無慈悲に、そして無尽蔵にあらゆる場所から金をむしり取る、AIを使った詐欺事件。国連広報センターや外務書なども盛んに注意を呼びかけている。

 以前、筆者が取材をしたDAKOKU氏。生まれつきの障害を持つ娘を亡くし、同じく障害のある子どもたちが楽しめる音楽空間を創出するために仲間と奮闘するピアニストの彼のXでのポストが目に留まった。在イエメンの日本人男性医師と始まった、一ヶ月以上にわたるFacebookのやり取りが、すべて詐欺への布石だったという。

 注意喚起の意味を込めて、その全貌について明かしてくれた。

【Facebook“突然の友達申請”に注意】AI詐欺師と“1...の画像はこちら >>

発端は「イエメン在住の日本人男性医師」からの友達申請

――Facebookを経由した詐欺未遂と伺いました。端緒はどのようなところからだったのでしょうか。

DAKOKU:「Hiroshi」というイエメン在住の日本人男性医師を名乗る方から友達申請がきたんです。話を聞いてみると、「イエメンは現在、テロリストとの戦いが続いていて、自分は従軍医師をしている」とのことでした。生命にかかわるお仕事をされている方ということで、敬意を払いました。お互いの話をしていく過程で、私がピアニストをしていることなど、プロフィールにあるようなことは伝えていました。

――日本語の文法がおかしいなど、不自然な点はありませんでしたか。

DAKOKU:ありましたよ。率直に、「AIか何かで書いていませんか?」と聞きました。
すると相手は、「アメリカでの生活も長かったので、自分が言いたいことをAIに書いてもらっている」と認めました。少なくともネイティブな日本人が書いていないことはわかりましたが、AIが書いたと言われれば「そうなのかな」と思うようなレベルの日本語ではありました。

やり取りを重ねるうちに絆が生まれる

――相手は当然、DAKOKUさんの個人情報を聞こうとするわけですよね。

DAKOKU:はい、最終的には。ただ、拙速に進めることはなくて、最初の数週間は「音楽をやる目的はどのようなことですか」というような、私の活動の根源に迫る質問が多く、私自身や活動内容に興味を抱いてくれているように感じました。

――一ヶ月以上もの間、やり取りを続けるに至った理由は何だとご自身では思いますか。

DAKOKU:1つは、共感があったことでしょうね。最初の1~2週間は、お互いの自己紹介のような形で、ゆっくりと知り合いました。以前黒島さんに取材をしていただいたときにお伝えしたように、私は障害のある15歳の娘を亡くしました。私がいま、障害のある子どもが楽しめる音楽を作ろうと没頭しているのは、心のなかで亡き娘に出会うためでもあるんです。そのような話をHiroshiさんに打ち明けると、彼は「自分は15歳の娘がいて、妻とは死別している」と話してくれたんです。

 話によると、娘さんはアメリカにいるようでした。イエメンでの仕事は危険の伴う仕事だけれども、娘のために稼がなければいけないという内容のことが書かれていました。
そのうち、「これがその娘です」と犬を抱きかかえた少女の写真が送られてきました。それからも、複数回にわたって、同じ少女の動画が送られてきました。確かに15歳くらいにみえる少女です。お互いに娘を持つ、あるいは持った父親同士という絆のようなものが生まれましたね。

 もう1つは、連絡が割合に頻繁にあったのも大きいと思います。イエメンとの時差に話が及んでからは、毎朝早くにHiroshiさんから「日本は今、朝ですね」と送られてきました。ときには、私も「こんな格好で仕事に行ってくるよ」というような“自撮り”を送信することもありました。それから、実際にイエメンで使っているテントの中の写真や、女性兵士が料理をしているところの動画を送ってきていて、そこに実在するのだと思えたこともあるとは思います。

音信不通になったあとに届いたメッセージが…

――実際に「詐欺だな」と確信したきっかけは何でしょうか。

DAKOKU:やり取りを続けて3週間以上経過したころ、突然「もう連絡が取れなくなるかもしれない」とメッセージが来ました。「どうしたのですか」と書いてみても、返信がありません。既読もついていませんでした。戦地にいるため、心配をしますよね。
その後、2日ほどして連絡が来て「いま、テロリストから攻撃を受けている。無事を祈ってほしい」という内容でした。そしてまた、音信不通です。

――緊張感がありますね。

DAKOKU:その後、さらに数日してからメッセージがきたんです。内容を端的に言うと、「テントは攻撃されていて、他のところは死者も出ている。自分は現在は無事だがどうなるかわからない。娘のためのお金をテントに保管してるが、テロリストに殺されてしまっては意味がない。ついてはあなたに送金したいので、振込先や実名を教えてほしい」という内容でした。このメッセージを受け取って、「これまでのことはやはり全部ウソなのではないか」と我に返ったんです。

「700万ドル」を送金すると言われ、我に返る

 
――やはり?

DAKOKU:正直に言うと、100%信じていたわけではありませんでした。送られてくるテントのなかの写真はやけに綺麗だし、料理をしている女性兵士の動画も素材っぽいというか……。ただ、絆のようなものが生まれていたので、半分は信じたい気持ちもあったんです。
なにより送金するという金額が700万ドルというから驚きました。日本円で10億近いでしょう。真実味がありません。

――それでその後はやり取りはしていないんでしょうか。

DAKOKU:「お金のことよりもあなたの命が心配だ」と送ってみると、「それはそうだけれども、このままテロリストにお金を奪われたら死んでも死にきれない」と言うんです。しばらく無視をしていたら、「?」だけ30件くらい飛んできたり、「銀行名:」というフォーマットみたいなのが送信されてきたりして、ブロックしました。

――豹変しましたね(笑)。しかしそのあとの展開も気になります。

DAKOKU:ブロックしてしまったのでわかりませんが、おそらく「振り込むためには手付金が必要なので、こちらに振り込んでくれ」みたいな感じなのでしょうか。そういう古典的な詐欺があるとは耳にしますよね。

AIは「機械なのに機械的ではないなと思った」

――実際に詐欺の標的にされて、感じたことを教えてください。

DAKOKU:こちらの心情を汲み取って、うまく話を合わせてくるところは非常に巧みだと思います。
私も仕事でAIを使う場面がありますが、かつて言われていたような“機械”ではもはやなく、人間の心のパートナーになり得る存在だというのも頷けます。寂しさを抱える人がAIと会話をすることで癒やされることは、大いにあると思います。また、こうした詐欺をおこなううえで、かなり心理学的なアプローチも学習しているのではないかと個人的には考えています。人の話を聞き出して共感し、自分のストーリーを作り出して信頼させる手順は、機械なのに機械的ではないなと思いました。

――詐欺だとわかったとき、DAKOKUさんは何を思いましたか。

DAKOKU:世界には悲劇的なことが今もなお起こり続けているので、Hiroshiさんが実在する人物ではなく、過酷な状況に巻き込まれて悲しんでいなくてよかったなと感じました。ただ、これまで費やした時間だけは戻ってこないので、そこに対する憤りはあります(笑)。

 それから、やはり私にとって最も大切な娘のエピソードを開示して、一度共感してもらえたと思っていたものがまやかしだったというのは淋しい気持ちになりますよね。その喪失感はあるかもしれないです。

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 生きていくうえで抱えるあらゆる感情を受け止めてくれるAIの懐を、下劣な詐欺に応用した人間の罪は深い。交流し、心を預けた相手が実態のないものだとしたら、どんな衝撃を受けるか。たとえ金銭まで奪われなかったにせよ、摘み取られたものは決して軽くなどない。


<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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