そこで、すこし日本にゆかりのある外国人に「日本の印象」を聞くことで、我々が忘れかけていた日本の素晴らしさに改めて気づくことができるかもしれません。
出身地のユタ州で、現在家族6人で暮らしているエンジニアのブラッドさん(42歳)。アメリカ海兵隊に所属していたとき、仕事で2002年に沖縄へ渡ります。そこで海兵隊として4年間働いたあと、民間の契約社員(米軍基地で軍人を支える、民間の専門スタッフ)になり、15年間沖縄に住んでいた経験があります。
日本ではカルチャーショックの連続だったそうです。驚きの日々を送りながらも「文化が違うからこそ楽しい」と語るブラッドさんに詳しいお話を伺いました。
日本人が言う「また会おうね」の本当の意味は?

「沖縄の離島を巡ったり、妻の実家がある熊本、福岡や広島にも行きました。他には、長野や東京、大阪、そしてスノーボードをしに北海道にも行きましたよ」
日本人の従業員たちといっしょに、沖縄で15年間仕事をしてきたブラッドさん。仕事での価値観の違いや、戸惑いはなかったのでしょうか?
「日本人はみんな礼儀正しくて、仕事にプロ意識があります。でも本音がちょっと分かりにくいんです。『また会おう』と言ってくれるけど、実際には全く連絡が来なかったりして……」
ブラッドさんは、15年間日本に住んでいたにもかかわらず、日本人の男友達が一人も出来なかったことが残念なのだとか。
「街を歩いてて、“外国人お断り”と書かれたお店の貼り紙を見たこともあります。みんな礼儀正しくて優しいけど、本音ではあまり外国人と深く関わりたくないのかな?と感じることも正直ありました」と当時を振り返ります。
しかし、長いこと日本で生活をする中で、すこしずつ日本社会での“本音と建て前”を区別できるようになったと言います。アメリカへ戻ったときに、同じアメリカ人の仕事仲間から受けたストレートな言い方に、逆にカルチャーショックを受けたほどだったそうです。
アメリカではあり得ないマクドナルドのサービスにびっくり

「レストランで、店員が笑顔で迎えてくれて、“ありがとう”って言ってくれるのが気持ちいいんです」
日本では当たり前の接客対応が、ブラッドさんには本当に心地よかったそうです。
「ある日、マクドナルドのドライブスルーでハンバーガーを注文して、自宅に持ち帰ったんです。家に着いて袋を開けてみたら、注文したハンバーガーがひとつ足りなかったんですよ。電話でそのことを伝えたら、なんとスタッフがわざわざ家まで届けてくれたんです!アメリカでは絶対にありえないですよ!」
アメリカで慣れ親しんでいるマクドナルドの、別次元のサービスに感動したブラッドさん。日本での長年の生活で好きになった食べ物が数多くあるそうです。
「最初は食べられなかったんですけど、日本で慣れてからは、握り寿司も大好きになりました。アメリカに帰ってきてからは、カリフォルニアロールばっかりですけどね……。沖縄そばもラーメンも好きです!アメリカでは珍しい、馬刺しや、生きたクルマエビも、日本で食べました」
加熱料理が基本のアメリカ人にとって、クルマエビのように動いているものを食べるのは、かなりハードルが高いと言えます。
夜のスナックに子どもが!?

「仕事帰りのビジネスマンがたくさんいて、女性の店員さんがお酒を出して、話し相手になっている光景がすごく不思議で……」
ママと呼ばれる女性やスタッフが、お客さんにお酒を注いだり、会話をしたりして場を和ませる“スナック”が日本には多数存在します。顔なじみの常連さんも多く、アットホームな雰囲気です。
「お酒を出す夜のバーなのに、子どもがいるんですよ!アメリカにはそういう文化がないので、衝撃でした」
地方のスナックでは、お店のママが自分の子どもを連れてきたり、常連客が家族で訪れるケースも珍しくありません。地域密着型で小規模店舗の場合、まるで“家の延長線”のような空間であることも。それはアメリカ人から見ると、かなり意外な点のようです。
文化が違うからこそおもしろい

米軍基地内の仕事以外だと、キャリアの選択肢が限られていたため、経済的な理由も含めてアメリカへの帰国を決めたブラッドさん。最後に落ち着いた静かな口調で、こう語ってくれました。
「日本の文化は日本のままで良いと思ってます。みんな、自分らしく生きるのが一番ですから」
<取材・文/トロリオ牧(海外書き人クラブ/ユタ州在住ライター)>
【トロリオ牧(海外書き人クラブ)】
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。アメリカでウェイトレスや保育士などの様々な職種を経験した後、アメリカ政府の仕事に就く。