今回は、そんな伊東さんへのインタビュー。前回の記事では、最近の万引きの手口や犯人の見極め方などを伺った。後編では、内部の犯行やご本人が遭った危険な体験など、外部からは容易に窺えないエピソードについて、詳しく掘り下げていく。
倫理観が欠落している犯行動機
——組織的な犯罪などは別として、万引き犯の大半は、困窮してやむにやまれずというパターンが多数派なのでしょうか?伊東:いえ、そんなことないです。むしろ少なくて、割合としては20人に1人ぐらいではないでしょうか。金持ちでも万引きをする人はいますし……。貧困が動機になるとは限らないのです。
一番多いのは、「ふつうに暮らしていけるけど、もっと贅沢したい」という気持ちが抑えられない人たち。彼らの心の中は、「どうせやるなら、いい商品を盗りたい。どうせ盗るなら少しでも多く盗ってしまおう。この前はバレずにうまくいったから、今日もやっちゃおう」という、倫理観のかけらもないものです。
罪の意識はなくて、万引きを「節約」あるいは転売して「お金を稼ぐ手段」と考えているから、捕まえても「このくらいのことで警察呼ぶんですか」とか平然と言ってきます。あと「社会が悪い」と言い出して、なぜか人生相談になることもあります。こういう人を見ると、日本社会の将来はどうなるのだろうと暗い気分になりますね。
35年間も内部犯行を続けた“ベテラン店員”
——聞いた話によると店の従業員による内部犯行もあるそうですが、どちらかといえばレアケースなのでしょうか?伊東:実は結構あります。先日も1人挙げました。今年入社して、まだ数か月しか勤務していない社員ですが、商品を店の裏からこっそり持ち出そうとしているのを捕まえました。内部のスタッフのほうが盗みやすい面もあり、手口はさまざまです。
典型的なのは、売り場に出ているときに、さりげなく商品を持って事務室に隠し、帰るときにカバンに入れて出るやり方です。他にも、自分で買うふりをして精算しない、配送業務時に自分宛に購入数より多く送るなど、単純なやり口が多いですね。
最近は、隙間時間にアルバイトできるサービスが普及して、店側も人手不足を補うために活用しています。そうしてやってくるアルバイトの人には、店の商品を盗む悪い者も紛れ込んでいることがあるんです。内部犯行は、店長が怪しいと感じて、私にマークするよう依頼することもありますが、万引き犯を捕まえたら、実はそこの社員だったということもありました。
——特に印象に残っているエピソードを教えてください。
伊東:記憶に強く残っているのは、開店から35年間ずっと勤務してきた生鮮部の女性。数千円相当の食品を盗ったところを捕まえたら、「私、従業員なんです」と言ってきました。追及すると「雇われた時から、毎日やっていました」と言って泣き始めたんです。それを聞いた店長は「35年も一緒にやってきたのに……」と、怒るというよりかうろたえていましたね。
もちろん女性は、その場で解雇になりましたが、店長は「次の日から仕事が回らない」と頭を抱えていました。内部犯行は、多くの店が抱えている大きい問題だと思いますね。
命の危険も…万引きGメンの修羅場

伊東:程度にもよりますが、何度もあります。つい最近ですと、万引きの現場をおさえ、私が声をかけた外国人が、手にかみついてきました。その男は、強盗致傷で警察に逮捕されました。
その他にも「もしかしたら命を失っていたかもしれない」というレベルの体験もしています。万引きをして店を出て、車に乗ろうとしたところで声をかけたら、なんと急発進。勢いで私は、ボンネットにしがみつくかたちになり、そのまま車は暴走して、振り落とそうとしました。70メートルくらい走って停止し、御用となったわけですが、場合によっては死んでいたかもしれませんね。
店に報復してくる万引き犯も
——そんな倫理観の欠如した相手ばかりだと、後日逆恨みされるようなこともあるのではないでしょうか。伊東:何回かあります。捕まった店の外壁にスプレーで落書きする、瞬間接着剤を店の鍵穴に入れる、汚物を送りつけてくるとか、店に対する報復的な行為は結構ありますね。ただ、私自身に報復の矛先を向けられることはめったになく、仮に私の自宅が突き止められたとしても、何かされるリスクは少ないはずです。万引き犯は、基本的にコソ泥であり、そこまでやる勇気がないからでしょう。
テクノロジーの進歩は万引きを減らすか?

伊東:注目したいのは、顔認証とかAIといったテクノロジーの導入です。例えば、自宅のペットの見守りカメラを応用した隠しカメラを設置して、万引き特有の挙動を検知するシステムは、既に実用化しつつあります。セルフレジの未精算対策も進んでいて、商品をスキャンする手元の様子を撮って、後で確認して後日逮捕に至る例は多いですね。
私は数年前から、防犯機器メーカーのAIを取り入れた防犯システムの開発に協力しています。いずれ、保安員並みの活躍をAIがしてくれるかもしれません。
ただ、万引き常習者も、捕まらない努力をしてきます。新しい防犯システムが登場しても、その裏を突いてくるでしょう。
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万引きの現場は、私たちが想像する以上に多様で深刻だ。セルフレジの普及による新たな手口、外国人グループの組織的犯行、少年や高齢者によるケースまで、時代の変化を映し出す。そして、私たち一人ひとりが“防犯の視点”を持つことこそが、AIやカメラ以上の抑止力になるのかもしれない。
取材・文/鈴木拓也
【伊東ゆう】
1971年、東京生まれ。万引きGメンを主業としながら、映画「万引き家族」(是枝裕和監督)などの監修、「店内声かけマニュアル」(香川県警)の企画制作などにも尽力。テレビ番組の出演多数。著書に『万引き老人』(双葉社)、『万引き 犯人像からみえる社会の陰』(青弓社)、『出所飯』(GANMA!)などがある。
X:@u_ito
【鈴木拓也】
ライター、写真家、ボードゲームクリエイター。ちょっとユニークな職業人生を送る人々が目下の関心領域。そのほか、歴史、アート、健康、仕事術、トラベルなど興味の対象は幅広く、記事として書く分野は多岐にわたる。Instagram:@happysuzuki