の言動や態度はその時代環境から受けた影響のアウトプットに過ぎません。

 もし黒沢氏が少しでも物事を立体的に理解していれば、“老害”と呼ばれることもなかったでしょう。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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